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向上主任は心配性

「で、駅出たらどっち行くんですか?」

「え、えっと……東口から出て、セブンイーブンのところ右に曲がる……」

「分かりました」


 主任の手を引いて、電車を降りる。

 休日の夕方ということもあって、駅の構内にはたくさん人がいた。

 この近く大きめのショッピングモールもあるし、もし会社の人に鉢合わせしたら厄介だな……。よりにもよって今日いつものオタク姿じゃなくて半端に擬態してる状態の主任だし……。


「なるべく人通りがない道選びましょう。会社の人と会ったらまずいですし」

「手ぇ離せばいんじゃない!?」

「そしたら主任死ぬし……」

「死ななっ……あだっ!」


 言った矢先に駅の自動ドアにぶつかっていた。


「……死ぬかも……」

「ほら、人通り少ないのどっちなんですか」

「……あるにはあるけど……美澄、ほんと……セクハラじゃないということだけ念頭に置いておいてください……」

「はぁ?」


 セクハラも何も、こっちから手繋いで送ってるのに何がセクハラなのか。どっちかっていうと私がしてる側だ。

 主任が詰まったような声で案内する通りに進んでいくと、親の顔より見た光景……いや、三次元では初めて、だけど。


「……ラブホ街とか、本当にあるんですね……」

「だから言ったじゃん!」


 ラブホテルが乱立する通りに入ってしまった。確かに人気はない。たまにすれ違っても、男女二人組が無言でホテルの中に入ったり出てきたりするくらい。

 でも、ここはちょっとアレじゃないだろうか。なんか、そういう、変な空気に……。


 そこまで思ったところで、ふと我に帰った。


 いや、ないない。あるわけない。


 だって私と主任だ。上司と部下で、友達で、お互いを男女と見ていない。というか、私が主任から女として見られるわけがない。

 江間さんみたいな人から言い寄られるような主任が、私みたいなの相手にするわけない。

 別に、相手してほしいわけじゃないし。

 私はオタク仲間として、同じカプを推す同志として、主任と推しカプの話が出来たらそれでいい。


 心からそう思ってるはずなのに、なんでか胸が、もやもやする。いや、これはもやもやじゃない。痛いんだ。


 昔から分かってるのに。

 自分がブスで、愛想もなくて、誰かから好かれるような人じゃないってことくらい、誰よりも私がよく分かってる。


「うわ、あれカップルかな?」

「やだ、ふふっ……」


 通りすがりに聞こえたそんな言葉に、胸が張り裂けそうになった。


「……美澄、やっぱ手離そう」


 主任が震える声で言った。

 ああ、やっぱ主任も嫌だよね。私と誤解されるとか。

 そう思って、振り向くと。


「な……なんか、カップルに見える、みたいだし……っ?」


 顔がめっちゃくちゃ赤かった。

 手汗もすごいし、声裏返ってるし、視線がめちゃくちゃ泳いでる。誤解されて嫌とかそういう次元じゃない。

 ここで私は思い出した。そういえばこの人、童貞だわ。


「……なんで私なんかにそんな緊張してるんですか」

「いやっ、あのっ、他意はないんです! 本当に他意はなくてですね!?」


 ……自分よりテンパっている人間を見ると逆に冷静になるアレだろうか。


 胸の痛みは、すっと消えていた。


「そんなふらふら歩いてる人放置しませんよ……ほら、行きますよ」

「いや、でも、美澄ぃ……」

「大体、私なんかとカップルに見えるわけないじゃないですか。っていうか、私なんかに彼氏いるように見えない、が正しいか」

「あの……」

「……あ、主任。なんか男の二人組がラブホ前でもだもだしてますよ……」

「えっ、ウッソ、ちょっと小声で状況詳しく教えて」



 主任の言う「人通りの少ない道」というのは少し遠回りだったらしく、駅を出る頃沈みかけていた夕陽は主任の家に着く頃にはすっかり沈んでしまっていた。


「主任、案外普通のところに住んでるんですね」

「出世してもタワマンに住めないっていういい例なのでしっかり目に焼き付けといてね!」

「うわ、上司が夢ないこと言ってくる……まあタワマンとか住みたいと思いませんけど」


 さすがにここまで来たら手を離しても大丈夫だろう。

 エレベーターの前で離そうとすると、主任がぎゅ、と手を握ってきた。


「……主任?」

「あの……美澄は、私なんかって、言うけど」


 繋いだ手が震えてる。緊張が、肌から伝わってくる。


「俺は美澄といて楽しいし、手とか繋いだら緊張するし、美澄がこないだ酔っ払って俺に彼女出来たらさみしいって言ってきた時、正直すごい舞い上がったし……」

「え……」


 私、そんなこと言った?

 いや、それよりも、今、私何を言われてる?

 心臓がうるさい。逃げ出したいのに、続きを聞きたい。そうしたら引き返せないような気もするのに、引き返したくなくなってる。

 目を背けたくなる感情が胸を襲って、溢れ出して、止まらなくなる。


「だから……だから、人との距離感気をつけなさい!?」

「えっ」


 急にオカンみたいなこと言い出した。


「こないだの飲み会でも佐倉にほいほい飲まされてさ〜! 美澄は私なんかとか言うけど、全然私なんかじゃないから! 知らない男が持ってきた酒ほいほい飲まない!」

「同じ会社の人ですよ……?」

「それでもダメッ! 美澄はその、なんか、その、アレだから変なのに目つけられやすいんだよ!」

「何ですかアレって……」


 っていうか距離感云々言うなら。


「この、繋ぎっぱなしの手はいいんですか」


 そう尋ねると、主任は磁石に弾かれるように手を離した。


「これは引き止めの意味です! 他意はないので訴えないでください!」

「訴えませんよ」

「っていうか暗い中美澄帰すのダメだな! タクシー呼ぶから乗って帰りな!」

「えっ、大丈夫ですよそんな」

「遅いわ! もうアプリで呼んだからすぐ来るぞ! 支払いは俺のクレカで落とされるから金を払う必要もない!」

「なんなんですかそのテンション……」


 びっくりした……。

 いや、ありえないけど、何かすごいこと言われるかと思った。本当にありえないんだけど。


 なんとなく気まずい空気の中、二人でタクシーが着くのを待ってると、本当にすぐに車の近付いてくる音がした。


「……あの、ありがとうございます。眼鏡のことも、これも、今度お詫びとお礼しますね」

「う、うん……またな」


 どこか浮ついた足取りで、タクシーの方に向かう。主任が、「美澄」と私を呼んだ。


「? 何ですか?」

「……美澄は、可愛いから……その、気をつけて帰れよ!」


 ……は?


「じゃあまた会社でな! じゃあな!」

「は、はい……あっ、主任まだエレベーター来てな……」

「いだっ!」


 部屋まで送ってあげた方がよかっただろうか。いや、だめだ。その余裕が気持ち的にない。

 タクシーに乗り込むと、運転手のおばさんがにやにやしていた。


「熱烈な彼氏さんですねえ……可愛いから気をつけて?」

「かっ……彼氏じゃないです……!」


 マジでなんなんだよあの人!!



 取り返しのつかないことを言ってしまった気がする……。


 いや美澄も美澄だろ! なんで手繋いで帰ることになってんの!? あっ、俺が危なっかしいからか〜! 優しいな〜美澄は!

 いや、それにしても、もっとやりようがあったんじゃないですか? 別に俺のことなんて放置しててよかったわけだし。つまり美澄は俺が……やめようこの思考! 沼っちゃう!


 ソファの上で丸まってると、仙太郎(せんたろう)から「邪魔」と蹴り落とされた。


「いっつまでもウジウジしてんなや。よだきいわ」


 こいつ……人の家に飯たかりに来といてこの態度……!

 勝手にテレビつけてアモプラ観とるし。俺の買い置きの酒勝手に飲んどるし。好き勝手しすぎでは?


「……仙太郎には分からんもん……」

「もんじゃねえわ。っつかそこまでいったんならラブホで一発かまして来いや。ほんとお前ヘタレやなあ」

「下品なこと言わないでくださいます!?」


 なんか仙太郎は誤解している。美澄はそんなんじゃない。


「美澄は……可愛いけど、なんかこう……妹みたいな? あの、なんかしてやりたくなる〜みたいな……」

「ほう」

「全然、付き合うとか、その、そういうんじゃないんよ。あの、話してくれるだけでいい、的な……」

「……優鷹。お前、前にもその美澄にたかられちょんやなかったか?」

「ええ?」


 思わず笑ってしまった。


「そりゃ部下やしさ、焼肉とか寿司とか奢ったりタクシー代出したりしちゃるけど全然たかるとかそんなんやないって!」

「その女連れて来い。近いうちに、絶対」

「ええ!?」


 ……なんか、まずいことになっちゃった……。

ここまで読んで頂きありがとうございます!


向上優鷹:ラブホ行ったことない

美澄希空:ラブホ行ったことない

仙太郎:ラブホ行ったことある

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