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向上主任は誤解を生む

 お姉さんが私を連れてやって来たのは、意外にも普通のファミレスだった。

 この格好だしどんなところでどんなご飯食べるのか、そもそもこの細身に食事を要するのかと思っていたが、席についてすぐに店員を呼び出したかと思うとスタミナ豚丼を頼んでいた。うーん、似合わん。まあ私も好きなのでそれにするけど。


「美澄って、どこかで聞き覚えのある名前だと思ったわ。貴女だったのね」


 お姉さんは綺麗な笑顔で私を見つめた。


「主任から聞いたんですか?」

「いいえ? あの子、会社のことはほとんど話さないもの。聞いたのは仙ちゃんから」

「仙ちゃ……宮本さん?」

「そう」


 あの宮本さんを仙ちゃん呼び。この人めちゃくちゃ肝が据わってる人なのでは……。

 でも、どうして私をご飯に誘ってきたのか分からない。宮本さんから私のことを何て聞いてるんだろうか。


「仙ちゃんがね、最近優鷹が女の子にたぶらかされてるって言うのよ」

「んぶっ!」


 飲んだお冷を噴き出してしまった。

 えっ、たぶらかしてる? 私が、主任を!?


「ないないない、ないですないです。人違いじゃないですか」

「あながち間違いでもないと思うけど? あんなに貴女のこと心配そうにして、とっても……」

「とっても……?」

「面白かったわ〜!」


 無邪気に笑うお姉さんを見てなんとなく主任とお姉さんの関係性が分かってきた。お姉さんには頭が上がらないんですね、主任……。

 そんな話をしているとスタミナ豚丼が運ばれて来て、お姉さんは手を合わせるとすぐに食べ始める。容姿に似合わない豪快な食べっぷりに目を奪われていると、「冷めるわよ」と笑われた。


「んふ、あの子うぶだから美人局にでも引っかかってるんじゃないかと思ったけど、実際見てみたら良い子で安心しちゃった♡」

「良い子って、そんなことないですけど……」

「良い子よ。貴女が会社から出てくる前にも何人かに尋ねたけど、貴女だけが足を止めてくれて、優鷹に連絡までしてくれたもの」


 お姉さんはそう言うと、「びっくりはしてたみたいだったけどね」と付け足した。


「それは、困ってたみたいだし、もう暗いのに待たせるわけにはと……」

「ふふ、良い子♡ それにとても可愛いのね、子猫みたい♡」

「はぁ……?」


 向上家の人々は目が節穴なのか?

 お世辞にも可愛いと言えるような容姿をしていない私は首を傾げる。お姉さんは何が面白いのか微笑んだままだった。


「あの、誤解されてると思うんですけど、別に私は主任をたぶらかしたりは……」

「そうね、あの感じだったら勝手に優鷹が振り回されてるだけね。だから面白いのよ」

「振り回されてる? 主任がですか?」


 あの人元々情緒不安定じゃないですかと言いかけてやめた。さすがに失礼すぎる。


「だって、優鷹は貴女が好きだもの」


 ……は?

 脳の処理が追いつかず、体の動きまで停止する。そのせいで箸をおっことしてしまった。


「あっ、すいません!」

「ふふふっ! いいのよ。すみません、お箸をいただけるかしら」


 お姉さんは心底面白そうに笑いながら、店員さんに箸を頼んでくれた。いや、笑い事じゃないんですけど。


「なっ、なな、なんでそんな誤解を」

「誤解? どうしてそう思うの?」

「だって、主任あの顔面ですよ? 社内でもモテるし、私みたいなの好きになるわけないじゃないですか」


 そうだよ。あの人いまだに彼女いない歴=年齢なのが不思議なくらいモテるんだ。まあ本人無自覚だし、大抵の女性陣は主任と仲良くなることすら出来てないみたいだけど。

 私はたまたま主任の本性を知っていて、たまたま同じ趣味だったから一緒に遊んだりしてるだけで、本当は主任だって江間さんとかみたいな美人な人がいいはずだ。


「ミスティア、貴女変なこと言うのね。誰に慕われているかなんて、恋心には何の影響も与えないわ」


 大きな丼の底にはりついた米まで平らげてしまったお姉さんは、唇を舐めてそう言った。


「『好かれてる』と『好き』は違うのよ。貴女も私と同類だろうし、たくさんの物語を嗜んできたんなら、そんなの分かるでしょう?」

「……えっ、お姉さんオタクなんですか」

「あら、今そこ食いつくのね」


 いやだって全然見えない。系統はともかくお洒落だし美人だし……まあそれはナカもだし主任もか。

 しかしなんで私がオタクって分かったのか。容姿から滲み出てたのか?

 お姉さんは私の思考を見透かしたように、私のスマホを指差した。


「そのスマホカバー、『ドルスト』でしょう? 優鷹と同じジャンルを推してるのね」

「あ、これで分かったんですね」

「ふふ、『なんで分かったの』って顔してるミスティアも可愛らしかったけどね」


 そうだった。ロゴとかも小さいし絵入りじゃないし、あんまり突っ込まれないから普段使いしてたけど見る人が見れば分かるんだった。


「『ドルスト』は私も前にハマってたわ。鈴鹿くんのコスをしていたことだってあるのよ?」

「えっ……あの、お写真拝見したいんですけど」

「ふふ、ツブッターのアカウント教えてあげる♡」


 ごくりと息を呑んで、お姉さんが教えてくれた通りのIDを打って、メディア欄を見る。


 いや顔面が良い!!


 そうだよ、鈴鹿くんって雰囲気は冷たいけど眼差しはめちゃくちゃ熱くて、アイドルであることへの誇りとかユニットを優勝に導く責任感とかがどんな時も伝わってくるんだけどいやこの鈴鹿くんコス本当に顔がいいし解釈一致だなしかも衣装が制服じゃなくてライブ衣装じゃんめちゃくちゃかっこいい顔がいい!!


「そんなに見られると恥ずかしいわ」

「はっ、すいません!」


 やば、一瞬トリップしてた。

 いやしかしこれはトリップしても仕方ないだろう。あまりにも「理想の鈴鹿くん」すぎる。


「あの、フォローしてもいですか……」

「いいわよ♡ フォロバさせてくれるならね」


 お姉さんのツブッターをフォローして、どんどんメディア欄を追っていく。どのジャンルのコスも完成度が高い。普段のポートレートみたいに紛れ込ませている男装ですら永遠に見ていられる。楽園はここにあったのか……!


「んふふ、ミスティアったらニコニコしてる」

「っうあ、すいませんにやついちゃって、あの、キモいですよね」

「ううん? 可愛いからじっと見ちゃった」


 やっぱり向上家はおかしい。


 お姉さんの推しジャンルを追っていくと、結構私の過去ジャンルとも被っていて、それはそれは話が盛り上がってしまった。

 なので、もしかして推しカプも同じなのではと期待したが。


「ごめんなさいね、ミスティア。私は夢に生きる女なのよ……」

「あっ、夢女子の方でしたか」

「ボーイズラブも嗜むのよ? 地雷ではないんだけど、でもやっぱり一番推せるのは推し×自キャラなのよ……」

「あっ、夢主はオリキャラ派の夢女子でしたか」


 いくら姉弟でもそこまで推しの嗜好が同じわけないか。

 気付けば22時を過ぎていて、ようやく仕事を終えた主任から私へRINEのメッセージが連投されていた。


「主任がお姉さんと一緒にいるのかって聞いて来てますね」

「先に帰ってるわって送っておいて。お会計は済ませておくから、ミスティアはここで優鷹を待って送ってもらいなさい」

「えっ、なんで」

「泊めてもらうお礼よ。好きな女の子のエスコートくらいさせてあげなきゃね」


 お礼になるのか? それ。

 そもそも主任が私のことを好きとかありえない。だって、他にもよりどりみどりなのに私を選ぶ理由なんかどこにもない。私なんか、どうせ。


 そこまで考えながら返信を打ったところで、思考が止まる。主任の言葉をふいに思い出したからだ。


『……美澄は、可愛いから……その、気をつけて帰れよ!』


 向上家はおかしい。こんな私なんかを可愛いと言う。お世辞とか煽りだったらまだ心を乱されないのに、まっすぐこっちを見てあんな顔で言うから、私はいつもどうしようもなくぐらついてしまう。


「おやすみ、ミスティア。あんまり可愛い顔してると狼に食べられちゃうわよ」


 お姉さんはそれだけ言うと、伝票をすっと取って颯爽と席を立った。

 厚底の靴をカツカツと鳴らしながら歩く姿はファミレスに不似合いこの上ないが、自信満々に胸を張る姿は格好よく見える。


「やっぱ向上家変だわ……」


 何かに言い訳するように呟いて、お冷を飲み干す。暗くなった外を眺めていると、よく知った人がファミレスに向かって走ってくるのと目が合った。

 そんな犬みたいに走らなくても逃げたりしないです。何ですかそのだらしない笑顔。手なんか振らなくていいんですよ。そんなんだから皆、なんか誤解してるんです。

 言いたいことは色々あるのに。


「美澄っ」


 いざ、ファミレスの中に入って来た主任を前にすると何も言えなくなってしまった。

 お姉さんが変なことを言うからだ。


「大丈夫か!? あれから変なことされてないか!?」

「ツブッター相互フォロワーになりました」

「リムブロしろそんなの!」

「やですよ、解釈一致のコス写見てるだけで楽しいのに」


 なんだか照れくさくて主任の顔が見れない。スマホでお姉さんのコス写真を見ながら心臓を落ち着けていると、ぐううという切ない音が主任の方から聞こえた。


「……夕飯は」

「食べてない……さっきまで書類作ってたから……」

「食べてったらいいじゃないですか」

「いいの!? 送るの遅くなるけど!?」

「別に送らなくてもいいですよ、一人で帰れますし」

「まあそう言うなよ」


 主任はさっきまでお姉さんの座っていた席に座り、メニューを開く。


「俺が美澄のこと送りたいだけだから」


 騙されるな。勘違いするな。顔が赤くなったら、それこそ誤解を生む。


「……何が目的ですか」

「帰りに新刊の相談のって……ッ! 5章めちゃくちゃよかったのにアウトプット出来ないよ俺なんかの頭じゃよ……」

「よし来た、私の与四鈴オメガバースパロ妄想聞いてくれます?」

「何それめっちゃ聞く〜!!」


 そんなこったろうと思ったよ。

ここまで読んで頂きありがとうございます!


向上優鷹:ドリンクバー好き! 種類多いと嬉しい。

美澄希空:ドリンクバー普通。炭酸じゃないの増えてほしい。

向上瑠璃:ドリンクバー使わない。女は黙って生ひとつ。

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