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向上主任はお願いする

『今日、定時後時間ある?』


 昼休憩中、外回りに行ってるはずの向上主任から急にそんなRINEが来た。


『城郭王子のコラボカフェもう行ったんじゃないんですか』

『それじゃなくて

ちょっと話したいことがあって』


 話したいことって……改まって何を話すと言うのか。与四鈴のカップリング観とかもう何度も何度も話して完全解釈一致じゃん。


 もしかして、こく……いや、ないないない。これはない。

 頭に浮かんだ考えを打ち消すように首を振って、RINEの返信を打つ。


『いいですよ

どこで話しますか』

『うちでいい?』


 たとえ指定されたのが主任の家でも、決して動揺したりしない。床に落とした書類を拾いながら、なるべく深く呼吸を繰り返した。



 私の動揺は極めて無駄なことだった。


「よう美澄。ちゃんと髪色々塗ったくっちょんか」

「……ご、ご無沙汰してます。宮本さん」


 主任の家には、宮本さんがふてぶてしく座っていた。


「ごめんな、急に呼び出して」


 主任が大きな鍋をテーブルの中心にどすん、と置く。中ではすき焼きがぐつぐつと煮えていた。


「仙太郎がすき焼き食いたいって言ったからすき焼きだけど、食える?」

「食べれますけど……え、今日すき焼きするから呼び出されたんですか」


 宮本さんが卵を配りながら「うんにゃ」と言う。


「美澄、盆休み空いとるか」

「えっ、お盆ですか」


 実家に帰らなきゃとは思うけど、せいぜい日帰りでいいだろう。あんまり長くいてもきついだけだし。


「特に予定はないですね」

「じゃ、決定やな」

「……なあ仙太郎、別に美澄やなくてもいいやん。他にさぁ……」

「俺の知り合いん中じゃ一番まともなんやけん美澄でいいやろが」


 ばつの悪そうな顔をしている主任を睨んでから、宮本さんはまっすぐ私を見た。


「美澄。お前俺の彼女のフリせぇ」

「……え……」


 あんまり衝撃的すぎると、人間の脳って途端に処理速度が落ちる。

 主任と宮本さんの顔を交互に見て、やっと脳の中心にたどり着いた言葉を反芻して、それから。


「はぁぁぁああああああああ!?」


 ここ最近で一番大きな声が出た。


「しゃーしい。飯くらい静かに食えや」

「いやっ、すいませんっ、えっ、でもなんでですか!?」

「ごめん……ほんと美澄には悪いんだけど……ほんとごめん……」

「謝ってても分かんないですって! どういうことでそうなったんですか!?」


 私がパニックになってるのをガン無視して、宮本さんは缶ビールを開けた。自由すぎるだろ。

 見かねた主任が「あのですね」と説明を始める。夫婦か?


「仙太郎の実家って割と堅いところで……その、地元では名士みたいな扱われ方してるおじいちゃんがいる的な……」

「えっ!?」

「何や」


 宮本さんの上から下まで見てもそんないいところの子に思えない。あぐらかいて片膝たててるし。ビールもう2本目飲んでるし。


「その実家から、お見合い話が来たらしいんだよ。なんか苗字とかお墓とか残さないとダメ的なやつで」

「今でもあるんですねえそういうの……」

「年寄り連中が拘っちょるだけやけん無視してもいいんやけど」


 宮本さんは容赦なく肉ばっかり取り皿に入れながら話に入ってくる。


「そーすると今後仕送りが打ち切られる」

「仕送りなしで生活出来るようにしたらいいのでは……」

「は? お前美容師の給料舐めちょんか。人間として最低限の暮らしが危ういんやぞこちとら」

「堂々と言うことですかそれ……」


 宮本さんはふん、と鼻を鳴らす。仕送り受けてるのにこの人偉そうだな〜。


「お見合いしたくないしまだ地元帰りたくないしで、彼女いるって言っちゃったんだって……」

「ああ、それで彼女のフリ」


 合点はいった、だがしかし。


「そんなの別に私じゃなくても……」

「知り合いの中でじいさんと会話が成り立ちそうなのがお前しかおらん」

「ええ……」


 主任もだけど、私も人のこと言えないけど、交友関係偏ってるな……。


「ほんとこういうこと頼むのよくないと思うんだけど、俺も仙太郎が大分(おおいた)帰っちゃうと困るから……ごめん美澄、お願いしていい……?」


 まだ鍋どころか酒にも手をつけてない主任が、申し訳なさそうに正座して言った。

 ……別に宮本さんのお願いを聞くのはいいんだけど、それを主任が容認するのが、なんか、もやっとする。なんでか分からないけど。

 そういうので返答を躊躇っていたのを迷っているととられたのか、宮本さんが「礼はする」とスマホを見せてきた。


「? なんですか、これ。温泉?」

「あ……その日美澄に泊まってもらう予定の旅館です……」

「……え!? いや、一泊これ高っ……生活やばいのに!?」

「俺は出さんわ! じいさんが、俺の彼女ならこんくらい泊まらせろっちて」


 本当にいいとこの子なんだ……!

 広くて景色のいい温泉、豪華な和室、全部美味しそうな和食……あっ、朝食ってビュッフェなんだ……へえ……。

 躊躇う気持ちがどんどん薄れて、ついに私は頷いてしまった。


「よし、じゃあ決まりやな。こっからここまでで2泊な、準備しちょけよ」

「2泊もいいんですか……!?」

「ああ……美澄が高級宿に負けちゃった……」


 逆に主任は負けないのかと問いただしたい。美味そうなものの前では人は無力なんですよ。


「じゃあ私と宮本さん二人で行くんですか?」

「いや俺も行くから! 泊まるのは実家だけど」

「あ、じゃあお姉さんに会うんですね」

「会いたくないんですけどね……」


 しかし、九州か……。修学旅行でも行ったことない。しかも、結構堅い家に彼女として訪問。荷が重い。

 私の不安を見透かしたみたいに、宮本さんがにやにや笑って。


「んな顔すんなや」

「わっ!?」


 がしがしと豪快に頭を撫でてきた。

 えっ、痛……くはないけどめちゃくちゃびっくりした!

 呆然としていると主任が「ちょっ」と大きな声を出す。


「何撫でよんの!?」

「いや、しょげちょって面白かったけん。お前も撫でりゃいいやん」

「そういう話じゃなくて……っ!」

「あ……すいません、主任も撫でられたかったんですよね?」

「それは絶対に違うしそんな目で見るな美澄!」

ここまで読んでいただきありがとうございます!


向上優鷹:父は体育教師、母は近所の着付け教室の先生をしている。

美澄希空:父は不明、母は社会福祉士をしている。

宮本仙太郎:父は市役所職員、母は専業主婦をしている。

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