向上主任は百合に挟まる
「……ってことがあって、色々服とか化粧品揃えて思ったんだけど……この服って『ハケンブ』の双蛇くんっぽくないかと」
『写真見た! ぽいぽいぽい〜!!』
ベッドの上に腰掛けてことの顛末を説明すると、通話画面の向こうのナカが大袈裟に嬉しそうな声を出した。
「……なんかナカ楽しそうだね?」
『そりゃ楽しいよぉ! みっすー、服とかメイクとか興味ないと思ってたからこんな話できるの楽しい!』
……なるほど、ナカは服オタを自称するだけあって服も化粧も大好きなのに私にそういう話題を振ってこなかったのは、ナカなりに気を遣ってくれていたのか。
『でもこれアレ出来るじゃん? バウンドコーデ!』
「バウンドコーデ?」
『なんかー、コスじゃないけどそれっぽいみたいな。RINEで何個か画像送るね?』
ナカが送ってくれた画像を見て、なるほどと合点がいった。普段着で最大限キャラに寄せた、みたいな服ね。
「いや、したとしてどこ行くのよ。『ハケンブ』もう10年以上前に打ち切りになってる漫画だし、コラボカフェとかないよ?」
『でも中学の頃と今とじゃかけられる金も行動力も違うじゃん!! え〜バウンドコーデしてラブホ女子会しようよ〜!』
「ラブホ女子会って……また知らない単語をあんた……」
『みっすー、近所でなんか良さげなところある?』
「行ったことないし、良さげなとこなんて知らない。そもそもどこにあるか……」
そこまで喋ったところで、どこにあるかは知ってるかを思い出した。同時にあれやこれやが蘇って、思考と言葉が一気に止まる。
『……みっすー?』
「……なんでもない」
『いやいやなんかあったでしょ今の間! もしかしてラブホ行ったことあんの!? あっ、もしかしてさっき話してたエマさんとかいう人ぉ!?』
「いや、女の人だから」
『分かんないじゃん! みっすーが百合って可能性もあるし、うちとラブホ女子会する前にエマさんと仲良くラブホ女子会してる説だってあんじゃん〜!』
「ないってば」
ナカはひとしきり騒ぐとけろっとした様子で『ま、それよりさ』と話を変えた。情緒不安定さは主任と似たところがあるけど、切り替えが早いのはナカの長所だ。
『ラブホ女子会は今度にしても、バウンドコーデはしたいよね! みっすーとショッピングもしてみたいし、今度遊ぼ!』
「ん、そうだね。私は土日しか予定合わせらんないけど、ナカは?」
『んっとね〜』
こうして、実に半年ぶりにナカと遊ぶことになった。何度も電話はしているが、直接会うのはかなり久々だ。まあナカ相手に今更何も緊張しないけど。
と、いうのを翌日の昼休憩中、世間話程度に主任に話したら。
「えっ、俺も行きたい」
とんでもないことを言い出した。
「ぶはっ、はぁ!? なんで」
思わず飲んでいたコーヒーを噴き出しかけたけどなんとか飲み込んで、自販機横のゴミ箱に空き缶を捨てる。
主任の方に目をやると、言いづらそうにもじもじした後に意を決したようにぎゅっと握り拳を作って「だって!」と言った。
「江間がマウントとってくるんだもん!」
「江間さんが?」
江間さんがマウント? なんで?
本当に意図が分からずに首を傾げると、めっそりとした顔のまま主任が続ける。
「こないだ懇親会で買い物一緒に行けなかった日あったじゃん……あれ江間と行ったんだろ?」
「あ、はい。偶然会ったので」
「江間が! 『美澄さんとガールズトークしちゃった♡』とか言うの! 何話したか聞いても『女同士の秘密〜』とか言うし、『聞きたかったら今度3人一緒に飲み行こ』とか言うし!!」
なるほど。江間さんは私をダシに向上主任を捕まえようとしてるわけか。
「江間に美澄のことでマウントとられるのもう嫌なんで俺も美澄と買い物行きたい!」
「ええ……どういう感情ですかそれ」
「あと『ハケンブ』の概念探すの、俺も手伝いたい! リアタイでめちゃくちゃハマってたから」
「あ、主任『ハケンブ』リアタイの人なんですか? 私ナカから勧められて古本買ったんですけど」
「急にジェネレーションギャップで刺すのやめよ? ね?」
まあ私は主任の同行くらい構わないけど、問題はナカだ。人見知りはしないけど、さすがにいい気しないんじゃないか?
そう思って、その日の夜にもう一度ナカに電話して打診したら。
『いいよぉ!』
快諾された。
「えっ……いや、え? 本当にいいの? 私の上司だよ?」
『え? みっすーが気まずいなら断っちゃえばいいじゃん』
「いや、私は別に。職場の外で会うあの人のこと上司とかあんまり思ってないから」
『ひでー! だはは!!』
ナカが大爆笑してる声が聞こえて、ああ今床転げ回ってるんだろうなって見えずとも伝わってきた。
『その人ってアレでしょ? みっすーが最近たまに話題に出す人でしょ?』
「あ、そうそう。その主任」
『なぁんか……いけ好かないと思ってたんだよねえ……』
「ナカ?」
気のせいだろうか。ナカの声色が不穏なような……。
『行こ行こ! うちもその主任さん気になってたし!』
「ナカ……ほんと大丈夫?」
『だぁいじょうぶだって! あはっ、楽しみだね!』
大丈夫ならいいけども。
ナカには主任のこと何て話したっけ。たしか、会社の上司でオタク友達ってことだけ話した気がする。
少しの不安を抱えながらも、ちょっと楽しみでもあった。いつも宮本さんとのイチャコラを見せつけてくる主任に、ようやくナカを見せることが出来る。
あの野郎いつも人が暇かのように誘ってきやがって、私にだって休日に遊ぶ気の置けない友達くらいいるんだよ。
♢
こないだ買ったデニムワンピースを着て、待ち合わせ場所である駅前でナカと主任を探す。主任は背が高いし、ナカは見た目があんな感じだから目立ってすぐ見つかると思うんだけど、と思いながらきょろきょろしていると。
「みっすー!」
「ぉわっ!」
背後から声をかけられて肩が跳ねた。振り返ると、派手な柄シャツに裾の広がったジーンズ、クリーム色に染めた髪の上にベージュのベレー帽を被った女の人……ナカが立っていた。
何故か黒じゃなくて赤く染まったまつ毛、猫目の瞼の上にきらきら光るような化粧。学生時代からいるだけで目立つなと思っていた雰囲気は、大人になり化粧や染髪の力を得たことで年々パワーアップしているような気がする。
「おっひさ!」
「一瞬誰か分かんなかった……また髪の色違うし」
「えへへ〜♡ みっすーも最初別人かと思ったよ! 前髪めっちゃかわいくなってんじゃん!」
「い……いや、これはその、美容師さんとのバッドコミュニケーションというか……」
「ええ? みっすー肌綺麗だし、めちゃくちゃ似合うのに!」
ナカが嬉しそうに私の周りをぐるぐる回る。
そんなに嬉しがってもらえるなら、もっと早くおしゃれくらいすればよかった。
「んでんでんで、その主任さんってもういんの?」
「多分もうすぐ来ると思うけど」
スマホを取り出して主任からの通知を確認すると、『なんかやけに人に絡まれる(´;ω;`) 遅れないように頑張る(´;ω;`)』と情けないRINEが届いていた。
もしかして、またあの中途半端な擬態で来てるんじゃなかろうな。だから逆ナンとかに絡まれたりしてるんじゃないだろうか。
「主任さん、なんて?」
「なんかめちゃくちゃ絡まれてるから遅れるかもしんないけど頑張るって……」
「あっ、美澄!」
まあ、野暮ったいあの眼鏡をかけてる分だけ、会社での姿よりは目立たないはずだろう。そう思いながら、聞き覚えのある声に顔をあげる。
「ごめん、なんか今日に限ってすごい絡まれて」
「……でしょうね」
「えっ」
やってきた主任は、中途半端どころか……完璧に擬態していた。
髪をセットして、眼鏡じゃなくて、シンプルなのにおしゃれな格好して、会社の人々が想像する『理想の向上主任の私服姿』がそのまんまやってきたような見た目に私は無意識に後ずさって「あらま」とナカに受け止められた。
「えっ、なんで逃げるの」
「目立つからですよ……回れ右して眼鏡かけてきてください」
「なんか仙太郎が眼鏡はどうせ割って帰るからコンタクトしていけって」
「お母さんの仕業かそれは……」
何回か一緒に遊んでみて分かったけど、あの人、主任の顔のこと相当好きだもんな。あれこれ理由つけて隠したくないんだろう。
「あっ、美澄の後ろの人が、その……」
「ああ」
主任の目がナカの方に向いて、そういえば紹介がまだだったことに気がついた。
ナカは猫みたいな目を爛々と輝かせて私の前に出ると、自信満々に胸を張る。
「どうも! みっすーの友達のナカです! 見た目はアレでも中美良、って覚えてくださいね!」
「その口上まだ使ってたんだ」
「だってウケいいんだもん!」
主任はきょとんとしてたけど、「あは」と小さく笑った。
「美澄の職場の上司の向上です……待って、俺もなんか面白いこと言わないとダメなの!?」
「主任にそんなこと求めてないですよ。そもそも無理でしょう」
「無理ってひど……無理だけど……」
「だははっ! 思ったより優しそうな主任さんで安心した〜! 向上さんって『ハケンブ』リアタイ世代なんですっけ?」
「急に心えぐるね……そうですけど……」
「いやうちそれめっちゃ羨ましくて! 『ハケンブ』ハマった頃には更新停止してたサイトとかも多くて〜!」
来る前はナカがなんか不穏だったからどうなることかと思ったけど、元々人見知りとかする奴じゃないし、主任もキョドってるけど思ったより大丈夫そうだ。
安心しきった私は、ナカの主任を見る目が、ナカが普段私を見る目とまったく違うことに気付いていなかった。
ここまで読んでいただきありがとうございます!
向上優鷹:かつて闇系の二次創作イラストや漫画をアップする二次創作サイトを運営していた。
美澄希空:二次創作には手を出さずにSNSで妄想を呟くだけ。
中美良:二次創作には手を出さずに痛ネイルとか痛バッグ作成で発散する。




