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向上主任は寂しいけども

 ライトに照らされた公園のベンチに座って、向上くんが買ってきたコーヒーを受け取る。一度しかコーヒーはブラックがいいって言った覚えはないのに、向上くんはちゃんとブラックを買ってきてくれていた。


 隣に座った向上くんは、少し泣きそうな顔をして、俯いたまま話し始める。


 小さい頃から大切な幼馴染がいること。その幼馴染が美澄さんを好きになって、告白までしたこと。二人を応援したい気持ちがあること。

 だけど。


「俺は……美澄が好きだから、しんどい……」


 消え入りそうな声で、そう言った。


 眉尻を下げて、心底同情しているような表情を作ってみせる。でも、心の奥底では喜んでいた。

 向上くんが失恋しちゃった。

 すごく弱ってる。今まで私にそんな話したこと一度もないのに、ぺらぺら全部喋ってくれてる。心を、開いてくれてる。

 これは絶対にチャンスだ。


「そっか……板挟みで、辛いよね……」


 膝の上で指を組む向上くんの手に、自分の手を添えた。初めてちゃんと触ったけど、向上くんの手、こんなにあったかかったんだ。


「分かるよ。どっちも大事だもんね……。でもね、美澄さんのこと考えたら……あたしも、その人の方が合ってると思う……」

「……うん」


 向上くんは弱々しく返事をする。いつもは距離をとられるのに、今日はそうじゃない。

 線路の上を、電車が駆け抜けて行く音が聞こえた。


「……終電、行っちゃったね」

「……タクシーで……」

「向上くん。あのね、あたし誘ってるんだよ」


 向上くんが目を見開いた。まさかと思ってたけど、本当に今まで気付いてなかったんだ。

 本当なら、もっと早くここまで持ち込めた。大学の頃も、就職してからも、何度も何度もこうなるチャンスはあったのに。


 悔しくて、それなのに嬉しくて、それがまた悔しくて、向上くんの手をぎゅ、と握る。


「今日……もっと一緒にいたい。そんなになってる向上くん、一人に出来ないよ……」


 向上くんの瞳が揺れた。


「……江間……」


 乾いた声で名前を呼ばれる。向上くんが、あたしの手に自分の手を重ねた。


 この時をずっと、待ってた。


「……ごめん……」

「……え?」


 向上くんはあたしの手をとって、自分の手からのかした。


「心配かけて、ごめん。大丈夫、話聞いてもらったら少しすっきりした。タクシー呼ぶから、もう帰ろう」

「……えっ、大丈夫じゃないでしょ? 向上くん、寂しいんじゃ……」

「……寂しいからって……」


 向上くんが、あたしの方を見る。


「美澄が駄目だからって、江間とっていうのは……美澄にも、江間にも失礼だろ」


 初めて向上くんと話した時のことを今でも昨日のことみたいに思い出せる。

 ぼーっとしてて、抜けてて、学内で迷子になってて、自炊しないから野菜とか余らせてて、あたしがついてないとって思うのに、一人でさっさと先に進んでしまう。誰に抱かれても、誰に好かれても、その後ろ姿を追うのをやめられない。


 あたしだけが、ずっと取り残されてる。


「俺が江間に話そうって思ったのは……江間は話ちゃんと聞いて、自分の意見言ってくれるからだ。寂しいからじゃない」


 あたしだけ、ずっとあなたのことを好きなままで取り残されている。


「すぐタクシー呼ぶから……」


 向上くんがベンチから立ち上がる。その後ろ姿が大学の時の、あの迷子になってた姿と重なった。

 気持ちが抑えきれなくなって、思わず向上くんの背中に、抱きついてしまう。

 こんなのあたしらしくない。あたしならもっと上手くやる。もっと上手くやって、向上くんから好きって言わせてみせる。


 そうしてたら、もう8年も経っちゃった。


「向上くんが好きなの」


 初めて声に出したら、もう止められなかった。


「馬鹿みたいだよね? 向上くんから告白してくれるの待ってたら、もう8年も経っちゃってたの……」


 だんだん声から冷静さが抜けていくのが自分でもわかる。だけど、口が勝手に動いた。


「っなんで気付かんの!? あたしにここまでさせとって、なんで知らん顔貫けるん!?」

「えっ、江間、あの」

「誰も好きにならんとかやったらまだ諦めつくんに、なんで美澄さんなん!? あたしの方が可愛いやん! あたしの方が仕事出来るやん! あたしの方が絶対、向上くんのこと好きやん!! 意味わからん!」


 こんなことで泣きたくないのに、怒鳴るのもみっともないのに、それでも言わずにいられなかった。


「なのに、まだ向上くんが好きなの……」


 あたしだけが向上くんを見つけたあの場所で取り残されてる。

 だって怖かったから。


「……江間、離して」

「っ……やだ……」

「ちゃんと顔見て、返事するから」


 向上くんから振られたら、もうきっと、心のどこかが折れて治らなくなってしまう。


「……振らないって約束して」

「無理……」

「なんで」

「俺は、美澄が好きだから」


 でも、もうこれは、決定的だ。


 手を緩めて、向上くんから離れる。向上くんはゆっくり振り返って、申し訳なさそうに地面を見てから、まっすぐあたしの方に顔を向けた。


「……ありがとう。でも、ごめん」


 8年間の恋が、終わった。


「向上くんって、趣味悪いよね……」

「えっ、なんで」

「……マジで無自覚なの? 美澄さん、お世辞にも可愛いってタイプじゃないでしょ」

「そっ……それは江間にとってはそうかもしれないけど、美澄は……可愛い、と、俺は……」

「せからしい!!」

「っだっ!?」


 ビンタしたらちょっとスッキリした。向上くんが目をぱちくりさせている。


「……タクシーは呼ばんでいいわ。別にあんたに頼らんでも足になる男なんか大量におるんやけん」

「そ……そうですか……」

「……あのさぁ、もうちょっとショックとか受けてくんない? 天使の江間さんがこんなになってんだよ?」


 向上くんはなぜかぽかんとしていた。


「……江間は元から、そんな感じでかっこいいだろ」


 この男のこう言うところが好きで、好きでたまらなかった。



「おはよう佐倉くん」

「江間ちゃんおは……って、どうしたの髪!?」


 失恋したら髪を切る、なんて月並みだけど、やってみるとまあまあスッキリする。ちょうど、ショートも試したいと思ってたところだし。

 向上くんに言わせれば、あたしかっこいいらしいし。


「別に? ちょっと気分転換。あ、それ営業部に持って行くんだよね? あたし持って行くよ!」

「え、あ、うん……」


 営業部に行くと、向上くんは外回りでいないらしかった。なんだ、たっぷり嫌味言ってやろうと思ってたのに。

 まだ顔色の悪い美澄さんがぽかんとあたしの方を見ている。ちょうどいい、こいつに預けとこう。


「美澄さん、向上くんが帰ってきたらこの書類渡しといて♪」

「へぁ、は、はい……」

「なんでそんなびっくりした顔してるのぉ? ふふ、やっぱ似合わない?」

「い……いえ、似合うと思います……」


 なんとなく嘘は言ってないんだろうけど。


「かっこいいですし……」


 やっぱすっごいムカつくこの女!

ここまで読んでいただきありがとうございます!


向上優鷹:江間のことをすげ〜尊敬している。あんなに柔らかく人を説得できる人初めて見た……かっこいい〜って大学の頃から思ってる。

江間あずさ:向上のことがすげ〜好き。顔とか雰囲気もだけど一番は一緒にいて楽なとこ。

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