向上主任は遠慮する
最近、向上主任の様子がおかしい。
いや、いつもおかしいといえばおかしいんだけど、いつも以上におかしい。
前は私が一人でいればすぐに駆け寄って来てたのに、最近は小さく手を振るだけ。話しかけてくるのは、あのクソ暑い非常階段で二人きりの時だけだった。
それだけでもおかしいんだけど、もっとおかしいのは。
「そういえば、主任って『城郭王子』も推してましたよね」
「えっ、何、興味持った!? 円盤貸す!?」
「布教への圧が強い! いや、今度コラボカフェあるってツブッターで流れて来てたから」
今までの主任なら十中八九こういうのは誘ってくる。しかし。
「あ……そうなんだよ。限定のアクスタはめちゃくちゃ欲しいけど今回は見送ろうかなって……」
「えっ」
「い、いや、男一人で行くの気まずいし、もう祭壇おくとこないし……」
今更か? あの祭壇もうずっと前からギチギチなのに行くたびにアクスタもぬいもフィギュアも増えてたぞ?
「……なんか隠してます?」
「かっ、隠してない! 何も!」
主任がおかしくなったのは、あの飲み会の後。主任と江間さんが二軒目に行ったとかいう日からだ。
これは間違いない。きっと、主任は。
「江間さんと付き合いはじめたんですか?」
「いやそれはない」
ないんかい。急にバッサリ切るからびっくりしてしまった。
「え、でもこないだ二軒目行ったって……しかも江間さん、主任がアニメ好きって知ってたし」
「そこまではバレたんだよ……でも腐は隠し通したから!」
「そもそも江間さんって腐の概念通じるんですかね」
「知らなさそ〜」
じゃあなんで主任は最近変なんだろう。
別に、あのギチギチの祭壇にアクスタ増やせばいいし、布教ついでに一緒に行くくらい、全然……。
……なんか、私もおかしいな。
「……アクスタだけなら、モルカリとかで買えるんじゃないですか」
「えっ!? だめだめだめ! 公式に金が落ちないから!」
「気高いオタクでしたか」
別に、主任がそっけないくらい、どうでもいいよ。
♢
……美澄にはああ言ったものの、『城郭王子』のコラボカフェには絶対行きたい!! 現地で公式に金落としたい!! このノイシュ様のお手製謎スープとかめちゃくちゃ現物写真撮りたい!! ぬいと共に撮りたい!!
とはいえ、美澄を誘うのははばかられる。だって美澄は『城郭王子』推してないし。それに、あんまり俺が美澄に構うと迷惑かかるし……。
でも一人じゃ女性向けジャンルのコラボカフェとか行きづら〜い!!
かくなる上は……!
「……ってわけで仙太郎、一緒に行かん?」
『行かん』
ですよねー。
『ったく、急に電話してきたと思ったらんなくだらんことかい』
「くだんなくないし! ここでしかノイシュ様のバーテン姿のアクスタは手に入らないんですよ!?」
『しゃーしいわ。っつか美澄誘ったらいいやん』
「それは……」
誘いたいのはやまやまだが江間からの言葉がそれを止める。
でも、その話を仙太郎にするのはちょっと、と躊躇う気持ちがあった。
だってこいつ十中八九「それが何なん」って言うもん。メンタル強すぎなんだよな。
「とにかく! 奢るけん一緒行こうっちゃ、な!?」
『嫌や。女ばっかのところに男二人も浮くやろが』
「あっ、それはそうですね……」
しかも仙太郎見た目いかつくて怖いもんね……。
『そんな行きてえなら瑠璃と行けや』
「はぁ!? 姉ちゃんととかマジで嫌や!」
『でもお前そんくらいしか女でオタクの知り合いおらんやろ』
確かにそうなんだけどだからって姉は最終手段すぎる!!
どうしよう、と悩んでいると、たった一人心当たりを思いついた。
あの人ならツブッターで『城郭王子』の話してるの見たことあるし、ちょうどいいかも、でも……。
いや、ここで悩んでいたらアクスタは手に入らない。
『どした? 瑠璃に俺から連絡しとくか?』
「それはマジでやめて」
誘うのに勇気はいるが、やむをえまい。仙太郎との電話を終えて、すぐにツブッターのDMを送った。
♢
「はーい! 呼ばれて飛び出て中美良でーす☆」
約束した当日、駅前で突っ立っているとそんな元気な声と共にナカさんが現れた。
前はめちゃくちゃ明るい金髪だったけど、今日はアニメキャラかってくらい真っ青の髪をしている。一瞬誰か分からなかった。
「一瞬誰か分からなかったですよぉ!」
と、思ったら向こうからも同じことを言われた。
ナカさんは俺の頭のてっぺんから爪先まで見ながらぐるぐると周りをまわってくる。怖、何!? 陽キャの習性!?
「前はめちゃ気合い入れてきてたじゃないですか! なんで今日オタクの制服なんです?」
「オタクの制服って……」
「ネルシャツジーパンはオタクの制服っしょ!」
そういえば前にナカさんと会った時は仙太郎が全部服選んだんだっけ。
今日はどうせコラボカフェしか行かんしって思って完全にオタク丸出しの格好で来たが、ナカさんのこの訝しげな顔を見るともう少し気を遣った方が良かったかもしれないと思えてきた。
「ま、いいですけどね〜! 今日はみっすーいないからやる気出なかったんでしょ♪」
「えっ!? いやそういうわけじゃ」
「分かってますよ☆ でもなんでみっすーじゃなくてうち誘ったのか、しっっっっっかり説明してもらいますからね♪」
こ……怖〜〜〜……。
女の人の知り合いでコラボカフェ行ってくれそう、ってなったら美澄以外にはナカさんしかいなかった。
ツブッターの相互フォローはしていて、『城郭王子』好きなのは知ってたし。
ただ、誘うのは少し迷った。だってこの人前回……。
「そんな距離置いて歩かなくても、取って食ったりしませんよ?」
「ひぇっ」
コラボカフェへ向かう道中、微妙に距離を置いて歩いているのがバレてしまった。
「言ったじゃないですかぁ☆ ドッキリって!」
「それはそうなんだけども……っ!」
ああいうのされた後に動揺しないでいる方が無茶だろ!!
近寄ろうとしない俺に業を煮やしたのか、むっとした顔でナカさんが無理やり距離を詰めてきた。車道とナカさんの間に挟まれて、逃げられなくなる。
あっ、こないだも江間と壁に挟まれて逃げらんなかったな……。
「主任さんとこんなに近付いてもなーんとも思わないから大丈夫って!」
それはそれで傷つく。
乾いた声で「そうなんだ」と返すと、ナカさんは豪快に笑った後に目を伏せた。
「……違うか。主任さんだけじゃなくて、あたし、誰が相手でも何とも思ったりしないよ」
……どういう意味だ?
聞き返そうとする前に、ナカさんはいつもの笑顔に戻って「あそこのビルの4階ですよねっ」とこのあたりで一番でかいショッピングモールを指差した。
「ナハルくんのぶきっちょケバブめちゃ楽しみ! ね、ネイルも合わせてきたんスよ〜! 可愛くない!?」
「えっ、あっ、ほんとだ! 女の人ってそういうので推しアピできるからいいよな……」
「主任さんもします? ナカが心を込めて塗りますよ〜?」
「遠慮します……」
ここまで読んでいただきありがとうございます!
向上優鷹:コーヒー派。ブラックで飲む。
美澄希空:紅茶派。レモンティーが好き。
中美良:炭酸水派。強ければ強いほどいい。




