向上主任は家に呼ぶ
「あっ、だめ、美澄、そんなしたら……っ」
「ほら、主任。嫌ならもっと頑張らないと……」
「うあ、あ〜〜っ……」
主任の情けない声と共に、テレビにでかでなと『2P WIN』という文字が表示された。
「なんでそんな強いの!?」
「主任こそなんでそんな弱いのにスマブロ買ってんですか。はい次、宮本さんですよね」
「ん。任せろ、ぜってえ泣かしちゃるわ」
コントローラーを宮本さんに渡して、ソファに座って観戦の方にまわる。
「優鷹ァ! お前逃げんのやめろや!」
「そういうゲームやけんしゃーないやん!」
「どっちも弱いんで泥試合ですねえ……」
結局二人ともCPUに吹っ飛ばされていた。うーん、情けない。
「あー、やめやめ。飯食うか」
「せっかくDLCのヨゾラ入れたから使えるようになりたいんだけどな〜……」
「主任はまずラキナとか使えるようになった方がいいですよ」
この間、主任の家でたこパをしてから、私と主任は気付いてしまった。
案外、家でも遊べてしまう。
正直考えたことがないわけではなかった。イベントの後とかわざわざカラオケに行かなくてもどっちかの家で読めばいいじゃん、と。
しかし忘れそうになるが我々は男女である。そして主任はたまに変なことを口走る。童貞のくせに。
そういう一種の緊張感もあり、家に遊びに行くなんて話は一度も出なかったのだが。
「作るとかめんどいけん、ピザでいいやろ。金用意しとけよ優鷹」
「なんでいっつも俺にたかるん……」
宮本さんの登場で私たちは絶妙なバランスを保つことに成功した。
つまり、宮本さんが一緒のタイミングなら主任の家で遊んでもいいだろうということになったのである。
「冗談冗談。友達やけん対等やろ? なあ美澄」
「やめてもらっていいですか……」
こうやってすごいいじりをしてくるのは腹立つけど……まあ悪い人じゃない。
それに、さすがゴリゴリの腐男子の主任の幼馴染というべきか。
「ピザ結構待つらしいけんさあ、その間にアニメ流しちょっていい?」
「最近観とるホモのやつか? 俺は観らんけん別にいいぞ」
「観ろって! 絶対良いから観ろってぇ!」
主任のこの腐全開のムーブにも眉ひとつ動かさない。さすがだ。
宮本さんにオタ話すればいいのではと前に主任に提案したことがあるのだが、「仙太郎に話してるのは壁打ちみたいなもんだから」と言われた。たしかに、オタク関連の話は全部スルーされている。
塩対応気味とはいえ、宮本さんも主任の家で遊ぶのは楽しくなくはないんだろう。誘えば絶対来るし、興味ないであろうゲームにも付き合ってくれる。なんならたまにオススメの映画の円盤を持ってきてくれたりまでするのだ。
男友達って今までいたことないけど、こんな距離感なんだろうな……。
「……おい、美澄」
いや顔近っ。
ふと気付くとめちゃくちゃ近くにいる宮本さんに思わず仰反る。主任も私達が近いのに気付いて「ちょっと!?」と大きい声を出した。
「ちょ、仙太郎近い近い!」
「お前、髪最後いつ切ったん?」
「聞けよ俺の話を!」
「うっせえなあ、今美澄と話しよんっちゃ!」
か……髪?
えっと、最後に切ったのが『ドルスト』のオンリーイベントに備えてだから……。
「3ヶ月くらい前……?」
「あ゛?」
顔怖っ!
さりげなく逃げようとしたら腕を掴まれて逃げられなくされた。えっ、何? 何が地雷を踏んだ?
「……優鷹。ハサミとチラシ持って来い」
「え?」
「今から切るぞ、髪」
梅雨の湿気もあって膨らんだ髪を、宮本さんのごつごつした指が撫でた。
……そういえば忘れてたけど、宮本さんはヤのつく自由業の人ではなく美容師である。
「大体前から気になっちょったわ。傷みやすいくせにろくに手入れもしちょらんやろ。トリートメント何?」
「えっ、トリートメントってリンスのことですか」
「あ゛ぁ?」
「ひっ」
「仙太郎! やけん怖いって!!」
ダイニングの真ん中に敷いたレジャーシートの上に座らされて、宮本さんからあれこれ髪の毛を触られる。
目つきも声も怖いのに、触り方だけが優しくてなんだかくすぐったい。
「どんくらいまで短くしていい? いっそ坊主にしちゃるか」
「えっ!?」
「仙太郎!!」
「冗談やろが。長さ変えんで軽くするけん、髪型変えたい時はうち来い」
「わ……わかりました……」
髪型ねえ……。
思えば物心ついた時からアニメキャラかよってくらい髪型を変えてない。ずっと鎖骨につくくらいの長さを保って、これでいいんだと思ってた。
『いやね、首出してみっともない。希空はあんな風になっちゃダメよ』
……なんで今お母さんのこと思い出すんだろう。
「ほんっと傷みすぎやろ!! 風呂上がりに色々塗れ!」
「だから仙太郎怖いって!!」
オカン系幼馴染と主任の大騒ぎを耳元で聞かされてるからだろうか。うるさい。
「塗るって言ったって何を……」
「ああもう……お前、今度うちのサロン来い。一から十まで売りつけちゃる」
「えっ、ええ……」
「だ、大丈夫大丈夫。仙太郎もそこまでえぐい商売しないから、多分……」
「多分って何や」
しょきしょきと音がして、髪の毛がどんどん落ちていく。俯きそうになるたびに、宮本さんから顔を上げるように咎められた。
「大体、なんでそんないっつも猫背なん。せっかくでっかい胸しちょんのに、胸張らんともったいないやろ」
「仙太郎さん!? セクハラですけど!?」
「いや、私のは胸っていうか脂肪で、みっともないので」
「美澄も素直に答えなくていいから!」
実際、これは胸じゃなくて脂肪だし、あんまり突き出してるとお腹も出てみっともないって、前にお母さんも……。
「それが何なん」
しかし、宮本さんはあっけらかんとそう言った。
「肩丸めていかにも自信ないってツラで歩いちょる方がみっともないやろ」
……そんな風に、考えたことなかった。
私はブスで、デブで、背中を丸めておくのが正しい姿だと思っていた。これが一番みっともなくない、誰が見ても不快に思わない状態だって信じ込んでいた。
「……そう、ですかね……」
「ああ、それはそう! 美澄は姿勢よくした方がいいぞ! 腰に悪いし!」
「優鷹、お前ちょっと黙っちょけ」
「なんでぇ!?」
宮本さんは私の前に回ると、目の上まである前髪をつまむ。
「……美澄、化粧水何使っちょん?」
「え? お風呂上がりにミベア塗ったくってます……」
「じゃ、元々肌荒れしにくいんや」
「へ? そんなこと……」
ないですよ、と言おうとした時、しゃきんと音がして。
「……え」
一気に視界が明るくなった。
主任が目を丸くして私を見ている。え、何、今私どうなってる?
「……ほい、完成。さ、そろそろピザ来るやろし片付けんぞ」
「いっ、いやいやいや! 今私どんな感じなんですか!? 鏡っ……!」
「あ、洗面所にあるから……」
主任が指差した方に走って、自分の髪の毛を見る。
鎖骨まで伸びた後ろ髪。量こそ少し軽くなったものの、長さはほとんど変わってない。
問題は、前髪である。
「みっ……じか……!!」
眉の上どころか額の上の方に前髪があった。綺麗に切り揃えられてるから、失敗した感じはないけど……いやそれでも短すぎない!?
「何か文句あるんか?」
後ろからぬっと宮本さんが現れた。
「おっ、大アリですよ!? なんでこんな短っ……」
「こっちの方が似合うやろが。後で眉毛整えるか」
「いや、こんな顔出てたらみっともな……」
鏡越しに宮本さんから睨まれてるのに気付いて、ひゅっと言葉が詰まる。
「……ちゃんと胸張れ、前見ろ」
怒鳴られるかと思ったら、宮本さんはなぜか優しげな声でそう言った。
「確かにまあ太っちょんしぺちゃ鼻やし目つき悪ぃけど」
「散々いうじゃないですか……」
「それが何なん。何も自信なくす理由にならんやろ」
鏡越しの目がまっすぐ私の目を見た。前髪で隠れる隙のない目が、ぐらりと揺れる。
「……で、でも……」
「なら嫌っちゅうまで褒めちゃろうか?」
「そ、それも嫌……」
「人の家の洗面所で人の後輩にセクハラしないで!!」
また俯きそうになってると、主任が騒ぎながら乱入してきた。
「仙太郎!! 片付けほっぽってどっか行くなや!!」
「お前ん家やろ。お前が片付けろや」
「お前が勝手に置いてったハサミと勝手にやり出した散髪なんですけど!?」
「しゃーしいなあ」
めんどくさそうにしながらも片付けに加勢しに行く宮本さんと、ぶつくさ言いながらも素直に片付けしてる主任を見て。
「んはっ、夫婦漫才じゃん……」
思わず笑ってしまった。
「………………」
「えっ……あの、どうしたんですか?」
二人して、きょとんとした顔で黙り込んでる。え、何……?
「……夫婦じゃねえわ!!」
と、思ったら何かに気付いたようにハモって突っ込みを入れられた。やっぱ夫婦じゃねえか。
ここまで読んでいただきありがとうございます!
向上優鷹:ゲーム下手〜! 乙女ゲーとかソシャゲはする
美澄希空:ゲーム上手。なんでもござれ。
宮本仙太郎:ゲーム下手〜! アレの何が面白いか分からん。




