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向上主任は諦める

 美澄と仙太郎と、帰りの飛行機に乗り込む時に、気付いた。


「そこ段差。気をつけろよ」

「あっ、は、ひゃい」


 美澄と仙太郎の様子がなんかおかしい。なんか仙太郎が美澄に優しいし、美澄も緊張してるみたいに見える。

 これは、恐らく。


「付き合っちょらん」


 美澄を寮まで送った後に、飯を集るためにうちにあがりこんだ仙太郎は、聞かれる前にそう言った。


「えっ、いやいやだって、なんか二人とも変やし」

「そんなすぐ返事出らんやろうし、保留させた」

「保留……」


 思わず胸を撫で下ろしてしまう。


「そんなあからさまにほっとすんならお前も告りゃよかったやろ」

「ちがっ、ほっとしとらんし!」

「ふーん」


 したり顔腹立つ〜〜〜〜!!

 黙り込んでいると、仙太郎が「なあ」と顔を覗き込んできた。


「……ごめんな」

「えっ、何、仙太郎が謝るの気持ち悪」

「殺すぞ」


 あっ、そのノリそのノリ。まだそっちの方が安心する。


 仙太郎は小さい頃から色々を譲ってくれていた。なんで譲ってくれていたかと言うと、仙太郎の中で俺はずっと弱くて惨めないじめられっ子で、守るべき存在で、悪く言えば下に見てるからだ。

 それを疎ましく思ったことがないとは言わない。でも、それ以上に貰ったものが大きすぎるし、何より俺は仙太郎がいい奴だって知ってる。


 迷っちゃだめだ。飲み込まないと、だめだ。


「……ごめんって、何がなん。あ、美澄のことなんやけどさあ」


 仙太郎の眉がぴくっと揺れる。


「多分だけど、俺のは……妹みたいな感じとそういう好きが混じったっていうか、勘違いやと思う。だから、気にせんでいいけん」


 これで全部上手くいくんだ。



 お盆明け、美澄がすっごい顔で出勤してきた。


「おはよう美澄さん……ってクマすごい! お盆そんなに大変だったの!?」

「えぇ……?」

「先輩やつれてるし! ほらこのジュースあげますから!」

「あ……ありがとうございまひゅ……」


 寝てなさそう食べてなさそう、人間として最低限の生活が出来てなさそう!


 えっ、お盆何かあった!? いや、九州まで連れ回したのこっちなんですけどね……。そんで仙太郎から告られてるのもバッチリ知ってるんですけどね……。

 めちゃくちゃ心配になるけど、ここで駆け寄ったらま〜た変な誤解される!!


 でもあんなへろへろで仕事出来るんだろうか。せめて栄養ドリンク後で買ってきて、デスクに置いとけば……いやその置いてるところ誰かに見られたらアレだし!


「向上くんってば!」

「っ!」


 悶々としていて、江間から何度も声をかけられていたのに気付いていなかった。なるべく平静を装って「すまん」と言うと、江間が「もう」と笑った。


「これ、頼まれてた資料♡ また大口契約狙ってるんだね、すごぉい♪」

「……別に、仕事だろ」

「ふふ、仕事ならちゃんと集中しないと。美澄さんが気になる?」


 ぼそりと耳元で言われて、思いつく。江間なら……!


「江間、少しいいか」

「えっ? あ、いいよ!」


 珍しく動揺している江間を連れて、社内で一番人のいない自販機前に向かった。


「……江間、これ。美澄に江間からって言って渡してもらっていいか」


 とりあえず栄養ドリンクやらコーヒーやらスープやら、自販機で買える最大限の今美澄希空に必要と思われるものをビニールに詰めて渡す。

 江間は一瞬うんざりした顔をしてから、また笑顔を作った。あっ、やっぱ面倒ですよね……。


「いいよぉ♡ ふふ、向上くんが仕事以外でお願いしてくるの珍しいしね」

「……すまん」

「いいって。その代わり、今日ご飯食べに行こうよ♡ 向上くんの奢りで♡」

「ん」


 奢りくらいでこんなお願い聞いてもらえるなら安いもんだ。


 その後、江間は本当に美澄にあの大量の飲み物を渡してくれたらしい。現場を見たわけではないが、営業部の男連中がやっぱり江間は天使だ何だと騒いでいたから分かった。

 うん、俺も江間は天使だと思う。特別扱いみたいなことをしても誰も不幸にしないし。


 受け取ったコーヒーを飲む美澄はちらっと俺の方を一瞥すると、気まずそうに目を逸らした。

 上司の友達から告られたらそりゃ気まずいわな。まあ、そのうち美澄と仙太郎が付き合い出して、仙太郎は何も気にせんで話しかけてくるだろうし、美澄とも時間が経てば元通りになるだろう。



 美澄に飲み物渡してもらう代わりにご飯奢るなんちゅう安請け合いしたことを、今更後悔しはじめてしまった。


「あらあら! あずちゃんがここに男連れ込むなんて初めてじゃなぁい!」

「まっ、まさか彼氏って言わねえよなあ!? なあっ!?」

「も〜、おじさんもおばちゃんもそんなに騒がないでよ〜! 向上くんはまだ彼氏じゃないよ、ね?」

「ソウデスネ」


 身を寄せてくる江間からなんとか距離をとる。江間が許さないとでもいうように距離を詰めてきた。怖。


 江間が自分で店選びたいって言うからさぞお洒落なところに連れて行かれるんだろうと覚悟していたら、連れて来られたのは昭和っぽい狭い定食屋だった。

 ああ、確かにこういうとこ気になってても女の人は一人じゃ入りづらいよな、とか思って入ったら、カウンターの中のご夫婦が江間を見た瞬間にぱっと顔を輝かせて「あずちゃん!」って……常連やないかい!!

 なんでここ、という視線を見透かしたように江間がはにかんだ。


「ごめんね、大学時代にここでバイトしてて。おばちゃんもおじさんも、お母さんとお父さんみたいな感じなんだ」

「へ……へぇ……」


 いわゆる実家のような安心感ね……。わざわざそんなところに俺のこと連れ込まんでも……。

 常連らしきおっさんも店長らしきおっさんもめっちゃ睨んでくるし……帰りたい……。


「おじさん、そんな怖い目してたら向上くんびっくりしちゃうよぉ」

「これくらいでびっくりしてたらあずちゃんのこと守れんだろうが!!」

「江間は俺なんかに守られなくても大丈夫ですよ……頭いいし、メンタル強いし……」


 本心から出た言葉なのに江間から「ひどい」とばしばし背中を叩かれた。その強さがあればどうにでもやっていけると思う。



「あたし、いつか向上くんのこと、ここに連れてきたかったんだぁ♪」


 店を出た後、江間が楽しそうにそう言った。


「なんで……」

「おばちゃん達に紹介したかったもん、向上くんのこと」


 いやだからそれがなんで。

 そう返す前に、江間が「それでね」と続けた。


「今日、美澄さんもだけど向上くんも変だったよね? 何かあった?」


 ぎく、と体が強張った。


 別に俺に何か起こったわけじゃない。仙太郎が美澄に告白した。ただそれだけ。二人が付き合い始めたわけでもないし、何より、俺はもう腹を括った。


 それなのに、まだ、心のどこか引っ込みがつかなくて、ひどく苦しい。


「……話、聞こうか?」


 江間の声も、触れてくる手も全部優しい。それなのに、なぜかその言葉が悪魔みたいに聞こえた。

ここまで読んでいただきありがとうございます!


向上優鷹:大学時代は本屋さんでバイトしてた。

江間あずさ:大学時代は定食屋さんとちょっとだけガールズバーでバイトしてた。

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