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向上主任は抜けている

 予想通り、主任は。


「え、行きたくない」


 ばっさりとそう言った。


「ですよね。江間さんにRINEして断っときます」

「おねが……えっ、江間のRINEなんか知ってんの!?」

「前に買い物行った時に教えてって言われて……」

「やっぱ距離の詰め方えぐいな江間」


 そう言って、主任は昼食らしきパンを一口齧った。

 そろそろこの非常階段での休憩も熱くて辛いだろうに、主任は頑なにここで食べ続ける。一度外のお店とかで食べたらいいんじゃないですかと勧めたが、それはそれで面倒くさいそうだ。


「あ、江間さん返信はや……ちょっと、主任」

「ん?」

「佐倉さんが先走ってお店予約してます」

「えっ」


 主任にスマホの画面を見せる。そこにはこの近くにあるおしゃれなイタリア料理屋さんのSNSが表示されていた。


「しゃらくせ〜! 佐倉とか江間好きそう〜!!」

「どうすんですかこれ……」

「え〜〜〜……」


 心底めんどくさそうな声が出てる。そらそうだ。


「まあ……美澄が行くなら行こうかな」

「えっ、なんで私」

「美澄と佐倉が酒の出る店って時点で嫌な予感しかしないから」


 そう言われるとぐっと言葉に詰まってしまう。


「その節は大変ご迷惑を……」

「いいっていいって。まあでもほんとお酒気をつけてください。何ならもう飲まなくていいから」

「営業なら飲めないといけないんじゃ……」

「一昔前の幻想です。そりゃ飲めた方がって人もいるけど、接待で飲みニケーションとか言ってる連中すでに酔っ払ってるから相手の酒量とか把握してないよ」

「ひどい言い様だ」


 私も積極的に行きたいわけではない。

 しかし、江間さんのメッセージから感じる確かな圧を無視することもできず、二人で同時にため息をついて。


『主任、行くそうです』


 そう返信した。



 佐倉さんが予約したイタリア料理屋さんは、本当に主任みたいに「しゃらくせ〜」と悪態つきたくなるおしゃれなお店だった。

 暖色照明に照らされた薄暗い店内、黒板に書いた今日のおすすめメニュー、客層もなんか江間さんとか佐倉さんみたいな人が多くて我々陰はすでに逃げて帰りたい。


 しかし江間さんはそれを許さずてきぱきと注文を終えると、届いたグラスを高く掲げて。


「じゃあ、研修会お疲れ様でしたっ♪ かんぱーい!」


 そう高らかに宣言した。


「かんぱーい!」

「乾杯……」


 明るい声でそれに続く佐倉さんを追うように、陰二人でグラスをあげるものの声に覇気がない。陽二人はそれを突っ込むことなく、楽しげな顔でお酒を飲み始めた。


「研修会無事に終わってよかったね〜! 久々に懐かしい顔にも会えたし!」

「あ、それそれそれ! 今村さんってソッチだったの!? オレすごい触られたりしてんだけど狙われてんのかな!?」

「……いや、今村さん面食いだし佐倉はないんじゃないか」

「向上、お前それ結構失礼なこと言ってるけど気付いてる?」


 さらに言えば自分は顔がいいって仰ってるようなもんですが気付いてる?

 ちびちびとレモンサワーを飲みながら、さっき取り分けたサラダに手をつける。あ、なんかドレッシング美味い。ここ料理あたりなのかも。もっと色々食べたいけど、なんか話盛り上がっててそれどころじゃないからな。

 そんなことを考えていると、主任がす、とメニューを手渡してきた。


「ん」

「あ、ありがとうございます」


 ナチュラルに受け取ってから、江間さんと佐倉さんがぽかんとしてるのに気付く。


「……向上ってやっぱ美澄ちゃんにだけ色々してやるよな!?」

「ね、それあたしも思ってた! 今日だって美澄さんが行こうって言わなかったら来なかったんでしょ? なんで?」


 だから距離感考えろって言ったのにこの男は!!

 私と主任の関係性を何と説明するのが正解なのか分からない。主任の方を見ると、いつもの何考えてるか分からん無表情のままで酒を飲んでいた。いや何か言えよ。


「別に、これくらい普通だろ」

「いや普通じゃないって! 皆にするのと違うって!」

「それは……美澄、抜けてるし……」

「は? 主任が言うんですか? それ」


 思わず素で言っちゃった。

 きょとんとしてんじゃないよ。抜けてんのはあんたもだよ。


「ふふ、やっぱり美澄さんもそう思う? 向上くんってちょっと抜けてるよねえ」

「えっ」


 江間さんにも頷かれて、主任はいよいよびっくりした声を出していた。なんで無自覚なんだよ。


「大学の頃なんかすごかったんだよ? 学内で迷子になってうろうろしてるの見つけて、案内してあげたりしたんだよね」

「江間……その話は」

「江間ちゃんその頃から優しかったんだ〜! えっ、写真とかないの!?」

「えっとね……ほら、これ」


 江間さんが、大学生の頃の二人がうつったスマホの画面を見せてくれる。

 今より若い……というか幼い二人は、この写真だけ見たら恋人同士みたいに見えた。

 やっぱり美男美女なだけある。私なんかより、よっぽど主任とお似合い……いやいや、何だよ私なんかよりって。自分と比較してどうする。

 頭ではわかってるのに、胸の辺りがもやついて仕方ない。


「うわ可愛い〜! 江間ちゃんこの頃からモテたっしょ!?」

「モテないよぉ。この頃あたし田舎から出たばっかりで、まわりみーんな都会っ子だからなんとなく浮いちゃってたなあ。だから向上くんに親近感わいちゃって」

「あ、主任ってたしか出身は」

「九州」

「そうそう! あたしもそうなんだよ〜」


 江間さんのこと、勝手に関東出身なんだと思ってた。だって方言全然出ないし。いや、主任もそうか。宮本さんと話してる時以外方言で喋ってるの見たことない。


「えっ、じゃあ好いとーと♡ とか言うの!?」

「やだぁ、言わないよ〜、ふふっ」


 方言の江間さんは確かに可愛いだろうなあ。モテないっていうのも謙遜で、きっとたくさんの人に言い寄られてきたんだろう。

 でも、それならすでに結婚してたり彼氏がいたりしてよさそうなもんだけど。なんで江間さんはフリーなんだろう。主任が好きだから? いや、そんなことで誰とも付き合わないって選択をとるのは向上主任くらいのもんだろう。


 私だって、誰かから好かれてるって分かったら、その時は……。


 そこまで考えて思考が止まった。

 誰かに好かれてたらどうするんだ? 付き合うとか、そういうこと?

 まあ、ありえない話だし。そんな真剣に考えなくていいか。


「……少しトイレ」


 主任はそう言って席を立つ。

 私だけ陽二人の中に取り残されて気まずいが、江間さんの大学時代の話で盛り上がってるみたいだし特に話題が振られることはないだろう。


「ねえ美澄さんっ、どうやって向上くん誘ったの?」

「んぇっ」


 まさかの私に話題が降りかかってきた。


「あっ、それオレも気になってた! あいつ基本来ないのに!」

「今村さんが転勤しちゃって、昇進してから本当に顔見せなくなっちゃったよね。それなのにどうしてかなって」

「えっ、ええ……」


 一番はもうお店予約しちゃってたからだと思うけど。でもそう言っても納得しないんだろうな、この空気。なんて言って誤魔化そうか考えていると、スマホからけたたましい着信音が鳴る。


「あっ、すいません……電話……」


 なぜか、向上主任からかかってきていた。


 電話を持ってトイレ近くに行くと、主任が何かを噛み締めるようにスマホを両手で握りしめていた。


「さっきツブッターでまわってきて……『ドルスト』がアニメ化するぅ……」

「えっ……いやいやいやそんなことで電話しないでくださいよ」

「一瞬喜びかけたの見逃してないからな? うわ〜〜〜ダンスシーン以外で動く鈴鹿くんが観れるのやば〜〜〜!!」


 確かにそれはやばい。

 原作通りのアニメ化なのか? そしたら3章の与四鈴の絡みも見れるしワンチャン、キャラストーリーで触れてたあたりの絡みも……。


「えっ、ってことはマネージャーの顔出るってことですかね」

「そう! それが心配なんだよ……マネージャーが出たらもうそれは乙女ゲーじゃん!?」

「女って確定したわけじゃないですけど、元々乙女ゲーとして売り出そうとしてたプロジェクトだしありえそうですよね……」


 早く戻らないとと思いつつもツブッターを見る目が止まらない。

 うわっ、キービジュアルめちゃくちゃいいじゃん……鈴鹿くんってこうして見るとちゃんと主人公チームだしユニットの大黒柱なんだなって再認識させられちゃうな。その鈴鹿くんが唯一弱さを見せる相手がライバルユニットの与四郎……盛り上がってきた。脳内が。


「鈴鹿くんってこうして見るとユニットのお兄さんなんだけど唯一弱さを見せるのが与四郎なの最高だよな〜!」

「同じこと考えるのやめてください」

「なんでぇ!?」


 びっくりした。思考読まれたのかと思った。気が合いすぎだろ。


「でもほんとキービジュいいですよね。来年とか待ちきれない」

「な〜! イベントとかも増えるだろうしさ、また売り子してくんない?」

「私の分の新刊確保してくれるんならいいですよ」

「確保しなくてもあるだろ〜」

「分かんないですよ。こないだのキャラストでちょっとずつ与四鈴界隈盛り上がってきましたもん」

「じゃあ与四鈴サークルも増えるってこと……!? エゴサ! エゴサ!」

「こういう場合はパブサって言うんじゃ……」


 もやついた心が少しずつ晴れていく。これは『ドルスト』のアニメ化の知らせがあったおかげだ。

 決して、目の前のこの男の手柄じゃない。



 美澄と江間と佐倉とかいう謎のメンバーでやった飲み会からやっと帰れるっちゅーに、俺はどうしようもなくそわそわしていた。理由は簡単。佐倉が美澄を送るって言い出したからだ。

 確かに家の方向的にはそれがベストなんだけど、それにしても佐倉に前科がありすぎ! 今日の美澄はちゃんとほろ酔い程度でおさまってるけどやっぱり心配で落ち着かない。

 そんな俺を見て、途中まで帰路が一緒の江間がくすくす笑った。


「そんなそわそわしなくても、佐倉くんだって向上くんが可愛がってる後輩に手出さないでしょ」

「……それは、そうなんだけど」

「それとも、美澄さんとアニメの話とかして帰りたかった?」


 どっと全身から冷や汗が噴き出た。

 えっ、なに、なんで? なんで江間がそんなこと言うん?


「あ、アニメって、何の話」

「トイレから戻るの遅いなーって思って、少し様子見にいったの。私の知らないアニメの話だったけど、面白いの?」


 あっ、よかった! 江間はオタクじゃないからなんとなくアニメの話してるな〜ってくらいで俺が腐ってんのは分かんないんだ! セーフです!


「向上くんって、美澄さんの前では結構明るいんだね?」


 いやアウトじゃねえかな〜これ。

 どう答えたら擬態がバレないか頭をこねくり回していると、江間が少し距離を詰めてきた。


「……皆にあんまりアニメ好きってバレたくないんでしょ? じゃ、言わないよ」


 え……江間〜〜〜! さすが天使の名を欲しいままにする優しさの権化! オタクに優しいギャル!

 人間としてお前以上に尊敬できる奴はいないよ江間〜〜〜〜〜〜!!


「その代わり、今から二人で飲みに行こ♡」

「え」


 江間の距離が近くて、お互いの手がぶつかった。


「あたしにも面白いアニメ教えて? いいでしょ?」


 ……うっそぉ。

ここまで読んでいただきありがとうございます!


向上優鷹:好きな飲み屋は一人でいても放置してくれるとこ。結局サ●ゼ飲みがコスパも量も最高なんだよな……と常日頃思ってる。

美澄希空:好きな飲み屋はご飯が美味しいところ。デザートとソフドリの種類が豊富だと嬉しい。

江間あずさ:好きな飲み屋はお洒落なところ……と見せかけて和食かつお魚美味しいところが好き。日本酒の種類が多い所とか嬉しい。

佐倉圭介:好きな飲み屋は特にない! 酔ってる時間が好きなのであり酒が好きではないため。強いて言えば盛り上がってもいいとこが好き。

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