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向上主任はそうじゃない

 タカミネ商事に就職して2年。

 特別仕事が出来るわけでも出来ないわけでもなく、いつもオフィスの隅っこで黙々と仕事をこなしている。

 昼休みに入れば社内の人と世間話程度はするけど、オタクで世間知らずの私は皆がするあの芸能人のニュースがどうのとか脱毛がどうのとか社内の誰と誰が不倫してるみたいな話題についていけない。

 結局、早々に昼ごはんを食べ終えて、人気のない自販機前でソシャゲのガチャを引くのが私の昼休憩。お洒落なランチとかクソ食らえ、こちとら課金に忙し……。


「美澄っ」


 ……出た。


 陽気な声に顔を上げると、普段は仏頂面をはりつけてるのが嘘みたいな満面の笑みを浮かべた上司が立っていた。


「……向上主任……」

「今一人か? ご飯食べた?」

「食べましたよ。あっ、ちょうどいいから運貸してください。ここタップして」

「えっ、やだそれめちゃくちゃ辛いって噂のソシャゲじゃん……荷が重……」


 我が社のアイドル的存在、無愛想なのに営業成績トップに君臨する「氷の向上」こと向上主任。

 私だけが主任の秘密……オタクで腐男子であることを知っている。


 そのせいなのか。


「でもキャラデザ良いな……この男誰? 受?」

「主任ほんと男前受け好きですよね。私の見解でも受ですよ」

「はぁ〜〜ありがってぇ〜〜〜〜」


 向上主任は私が一人でいるところを見つけると、すぐに駆け寄ってくるようになってしまった。

 言葉を選ばずに言えば、懐かれてしまったのである。

 主任の運の力を借りても推しを引けなかった画面から目を背けて、主任の方に顔を向けた。


「で、今日はどうされたんですか」

「めっちゃくちゃいい商業BL見つけて! 美澄も絶対好きだから教えようと思って!」


 ……毎回、話しかけられるたびに毎回思うのだが。


「……主任、ツブッターのDMでよくないですか? それ……」


 主任が腐男子だと知った、あの日。私と主任はツブッターをフォローし合った。毎日あんなに与四鈴で検索しまくってたのに主任のアカウントに辿り着かなかったのは、主任がアカウントに鍵をかけて閲覧制限をかけていたためだった。

 曰く、男とバレない自信はないしバレたら出会い厨って思われそうだし心を守るためには鍵しかなかった、とのこと。デリケートすぎる。

 とにかく、主任には私に直接話しかける以外で連絡を取る手段なんて沢山あるのだ。私的利用は原則ダメだけどしてる人がたくさんいるって噂の社内チャットなり、ツブッターでDMを寄越すなり。

 それなのに主任は頑なに私と直接話そうとしてくる。皆の前だと目立つから嫌というのだけは肝に銘じているようで、やって来るのは大体私が一人でいる時だけど。


「だ……だってツブッターのDMじゃ開いてもらえない可能性あるし……」

「ちゃんと開きますよ」

「俺めちゃくちゃ長文打っちゃうかもしれないし……」

「いつも長文喋ってるじゃないですか。慣れてますよ」

「……だって、文字打つ暇惜しいくらい美澄に話したいことあるんだって!」

「それが本音か……」


 多くのオタクはオタクに出会った時、足りない語彙で推しに対する自分の感情をめいっぱい喋ろうと1.5倍速で喋る悪癖がある。主任もご多分に漏れず悪癖があり、私に会うとすごい勢いで推しの話を始めるのだった。


「主任、フォロワーも多いし推し語りする相手くらいいくらでもいるでしょう」

「……それがな、いないんですよ……」

「へ」


 主任の眉がぺしょりと下がった。


「美澄……良い機会だから腐ってる男の肩身の狭さについて説明しよう……」

「えっ、世界一いらない授業」

「いいから聞いてって! 腐男子の友達とかいないから俺だけが感じてることかもしんないけどぉ!」

「……ったく、昼休憩終わるまでですよ」

「やったぁ!」


 28歳児の面倒を見るのも骨が折れる。

 主任はこほんと一つ咳をすると、ぐっと握り拳を作った。


「正直オタクの知り合いはたくさんいる! 近頃はアニメ観てるだけでキモーいって罵られる時代じゃなくなったので、アニメまったく観ない人の方が珍しいすらある!」

「確かに結構市民権得てますよね。私が小学生の頃とかはまだアニメはオタクが観るものみたいなイメージありましたけど」


 オタク青年が主人公の恋愛ドラマが放送されたあたりから、だんだんと「オタクって言ってもそんなに悪しきものではないよね」って扱いになってきた気がする。

 今じゃオタクであることを一種のステータスみたいに言う人もいるくらいだから、ほんと時代は変わったものだ。


「でも、その中で女性向けジャンルに沼ってる男ってなると一気に減るんだよ……」

「そうなんですか? 結構少女漫画好きな男の人とかよく聞きますけど……」

「観るけど沼ってほどじゃないんだよ。その中からわざわざBLを好んで見る男ってなるとまた絞られて、同人誌出すレベルの末期はマ〜ジで一握りっていう……ネッ……」

「別に男の人じゃなくて、女の人とでもいいんじゃないですか? 私にはよく話しかけてきてるし、女の人苦手ってわけじゃないでしょう?」


 私の提案に、主任が深い深いため息をついた。


「美澄……これ怖い話だしネットで今後オフ会することがあるなら用心って意味でも聞いといて欲しいんだけど……」

「はい」

「男なのに女性向けジャンルが好きって言ってくる奴の中には一定数いるんだよ……出会い厨が……!」


 出会い厨。

 恋人を作る目的でオフ会に参加したりする人のことである。


「俺は純粋に推しジャンルとか推しカプの話したいだけだけど、相手からしたらそんなの分かんないし、女の人からしたら男ってもう無条件で怖いじゃん!? だから逆に物怖じするというか……」

「え、じゃあなんで私は大丈夫なんですか」


 聞いてみた後に、しまったと思った。

 私は小太りでメガネでオタク丸出しの容姿をしていて、とても女の人とカウントされるような見た目ではない。給湯室で男性社員達が「うちの部署で一番抱けないのは美澄」と噂しているのを聞いたこともある。

 主任に気を遣わせる前に何か言わないと、と思って顔を上げると、主任はあっけらかんとした顔で。


「だって美澄は俺が出会い厨じゃないって知ってるもん」


 そう言った。


「……もんってアンタ」

「それに美澄はガチで迷惑な時は暴力に訴えかけてでも止めてくれるからな! 今話してくれてるってことは特に迷惑でもないだろ?」

「迷惑って言ったらどっか行くんですか」

「えっ……迷惑なの……?」


 ショックを受けたような顔をされるとなんだか罪悪感がわいてくる。全部この整いすぎている顔のせいだ。


「……別に、迷惑じゃないから人がいない時なら話していいですよ」

「やったぁ! で、さっき言った商業BLの話していい?」

「どんなのですか?」

「ドムサブのやつで、1話に1回すけべする!」

「最高じゃないですか……」

ここまで読んでいただきありがとうございます!


向上優鷹:184cm

美澄希空:150cm

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