向上主任はお友達
「主任の家、ですか?」
「……はい……」
昼休み、いつもの自販機前でコーヒーを飲んでたら、主任に見つかった。
ただいつもと違うのは、今日はやけに主任の顔が沈んでること。
こないだ私に可愛いなんてほざいたのを今になって後悔し始めたのかと思ったら違うらしく、主任はしょんぼりした口調で話し出した。
「あの……前に話したじゃん……? 俺の幼馴染……」
「ああ、見た目を整えたという……」
「そいつが結構……昔から世話焼きで……」
「ほう、詳しく」
「今から話すことBL要素何もないからな?」
「それは私が決めるので早く言ってください」
「ナマモノにされる……」
男同士の幼馴染の話とかBL要素しかないだろうが。
「美澄の話したらぁ……なんか、俺がパパ活的なのに引っ掛かってんじゃないかって言い出してぇ……」
「はぁ? パパ活? 私が?」
……この見た目で?
と、言葉が出かけたが、咄嗟に飲み込んだ。下手なこと言ってまた主任から恥ずかしいこと言われたくない。
「で、じゃあ外の居酒屋とかで〜って言ったんだけど『家で腹割って話そうや』って……」
「ヤのつく自由業の方ですか?」
「普通の美容師のはずなんですよ……めちゃくちゃ刺青入ってるけど……」
刺青入ってるんだ……。
そんな人からパパ活って疑われて尋問されるの……正直めちゃくちゃ怖い!
でも幼馴染を女から守るオカン系刺青男は正直見たい!
恐怖と腐女子としての好奇心を天秤にかけて、悩んだ結果。
「……行きましょう」
「そうだよなやっぱ嫌……えっ!?」
「この間のお詫びもまだしてませんし」
主任に家まで送ってもらった。主任の眼鏡をぶっ壊した。タクシー代を出させた……。
気付けば賽の河原かと見紛うほどにやらかしが重なっており、そろそろ全部返してスッキリしたい気持ちもあるのだ。
「しっかりした手土産をお持ちしますので。何のアレルギーもないですね?」
「えっ、いいよそんなの……」
「主任の意見は聞いてません。これは私の罪悪感解消クエストなんです……!」
「目ぇ怖……」
かくして、私は主任の幼馴染とのBLを拝みに……もとい、幼馴染の誤解をとくために、主任の家に行くことになった。
♢
別にこれは、前回遊んだ時に主任がめかしこんできたからであって、変な意図はない。
っていうか、このシャツも、スカートも普段着だし。楽だから着てきただけだし。別に変な意味は……。
「美澄っ」
「わっ!?」
主任のマンションの前で悶々としていると、ぼさぼさの髪にだぼだぼの服、野暮ったいメガネのオタクもとい主任が急に声をかけてきた。
……いや今日はあんたがそれなんかい!
「迷わなかったか? ごめんな来てもらって」
「い……いえ……」
「……なんか今日、用事あった?」
主任が首を傾げる。用事って、あんたの家に行く用事ですけど。私も首を傾げ返すと、主任が「いや」と誤魔化すみたいに言った。
「なんか、お洒落してる、から……」
「……っしてません。普段着ですよ、こんなの。ほら、早く行きますよ、何階ですか!」
「あっ、5階です……」
エレベーターに乗り込んで、微妙な距離をあけたまま上にあがっていく。
なんか、変だ。こないだから、ずっと変だ。あれもそれもこの28歳児が考えなしに変なこと言うから!!
無言のまま耐えていると、エレベーターは5階に着いた。そして。
「よう来たなぁ……」
「ヒッ!?」
エレベーターのドアの向こうに、予想の10倍怖い人が立っていた。
「お前が美澄か? ウチのが世話になっちょるようで……」
「ひぇ、あ、あの」
「仙太郎! 待って仙太郎! 怖いから! とりあえず家入ろっ、ねっ!」
刺青、って聞いた時点で覚悟はしてたけど……想像よりずっと怖い!
日に焼けた浅黒い肌。ごつごつした筋肉質の体にぴったぴたの黒Tシャツ。綺麗に染まった銀髪のオールバックに、こちらを睨みつける三白眼。
そして何より腕から首にかけてがっつり入ってる何柄かもよく分からん刺青……!
どう見てもカタギじゃないその人が、フィギュアだらけで祭壇まであるオタク丸出しの主任の家のソファに座ってるのは、もうなんか悪質なコラにしか見えない。
「おら、座れや」
「え……えっと、どこに……」
「床があるやろが」
「いやお前がソファから退けよ! 俺ん家なんやけど!!」
主任がギャーギャー言って、ようやく幼馴染は床にどすんと腰を下ろしてあぐらをかいた。こ……怖……!
「話は聞いちょると思うけど……宮本仙太郎。そこのヘタレの幼馴染や」
「みっ……美澄希空です……」
「へえ……変わった源氏名やなあ……」
「源氏名とかじゃないって! 職場の部下やって言っちょんやん!!」
……ん?
「主任、なんか方言……」
「え……あっ」
「こいつ、職場じゃ気取って標準語使っちょるけど俺とおる時は方言丸出しなんよ」
「へえ……?」
「美澄、今なんか良からぬ妄想しただろ……」
してないしてない、ただ参考にするだけです。
幼馴染♂から幼馴染♂への独占欲滲むマウントとられたら、ちょっと緊張がほぐれてしまった。げに恐ろしきは腐女子としての本能である。
「あ……これ、お土産も持ってきてるので、お二人でごゆっくり……」
「あ、お気遣いなく……あとお二人でごゆっくりって言うのやめて?」
「へーえ……結構いいとこの持ってきちょんやん。絆しにかかっちょんか?」
「仙太郎!」
主任が必死で止めるけど宮本さんは私に敵意の目を向けるのをやめなかった。本当に何だこの人。商業BLか?
宮本さんはじーっと私の頭のてっぺんから足先まで見た後に、はあ、とため息をついた。
「まあいいわ。優鷹、茶ァ入れてこい」
「一応俺ここの家主なんやけど……美澄、二人にして大丈夫か? なんかあったら叫んで逃げろよ?」
「俺のこと何と思っちょんかお前」
私が大丈夫の意味で頷くと、主任は躊躇いながらも台所の方に行った。
……さて、マジで宮本さんと二人きりである。
「……美澄っちったな? なんであいつに近付いた? 顔か?」
「いや、その……趣味が、同じで……」
「ああ、あのホモのやつか」
思わず噴き出した。カミングアウト済なんかい!!
いや、カミングアウトしてなきゃ祭壇もBL漫画入りの本棚も丸出しにしてないか。
「で? 弱み握ってあいつに色々たかっちょるん?」
「たかっ……てますね、特に最近は……」
「自覚あるやん」
介抱させ、眼鏡壊し(弁償は断られ)、タクシー代出させ……たかってると言われても仕方ない。
この人はそれが心配で、私を今日呼び出したんだろう。もしかして、見た目に似合わず案外いい人なんじゃないか?
「で、この落とし前どうつけるん? 金返してくれるんか? あ゛?」
「ヒッ……!」
いや、めちゃくちゃ怖いけど。
「その……落とし前っていうか、主任にそんなに私に色々してくれなくていいって、伝えてもらえませんか」
「……? なんで」
「すごく、もやもやするんです」
罪悪感を解消したくて、手土産を持ってきた。でも、全然足りない。もらいすぎてる気がする。
確かに上司と部下だ。仕事の愚痴を聞いてもらっり、奢ってもらったりすることもある。
でも。
「と、友達だから……もっと対等でいたいです」
罪悪感の正体を自分で口にして、ぼっと顔が熱くなった。
「とっ……友達とか何言ってんだって、話ですけど……」
「でも友達じゃん!?」
「うわっ、びっくりした」
気付いたら3人分のコップとペットボトルのお茶を持った主任が後ろに立っていた。
テーブルにそれを置いた後、顔を覆ってリアクションする。律儀だ。
「よかったぁ、俺ばっか友達って思ってると思ってたーーーーーッ!!」
「いやあくまで上司と部下ですけど」
「なんで上げて落とすの!?」
なんか恥ずかしいこと言ってしまった。宮本さんもどうせ、なんか変なこと言ってんなこの女って思ってるに違いない。
恐る恐る、宮本さんの方に目を向ける。
「へーえ……」
なぜかニヤニヤしながら私を見ていた。
「ま、そんならいいわ。友達なんやけん対等がいいわな。優鷹、あんま色々してやりすぎんなよ」
「はい……」
やっぱりオカン系幼馴染なんだ……。参考になる。
「じゃあ対等の一歩目っつーことでたこ焼きの生地作れ、美澄」
「えっ、え!?」
「いやなんで!?」
「食いたくなったから。ここん家にたこ焼き器置いとるやろ。今からスーパー行ってたこ買ってくるけん、生地練っとけよ」
「いやいやいや!」
主任とハモってまで宮本さんを止めようとしたが、宮本さんはまったく聞かずに行ってしまった。
「……作る?」
「たこ焼き粉あるんですか?」
「仙太郎が勝手に買って置いてくんだよ……あいつ昔からああだから……」
「ほう……」
「俺にそういう目向けるのやめない?」
BL展開……とまではいかないが、なんとなく宮本さんが主任のことをすごく大事に思ってるのは伝わってくる。
その後本当に爆速でたこを買ってきた宮本さんを交えて、私は人生で初めてのたこパというものをした。
「ほらこのシーン! ここ絶対キスすると思うじゃん! こんな顔近いんよ!?」
「せんやろ、アホやろお前」
「えっ、美澄はそう思うよね!?」
「公式でされるとちょっと萎えます」
「なんでぇ!?」
……いや、たこパってこんなアニメ観ながらギャースカ言う会なのかは分かんないけど。
ここまで読んでいただきありがとうございます!
向上優鷹:たこ焼きはネギが多いのが好き。
美澄希空:たこ焼きはチーズ入りが好き。
宮本仙太郎:たこ焼きは腹が満たされれば何でも好き。




