向上主任は好かれてる
「マッッッッッジで無理なんだけど!!」
定時後に自販機前にいると、半泣きの主任が駆け寄って来て開口一番そう言った。
こうやって駆け寄られるのは実に1週間ぶりである。妙な懐かしさすらある感覚に浸りながら、半泣きの主任をどうどうと宥めた。
「ま……まあ誤解を解くチャンスと思えば……」
「誤解なんてされててもいいもん! 別に根も葉もないしそのうち皆忘れるんだからさ〜!」
「いや、早々忘れないと思いますよ……」
さっきすれ違った人が話してた内容では主任と今村課長がデキてるとかいうとこまでいってたし。
尾ひれはどんどん大きくなって、どんどん収集がつかなくなっていく。その前にことを鎮められるなら絶対にその方がいい。
ほっとする私を横目に、主任はまだぶちぶち文句を言っていた。
「……っていうか、元は美澄が佐倉と飲みに行ったりするから……よし決めた、美澄に手伝ってもらお」
「は?」
「俺スライド作るの苦手だからマジで助かる〜! 主題とかは今村さんが決めてくれてるからこれでめちゃくちゃ楽できる! ありがとな!」
「いや何勝手に決めて……っ」
「……だめ?」
半泣きで首を傾げられて、元はと言えば私が佐倉さんにいらんこと話した(可能性がある)ために起こったということも併せて胸を締め付けた。
結局、私に残された選択肢は。
「……ッ業務時間内でしかやりませんからね……!」
「ありがと美澄〜!!」
詫びパワポしか、選べなかった。
♢
そんなこんなで主任と一緒に研修会用の資料を作ることになった私だが。
「あっ、これ発表原稿。これここ数年の売上データ。チャットで送っといたからパワポに使って。それから」
「いや待って早い早い早い」
こうして二人で会議室で資料作成をしていると、改めて実感する。向上主任って、やっぱ並外れて仕事ができる人なんだ……。
「常人のスピードに合わせてください! こちとら2年目の落ちこぼれなんですよ!」
「大丈夫大丈夫、美澄なら出来るって」
「根拠もなしに適当なこと言う……」
こっちは必死でついてってるってのにへらへらしやがって……。
「あ、でも枚数そこまでいらないんですね。これなら早いか」
「ほらぁ、出来てるじゃん美澄」
「誰でも出来ますこのくらい!」
新人研修の最初の方で習うようなことしか使ってないし。もしや煽ってるのか? さすがの28歳児も煽りとしてそんな戯言をかましてるのか?
……しかし文句を言える立場ではない。主任の名誉挽回のためにも頑張らないと。
「にしてもなんでこんなことさせられるんだろうな〜。別に誤解されっぱだっていいよ。実害あるわけじゃないし」
人が頑張ってるのに、この期に及んで主任はふざけたことを言い出した。
「実害はあるでしょう」
「え? 別にぼっちなのは変わらないし、高校の頃みたいに勝手に連絡先広められたりしてるわけじゃないから別に」
「そういうことじゃなくて」
なんて言ったらいいのか分からない。でももやもやする。人がこんなに心配してるのに、きょとんとした顔しやがって。
……ああ、そうか。
「私も今村課長も、主任が見くびられるのは嫌です」
ムカつくんだ。
知らねえくせに好き勝手言ってんじゃねえって。
いつも28歳児とか限界オタクとか童貞とか諸々主任を罵っている私でも、ちゃんと分かってる。この人はすごい人だ。
枕営業なんかとんでもない。愛想笑いもろくにしない人がそんなことできるわけないだろ。じゃあどうやって契約とってるのって、一回でも主任の商談に同行したら分かるはずだ。
最初は面食らった相手がするすると主任の手のひらに落ちていくような様子は、見てて爽快感すらある。それは紛れもなく主任の才能で、実力で、誰にも馬鹿にしてほしくない。
「こうはなれないと思ってますけど、こうなりたいとも思ってます。だから、あんな噂なんかひっくり返してください」
自分の声なのに思ったより熱がこもってたことに驚いてしまう。黙りっぱなしの主任を見ると、なぜか呆けた顔をしていた。
「美澄って……俺のこと褒めるんだぁ……」
「いつも褒めてるでしょ。絵も上手いし解釈一致です」
「アッアッ同人誌褒められるとガチ照れするからやめて!!」
仕事のこと褒められてもガチ照れしろや。
「今村課長もあの感じだと私と同じ気持ちと思いますけどね」
「え〜……あの人変人だしな……いやでも、そうか……うん……」
研修会したくないとか何とか文句を言っていた主任は深呼吸してから、すっと背筋を伸ばした。
「……なんか美澄が言うなら、そうな気がするし……やるよ」
「私に言われなくてもやってください。叩きでまだデザインとかほぼ入れてないけどスライドこんなんでいいんですか?」
「早っ! あっ、そうそうそう! 良い良いありがと美澄!」
適当に言ってないかこいつ、と思いはするが、まあ上司の言うことを聞いてやろう。
「でもなんで佐倉さんが主任のそんな噂流したがるんですか?」
「さあ……嫌われてんじゃないかな……」
何で嫌われてるのか分かんないけど、と主任は付け足した。
♢
出張から戻ると、オレが出張前にちらっと話した「向上はゲイかもしれない」という噂は尾ひれがつきまくって、「向上はおっさん相手に枕営業をしている」というところにまで至っていた。
正直想像以上だ。面白いことを教えてくれた美澄ちゃんには感謝しないとな。
出張の経費申請に行こうと歩いていると、「佐倉くん」と可愛い声で呼び止められた。
「江間ちゃん!」
「よかった、探したんだよ」
江間ちゃんがオレを探してた!?
やっぱり何日もオレに会えなくて、やっと誰が一番いいのか気付いちゃったり……。
「向上くんの話なんだけど」
「ああ……なんだ……」
向上の話かよ。
「あいつ枕営業してんだっけ? やばいよね〜」
「うん、そのことなんだけど、あの噂流したの佐倉くんだよね?」
笑顔でそう言われて、冷や汗が頬を伝った。
「……え? いやいや、なんで」
「誰から聞いたのって言ったら、皆佐倉くんって言うんだもん。だから、佐倉くんが何か向上くんのこと誤解してるかもしれないなって思ったの」
誤解じゃない。だって美澄ちゃんがそう言ってたし。
特にやましくないのに、何か後ろめたくて、オレはしどろもどろになりながら江間ちゃんに美澄ちゃんから聞いたことを説明した。江間ちゃんは笑顔でうんうんって聞いてくれる。やっぱり可愛い。
「そっかぁ。美澄さんが言ってたんだね」
「そ、そうそう! だから江間ちゃんもあいつには……」
「うーん、でもあたしの方が向上くんと付き合い長いからわかるんだけど、向上くんはソッチじゃないと思うなあ」
「えっ」
もしかして元カノとか言い出すの!?
いや、でも前に向上にそれとなく聞いた時にはそんなことないって言ってたし、もしかしてあの野郎嘘ついて……。
「ふふ、向上くんって昔から誤解されやすいから」
「いや……なんか江間ちゃんって向上のことになると、なんかこう……特別扱いしてない!? 大学の同期ってだけなんだろ!?」
ついに聞いてしまった。
本当はオレだって馬鹿じゃないから分かってんだよ。向上が江間ちゃんに言い寄ってる場面なんてほとんどない。江間ちゃんが心配そうに向上に寄っていってるんだ。
江間ちゃんは優しいから、あんな無愛想なクソ野郎にも親切にしてるんだ。
そう、思い込みたいのに。
「……ふふ、そう見える?」
その江間ちゃんの少し頬を染めた笑顔が全てを物語っていた。
「実はね、そうなの。大学の頃から、ずっと」
「あ……そうなんだ……」
「あっ、だけど今回のはそれとは別の話だからっ! 向上くんが誤解されてるの、嫌だなって思って」
「誤解っていうか……江間ちゃんがそう思いたいだけじゃないの……」
いっそ本当にホモであってくれ向上。お前が普通に女を好きとか言い出したら全員が不幸になるんだよ。
「ううん? だってあたし向上くんが……ふふ、これ秘密にしておいてあげた方がいいかも♡」
向上あの野郎!!
ここまで読んで頂きありがとうございます!
向上優鷹:長所は真面目なところ(と本人は思ってる)。
美澄希空:長所は謙虚なところ(と本人は思ってる)。
佐倉圭介:長所はリーダーシップがあるところ(と本人は思ってる)。
江間あずさ:長所は周りを見て適切な気遣いができること♡(と本人は分かってるしそれを吹聴することはない)。




