向上主任はじじこまし
ついにやってきた、お盆休み初日。
「知っちょるか、美澄。飛行機ん中では靴脱ぐんやぞ」
「いや……そんなわけないでしょ」
「つまらんな、優鷹はこれでマジで脱いだんに」
「主任……」
「高校生! 高校生の時の話な!?」
高校生でも大概ですよ、とは言わずに飛行機に乗り込んで、幼馴染カップルもとい主任と宮本さんに挟まれる形で座った。
「あ、中で『うつ剣』の映画観れる!」
お洒落な服装にセットした髪、それからいつもの野暮ったい眼鏡という中途半端に擬態した姿の主任が子供みたいにはしゃぐと、宮本さんも「うわ」とモニターの操作を始めた。
「なっついな。瑠璃にアニメ観せられたわ」
「私『うつ剣』未履修なんですよね」
「絶対観な。そんで政宗公を推しな」
「ええ……」
「俺眠ぃけん寝るわ。イチャイチャ騒ぎよったら窓から叩き落とすけんな」
「騒ぎませんって」
「イチャイチャもせんって……」
でも、私も眠いかも。朝4時とかに起きたし、宮本さんに会った途端に化粧とか髪とか色々いじくられて大変だったし。
おかげでふっとガラスにうつった自分を見た時にまともな人みたいだ、とびっくりしてしまった。いや、鏡とかではっきり見ると残念なんだけど。
うとうとしていると、隣で主任の寝息が聞こえた。『うつ剣』観るんじゃなかったんかい。
「……破産する……」
嬉しそうな声の寝言でどんな夢を見てるか一発で分かってしまうオタクの性。きっと推しの供給がたくさんある夢を見てるんだろう。
私も寝よ。『うつ剣』は今度、一緒に観れば……いいし……。
♢
「イチャコラついちょったなあ、オイ」
「不可抗力ですね」
主任と気まずい声が揃った。
結局、飛行機内で爆睡した私と主任は、宮本さんに起こされるまで目覚めることはなかった。しかし起こされた時の状況が……二人で、肩を寄せ合って寝てたという……バカップルしかしない居眠りをかましていた。
なんとなく主任と顔を合わせづらい。レンタカーの後部座席でお互い明後日の方向を見ていると、運転席の宮本さんが「もう着くぞ」と言った。
山しかない道を抜けて、やっと住宅街らしきところに着く。その中でも一際大きな日本家屋らしきところに、宮本さんが車を停めた。
「ここが宮本さんのご実家ですか?」
「正確にはじいさんの家。あとその宮本さんっち言うのやめろ、怪しまれっから」
「えっ!?」
「なんで優鷹がキョドるんか。ほら、呼んでみろ」
「え、じゃあ……」
声にするのを躊躇われる。だって、弟以外下の名前で呼んだことないし。
少し考えた後に、意を決して。
「せ……仙太郎さん」
声が震えた。
「……ん、じゃあ行くぞ希空」
「なんで仙太郎までナチュラルに呼んでんの!?」
「ぎゃあぎゃあしゃーしいわ、とっとと降りろ優鷹」
「わかっ、分かったから! 痛い痛い痛い!」
みや……仙太郎さんが、主任の首根っこを掴んで車から引き摺り下ろす。ヤのつく自由業の方にしか見えない行いと見た目だ。
戸惑いつつも後を追うと、縁側の方から「あっ」と明るい声が二つ重なって聞こえた。
「お兄〜! ゆたくんも来ちょんやん! どしたんそんなお洒落してぇ!」
「おひさおひさ〜! あっ、この人がお兄の彼女ぉ!? やっば、ギャル系やないんや〜!」
「えっ、あのっ」
同じ顔の女の人が二人!?
混乱していると、仙太郎さんが「おら」と二人の首根っこを掴んで私から離した。
「希空。これ妹。アホっぽい方が千歳で、ボケっとしちょるのが悠香」
「ど……どっちがどっちか……」
「ああ……美澄、髪が短いのがちーちゃんで、長いのがゆーちゃん」
「そっ! さすがゆたくん分かっちょん〜!」
そう言われてやっと見分けがつく。
双子なのか、ほとんど同じ顔だ。人懐っこそうで仙太郎さんとはまったく似てないけど。遺伝子のどこが繋がってるんだ?
「なんでゆたくんまで一緒に来ちょん? 今流行りのポリアモリー?」
「いやいやいや、お兄にそんな器用なこと出来んやろ〜」
「希空は優鷹の紹介やけん、一応連れてきた。じいさんも優鷹の紹介っちたら納得するやろ」
「それは確かに〜!」
双子の妹さん達が声をそろえる。
「……宮本家で主任ってどういう立ち位置なんですか?」
「孫の補欠みたいな……」
どういう立ち位置だよ。
仙太郎さんに案内されて、ご立派な玄関から家の中に入る。
そこかしこに賞状やら感謝状が飾られていて、一歩進むごとに背筋が伸びた。
「希空さん、だよね? 緊張しなくていいよ〜、おじいちゃん顔は怖いけど優しいから!」
「そうそう、お兄の顔見慣れてたら安心でしょ〜」
「え、えぇ……」
何も安心出来ないんですが。
私の心の準備が整わないままに、ついに広間の前に辿り着いてしまった。仙太郎さんがすぱん、と勢いよくふすまを開くと、恐らく宮本家の一族らしき人々の目が一気にこっちに向いた。
「ひっ」
小さく悲鳴をあげて後ろに下がりそうになるのを、仙太郎さんが腰を支えて止めた。
静まり返った一番奥に、仙太郎さんとどこか似た雰囲気のおじいさんがあぐらをかいて座ってるのが見える。おじいさんはじっとりとした目を仙太郎さんと私に向けた後に。
「ゆたくん!!」
主任を見て顔を綻ばせた。
「久しぶりやね〜! 元気しよったかい!」
「あ、はーい……ご無沙汰してます……」
「そんな遠いところおらんで、こっち座りんしゃい! 仙太郎から聞いちょるよぉ、出世したんやっちなぁ!」
「あ、はい、おかげさまで……」
孫の可愛がられ方しとる……。
「あの、向上家じゃないですよねここ……」
「昔っから優鷹んことよう可愛がっちょるけん、たまに連れてくるとあんな感じなん」
「ゆたくんの方が私らとかお兄より勉強できるし良い子だもんねえ」
なんだ、そうしたら最初から主任さえ連れて来ておけば茶を濁せたんじゃないのか。
そう思ってたら、おじいさんの厳しい目が急に私の方に向けられた。
「で、そちらは?」
声ひっっっっく!! 怖!!
「えっ、えっと……」
「言っちょったやろ。俺の彼女」
この状況下であぐらをかいて、ついでに腹もかきながら仙太郎さんが言った。メンタルが強すぎる!!
「何かは聞いちょらん。どこの馬の骨連れて来ちょんかっち聞きよろうが!」
「あ、恭太郎さん。彼女、俺の会社の部下で美澄希空さんっていいます」
「えぇっ!? ゆたくんの部下ぁ!?」
おじいさんの声が一気に声が華やいでいる。やっぱり主任連れて来ときゃよかったのでは?
まったくの他人なのに孫の補欠と言わしめる主任の信頼度のせいか、さっきまで不審な目で私を見ていた宮本家の人々の目は少し柔らかい視線に変わった。
こそこそと「そういえば利発そうなお嬢さん」とか「たしかにふくふくして安産そう」とか聞こえて来る。さっきまで絶対そんなこと思ってなかっただろ。
「え〜っ、ゆたくんが仙太郎のお嫁さん選んでくれるとか、そんな、いいのぉ?」
「……いや、俺が選んだっていうか、二人が勝手にそうなったっていうか……」
「あっ、そうだよお兄! 希空さんのどこが好きなの!?」
「聞きたい聞きたい!」
そんな恋バナの空気出す!? 本当の彼女じゃないし、そんな質問答えられるわけない。そう思って仙太郎さんの方を見ると、ぐっと肩を抱き寄せられた。
「俺が会った中で一番いい女やけん付き合った」
かあっと体温が上がるのが分かる。
双子さん達がきゃあきゃあと黄色い声で騒ぐのがどこか遠く聞こえた。
「ねっ、希空さんは!?」
「えっ!?」
急に千歳さんに話を振られたけど、そんなの用意してないんですが! 仙太郎さんに助けを求めるけど人の肩抱いたままテーブルの上のビールとってるし、主任は主任でなぜか青くなってるし、何か言わないと、何か、何かっ……!
「こっ、この髪っ! 仙太郎さんにしてもらったんですけどっ!」
慌てて出まかせが出るほど私は器用ではなかった。
「すごく、その、皆に好評で! あの、その」
違う、これじゃ美容室の口コミだ。仙太郎さんのいいところ、仙太郎さんの好きだって思うところ、は。
「か……髪の毛、整えてもらった時、仙太郎さんが胸張れって、言ってくれて、私ずっと、自分なんかブスだしデブだしって思ってたんですけど、それでも、自信持っていいんだって、思って、みや、仙太郎さんのおかげで」
あれ、何言ってんだろう、私。
「仙太郎さんはいつも自信満々で、堂々としてて、でも根拠のない自信みたいなのじゃなくて、すごく頑張ってる、そう、頑張ってると思うから!」
周りの視線の痛さで自分の痛々しさに気付く。
「あの……こんなことじゃ、ないですよね……」
穴があったら入りたい。俯く私に皆の視線が集中したと思ったら、どっと笑いが起こった。
「仙ちゃん、あんたいい女の子捕まえたやない!」
「洒落た髪しちょるって思ったわ〜、立派に美容師さんしちょんのやねえ!」
「しゃーしいわ……」
仙太郎さんの方を見る。初めて仙太郎さんが耳まで赤いのを見た。
おじいさんがひとしきり笑った後、はあ、と深いため息をつく。
「……そんな子は簡単に手離せんなあ。仙太郎、希空さんに迷惑かけるなよ」
……私は、宮本家に認められた。
ここまで読んでいただきありがとうございます!
向上優鷹:髪は1000円カットで切ってたけど仙太郎にブチギレられて以降ちゃんと仙太郎の美容室に通っている。
美澄希空:髪は昔から行ってる実家周辺の床屋で切ってたけど最近他のとこにも行ってみようかなと思うようになってきた(子供の頃からほぼ同じ髪にされるため)
宮本仙太郎:髪は後輩の練習台になったり視察程度に他の美容室に行ったり。
宮本恭太郎:仙太郎のおじいちゃん。髪は昔は仙太郎が切ってたけど最近はその辺の床屋。ちょっとさみしい。
宮本千歳:仙太郎の妹。髪は昔は仙太郎が切ってたけど今は駅前のおしゃれなとこに通ってる。
宮本悠香:仙太郎の妹。髪は昔は仙太郎が切ってたけど今は美容師さんがかっこいいところに行ってる。




