向上主任は試される
ナカが2着のカーディガンを私と主任の方に見せてくる。
「こっちと、こっち。どっちがいいと思う?」
前に江間さんから似たようなことを聞かれた時には、どっちも同じようなもんだろと思って答えに詰まってしまった。
しかし、ナカのこの質問には即答できる。
「こっち」
主任と私の声が重なった。
「だよねだよね〜! かちっとしたジャケットよりこっちのシャツ肩にかけた方がさあ!」
「うわ!! 特攻服の時の真修だ!!」
「こっちのサングラスかけたら完璧なんじゃない?」
「みっすー天才!!」
どういう組み合わせがセンスがいいとかはまったく分からないが、どういう組み合わせが推しキャラっぽいかは分かる。オタクの性というものである。
「髪の毛、真っ白に染めちゃおっかな? それでポンパにしたらもっと真修っぽいよね?」
「ぽん……ぱ……?」
「前髪あげて、ここ膨らますやつ! ちょっとリーゼントみたいになるよ!」
古着屋の鏡の前でくるくる回りながら、ナカは心底楽しそうに私と主任に髪型のことを教えてくれた。
「さっきあっちで見たなんかだぼだぼのズボン履いたら完全に真修だな……」
「主任さん、もしかしてカーゴパンツのこと言ってます? だはは、その感じなのにマジでファッション詳しくないんだ!」
「いや、ナカさんが詳しすぎるんじゃ……」
それについては私もそう思う。
「ま、カーゴパンツが真修っぽいのは同意なんで、持ってきてもらっていいですか? 試着したい!」
「ナカ、それなら私が……」
「みっすーはここにいて! 試着室で着替えてる最中に開けられて気まずい感じになったことあるから、友達立ってると安心なんだよね」
まあ、ナカがそう言うなら。
主任も「分かった」と言って、すぐにズボンを探しに行った。バウンドコーデというものに触れるのは私と同じく初めてだが、推しの概念を集めるのは楽しいらしく、心なしか足取りが軽い。
ナカは主任の背中を見送ると、目を細めて私に笑いかけた。
「……あれがみっすーの彼氏かあ」
「……はあ!?」
思わず大きな声が出て、手で口を押さえる。ナカは目を丸くして、「違うの?」と聞いてきた。
「違う違う違う、なに、どこでそんな話になったの」
「だって急にお洒落しだしたかと思ったら男連れてくるって言うし、彼氏じゃないの?」
「いやいやいや、私に出来るわけないし、そもそも釣り合ってないし」
「んー……釣り合わないとか出来るわけないとか無しでさ、みっすーは主任さん好きなの?」
ナカのまっすぐな目がこっちを見据えてくる。思わず目を逸らしてしまった。
釣り合わない。そんなこと考えていいわけがない。それが先に出てきて、どうしても言葉が出てこない。
私って、主任のこと。
「……そういうのはよく分かんないけど……いい友達でいれたらって、思ってる」
「……ほーん……」
ナカは少し納得いかなげな返事をした。なんとか誤魔化したくて、ワンピースの裾をばっと伸ばしてナカに見せつける。
「あっ、あとお洒落とか言うけど、今日これ着てきたのは、これが双蛇くんのイメージカラーだったから!!」
「うんうん、あとで双蛇くんイメージのアクセいっぱい買お!」
「あ、ちょっと調べたんだけど、白いシュシュに赤くて丸めのイヤリングとかしたらぽいかと思ったんだよね。4階のお店にそういうのおいてるらしくて」
「みっすーのそういう事前準備が細かいとこ愛してるよ……☆」
「キメ顔やめい」
そんな話をしていると、主任がズボンを持って戻ってきた。なんかやけに時間かかった上に、なんかボロボロである。
「めっちゃくちゃ店員さんから話しかけられた……振り切って逃げてきた……怖……」
「陰キャらしく服屋の洗礼うけたんですね……」
「だはは! 別に取って食おうとしてるんじゃないから逃げなくていいのに!」
ナカよ、そういう問題じゃないんだよ。
一通りキャラの概念に近い服やアクセサリーを買って、両手が紙袋で埋まる頃にはもうすっかり日も暮れていた。
「久々にこんな買い物した〜! っていうかみっすーと初めてアニマートとかとりのあな以外でショッピングした!」
「……なんか私、今までナカに我慢させてた?」
「んーん、みっすーもうちも楽しいって思える遊び方が増えたってだけじゃん」
ナカのこういうことさらっと言えるのは本当に尊敬する。
「それにみっすーが話してた主任さんも見れたしね!」
「俺も10年以上ぶりに『ハケンブ』の話できてよかった……打ち切りなのが納得いかないくらい良いんだよ『ハケンブ』はッ……!」
「そんなにお好きだったとは……」
「……リアタイの時に『ハケンブ』メインの個人サイト作ってた話、する?」
「待って、主任さんやばい黒歴史話そうとしてない? それ今度お酒入れて話しましょ?」
気になりすぎるけどたしかに素面では聞きたくない。もっと黒歴史に耐えうる心の準備をした上で臨みたい。
「じゃあ、俺こっちだから」
主任が4番乗り場と書かれた階段をのぼろうとすると。
「あっ、うちもこっち!」
「えっ」
ナカがそれについて行った。
あれ? ナカの家って主任の家と真反対じゃ……。
私の疑問を汲み取ったように、ナカは笑顔を見せる。
「今日ちょっと用事あってさ、あっち方面行かなきゃいけないの!」
「あ……そうなんだ」
「ま、主任さんから『ハケンブ』リアタイ勢の話めちゃくちゃ聞き出しとくから! じゃあね、みっすー!」
ナカはそう言うと、困惑気味の主任を連れてとっとと階段をかけあがってしまった。
じゃあね、って返す暇もなかったな。
「……帰ろ」
寂しいのを飲み込んで、踵を返した。
♢
美澄の友達って言うから、もっと大人しい人想像してたんだけど。
「主任さん主任さん、みっすーって会社ではどんな感じなんですか? やっぱクソ真面目?」
「あっ……そっすね……」
「やだぁ、なんで敬語!? だははっ!」
この人めちゃくちゃ「陽」じゃん……。
俺の家の方面に用事があるとか言って同じ電車に乗ることになったけど、正直言ってめちゃくちゃ気まずい。ナカさんはそんな気まずさなんて感じてないのか、それともこっちに気を遣ってるのか、たくさん話しかけてくれるのがまたしんどい……!
一緒に買い物してる最中は美澄もいたし、『ハケンブ』の話でだいぶ盛り上がれたけど、急に二人きりはハードル高いって!!
「っていうか、主任さんちょっとうちにびびってたでしょ? うち見た目アレだし」
「見た目……っていうか雰囲気かな……」
「え〜?」
正直見た目が怖いのは仙太郎で慣れた。
最初にナカさん見た時は「髪色やば! 耳のピアス何!? 穴あけパンチであけたのぉ!?」と思いはしたが。
しかし何より恐ろしいのはその優しく明るい性格なんですよ……こちとら骨の髄から根暗だから……。
ナカさんのマシンガントークになんとか相槌を打っていると、「間もなく北花に到着します」という車内放送が響いた。
「あ、俺ここだから」
「あっ、ぐうぜ〜ん☆ うちもここなんですよ!」
マジかよ……。
もう薄暗くなった道を二人でとぼとぼと歩く。電車ではあんなに喋ってたナカさんは、だんだんと口数を減らして、ついに黙り込んでしまった。
……気まずい!!
美澄の友達だしいい人なのは分かる! でも二人きりはきつい!! っていうか用事って何なんだよ、この辺特に面白いものなんかないよ!?
悶々と考え込んでいると、急に手を握られた。
「え」
「ね、みっすーでいいなら、うちでもいいですよね?」
猫みたいな大きな目がこっちに向く。
「別に今すぐ付き合ってとか言いませんよ? そーいうことする友達からで大丈夫です♡」
「えっ、いや、何」
「照れてるんですか? 可愛い♡」
腕にぎゅっと抱きつかれて、ようやく気付いた。
誘われている。いわゆる、そういうことに。
二次元で何回も見たけど、まさか現実にあるとは。妙な感動が胸を襲うが、そんなことを考えてる場合じゃない。
「っ、あの……」
でも、なんて答えるのが正解なんコレ!?
ナカさんは綺麗だし優しいし、好かれたら嬉しい部類の人だと思う。でも、「好かれたら嬉しい」は「好き」ではない。
仙太郎が昔「まともな女と思ったらごちゃごちゃ考えんで一回付き合っとけ」とかいうふざけたアドバイスをしてきたことがあるけど、どうにも未だに納得できない。
でもそれを飲み込めないばかりにそういう経験がないままいい大人になっちゃった事実が胸を抉る!!
それに、無碍にするわけにはいかない。だってナカさんは美澄の友達で……。
そこまで考えた時に、酔っ払った美澄のうわごとに近い言葉が脳裏を過ぎった。
「……あの?」
ナカさんが指を絡めるみたいに手を握ろうとしてくる。それをそっと避けて、ナカさんの肩を押して体を離した。
「美澄が……寂しがるから……」
「……は?」
聞き返されて正気に戻る。寂しがるって何!?
「いや違、あの、美澄が、俺に彼女出来たら遊び誘ったりしづらいからしばらく作らないでって言われて!」
「……みっすーが?」
「言った時本人酔っ払ってたけど……」
しかもまったく覚えてないらしいですけど。まあ覚えてもらってても恥ずかしいからいいですけど!
「何それ。みっすーと付き合ってるとかじゃないんでしょ?」
「そうなんだけど」
自分でもこの感覚が何か分からない。それなのに、あの言葉が美澄の本音であってほしいってずっと思ってしまってる。
「美澄が、寂しくないようにしたい……」
口に出してから、まずいことを言ったと思った。だからこの人美澄の友達なんだって! こんなキモいこと言ったのが美澄に知れて「えっ主任やばキモ」とか言われたらもう一生立ち直れない!!
「っていうのは無し! 無しで! えっとですね!」
「いやもう遅いですよ。聞いちゃったもん」
「ですよね!」
やだもう取り返しつかない!!
ナカさんはにやついたまま、べ、と舌を出した。
「ごめんね主任さん。全部ドッキリなんだ!」
「えっ……ドッキリ?」
「うん♪ こっちに用事はないし、主任さんと付き合う気とかさらさらないから! 安心して!」
それはそれで傷つくけど……まあ、冗談ならよかったのか? ほっと胸を撫で下ろすと、ナカさんがすっきりしたように伸びをした。
「なんでそんな冗談なんか……」
「んー……なんとなく? みっすーが主任さんのことばっかでジェラっちゃって」
……美澄は俺と仙太郎のことをBLのように扱うが自分の交友関係も大概なことを自覚しているのだろうか。これ完全に「ヤンデレ×ツンデレの百合に挟まれる男」の位置だぞ、俺。
「ま、みっすーを寂しがらせたくないのはうちも一緒だから、今日は大人しく帰りますよ♡」
「な……なんかすいません」
「ううん? 少し安心したから、いいよ」
ナカさんが、月の下で首を傾げて微笑んだ。
「そうだよね。みっすーが寂しいのが、一番良くないよね」
♢
主任さんと別れて、駅の方を一人で歩く。どうしようもなく寂しくて、泣きそうになるのをこらえて、下唇を噛んだ。
「やっぱり、みっすーは、あたしと違うんだ……」
ここまで読んでいただきありがとうございます!
向上優鷹:恋人いない歴=年齢。
美澄希空:恋人いない歴=年齢。
中美良:彼氏も彼女もそうじゃないのもいたことある。




