向上主任は同行できない
なんだか、社内の視線がいつもより痛い気がする。
やっぱり前髪変だったんじゃない? めちゃくちゃ短いし。
それに宮本さんが眉整えるとか言って色々してきて、挙げ句の果てに帰りにドラッグストアで化粧品まで買わされて……RINEで言われるがままにやった化粧も、なんか変なんじゃない?
「ねえ、美澄さん美澄さん!」
「っは、はい!」
昼休憩に入った途端に隣の席の椎名先輩に話しかけられるし!
これ絶対前髪と化粧のこと言われるんだ、似合ってないよ、みたいな……!
「彼氏できたの!?」
「は……はい?」
「もう朝来た時から聞きたくて聞きたくてさ〜! なんかめっちゃ垢抜けたじゃん、急に!」
「え、あの……」
「ね、どうなのどうなの? おばちゃんにだけこっそり教えて〜!」
……もしかして。
「あ、椎名さんが美澄さんいじめてる〜」
「いじめてないわよっ! なんか急に垢抜けたから聞いてるだけ!」
「あ、それアタシも思いました! 美澄先輩、今日どうしたんですか?」
「デートじゃないの〜?」
「あ、いや……昨日髪切って、化粧するように美容師さんから言われて……」
まあ、嘘はついてない。嘘は。
「え〜、絶対彼氏できたと思ったのに!」
「出来ませんよそんな……」
「好きな人くらいは出来たんじゃないですか?」
「そんなそんな……」
こ……これは、何目的の質問なんだ? 髪切ったくらいで調子乗ってんじゃねーよブスの遠回しな言い方……? あれ、京都人的な……。
「美澄」
困ってると、冷たい声色で話しかけられた。
「……向上主任? どうされたんですか」
「美澄が作った顧客資料にミスがある。今すぐ直せるか」
「は、はあ……」
「じゃあ、どの資料か教えるから資料室」
……そんなもん、この場で教えてくれれば後で自分で資料室に見に行くのに。疑問に思いつつも一応上司の言うことなのでのこのこと従った。
そして、資料室に二人になった途端。
「やっっっっぱ垢抜けてんじゃん!!」
公私混同だったことが判明した。
「……人前で呼ぶなっつったでしょ……席戻ります」
「あっ、ごめんごめん! 資料のミスはガチだし午後の会議で使うから直して♡」
「それはガチなんかい……」
主任が棚から取り出してくれた資料を受け取って、ため息をつく。
「垢抜けてないですよ……皆、裏では私なんかが調子のってるって思ってますって」
「思ってないって! やだ……美澄が友達増やしちゃう……俺は友達が美澄と仙太郎しかいないのに……」
「交友関係せっま……」
しかも振り幅がヤバい。なんだよ、オタクの部下とヤンキーの幼馴染だけって。
「用事ってそれだけなんですか?」
「あ……いや、仙太郎からの伝言で、RINE見ろって」
「えぇ?」
スマホを取り出して見ると、宮本さんからRINEが来ていた。
『昨日化粧水と乳液と化粧落とし買い忘れた
帰りにこれ買え』
ご丁寧に商品画像つきである。
『ショッピングモールのでかいドラッグストアにあるけん』
とてもご丁寧に買う場所まで指示をくれている。
……なんか、主任とは違う意味で。
「宮本さんってオネエなんですか?」
「ちが……違うと思う、多分」
疑惑は曖昧に否定された。
「男の人なのに化粧品とかこんな詳しいもんなんですか?」
「仙太郎は昔から結構凝り性なんだよ。妹二人いて、その二人の化粧とか髪型とかやってあげてたら、やる方に自分がハマったらしい」
「兄属性なんですね……ほう……」
「人の幼馴染に属性とか言うな!」
あくまで素直に受け取れば、だけど、宮本さんの言うとおりにして周りからの印象がよかったのは事実。それに大人の肌はミベア塗ったくるだけじゃ駄目らしいし、化粧も石鹸で落としちゃ駄目らしい……。
仕方ない。少し財布には痛いが、言われた通り買って帰ろう。
「仙太郎、なんて?」
「化粧水とか買って帰れって。……主任、ご一緒しますか?」
言った後になんで誘ったんだろうと口を押さえた。こんなんオタ活でも何でもないのに、主任誘ったって来るわけ……。
「行きたい! けど今日、なんか、別部署の主任と懇親会あるからダメ……」
行きたいんかい。
ぺしょりと落ち込んだ主任は、心底その懇親会とやらがめんどくさそうだった。
「ま、頑張ってください。給料に組み込まれてると思って」
「頑張る……なんか供給くれ……」
「じゃあ最近ツブッターで見てめちゃくちゃよかったBL漫画のURL送っときますね」
「えっ、一番元気出る」
でしょうね。BLって言った途端背筋伸びたし。
主任にURLを送ると早速読んだらしく、見る見るうちに顔がぱっと輝いた。
「最高ッ……! ドムサブのドム受ってなかなかないから、めちゃくちゃイイッ……!」
「でしょ? これ実はもう本出てる商業BLのスピンオフなんですよ」
「あっ、手が滑って電子書籍もう買っちゃった♡」
「仕事はっや」
♢
宮本さんに言われた通り化粧水とかを買いに行くべく、退社後に駅の方に向かおうとすると。
「あれ? 美澄さんじゃない?」
囁くような甘い声が私を呼び止めた。聞き覚えはある、けど、その人に名前を教えた覚えはない。
振り向くと、そこには予想通り。
「寮じゃなかったっけ?」
マーケ部の天使、江間さんが立っていた。
「えっ、江間さんっ?」
「あっ、あたしのこと覚えてるんだ! 嬉しい〜♡」
覚えてるっていうか、話したこともないのになんで声をかけられたかも分からない。私があわあわと戸惑っていると、「あれ?」と小首を傾げられた。
「美澄さんが酔っ払って潰れちゃった日、向上くんと一緒に送って行ったんだけどな〜?」
「へっ」
それって、あのマーケと営業の飲み会の日か。
なんだ、主任が一人で送ってくれたんじゃないんだ。江間さんと二人で……なんだ……。
いやなんだじゃないよ。別にいいだろうが江間さんと主任が二人で送ってくれたって。感謝すべきことだ。
「そ……その節はご迷惑をおかけしてすみません。ありがとうございました」
「ふふ♪ カタいな〜、美澄ちゃんは♡」
微笑みかけられて、主任が言ってた「江間はオタクに優しいギャルみたいなもん」という言葉を理解する。ほぼ初対面と同じなのにこのフランクな距離の詰め方、ツブッターで何度も(二次元だが)見たことある……!
「美澄さん、今からお出かけ? あ、今日おしゃれさんだし、もしかしてデート?」
「いや、違いますよ……」
なんで皆して私のこれをデートととるんだ……。
昼休憩から何度も否定していい加減疲れた。
「少し買い物に行くので、北花駅のショッピングモールに行こうと……」
「へえ〜! じゃ、あたしも行こうかな?」
「えっ」
「ちょっとショッピングしたい気分だったし、美澄さんともっとお話したいし! ね、一緒に行っていい?」
いや距離の詰め方エグいな。
しかし、大きな丸い瞳でいかにもきゅるるんといった様子で見つめられると、なんだか断るのが悪逆非道な行いに思えてくる。
江間さんにはどんな意図があるのか、はたまた何も考えていないのか分からないが、私は腹を括って頷いた。
「やったぁ♡ じゃあ、早く行こ!」
「ッス……」
「ふふっ、美澄さんってば緊張してる〜♪」
緊張するに決まってんだろ!!
という叫び声を抑えて、江間さんの後を追いかけた。
ここまで読んでいただきありがとうございます!
向上優鷹:風呂上がりはなーんにもしない。肌が強靭。
美澄希空:風呂上がりは保湿のみ。
江間あずさ:風呂上がりはデパコスのあれしてこれしてたまにパックしてマッサージして以下省略。




