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一片食の不漁

作者: ぐれはま
掲載日:2020/11/22

ちょっとモヤモヤした話

よかったら

 皮田の好物の一つにサンマがある。これを焼いたのにポン酢をかけ大根おろしを添えたのが、ステーキやケーキといった分かりやすいものと匹敵する、魂の飛ぶような御馳走だった。


 一人暮らしを始めて自炊が習慣になって驚いた。サンマが安い体。皮田が実家でタダ飯をいただいていたときは献立でもかなり希少な部類で、秋を外れたらまずお目にかかれなかった。


 それでサンマをそこいらの牛肉なんぞよりは財布を煩わされる類のものだと勘定していたが、意外や意外、むしろ毎日食った方が経済的な代物であるとわかる。


 思い出した。皮田がサンマをすく理由。川田はサンマの骨を取るのが上手いからだ。今は慣れたが、皮田は箸の持ち方が我流色の強いもので、良く滑稽に扱われていた。


 それだけに人と比べて骨から身を上手に外すことのできるサンマは皮田の端を躍らせ、またこれを見た父にも見事なものだとよく褒められた。


 対して母はこれがどうにも苦手だった。いつも小骨を取ろうとして身をほじくりまわすことになり、あとは無様が出来上がるだけ。自分が上手くいったのと不器用と言われる復讐とで、皮田は散々これをクソミソに揶揄した。ゲルニカ、ピューリッツァー賞もの、刑事が見たら怨恨の筋を疑われる…などなど。


 母の方もこれを聞いて、特段なにを言い返すこともなく、バツが悪そうな笑みを浮かべるだけだった。


 こうやってサンマの味とボロクソに言うのとで二度味わいのある皮田の反対側に、さんざっぱら言葉のサンドバックにされる母。これを嫌って我が家ではハレー彗星のごとく扱われるようになってしまったのではないか。


 そう考えると、今更見栄え良く身をほぐしとるのも厭味ったらしい行為に思えてきた。


 一人暮らしが五年十年と経つうちにそんなことも頭からどこかへ行ってしまったという頃、帰省の折に母から食べたいものを聞かれる。平時は唐揚げか肉詰めピーマンを頼んでいたのだが、そのときはなんの気なしにサンマを注文した。


 夢中で食らいついてご飯のお代わりを取ろうとすると、皿の上で展開される惨状に目が言った。


 無差別連続通り魔殺人事件、死体蹴り…。


 湧き上がる悪い言葉の奔流を飲み込む。胸中で小骨のように引っかかる気持ちを抱えながら、身にスプーンをあてがうかのような大雑把な母の箸遣いとは対照的に、さっさと身と背骨とを捌いて箸を置く。そのままm逃げるようにして食器を洗いに行った。


 へどもどした気でスポンジを握っていると、食べ終わった母が可食部位を多く残しつつも名残惜しさを欠片も感じさせない残骸をゴミ袋に移してから皿をこちらに寄越してきた。


「サンマなんて久しぶりだけど美味しかったわ」


 母の言葉に核心をかすめ避けて返す。


「あー、うむ。上手いし安いから頻繁に出てもいいんじゃないかな」


「あんたはいいかもしれないけどね…」


 ぐっ…。もっと言葉を選ぶべきだったかと後悔に入りかけると


「私なんかハラワタが苦手で、そこだけ取るときも気持ち悪くて面倒なのよ」


 なんだって?するってぇと、母は自分の食い跡の格好悪さがいたたまれなかったのが因で控えていたわけではなかったというのか。


 そうなると今までは皮田の考えすぎだった。このことが分かったのは、帰省の最大の収穫だった。


 実家っからアパートに戻る。何日かしてスーパーでただでさえ安いサンマがべらぼうな特価で並べられており、これを購めた。


 誰に気を遣うこともなく身をほぐしほぐしやって、口に入れる。なんだか味気ない。ハラワタも今一つ苦味に思い切りが感じられない。


 誰もいないのに母に気兼ねしいしい身をいらって、他人の目を気にしながら食べるから脂は滋味深く、いじめるような肝の苦さをかみしめられたのだ。


 罵る相手もなく、言い過ぎたことを咎められることも気にせず、不器用を忘れさせる称賛も得られない中で相手にするサンマは、ただの雑魚っぱで、魂を飛ばすような御馳走とも呼べなくなった。

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