向上主任は冷たくない
仙太郎さんからの告白を保留したまま、9月に突入してしまった……。
ひどいことを言うとこのまま有耶無耶になってしまわないかなと思ったこともある。しかし、仙太郎さんはそれを許さない。
『希空、今日空いとるか』
そんな連絡が週2くらいで来て、空いていると答えたら最後。
『飯行くぞ』
ある時は映画、ある時はご飯、ある時は買い物……色んなところに連れ出されて。
「お前ほんと可愛いなあ。好きんなったの間違いなかったわ」
まっすぐすぎる好意をめちゃくちゃにぶつけられるのだ。
そういうの普通恋人同士で言うのでは、と思いつつもそれを言葉にすると「そんなら恋人なるか」と言われるのが目に見えていて何も言えない。
ひたすら顔を熱くする私を見て、仙太郎さんが楽しそうに笑うのを見ていることしか出来なかった。
今日も仙太郎さんに誘われてドライブに行っていた。
夜景見ながら雑談する、なんていう世のカップルがやってそうなことをしている時に、仙太郎さんが不意に髪を触ってきた。
「なっ、なんですかっ!?」
「傷みまくっとるから。ちゃんとトリートメント用の櫛使えや」
「えっ、そんなんあるんですか……」
「あるある。今度教えちゃるけん」
なんだ、職業病か……ありえないことだけど、てっきり……。
「キスしとくか?」
噴き出した。
「だっ、だめですよ!? 付き合ってないっ、付き合ってないです!!」
「な、お前がずっと保留にしちょんけん」
「それは……すいません……」
仙太郎さんはいい人だ。一緒にいてドキドキするし、話してて楽しいし……。
「そういやこの前お前が言っちょった漫画読んだんやけど、めちゃくちゃ面白えな……お前が言った通りなんかこいつとこいつ、よく一緒におるし……」
「そうでしょうそうでしょう」
「これダチに向ける感情にしては重いっちゅうか……」
「そうでしょうそうでしょう、おすすめの漫画(二次創作)あるので共有しますね」
「生き生きしちょんなあ」
着実にオタクとしての素養を育ててしまっている責任もあるし……。
「漫画全部買ったんやけど」
「え、いいですね。私、本棚もう空きスペースないので買ってないんです」
「なら、うちに読み来りゃいいやん」
腰を抱かれて、呼吸が止まった。
「まあ、来たら覚悟しちょるって意味でとるけど」
ごつごつした指。少し強引な触り方。私がわっとまくしたてるみたいに喋るとうんうん聞いてくれて、私のオタ活も可愛い可愛いって見ていてくれる。
主任とは、全然違う。
仙太郎さんに送ってもらって家に帰ってからも、ずっと主任のことが頭から離れない。
最近、主任とちゃんと話してない。
『ドルスト』、今イベント中だけどちゃんと走ってんのかな。今期のアニメのあれとか絶対主任好きと思うけど観てるかな。そういえばこの間相談乗ってあげた原稿は進んでるんですか、もうオンリーイベント近いですけど。
色々話したいと思ってるのに、主任から話しかけてこないし、私から話しかけるのも仙太郎さんに悪いことをしているような気がした。
主任は友達なのに、そんなこと思うのはおかしいのに。
ぐるぐると思考を巡らせていると、あっという間に空が白んできた。
最近よく眠れてない。仙太郎さんへの返事を考えたり、主任のことを考えてたら、気付いたら朝日が昇ってるからだ。
「お風呂入んなきゃ……」
ふらふらの体を起こすと、股間のあたりにどろり、と、よく知った不快感が襲ってきたことに気付いた。
最悪だ。
♢
「……美澄さん、大丈夫? 今日は一段と顔色……」
「大丈夫です。椎名さん、ここって修正してもいいんですか」
「あっ、ミスってた? 助かるしいいんだけどぉ……」
痛み止めを飲んでなんとか出社したものの、時間が経って薬が効いてくるどころかどんどん痛くなってる気がする。お腹重いし、眠いし、腰痛い。男性が多い営業部のオフィスは冷房もよくきかせてて、それが今日はすごく辛い。
なんとしてでも定時に帰らないと死ぬ。
血眼でパソコンに向かい合っていると、スマホのタイマーが鳴った。
「っ、梅藤社行ってきます」
「えっ、あのアポ今日だったの!? 今日は無理でしょ、美澄さん! 他の人に……」
「大丈夫です、このくらいなら、全然」
なんとか足を立たせて、荷物を抱えて歩き出す。
なんだか出口までがひどく遠く感じる。いつも歩いてる距離なのに、あ、やばい、本格的に意識が朦朧としてきた。
「っ、美澄!?」
主任の声が聞こえた気がした。
♢
あのイベントの日、なんであの人が主任だって気付いたんだっけ。
ぼさぼさの黒髪、オタク丸出しの服装、野暮ったい眼鏡。どこをとっても主任と重なるところはなかったのに。
あ……そうだ。先に私が声かけたんだ。
与四鈴のサークルさんで、絵柄も好み。男の人が売ってて「ん?」とは思ったけど、欲求に逆らえなくて「すみません」と声をかけたら、俯いてた主任が顔を上げた。
その時の、無表情というよりは、呆然としたような……ぽかんとした顔で、あっ、これ向上主任だって気付いたんだ。
入社した当初、向上主任のことを何も知らなかった頃は、あの無表情の中に冷たさなんか感じなかったことを思い出したから。
「ん……」
目を開くと、社員寮の自分の部屋の天井があった。窓から見える空はとっぷりと日が沈んでいて、妙に頭がすっきりしてるのに気付いた。
私、いつのまに帰ってきて……って、訪問は!?
慌てて起き上がると、「うおっ」と聞き慣れた声がした。
「急に起き上がるからびびった〜……」
台所のある方から、小鍋を持った主任が現れた。
「……不法侵入したんですか」
「ちが、誤解です! わけを聞いてください、わけを!!」
ここまで読んで頂きありがとうございます!
向上優鷹:職業病なので寝起きに親からの電話に「タカミネ商事営業部向上です」って返事しちゃったことある。
美澄希空:職業病なのでウォーターサーバーの業者からの電話に「あ、今すごい、営業をされている……」としみじみ感じてしまう。
宮本仙太郎:職業病なのでハサミの持ち方がヘアカットする時の持ち方になる。




