向上主任は私と違う
月初めの朝礼は毎回憂鬱だ。
各社員の営業成績がグラフ化されて、前にでかでかと貼り出されるから。
「また向上主任がトップなんだ〜!」
「KNDコーポレーションとの契約とりつけてきたのも主任なんでしょ? すごいよねあんな大口……」
「なんかヤバい手使ってんじゃねえの? 受付嬢と枕とかさあ」
「ばーか、『氷の向上』だぞ? お前とは違うんだって」
営業成績一位の人が君臨する、一番上のグラフ……そこには先月と同じく、向上主任の名前があった。
こそこそと噂話する皆の輪の中心で課長から褒められる主任を横目に、私は自分の成績を確認する。
……いっちばん下に名前ある。
いや、前より成績は伸びた。でも順位はあがってない。むしろ順位はより下がった。
なるべく小口案件を多く取ろうって考えて、色んなところに手出してはスケジュールがパンパンになって首が回らなくなって課長に相談して他の人に担当変更したりしたからだ……。
自分で原因が分かるために悔しい。あの時欲張らなかったら、いや欲張ったっていうかあそこの契約とれる確信がなかったから他のところに手出しちゃったのであって、あそこの契約とれるって分かってたらこんなことには……。
「先月営業成績ふるわなかった人達は今月挽回していくように〜」
課長が間延びした声で言って、朝礼は終わった。
仕方ない。切り替えないと。ノルマは達成してるし、前回より成績自体は伸びてるんだからそんなに落ち込むことない。落ち込むことないんだよ。
「……はぁ……」
そう自分に言い聞かせるのに、思わずため息が出てしまった。
♢
いつもは一人でいる私を主任が見つけて、というのがお決まりだけど、今日は逆……というか、昼休憩後にそそくさとどこかに行こうとする主任を尾行した。
いつもスッと消えるけどどこでご飯食べてんだろうと気になったのもある。バレないように追うと、主任がやって来たのは会社の外に備え付けられた簡素な非常階段だった。
いや、いじめられっ子かよ。
「主任」
「おわっ!?」
階段に座りこそこそと昼ごはんらしきパンを開ける向上主任に後ろから声をかけると、階段から落ちるんじゃないかと思うくらいびっくりされた。私は妖怪か何かか?
「あっ、なんだ美澄か……。よかったぁ、ぼっち飯バレるかと」
「昼休憩の時いつも消えるなって思ってたらこんなところにいたんですね」
「だってデスクいづらいもん」
「もんじゃないんですよ」
向上主任の隣に座ると、主任が明らかに体を強張らせた。
「みっ、美澄!? ど、どした? なんで隣っ……」
「動揺しすぎでしょ……」
まあ、動揺するのも分かる。私も普段だったら絶対こんなことしない。
でも今は、とにかく誰かに吐き出したかった。
「……仕事、出来るようになりたい……」
言葉にしたら、一緒に涙が溢れて来た。主任がぎょっと目を丸くする。
こんなことで泣いてるとか思われたくないし、変に同情されたり励まされたりしたくないけど、イライラして仕方ない。なんで私ってこんな仕事出来ないかな。
ずび、と鼻をすすると、主任が肩を叩いて遠慮がちにティッシュを差し出して来た。強奪して、鼻から下を覆う。
「仕事出来るようにって……別に美澄は仕事出来ないわけじゃないだろ」
「同期の中で一番営業成績悪いし……今回一番下だったんですよ、私……」
「美澄の同期って江原とか里見とかだよな? あの人達ヤバいもん。2年目であんな成績あげてんのそうそういないって!」
「でも私みたいに無能なのもそうそういないでしょ……」
「美澄は無能とかじゃないから! 実際資料作成もデータ整理もめちゃくちゃ早いじゃん!」
「でも売上に繋がらなかったら営業はカスって給湯室で噂してる先輩とかいるじゃないですか……」
「そういう人の話を真に受けない! 目擦るなよ、腫れるから!」
何を気にしてんだよ……。
本当は主任に相談したらこういう風に言われることは分かっていた。要は気休めである。自分は本当に無能なわけじゃないと安心したかっただけだ。
でもそれじゃ根本的な解決にはならないことも、私はよく分かっていた。
「主任には分かんないですよ。入社したばっかりの頃から営業成績トップだったんでしょう……」
「え?」
「え?」
私と主任が同時に首を傾ける。
「一年目のはじめとか、余裕で最下位だったけど……」
「……うっそぉ」
思わず間抜けな声が出た。
「いやいやいや、入社当初から営業成績余裕でトップだから最年少で主任になったんじゃないんですか!?」
「なんで俺の知らないところで俺がさもすごい人のように話がでかくなってるんだ……。前任の主任が転勤する時に、その人の推薦でなったんだよ」
「推薦って、やっぱすごいじゃないですか。認められてたんでしょ、その人に」
「いや……優秀ではあったけどめちゃくちゃ変人だったから……」
「ああ、主任と同類か」
「同類って言うのやめてぇ!?」
前任の主任の話なんて聞いたことない。しかしそれより今は主任の営業成績の話だ。
「なんか周りがバカみたいに成績高かったとかじゃないんですか? 私とは違うでしょう、私とは」
「ううん? その頃マジで仕事にやる気なかったから、ノルマ達成すりゃいいやって思ってたの。そしたら本当に最下位で、次の日に教育係が女の先輩からその当時の主任に変わってた」
「問題児じゃねえか」
無気力系の問題児じゃねえか。
まったく想像がつかない。今の主任も熱血ってわけじゃないけど、仕事にやる気はあるように見えるし。
「そこからなんで今に至るんですか……」
「その時の……今村主任って言うんだけど、その今村主任が『成績はボーナスに響くぞ』って」
「ええ……そんなの最初から分かりきってたでしょ……」
「分かりきってたんだけど、今村主任が自分の給与明細見せて来たの」
「……え……えっ?」
「『向上はこんだけ稼げるようになるポテンシャルを持ってるんだよ』って。俺もアホだったからこれだけあれば『城郭王子』のアニメの円盤全部買えるって思っちゃって……」
「オタ活はお金かかりますからね……」
なるほど、金に釣られて成績を伸ばしにいったのか。
それにしても本当にポテンシャルを発揮して一位になっちゃうあたり、その今村主任の人を見る目を尊敬せざるを得ない。
「ま、美澄は頑張ってるし、その頃の俺より全然ましだろ」
「……そうなんでしょうか……」
「そうですよ」
頑張って成績が悪いのは、頑張らないで成績が悪いよりよっぽど悪いんじゃないだろうか。
そう思ったのを飲み込んで、自分のお弁当を広げた。
♢
営業成績をもっと伸ばしたい。もっと確実に契約を取れるようにしたい。
……仕事が出来るようになりたい。
主任に愚痴った後もそんな考えは頭にこびりついて離れなかった。頭を切り替えようとぱん、と頬を叩いて黙々と資料作成に取り掛かるが、どうにも集中できない。気付けば定時を過ぎていて、オフィスからは人がいなくなっていた。私も早く今日の分の仕事を終わらせたいのに、なかなか進まない。
どうしたら営業成績って上がるの? 主任ってどうやってあそこまで営業成績あげたの?
デスクに肘をついて頭を抱えていると、かつん、とデスクに何か置かれた音がした。見てみると、缶コーヒーが置かれている。
主任かな、と思って顔を上げると。
「どうしたの、美澄ちゃん。すっごい顔してたよ?」
「あっ、マーケの……佐倉さん」
「一瞬忘れかけてたでしょ! ひっでぇ〜」
主任と江間さんの同期で、合同歓迎会の時に話した人だ。この人の勧めるままにお酒飲んで、酔い潰れたんだっけか……ということはこの人にも相当迷惑をかけたということ。
あれ以降喋る機会がなかったから謝ってすらなかった。
「あの、以前はご迷惑をおかけして……」
「いやいや! オレも飲ませすぎちゃったしね! そのお詫びと、悩んでる後輩へのエールとしてこのコーヒーは贈呈します」
「はぁ……ありがとうございます……」
江間さんと話した時も思ったけど、この人達「陽」なんだよな……。いい人なんだろうけど喋りにくい。
「で? なんであんなに唸ってたの?」
「あ、特にそんな大したことじゃ……」
「相変わらずカタいな〜。そんなんで営業やっていけんの?」
佐倉さんはそう言いながら隣のデスクの椅子に勝手に座る。
確かに……訪問先から「緊張し過ぎ」とか「もっと愛想良くできないの」とか言われたことある。
その点佐倉さんはどうだろうか。
「オレ、前は営業志望だったからさ〜。ま、今はマーケの期待の星なんですけど! とにかく、相談乗れるかもしんないよ?」
この軽薄さ……というと聞こえは悪いが、ノリの良さは私にない、しかし営業として大切なものなのかもしれない。
主任に相談しても気休めにしかならない。でも、この人なら。
「……実は……」
「あ、そうだ! これから飲みに行ってそこで話そうよ!」
「えっ」
「それ、あとどれくらいで終わる?」
「あ、あと20分もあれば……」
「ならオレ時間潰して待ってるからさ。よし、決まりね!」
……この強引さも、私にはない。
断る暇もないまま、私は佐倉さんと飲みに行くことになってしまった。
ここまで読んで頂きありがとうございます!
向上優鷹:最初は総務部に行きたかった。
美澄希空:最初はマーケに行きたかった。
佐倉圭介:最初は営業部に行きたかった。




