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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ヒロインをいじめ抜いていたと思われて婚約破棄を言い渡された公爵令嬢ですが、特に反論もしていないのに逆転してしまいました。

作者:

「公爵令嬢! 君との婚約をここに破棄させてもらう!! そして僕は君の義理の妹こと、このヒロインを庇護者となり守り抜くと宣言するッ!!」




 高らかに宣言する王太子!

 おお、ここは麗しき貴族学園の噴水広場前。


 衆目が見ている前で、公爵令嬢はガクリと膝をつく!




「なん……ですって」


「寝耳に水という顔だな! しかしこの王太子! 幼くしてスラムで拾われ公爵家の養女とされたヒロインと図書館で出会い! 彼女が君から受けた仕打ちの数々をすでに聞き取り済みなのだ。言い逃れはできんぞ!!」




 王太子は背後にいるヒロインをかばう! その光景を見た貴族生徒たちは思う。まるで物語さながらの舞台であると……


 そう。

 これは、断罪の場。


 権力をかさに着てか弱い立場のヒロインを虐げてきた悪役令嬢の悪行の数々が暴露され、彼女の信用は地に堕ちる。

 そしてその場で王太子がプロポーズし、感極まったヒロインと結ばれるのだ――!


 だれもがそう確信したのである。




「そ、そんな。王子様。わたしはお姉様とは別に――」


「いいんだヒロイン。僕も彼女の態度には我慢の限界がきていたんだ!」




 それもそのはず。ああ……!


 この公爵令嬢、顔だけは良いが日頃から口が悪く高圧的で、人様にあれこれ難癖をつけることで有名だったのである。


 それらが積み重なり、ついにこの日がきた。

 悪役令嬢の悪事の数々が暴かれる時がきたのである!





「たとえば!」





 ビシィ!

 王太子は悪役令嬢を指差す!





「君は平民出身である彼女のマナーや振る舞いに難があるという名目で、常日頃からつらく厳しい言葉で当たってモラハラを続けていたと言う!」





 しんと静まり返り……

 公爵令嬢は隠した口元からフッと笑ってのたまう。




「なにを、そのようなこと……公爵家の一員として当然のこと」




 ざわざわ……


 モラハラ? 閉じ込め?

 ご飯を食べさせないだなんて、ひどい。

 さすがはあの公爵令嬢。想像以上にキツいな。


 集まった聴衆からも声が上がり始める……。




「ま、待ってください! 違うんです、王子様! それは嫌がらせじゃないんです。わたしを思ってしてくださったことなんです!」




 王太子のうしろから悲痛に叫ぶヒロイン!




「ヒロイン……」


「だってお姉様も『いいですこと? これはあなたを〝人間〟にしてあげるためにやってあげていることなんですよ?』って言ってましたし」


「にっ、人間にしてあげる……だと!?」


「はい!


『あなたはわたくしのすることを、時に嫌がらせと思うこともあるかもしれません。でもそれはできないあなたが悪いの。こんなことできて当たり前なの。あなたのためにしてあげているんですのよ。オーッホッホ!!』


って」




 …………。

 ……ヒソヒソ。




「ああ……かわいそうなヒロイン。それは違う。それは違うんだ。君はいつもそう言っていたね。彼女の話をする時はいつもそうやって、うれしそうに」


「は、はい」


「でもそれはそう思い込まされているだけで、言葉による支配だ。君がほかに頼るものがないことを利用して、人が人たる尊厳を剥奪する、考え得る限りもっとも卑しい行為なんだ。人間にしてあげる? なにを馬鹿な。いいかい、君は最初から人間なんだ!」


「え、そ、そんな……! まさか……!」


「……」


「さらぁに!!」




 ビシ!




「まだありますの?」


「あるとも! ――ある夏の日! 君はヒロインに窓からバケツ水を振りかけたな! それもその場にいた清掃メイドが使っていた掃除用の汚水をだ! おかげで彼女の制服はダメになってしまったと言う……」




 ザワ――!


 まあ!

 嫌がらせにしても、水でなく汚水を?

 なんてひどい……




「く……そんな話まで殿下に。あれだけ口止めしたのに。あとで覚えてらっしゃい」




 忌々しげに下唇をかむ公爵令嬢を、王太子は見逃さない。




「――認めたな公爵令嬢! しかも見たまえ。この場に君を擁護する者はひとりもいない。それがひとつの証だと思わないか? 観念したらどうなんだ!」


「くっ。フ、フフフ……バレてしまったならしかたがありませんね」




 そこで、ゆらりと立ち上がる悪役令嬢……

 ばっ!! と両腕を広げ、高らかに宣言した!




「――そうですわ! ある夏の日、その子に窓から汚水をぶちまけてやったのは、このわたくしですのよ!!」


「!!」


「さらに! そのあと言ってやりましたの。『まぁ汚水をかぶってしまってなんて臭いのかしら! 養女とはいえ我が公爵家の末席として恥ずかしいことこの上ないですわ』ってね! オーッホッホ!!」




 ザワザワ――!


 ざわめく観衆! 醜い開き直りにある者は眉をひそめ、ある者は怯え、互いにささやき合う……



「オーッホッホ! オーーーーホッホッホッホッホ……!」


「あっ!」




 と、そこでぴんときた風なヒロイン、瞳を輝かせて王太子の裾を引いた。

 そして、こう言ったのである。




「ある夏の日って、あのお話のことですね! ――そうなんです! お姉様はあの日、火ダルマになって転がっていたわたしに水をかけて助けてくださったんです! それも、ご自分も汚れた水をかぶってまで飛び込んできて、抱きついて転がってくれて!!」


「……へ?」


「ホ――ホ! げほっ!!」




 時が……


 止まった。




「…………火ダルマ?」




 王太子、二度聞きである。




「はいっ! ちょうど学園で習いたての魔法の火を使って……わたし、ぐぉおおおおって叫びながら転がったんですけどぜんぜん消えなくって」


「ぐおおて」


「近くにいた清掃係のお方も大慌てで、水魔法が使える教師様はいらっしゃいませんかって用具入れや戸棚の中に呼びかけてくださっていて。そうしたらお姉様が『そんなヒマはありませんわ!』って! お姉様が通りかかってくださらなければ、ああ! わたしは今ごろ……」


「え……? う? で、では、君の制服がダメになったというのは?」


「はい! 黒コゲになってしまいましたから!」


「く、黒こ……そもそも、なぜそんな事態に? 魔法の練習をするにしたって指定の区域以外では禁止されているはずだが……」


「はい……焼きイモをしようと思って」


「ぶッッ――ちょ、ヒロイン! ゲッホゴっホグヘ」


「学園の校舎で、焼きイモを!?」


「はいっ、王子様!」


「誇り高い聖王国の、他国の王族も留学してくる王立貴族学園の校舎で、焼きイモを!?」


「はいっ、王子様!」


「ゴホンゴホンゴホン!」


「しかも夏の真っ盛りにっ!?」


「はいっっ!! 学園中央広場に飾られていた剣が混ぜ棒にすごく良さそうだったから、なんだかすごく焼きイモしたくなっちゃって!」


「け、剣? あれは……伝説の勇者にしか引き抜けないという言い伝えの、まぎれもない本物の聖剣なはずなんだが?」


「そうなんですか? 普通に抜けましたよー?」


「……? ……?? ……???」


「ゲホン! ごほん! ンン゛ッ! ヒロイン! ヒロインッ! ごほん……!」




 なにやら必死の形相でせき込んでいる公爵令嬢……

 その彼女を見てヒロインは「あっ!」とまた瞳を輝かせた。




「そのあと、


『あぁ本当になんて臭いこと! そんな恥ずかしい恰好じゃ公爵家の者として歩かせられないので、今日のところは早退させていただいて全身を清めて暖かくしていらっしゃいな!』


って。お姉様が上着をかぶせてくださったんですよ! バレたらわたしが怒られてしまうからご自身は後片づけと口止めをしないとって!」




 ヒロインの目、輝いている。

 それはもうキラキラと。


 キラキラと.。:*+゜゜+*:.。.*:+☆ 。




「は、はは……いやまさか。いろいろとそんなバカな」




 一方、よろめく王子様。

 あさっての方を向いて黙り込んでいる公爵令嬢の姿を認めて希望を見出したような顔になる。




「ふ、ふふ、そうか。君とて人命が関わっているとあればさすがにそーいうこともするのだろう。やるじゃないか! しかしだ、ではこれはどうだ!!」



 思わず意味不明の賞賛を混ぜつつ、三度みたびのビシィッ!




「君は取り巻きの令嬢や令息のみんなと一緒になって、逃げる彼女を追い立て、追いつめて、暴力を振るった! その中には攻撃魔法も含まれていたというじゃないか!」


「ええっ!? そ、そんなことまで……フッ。そうですわ! その通りっ!! わたくしはちょこまかと逃げ回るその子を逃げ場のない場所まで追い立てて、袋叩きにしてさしあげましたのよ!」




 ザワワワッ――!


 ええっ。暴力を?

 さすがにいくらなんでもそれは……。

 アウトでしょ。アウトだろ……。

 公爵令嬢にあるまじき……。




「……ああ! わたしのスキル『狂戦士化バーサーク』が暴走してしまった時ですねっ!」


「……」




 ヒロイン、またキラキラと語る……


 おぼろげな記憶と濁った視界の中で、お姉様が必死に呼びかけてくださっていたお姿は今でも夢に見るんです!

 お姉様がお友達の力も借りて命がけで助けてくださらなかったら、わたし……命が尽きるまで敵を探し続けて、学園の何百人もの罪もない人たちを皆殺しにしてしまっていたに違いないんです。


 と……。




「……」


「もう二度と強力なモンスターが出たからってお姉様の指示を無視してあのスキルを使うつもりなんてありません!!」


「え。いやあの、バーサー……え?」


「はいっ! わたし、最後にお姉様の首筋に噛みついてしまって……筋線維と血管を食いちぎる感触と鎖骨を噛み砕く振動が頭から離れなくて。それでもお姉様はわたしを抱きしめて、離さないでくれたんです」


「えっ……と。そうか!」




 王太子は我に返り公爵令嬢を指差した!

 バッ!




「なるほど! どうやら君は言い逃れの保険として、彼女に幻術か記憶操作のようななにかを細工していたんだな! でなければこんなおそろしい話があるはずがないからな。さすが我が婚約者と言ったところか!」




 応じる公爵令嬢!




「フッ。もしかしたらそーいう可能性も、なきにしもあらずなのかもしれないですわね! でなければそのようなおそろしい話があるはずがございませんものね! そこに気がつくとはさすが殿下。やりますわね!」




 ババッ!




「ならば、次のネタに移るぞ! 弾はまだまだあるんだ。今度こそ言い逃れはさせない!」


「望むところでしてよ! なるべく日常的でどうとでも言えそうなネタにしてくださいね」


「お姉様、王子様、かぁこいい……」




 四度目の、ビシッッ!




「いいだろう! 君は彼女を階段から突き飛ばしたり、彼女のノートを隠したり、彼女の机に怪しげな儀式陣を描くとか彼女の鞄を持ち去って中身を抜き取ってから返すという――」


「ああ! 王子様それはですね――」


「〝烈光聖撃嘯ホーリィ・ブレスド・ストリーム〟ぅうう!!」




 キュボッ――ドグォオオオオオオオン!!!!!


 公爵令嬢の腕から烈光が迸る!


 光の中に消えゆくヒロイン!




「お姉様ひぁあああああああああああ――!?」


「ヒ、ヒロイーーーーーーン!?」




 なぎ倒される聴衆!

 揺れる校舎!

 あとには、巨大なクレーターが残った……


 ズゴゴゴゴ――


 な、なんちゅう威力……!

 今のは宮廷魔導師団にしか伝授されない秘奥義中の秘奥義のはず……なんで、げほっ、ごほっ!




「公爵令嬢、なんてことをするんだ! やはり君は彼女に殺意を……」


「殿下があのような件を持ち出そうとするからです」


「彼女はなにを言おうとしたんだっ!?」




 自分をかすめてスレスレで炸裂した大魔法に王太子ドン引き……。

 というか、マジビビり状態である。




「っていうかなぜ君がそんな魔法を使えるんだ! 貴族の令嬢……いや、学徒が扱うようなモノじゃないぞ!?」


「これぐらいできなければ姉として彼女を御せないんです。そんなことより殿下! 次の弾を寄越してくださいな。あの子が目覚める前に早く! さぁ早く! 今度はこんな騒ぎが吹き飛ぶようなネタできてください。さぁカモン!!」




 ぴょんぴょんと跳ねてまで手を振ってくる公爵令嬢からは、本気の意思が感じられた。




「くっ……!? よ、よし、いいだろう……いくぞ! はっきり言ってこれは飛びっきりだぞ! 君はヒロインを王都の闘技場に呼び出し、密輸入したAランクの凶悪モンスターをけしかけた! それも誕生日プレゼントだとのたまってだぁああ!」




 ザワワ――!




「くっ。その件を明るみに出されると、さすがのわたくしも少々痛手が……でも、しかたないですわね」


「そうだろう! しかもあの事件はモンスターが闘技場の外にまで出そうになったので記憶にある者も多い。まさか君が絡んでいたとはな!」




 ザワザワ――


 え? 数年前のあの闘技場破壊事件?

 下手したら何万人もの死者が出ていたっていう……。

 しかもそんなモンスターをけしかけておいて誕生日プレゼントって。

 陰湿すぎる……なんてレベルじゃなく、もはや邪悪なのでは。




「ああ、その件ですね!!」




 ズボォ!!




「うおわああッッ!! ひ、ヒロイイイン!?」




 クレーターからヒロインが生えたぞ!

 無傷だとォ!?

 あんな攻撃を受けて……あり得ない。

 人間なのか……!?




「あれは、お姉様が


『あなたって、なんかやたらと凶悪な魔獣とか古代の封印設備とか魔族の残した呪具とかに飛びかかっていきたがりますわよね。でも己の限界というものは知っておくべきですわ。放っておいたら凶悪モンスター図鑑に載ってる生息地に嗅覚だけで飛び込んで行きかねないし……』


って言って、わざわざ危険なルートから取り寄せてくださったんですよね! 何か月も前から人払いや予行演習、いざという時のための熟練の冒険者の方々を雇用してくださって。しかもお姉様のお小遣いから。わたし、感動しちゃって」


「ゴホンゴホン!」



「……い、いやその。しかしだ! 結局モンスターは外に出そうになったんだろ!? それは彼女の落ち度だ! 民の平和を預かる貴族として到底相応しくない!」




 クレーターに半分埋まってヒロインは照れた風に頭をかいた。

 その様は飾らずあけすけで、まるでそよ風に揺れる野花のようである。




「あはは……あれは、わたしが最初に目覚めたスキル『狂戦士化』を制御しきれなくって。モンスターは倒したんですけどそのあとわたしが暴れちゃって」


「……さっきのだけじゃなかったのか!?」


「はいっ! さっきの件のは五度目ですっ!!」


「ほかに三件もあったのかっ!?」


「はいっ! 三件もあるんです! そのたびわたしはお姉様に救われて……ああ、お姉様とわたしの思い出の数々」


「……」


「……ごほ」




 ざわ、ざわ……。


 そのたびに……そんなすさまじい死闘を人知れず。

 そりゃあんな魔法も身につけるわ。

 ひょっとしてわたしたち、あの人に守られていたんじゃ……?


 畏怖の目で公爵令嬢を振り返る王太子と衆目たち……。




「……フッ!」


「!」



 なんとなくいたましい沈黙を交わし合ったのち、公爵令嬢は吹っ切れた感じで王子に指を向けた!



「その、ごほ……ェン゛ン! そのような、どうということもないこと……殿下はこれぐらいでおあきらめになるのでして? わたくしを屠るとお決めになったのでしょう。さぁわたしとて公爵家令嬢。叩けば埃くらいは出る女ですのよ。がんばって次のネタを寄越しなさい!」


「あ……ああ! そうだとも! まだ終わっていない……僕たちはまだ終わっていないとも! まだやれるさ! いくぞ公爵令嬢、見事受け止めて見せろ!」


「お姉様王子様かぁこいい……」




 ビクゥ。

 と一瞬、震えてヒロインの方を見る王太子と公爵令嬢であったが……。




「とっ……ともかく!」



 何度目かのビシィッ!!



「いずれにせよ、君の高慢で高圧的な態度と数々の言動は多くの人を傷つけているんだ! その象徴的存在がヒロインと言っていい!」


「そうですわねっ! 彼女はなんら秘密も変哲もないごく普通の少女! そんな彼女をただ単に横暴に虐げているのが、このわたくしだということですわね!?」


「そういうことだ! 相変わらず君の要約は分かりやすいな! あまつさえ彼女に向けた『あなたを義妹と認める日などこない』などと人間としてひどいセリフ……これはどう説明するんだァー!」


「あっ! 殿下それは絶対ダメです今すぐやめ――」


「そうなんです。お姉様は……ぐすっ。


『なぜなら、あなたはすでにまぎれもなくわたしの家族だからです。たとえ周りからどんな浅はかな言葉を投げかけられたところで、わたしはあなたを義理の、偽物の妹だなんて認めることはしてやらない』


って言ってくれて。こんなわたしのために。ひっく……うええええ…………!」




 ……。


 ぶわっ。


 ところどころから漏れ始める嗚咽の声……




「ひっく。ひぐっ、ぐすっ、おッぶぇ」




 王子様もガン泣きしていた。

 ガチ泣きである。


 そのまま、泣きながらヒロイン(クレーターに埋まっている)のそばにしゃがみ込んで……聞いた。




「じゃあ、食事を抜いたり寝かせずに閉じ込めたっていうのは?」


「はい……あのころのわたしは食べ物を手でつかまないと上手に食べられなくて。フォークがうまく刺さらないとお皿ごとテーブルを割ってしまったりナイフが滑って建物を輪切りにしてしまったり……」


「うっ……」


「……でも、お姉様のおかげで、もう大丈夫なんです。だってお姉様が


『あなたを人間にしてあげるまで、どんなに鬼のように振る舞ったとしてもわたしはあきらめない』


って。わたしが食事を抜かれた時は、かならずお姉様も食べずに待っていてくれたから。だからわたしはがんばれたんです!!」


「ひぐぅっ……じゃあ、どうしてその詳細の方はお話してくれなかったの?」


「それは、お姉様が決して言ってはダメだって。『わたくしのセリフだけなら言ってよろしくてよ』って」


「それは、なんのため?」


「それは、きっと……わたしを守るため」


「わざと高慢に振る舞うことで、君のことを隠してあげるために?」


「……きっと」


「おうええええええええええええええええッッ!! えうッ、エッ、エッ…………!!」




 吐くように泣く王太子! もう立っていられない……!


 衆目も泣いていた。噂が噂を呼んで(ついでに公爵令嬢の攻撃魔法の衝撃音にもつられて)集まってきていた学徒たちも泣いていたし、校舎の窓から顔を出した学園長も泣いている。女神像もハンカチ出して泣いていた。





「……ひょっとして」



 それまで場を見守っていた学徒のひとりが、鼻水をすすりながら手を挙げる。



「ひょっとして、ヒロインさんのことだけじゃなくって、ほかのことも」




 ぴくり、と身じろぎする公爵令嬢。

 周囲から次々と手が上がってゆく……


 ザワザワザワ――




「ふっ、フフフフフ」




 ざわめく一帯の中心で、ユラリと王子が立ち上がる。

 ビクと震える公爵令嬢……。




「ふ、ふ。公爵令嬢、どうやら……まだ暴かなければならないことがたくさんあるようだな……君について」


「……う゛」



 バッ!!!



「皆の者! ほかにもこの学園、いや学園の外においても、心当たりがありそうな事例があるならここで述べるんだ! このヒロインが答えてくれるだろう!」


「はいっ! ずっとお姉様のおそばにいたわたしが、答えられる限りのことならなんでもお答えしますっ!」


「えっ、ちょ、やめっ」


「さぁ皆! 遠慮せずカムォオオオオン!! ソォイ!」





 そこから、公爵令嬢の筆舌に尽くし難い行ないの数々が暴かれていくことになった――!!





「大聖堂に安置されていた三百年前の悪魔を封じた像にヒビが入って中身がなくなっていた件――!」


「はいっ! それはわたしが本能で飛びかかってしまって! そのあとお姉様と一緒に――」


「東の帝国の王宮に夜な夜な怪物が出て呪いを振りまいていた噂――!」


「はいっ! あれもある日招かれた貴族様の応接間でわたしが高そうな調度品に噛みついて砕いてしまったことから始まって、邪悪な力によって人心を惑わされていた一部の貴族の皆様の陰謀が見え隠れしてきた末に――」


「あの伝説の英雄パーティがこの王都に拠点を移したのは――!」


「はいっ! 窮地を救ってもらったご恩でお姉様を影ながらお守りしたいんだそうです――!」



 まだまだ続く!!

 ……まだまだ続く!



「よぉしよぅしよぉーし! 皆、巻きが足りないよおお! じゃんじゃん持ってきてよホラぁ! ソイソイソイソォオイ!!!」



 ――――。



 ハアッ、ハアッ、ハァッ……。

 ゼイ、ゼイ、ゼイ……。



 やがて、だれもかれもの息が上がり……沈黙の中。

 囲まれ、どうしようもなく立ち尽くす公爵令嬢を、皆が見つめていた。



 ザワ……ザワ……。



 なんだ、アイツ……。

 聖女やん……。

 聖女やんけ。

 国の内外どんだけに伝説残してるんや。

 神が遣わした天使やん…………。


 ざわざわざわ……。



「…………」



 公爵令嬢、顔も真っ赤に地面を見つめてプルプル震えている。



「ぼっ……くっ、がっ…………」



 彼女の前に、どさりと王子は膝を着く。



「ぼっくっがっ。間違っで……いだ……」


「……」


「本当は分かって……いた。君と話せば……君を認めれば、努力を楽なところで切り上げてる自分を認めることになるからっ……! 厳しい指摘も痛い言葉も本当は全部全部この国を思って言ってくれていることだと……それは僕のためであるって、本当は分がっていだのに゛ぃいいい」



 ……ぐすっ。


 殿下……。

 俺もだ……。

 ぼくも……。

 わたしも……。

 もう踏み間違えない……。

 むしろ踏んでほしい……。



「公爵令嬢ぉお゛お゛!!」


「ひはいっ!?」



 ガバッ!! と王子はグショベチャになった顔で彼女の足に取りすがっていた!



「ぼくがァぼくが間違っていたァ……ぼくが悪かった! どうか婚約破棄の話は破棄してくれェ! 許してほしい! そして叶うなら君から学ばせてほしいっ。次代を担う王としてぼくに足りない……ありとあらゆるすべてを!!」


「えっ、あぅ、殿下っ、その、殿下ともあろうお方がそんなことをっていうかスカート裾っ、靴っ、鼻水がっ……」


「お姉様、かぁこいいなぁ~……!」



 ゴクリ……!


 公爵令嬢が見回す中で、ヒロインも膨れ上がった観衆もキラキラした目で彼女を見ていた……!



「……フッ」



 やがて、覚悟を決めた風に笑った公爵令嬢。

 ちょっと乱れかけた髪を颯爽とかき上げる姿を、顔を上げた王太子ほかが見ていた。



「ふ、ふふ。ま、まぁ。そこまでおっしゃるのでしたらそのお話、受けさせていただいてもよろしくってよ。さぁ早くお立ちくださいな。あなたは王子様でしょう?」


「おおお、ふおお公爵令嬢。こんなぼくを……公爵令嬢ぉお」


「ちょっだから落ち着いて……落ち着きなさい! ゴホン! まったく、本当に足りない王子様ですこと。――よろしくってよ! そんなあなたを横で支え、隣から導いて差し上げましょう! ですけどわたくしは厳しいですわよっ!?」


「うおオん公爵令嬢ーーっ!! 分かっているとも! 皆ー! 彼女とともに歩もうではないかァーーーッ!!」



 オオオオオオオオオオオオオオオオオオオ――――――!!



 湧き上がる拍手喝采! 歓喜の声! どこから用意したのか紙吹雪の嵐!!


 公爵令嬢はそんな彼らに手を挙げて応え、なんとなくイイ話にまとまったなーという感じを掴んだあたりで、そそくさと場を〆ようとした。



「というわけで未来も明るく、なにも問題はないということで解散いたしましょうか。今日のお祭り騒ぎはなかったということで明日からまたいつも通り。それでは皆さん、」




 ごきげんよう――


 と続けようとしたところに、王子の声がかぶせられた。




「いや? そういうわけにはいかないが?」


「……え」




 ギクリ。

 と、硬直する公爵令嬢に、当たり前のことを告げるよう王子が顔を向けていた。




「君が今までしてきた数々の行ないを、大々的に表彰し、祝福しなければならないよな?」




 ギラリ。

 と、衆目の眼が光る……。


 ジリ……と後ずさる公爵令嬢。




「……ぇ、う。わ、わたくしは。そーいうの別にいいですから。あくまで普通に、等身大の生活を送れればそれで」





 そんなわけにいくか……。

 今までの報いを……。

 受けさせねばならぬ……。

 報いを受けろ……。

 踏んでくれ……。

 報いを……。

 報われろ……。





「そっ……ゴクリ! そそそそういうこと言うんでしたら今の話はナシですわっ! ナシにいたしますわよっ!? どこか遠くに逃げてでも平凡な生活を送りますっ。今のわたくしにはそれが可能ですっ!」


「それでも一向に構わんっ!!」




 胸を張って宣言する王子様!




「えっ!?」


「君がそういう道を往くのなら、ぼくもついて往く! たとえ貴族と王子としてのすべてを捨ててでも……君を守り抜くと誓うッ! もう決して君を独りにはしない……それこそが最良だと分かるからだッ!!」


「そんなことは不可能――」


「お姉様、わたしもどこまでも一緒ですっ! お姉様の匂いでしたらどこにいても追いかけられますぅ!」


「ぐ!? し、しまった」




 俺もだ――! ぼくも――! わたしも――! ワシもじゃ――! 吾輩も――! 拙者も――! 某も――! 拙僧もである――! わらわも――! 我もな――! 朕もじゃ――! なんか知らない人たち増えてない――!?




「そういうわけだから、公爵令嬢っ! 皆を思う心があるのなら、せめておとなしく報いを受けてくれ!」


「無茶苦茶ですよっ!?」



 逃がさん……。

 逃がすか……。



「……くっ!?」



 シュンっ!



「なっ! 消えただと!? 公爵令嬢ォお!?」


「ふわあ。お姉様の空間移動ですぅ。かぁこいいなあ」



 空間移動だって!?

 伝説の賢者の魔法だぞ!?

 聖女かつ賢者かよ……。



「――皆、落ち着けぇ! 軍、教会、冒険者ギルド、貧民街……王都全域の全市民、ありとあらゆる生命に協力を呼びかけろ! 罠を張れ! 誘導し、絡め取り、ひとつひとつ手数を削いで、消耗させ、追いつめてから、確実に捕まえるんだ! かならず彼女に報いを受けさせるぞッッ!!」



 ウオオオオオオオオオオオ――――ッ!!


 オオオオオオオオオオオオオオッ……!


 オオオオオオ……!!





 ……こうして公爵令嬢は、三日三晩続いたという王都全域に及んだ戦火の末にかつてないハイテンションになったヒロインとの一騎打ちに追い込まれ、相打ちで抜け殻のようになったところを血眼で殺到した市民の手によってグルグル巻きに縛り上げられ、民たちの手に手に渡り、ついに玉座の前にまで引きずり出された。


 そして号泣する宰相によってこれまでの行ないの数々を読み上げられ、鼻水の滝を噴き流す王族たちから盛大に表彰されたのである。




「大丈夫なんだろうか、コイツら」




 という、歴史書のそこかしこに残される彼女のセリフも常に国と人々を思い憂う彼女の厳しくもやさしい人柄の現れ。



 かくして正しき姿の公爵令嬢を迎えた聖王国は、彼女を崇拝する者たち、そして戦いを経て人の上に立つ才覚を開花させた王太子の努力によって、あとなんか魔王とかも倒したりして、かつてない繁栄を遂げるのでしたとさ。




 ハッピー……エンドォッッ!!



お読みいただきありがとうございました!


(何度かタイトル変更してしまってすみません!)

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― 新着の感想 ―
[良い点] 読むと疾走感が気持ちいい。 [一言] このアップテンポについてこられない人もいると思いますが、私は大好きですよ。
[良い点] 実に勢いのあるコント。 話そのものがバーサクしてる。 [一言] 思わず感想を書いてしまうくらい楽しませて頂きました。
[一言] 力技すぎる笑い 登場人物全員アホ
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