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向上主任は大ピンチ

 宮本家の面々に付き合ってへろへろになった美澄を湯布院の旅館に送り届けた後、俺と仙太郎の二人だけになったレンタカーの車内は静まり返っていた。特に気まずくはない。仙太郎は酔っ払うと無口になるのは昔からだった。

 お互いの実家のある市内の方に車を走らせながら、スピーカーから流れるアニソンを聴く。やっぱキッズアニメの方が熱いアニソン多くて好きだな。


「……優鷹」


 助手席でもう寝かけてると思った仙太郎が、急に口を開いた。


「何?」

「お前、美澄のこと好きなん?」


 噴き出した。

 何言ってんのこいつ!? 悪酔いして恋バナモードになったの!?


「急に何っ……」

「いいけん教えろ」


 恋って、ある日急に、どーんって感じで襲って来るものだと思ってた。だって大体のBLがそうだし。何かきっかけがあって、好き、みたいな。

 でも、実際そうじゃなかった。じわじわぬるま湯に浸るみたいに、気付かないうちにその子のことばっか考えてる。次会ったら何を話そう、次会ったらこれ誘おう、って、何見ても何してても、頭の片隅に絶対いる。

 そういうのを、きっと。


「好き……と、思う……多分」


 初めて言葉にした。


「……多分って何なん」

「うるさいな……仙太郎には関係ないやん!」

「あるわ」


 仙太郎が俺の方を見る。


「俺も、美澄のこと好きやけん」


 まっすぐ、俺を見て、そう言った。


 思えば、昔から仙太郎には諸々を譲ってもらっていた。


「ゆた、お前またケンジに給食のプリンとられたんか」

「仙ちゃん……だって、やらんと叩くって言うけん……」

「……はぁ、しゃーねえな。お前俺の食っちょけ」

「えっ!? そしたら仙ちゃんのが……」

「ケンジからぶんどる」

「やめなよぉ!!」


 小学生の頃も。


「優鷹、今日はまともな服着てこいっちったよなあ……何なんそのオタク丸出しの服……」

「ちがっ、まともな服がこれしかなかったんです! 怒らないで! 叩かないで!」

「お前うち上がれ! 俺のお下がりやるけん!」

「え、いやいいよ悪いし」

「いいから着ろや!!」

「ひぇっ」


 中学生の頃も。


「優鷹。いい加減登校せんと、出席日数やべえんやろ」

「……いいよ、もう。留年して退学して、俺のこと知ってる奴が誰もいないとこに、行きたい……」

「……アホ言っちょらんで、早よ支度しろや。今日もうサボってカラオケ行くぞ」

「仙太郎は……出席日数やばくないん?」

「やべえに決まっちょんやん。後で俺の分も反省文書けよ」


 高校生の頃も、仙太郎には色々と譲ってもらって、助けられてきたと思う。


 美澄のことだって、二人で出掛けると話したら「じゃあちゃんと服だの髪だの整えて行け」と言い出したのは仙太郎だ。

 最初はめんどくさいと思ってたけど、今となっては腑抜けた格好で美澄に会うのが恥ずかしくなってしまった。すっぴんで好きな人に会えない女子ってこんな気持ちなのかと謎の納得を得た。

 まあ美澄は俺と会う時大体すっぴんに近いんだけどね! 悲しいからやめようこの考え。


 とにかく、仙太郎を助けられそうな時には、ちゃんと力になろうと思ってた。

 本人に言ったことはないけど、それくらい俺は仙太郎に助けられたと思ったから。

 今度は俺が仙太郎に譲ろうって、助けてやろうって、そう思ってたのに。


「そ……そうなん、美澄を、ねえ……」


 まさか仙太郎が美澄を好きだとは……。


「な、なんでそれを俺に……」

「お前には聞かんといけんやろ」


 仙太郎が、かつてない静かで低い声で言う。


「お前が嫌なら、諦める」


 反射的に「そうしてほしい」と言いかけたのを飲み込んだ。


 仙太郎は色々俺に譲ってくれた。給食のプリンも、ちゃんとして見える服も、出席日数やばい中でのサボる時間も、全部俺に譲ってくれた。

 だから今度は俺が譲ろうって思うのに、感情がそれを止める。

 美澄は嫌だ。美澄だけは、絶対譲りたくない。


 じゃあ、仙太郎に譲らないで、俺が美澄に告白するの?


 そう考えたら、一気に頭が冷えた。


 江間が前に言った言葉が脳内をぐるぐると回る。

 迷惑だったら美澄は断ると思う。

 でも、周りはどう見る? 美澄が裏で何か言われるかもしれない。少し間違えたら、ありもしない誤解をされて、どんな傷つけられ方をしてもおかしくない。


 そしたら……仙太郎の方がいいんじゃないかな。


 仙太郎はどんな扱い受けても「それが何なん」と返せるくらいにメンタルが強い。実際、仙太郎のおかげで美澄は自信を持てたって話してたし、もしかしたら仙太郎の方が美澄に合ってるのかも、しれない。


「……美澄は、ものじゃないからさ」


 なるべく、笑顔を作った。


「仙太郎がちゃんと手順踏んで、その上で美澄が仙太郎のことを好きになるんなら、それは……ちゃんと、祝うよ」


 俺にはこんなことしか言えない。

 仙太郎はふ、と笑うと、「とりあえずデート誘うわ」と言った。



「旅館ってすっごい……」


 思わず声が出た。

 一人で走り回れそうなくらい広い和室、溶けそうになるくらい気持ちいい温泉、それからもう2度と食べれないんじゃないかってくらい高そうかつ味もめちゃくちゃ良い夕飯……!

 宮本家で結構食べさせられたのに、夕飯全部入っちゃった……。


 仲居さんが敷いてくれていた布団に寝転んで、向上主任のお姉さんにRINEを打つ。

 お姉さんは私も帰省に付き合っていることを主任から聞いていたそうで、テンション高めのRINEがきていた。


『聞いたわよ

仙ちゃんのパートナーを演じてみせたのよね』

『そんな大袈裟な

主任がフォローしてくれたんで助かりました』

『その優鷹なんだけど実家帰ってからずっと沈んでるのよ

何か面白いことあった?』


 沈んでる……? 特に思い当たる節はない。


『疲れたとかじゃないですか

朝早かったし』

『それもそうね

私もミスティアと久々に会いたい♡

明日の仕事さえなければ……

職場に爆弾しかけてやろうかしら』

『怖いですよ』


 私もお姉さんの美を久々に直で浴びたいが、仕事なら仕方ない。明日は一人で観光でもして、ナカにお土産買おう。

 ナカは食べ物より御当地のよく分からんTシャツの方が喜ぶだろうななんて考えながら観光地を調べていると、スマホがぶぶ、と震えた。

 RINEの新着メッセージ……宮本さんからだ。


『明日お前暇か』


 どうしたんだろう。

 もしかして私宮本家で何か粗相を……!? それの詫び入れとか……!?

 どう返信を打ったものか考えていると、もう一個メッセージが来た。


『どうせ観光しかすることないやろ

俺が案内しちゃる』


 なんだ。宮本さんも観光したいだけか。


『観光の予定です

よろしくお願いします』

『よっしゃ

じゃあしっかりめかしこんどけよ』


 めかしこむって。

 まあ、仙太郎さんも来るなら主任も来るだろう。なぜか最近主任は擬態に近い格好で来るから、私だけすっぴんのオタク丸出しは少し浮くかもしれない。

 服はどうせTシャツとチノパンしかないにせよ、化粧くらいは少しはしていくか。


 そう、呑気に考えていた。

ここまで読んでいただきありがとうございます!


向上優鷹:初恋は現在進行形。

美澄希空:初恋は幼稚園の頃の先生。でもその話を母親にして「色気付くな」と怒られたのですぐに諦めた。

宮本仙太郎:初恋は中学生の頃の同級生。ストレートに言うのですぐに付き合えた。なんか違うなってなって別れた。

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