お花のお姫様の物語
あるところに、花のように笑うお姫様とそんなお姫様が大好きな王子様がいました。
二人はとても仲良しでいつも一緒にいました。
そして、二人の間には可愛らしい男の子が生まれました。
王子様とお姫様はとても喜びました。
男の子は目元は美しくて可愛らしいお姫様に、顔立ちは凛々しくて精悍な王子様に似ていました。
王子様はとても幸せでした。
お姫様もとても幸せでした。
ですが、ひとつだけ大きな問題がありました。
それは、男の子が元気いっぱいに育っていくのに、何故か、お姫様が段々元気を失くしていったからです。
王子様はとてもお姫様を心配しました。
休んでいていいと、何度も言いました。
ですが、お姫様はかたくなに王子様の言葉を拒みました。
お姫様は少しでも長く、王子様と男の子と一緒にいたかったからです。
お姫様は、自分がどうして元気を失くしていっているのか知っていました。
だから、これから自分の身に何が起こるのかも、知っていました。
お姫様は、なんと、お花になってしまう運命だったのです。
それは、とても悲しくて辛い運命でした。
お姫様の故郷で、百年に一人、なるかならないかという特別な運命なのです。
誰がその運命を背負うのかも分かりません。
生まれた時には分からないのが、この運命の厄介なところでした。
お姫様は王子様には自分の運命のことを話しませんでした。
最初はただの風邪だと思っていたからです。
お花になってしまう運命を背負ったものは、身体の端から徐々に蔓が伸びていきます。
蔓のように見える、複雑な細い模様が伸びていくのです。
それはまるで、その人の運命を絡めとるように。
それはまるで、その人の心臓を段々と締め付けていくように。
刺青がどこからともなく現れて、その人の心臓に向かって伸びていきます。
手の甲や足の甲から伸びていく蔓は、やがてその人の心臓を絡めとると。
その人の心ごと、心臓を植物の種にしてしまうと言われていました。
お姫様はその証でもある蔓を、ある日自分の手の甲に見つけてしまったのです。
お姫様はとても哀しみました。
そして、ついに王子様にも自分の運命のことを話す決意をしました。
王子様はお姫様から、お姫様の運命について聴きました。
王子様はとても驚きました。
信じない、と言った王子様にお姫様は自分の身体の変化を見せました。
王子様は手の甲から腕の真ん中まで伸びた蔓を見て、ようやくお姫様の運命を信じました。
ですが、とうてい納得など出来ませんでした。
王子様はお姫様の運命を止める方法を探しました。
国中の学者や医者、博士を呼びつけました。
ですが、あらゆる知識と技術を持ってしてでも、お姫様の運命を止める方法を見つけることなど出来ませんでした。
お姫様は日を追うごとに細く、弱く、元気がなくなっていきます。
ふっくらとして柔らかい頬も、はりのある肌も、男の子にたくさんの乳をあげた胸も。
すっかり痩せてしまいました。
王子様はそれでも、お姫様を愛していました。
お姫様のことが、大好きでした。
だから、弱々しくなっていくお姫様を見て、王子様は自分が許せませんでした。
大好きなお姫様を助けることが出来ない自分が、許せませんでした。
お姫様以上に、王子様は元気がなくなっていきます。
お姫様は自分のせいで弱々しくなっていく王子様を見て、とても哀しみました。
だから、お姫様は唯一の願いを叶えてくれるように王子様に頼みました。
王子様が苦しまないように、それだけを叶えてほしいというお姫様の最初の最後の我儘でした。
お姫様は王子様に頼みます。
お願い、私の最期の瞬間には、一人で旅立たせてほしい、と。
王子様は怒りました。
それはもう、大変怒りました。
自分はまだ諦めていないのに、どうして諦めてしまうのだと。
ですが、王子様が何度言ってもお姫様は自分の願いを譲ろうとはしませんでした。
そして、ついに王子様はお姫様の願いを叶える約束をしました。
王子様とお姫様が約束を交わして数日後。
お姫様の身体に伸びた蔓は、ついに、お姫様の胸のところまでになりました。
そして、王子様が男の子をつれてお姫様のもとを訪れた時。
お姫様は忽然と姿を消していました。
王子様はとても泣きました。
これが、お姫様の望みだったのだと分かっていても。
これが、お姫様の最初で最後の我儘だったと分かっていても。
王子様の涙は止まりませんでした。
ついに、お姫様はお花になってしまったのです。
それからというもの、王子様のお城の近くの丘には、毎日美しい花が咲くようになりました。
どこからともなく現れ、枯れたと思ったらまた花が咲く。
だから、王子様のお城では、そこがお姫様のお墓だと言われています。
お花になったお姫様が、その場所に眠っているのだろうと。
春に芽吹き。
夏に咲き誇り。
秋に美しく。
冬に凛と佇む。
それは美しく気高い、優しいお姫様の姿そのものでした。
その場所には、毎日美しい花が咲きます。
それはそれは美しい花が咲き誇ります。