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向上主任は無自覚

 「氷の向上」の二つ名を持つ、営業成績連続トップの敏腕営業マン、向上主任。

 整った容姿と多くを語らない性格から、とっつき辛いながらも社内外に多くのファンを持つとされる高嶺の花。


 だけど、私は知ってしまった。


 向上主任はゴリゴリのオタクで、ゴリゴリのBL好き……いわゆる腐男子なのだ。


 そこら辺にいる地味OLである私はひょんなことから主任の秘密を握ってしまった。しかし、私と主任の関係は特に変わることはなかった。

 まあそりゃそうだ。推してるゲームが一緒、推しカプが一緒ってだけでそんな仲良しになれるほど私達は陽じゃない。それに主任は腐ってることどころかオタクであることを隠してるんだから、私みたいなメガネで小太りのザ・オタクみたいなのと話してわざわざバレるリスクを増やしたくないだろう。

 私としては推しカプを描いてくれる漫画描きが見つかっただけで万々歳だ。ずっと心穏やかに執筆を続けて私のQOLをあげてほしい。陰ながら応援してます、主任。


 そう思っていた、のだが。


「美澄、今日この後空いてるか」


 今日の業務を終えて、帰る準備をしていた私に、主任がそう尋ねてきた。

 さっきまで帰りの準備やら残業やらでざわついていたオフィスが一気に静まり返る。皆の視線が私と主任の方に集まったのが肌で感じ取れた。

 主任はそんな視線ものともしないように……というかまったく気付いていない様子で「忙しいか?」と首を傾げた。


「えっと、あの」

「今日じゃなかったら明日でもいいんだけど」

「いや、その」

「とにかく近いうちに美澄と話したくて」

「主任、あの」

「美澄が空いてる日に合わせ」

「っああ! 仕事の話ですね!!」


 いたたまれなくなって私が主任の話を遮る。すると主任(アホ)が首を横に振ろうとしたので足を踏んだ。一瞬顔を顰めたがすぐにいつもの無表情に戻る。さすが擬態のプロだなあ、って感心してる場合じゃない。


「そういえば仕事の話があるって前に言ってましたね! ねっ!」

「いや仕事の話じゃ」

「仕事の話ですねっ!!」

「……仕事の話です」


 上司を根負けさせてしまった。しかし致し方ない。

 背中に突き刺さってんだよ、『なんで美澄さんみたいな冴えない2年目社員が向上主任と仲良くお話してるの』って視線が!!


「資料室で聞きますよっ! 顧客資料いりますよね!」

「あ、ああ」

「あー忙しい忙しい!」


 困惑気味の向上主任を引き連れて、資料室へ向かう。主任の何か話したげな気配も、周りの好奇の目も全部無視した。


 めったに人が来ない資料室に主任を押し込んで、内側から鍵をかける。そして主任の方を向いて、なるべく息を殺した。


「何の用ですか……ッ!」

「ひぇっ」


 しまった、声にドスがききすぎた。いやしかし元々は主任のせいだ。


「な……なんでそんな怒ってるのぉ……?」

「なんで怒ってるかって……オフィスの空気見てわかんないんですかぁ!?」

「ごっ、ごめんなさい! なんか目立ってましたね!?」

「そうですよ!!」


 オタクがバレないための無口も無表情も顔が整っているとクールと映る。それゆえに、主任は社内外の女性陣からめっっっちゃくちゃモテる。

 そのモテに拍車をかけるのは、どんな美女に言い寄られても表情ひとつ変えず、プライベートのことを一切明かさない毅然とした態度。恐らく三次元に興味がないだけであるが。

 そんな主任が急にこんな冴えない私を指名して仕事じゃない話を振ろうとしているのだ。

 それはそれは、さぞかし……。


「女性陣からの嫉妬の視線が……!」

「皆からの軽蔑の視線が……!」


 主任と私が同時に言って、二人で顔を見合わせる。


「……え、なんで軽蔑なんですか?」

「美澄こそ、なんで嫉妬?」


 ……なんか、盛大な勘違いをしている気がする。経験上、というかあらゆる商業BLを読んできた読書経験上、わかる。こういう勘違いは後で多大な誤解に繋がるから早々に確認しといた方がいい。


「主任はモテるから、私みたいなのに声かけると皆がどんな関係か勘ぐると言うか……」

「モテぇ!? ないないない!」


 主任が何がおかしいのか噴き出していた。もしかして、こいつ。


「オタクなのはバレてないとはいえ、陰キャなのは確実にバレてるだろ〜! そんなんでモテるわけないから、それは美澄の勘違いだって!」


 こいつ無自覚にモテてやがる……!


「……主任、部署内で一番バレンタインチョコもらった量多かったですよね……」

「まあ一応主任だし、気遣ってくれてたんだろ〜。課長なんかは既婚だからあんまり個人的に渡すと奥さんに悪いし」

「……主任、外回りのたびに取引先の受付嬢から私用の連絡先聞かれてますよね……」

「なんか知らんけど聞かれるよな〜、社用のでいいでしょうって言ったら納得してくれるから別にいいけど」

「……主任、社内にめちゃくちゃファンいますよね?」

「ファン? 何それ、アイドルじゃあるまいしそんなもんいるわけ」

「うるせーーーーーーーーーーーー!!」

「ウワーーーーーーーッ!?」


 あんまりにも無自覚な上司に怒鳴り散らしてしまった。


「なんっで無自覚なんですか!? モテに!!」

「えっ、無自覚って、え? いやほんとにモテてない……」

「モテてるんですよ! 社内で一二を争うくらい!」

「嘘ぉ!?」


 あっ、この顔は本当に分かってなかった顔だ……。


「どっちかっていうと嫌われてるのかと……皆なんか遠巻きにしてるし……」

「無愛想だし無表情だし近寄りがたいじゃないですか」

「それはやっぱり嫌われてるのでは……」

「でも顔面が整いすぎてるのでそれはクールでかっこいいって映るんですよ……『ドルスト』の鈴鹿くんだって顔が良くなかったらただの生意気クソ小僧じゃないですか」

「あ、ああ……なんか『ドルスト』で言われると一気に解像度増したな……顔がいいかは知らんけど……」


 納得できないことをなんとか飲み込んだような複雑な顔を浮かべて、主任はうんうん頷いた。


「だから、話しかける時はもっと人目のないところでお願いします……それで、一体何のご用ですか?」

「ああ! それなんだけど!」


 主任はきらきらした目でスマホを取り出して、『ドルスト』のアプリに昨日新しく実装された鈴鹿くんのSSRカードを見せてきた。


「今日の昼休みに自引き出来て、我慢できなくてキャラスト全部読んだんだけど! めちゃくちゃ与四鈴匂わせエピがあって!」

「……」

「カードに入ってるこの手! この手、実は与四郎の手らしいんだよ!! 公式で初めて与四鈴の関係性に言及したんじゃないか今回!」

「……」

「でもここまで来ると今まで細々とした供給で米食ってたみたいなもんだから逆に食あたりするかと思ったけどめっちゃくちゃ解釈一致でもう公式に足向けて寝られんな〜って! あ、しかも今回のカードのイラスト蛇穴先生が描き下ろしして」

「……言え……」

「え?」

「ツブッターで言えーーーーーーーーーーーーーーッ!!」


 私の悲痛な叫びが資料室の中に響いた。

ここまで読んでいただきありがとうございます!


向上優鷹:家族構成は父、母、姉。


美澄希空:家族構成は母、弟。

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