8話 少女の真実
「ほっほっほっ。いくらなんでも、下着を見せてもらったからと言って、不審な不法侵入者をホイホイと通したりはいたしませぬぞ」
玉座の間で、ダミアンが快活に笑う。
どうやらウォルグ以外は全員が最初からコレットと繋がっていたらしい。
あの後……
魔王たるウォルグは、コレットの腕の中で、その胸に顔を埋めて、恥も外見もなく、威厳もなく、見栄もなく、ただひらすらに子供のように感情を爆発させ、ありったけを吐き出した。
その腕の中で、泣いて、泣いて、泣いて、泣いて、泣いて、泣いて、泣いて、泣いて、泣いて、泣いて、泣いて、泣いて、泣いて、泣いて、泣いて、泣いて、泣いて、泣いて、泣いて、泣いて、泣いて、泣いて、泣いて、泣いて、泣きつくして……
ようやく落ち着いたところで、ウォルグは、はたと気付いた。
……俺、おっぱいの中にいるッッッッッ!!!!
コレットのその胸に顔を埋めるようにして身を預けていたウォルグは、自分がとんでもない体勢でいる事を、ようやく把握した。
先程までは、困惑と混乱の中にあって、安らぎと穏やかな癒しに包まれて、不思議と卑猥な感じはしなかった。
大いなる慈愛に包まれていると感じていた。
だが、一度、冷静になってしまえば、もう、大いなる乳房に包まれているとしか感じられない。
ふ……ふおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!
こっ、これは、とんでもない格好なのではないのか!?
おそらく、これは、かなりの上級ランクの体勢のはずだ!!
なんという事だ……
俺は、今、おっぱいとおっぱいに、顔を、挟まれているッッッ!!!!
右にも、左にも、おっぱいッッッ!!
左右おっぱい!! ダブルおっぱい!!
こ、これは……このまま、左右のおっぱいを鷲掴みにしても許されるのではないだろうか!?
この流れ、このノリ、この雰囲気、この位置関係……
すべての条件が、俺に『おっぱいを掴め』と叫んでいる!!
よ、よし!! いくぞ!!
お、おおおお、おっぱいを、掴むぞ!! つ、掴んでしまうぞ!?
さっきまで、まるで無垢な少年のようだったウォルグは、一瞬にして最強の性戦士へとジョブチェンジを成し遂げた。
ぶるぶると震える手を持ち上げて、その性なる頂へと向かう。
胸に燃え盛る性義のために!! この性戦を勝利へと導くために!!
……と、そこで、ウォルグは扉の隙間に6つの顔がある事に気付いた。
「……お、お、お、お前ら」
シュンッ……と、6つの顔が一瞬にして(以下略)
そうして、現在、玉座の間にてウォルグと、コレットと、たんこぶを頭に携えた幹部が集結しているのである。
話を聞くと、コレットをドレスデネの孤児院に預けた後も、幹部達はコレットと連絡を取り合っていたらしい。
「寂しそうな瞳をした魔王様を絶対に助けてあげたいんです」という固い誓いを見せるコレットを幹部達はすっかり気に入ってしまった。
定期的に幹部の誰かが孤児院に赴き、コレットとコンタクトを取っていた。
そして、コレットが16歳になった今年、作戦は決行されたという事だ。
サエウム荒原をエスコートしてきたリザードマンも、応援の言葉を投げ掛けつつ王城の門を通したミノタウロスもグルだったのだ。
城に入ってからは幹部達と打ち合わせをし、ウォルグの元へと案内されたそうだ。
『まかろん』というお菓子は実際にコレットからのお土産だったが、パンツは見せてないらしい。
良かった……
俺の配下って馬鹿なのかと危惧していたけど、馬鹿じゃなくて良かった……
「それにしても、なぜ『女勇者』などと名乗ったのだ?」
というウォルグの疑問に対しての答えは、「ウォルちゃんは女慣れしてないクセに、ムッツリスケベでエロい事に興味津々で、尚且つヘタレだからエッチ方面で攻めれば確実よ」というアデライドの提案に満場一致で全員が頷き、『女勇者→敗北→凌辱』という作戦の決行に至ったのだと言う。
アイデアの元は、アデライドが愛読している異界人が著者だと噂の18禁エロ小説『魔王様の女勇者凌辱物語シリーズ』から来ているらしい。
どうやら異界では魔王が勇者を凌辱するのが常識らしい。ふざけた世界である。
そして、パンツを見せて通してもらったという嘘も『エッチなことに対してオープンですよー』という印象を与えるための作戦の一環だったらしい。
ちなみに、この作戦は、いつまで経っても自分達に手を出してこないウォルグにヘタレを卒業してもらって、あわよくば愛人の地位に就こうと考えた女幹部全員の下心満載であった事は別の話だ。
……ったく、なんちゅー作戦だ。
たしかに、突然コレットが現れて、急に「貴方を助けに来ましたー」とか言っても、受け入れられなかったかもしれんが。
それにしても……
「もし、我が本気で凌辱の限りを尽くしたら、どうするつもりだったのだ?」
「ぴゃっ!?」
変な声を出して、ビクッと身体を震わせるコレット。
ゆっくりとウォルグの方を振り返る彼女は、その可憐な顔を真っ赤に染めて、指先を唇に添わせている。恥ずかしそうに、その蠱惑的な肢体をモジモジとさせている様は、妙に艶かしい。
そして、その妖艶な唇から……
「そ、その時は、その時で……それでもいいかなぁ……って」
という爆弾発言が放り込まれた。
……えっっ!? マヂでっっ!!??
「……えっっ!? マヂでっっ!!??」
ウォルグの心の声と肉声が、一糸乱れぬ連携を果たし完璧に同期した。
要するに、思った事をそのまま声に出してしまったのだ。
と、同時に、なにやら鉄臭い味と、鼻の奥がツンとする感覚に襲われる。
「ウォルグの旦那、鼻血、出てまっせ」
「……んおっ!?」
気付けばウォルグは、ボタボタと鼻血を垂れ流していた。
思春期の男子か。
いや、思春期の男子としか言いようがないエロでヘタレな魔王様なのだが。
「ほっほっほっ。わたくしが全力で攻撃しても傷1つ付ける事の出来ない魔王様に血を流させるとは、コレット殿、さすがですな」
「……ダミアン!! 違っ……!!」
「キャハハハハ、興奮してんの? 興奮しちゃったの? 本人がいいって言ってんだから凌辱してやったらどうだい? アタイは2番目でもいいからさぁ~」
右腕に絡まるピクシズ。
「いやーん。ウォルちゃん、2番目は私よねー?」
左腕に絡まるアデライド。
「壮絶な2番目争い……じゃ、私、1番目で」
後ろから抱きつくリグ。
「駄目ーーーーー!! ウォルグ、駄目よ!! 不潔よ!! そういうのは良くないわ!! わ、私には、か、関係ないけど!! ……ってゆーか、リグ!! さらっと1番目を獲得しようとしないでよね!!」
ウォルグに絡まる3人の女幹部を引っ剝がそうと頑張るシャルシャロール。
「こりゃあ、負けてられまへんなぁ。ウォルグの旦那、アッシが1番目に……」
「「「お前は男だろ!!」」」
「ほっほっほっ。では、わたくしが……」
「「「男で、ジジイだろ!!」」」
ウォルグをオモチャにして盛り上がる幹部たち。
それを見て思わず微笑むコレット。
「今の魔王様には、こんなにもたくさんの大切なお仲間さんがいらっしゃるのですね。今の魔王様の瞳には、あの時の寂しそうな色は見えないです。私の助けなんて必要なかったのかな……」
そう言って、少し悔しそうに呟くコレット。
たしかに、今の俺にはこいつらがいる。
たくさん助けてもらった。
たくさん支えてもらった。
今までも、こうやって馬鹿げたドンチャン騒ぎで、俺に変な気を遣わせないようにしてくれた。
世界から捨てられたかのような俺に、なんの壁も無く接し続けてくれた。そして、これからもそうしてくれると当たり前のように感じさせてくれる。
このクソッタレな世界の中で、本当に大切な仲間達だ。
けれど……
それでも……
あんな風に、恥も外見もなく、ただひたすらに感情を吐き出させてくれたのは……コレットだけだった。
きっと、ずっと、俺が求めていたもの。
あの日から、俺の世界は灰色だった。
ここにいる仲間達のおかげで真っ黒に染まる事は無かったけれど、それでも、やっぱり灰色だった。
その世界に色が付いたのは……コレットのおかげだ。
「コレット、今の我の瞳に陰りが見えぬとしたら、それは……いや、もうこんな話し方もやめよう」
ウォルグは、一度、言葉を切って、改めてコレットを見つめる。
その瞳は、優しげで、なんの憂いもなく、純粋な少年のようであった。
「コレット、お前はちゃんと俺を助けてくれた。救ってくれた。……ありがとう」
「私、これからも、ここにいて……いいですか?」
「ああ、よろしく頼む」
「はい!!」
ウォルグの人生は、本当の意味で、ここから始まるのだろう。
世界は色に満ち溢れているのだ。
満面の笑顔を見せるコレットを微笑ましく思いながら「とりあえず、俺に絡み付いている連中を誰かなんとかしてくれねーかなー?」と思う魔王ウォルグであった。