表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/16

7話 心の根底に在るモノ

ウォルグは、今、私室にいる。

着替えをして、顔を洗い、髪型を整え、歯をかなり入念に磨いた。


ただの身嗜みだぞ!?

ホントにホントだぞ!?


と、そこへ、ガチャリと扉が開く音が聞こえる。

ノックもせずに扉を開けるヤツなんて、1人しかいない。

案の定、そこには弓矢を持ったコレットがいた。


「ま、魔王!! 今度こそは、あ、貴方を討伐いたします!!」


そう言うコレットの顔はちょっと赤い。

あと、なんだか、微妙に気まずそうにしているように見える。

どうやらキスの余韻は、まだ僅かに尾を引いているようだ。


やめろ!! こっちまで、なんか恥ずかしい思いが甦ってきちゃうだろうが!!


「女勇者を名乗る小娘……コレットとか言ったか。貴様、本気で我を討伐する気があるのか?」


ウォルグの言葉にビクッと震えるコレット。

その手に持つ弓矢は、お世辞にも良い装備であるとは言えない。

いや、もう、ハッキリ言って粗悪品である。ボロである。ゴミ一歩手前である。

どう見ても、どう考えても、偉大なる魔王を討てるなどとは到底思えない。


「貴様ごときでは我を討つ事などできぬ。そして、貴様自身、それを理解しておろう。……何が目的だ?」


コレットは、はぷぅ……と、大きく息を吐くと、ウォルグに向けて構えていた弓矢を降ろした。


「……私の事……覚えていませんか?」


んんむ?

大狼が言っていた事が真実味を帯びてきたな。

どっかで会った事があるのか?

んー、んー、えーと、んんー???


「もうずいぶんと昔の事ですし、私の事なんて、忘れちゃってますよね」


そう言って、寂しげに目を伏せるコレット。

ウォルグは、まじまじとコレットを見つめた。

伏せられたコバルトブルーの瞳が哀しげに揺れる。

その瞳に……見覚えがある……

そうだ……

あの時……

恐怖と絶望を宿した少女は、こんな瞳をしていた。


かつて、山あいの街道で魔物に襲われた行商の一団があった。

雇われの用心棒も、商人も、皆、殺されていた。

ただ1人、小さな少女だけが魔物に囲まれて、震えながら生き残っていた。

少女は戯れに最後まで残されたのだ。

その心に恐怖と絶望を宿らせるために。

そんな少女を助けた覚えは、確かにある。


「……あの時の少女か」


ドレスデネの孤児院の前に捨ててきたはずだが、なぜ、どうやって、なんのために、ここに来たのだ?

孤児院出身という身分で生きるのがツラくなったのか?

どうにかして俺の事を調べ上げて、ここに来たと言うのか?

かつて助けた俺の元へ来れば歓迎してもらえると思ったか? 庇護してもらえると思ったか?

……馬鹿げてる。


そう。

ウォルグがコレットを助けたのは、本当にただの気紛れであった。

旅の一団が魔物に襲われる事など、この世界では日常茶飯事だ。

見かけたからと言って、いちいち気にかけていたらキリがない。


……ただ、かつての自分がフラッシュバックしたのだ。


無数に横たわる屍の山の中、魔物に囲まれて怯える少女の姿が、いつしか幼き日のウォルグへと変わる。



ここ、ドラコニス大陸は13年前まで戦争が続いていた。

人族の住まう4つの王国と1つの神都国で構成されたドラコニス大陸は連合を組み、西方に位置する鬼の大陸ルベルンダの侵略から防衛戦を続けていたのである。

その長き戦いは百年戦争と呼ばれた。


ウォルグの父親はドラコニス王国の王家の血筋を引く王族で、名をアルベールといった。

だが、そんな父は、百年戦争終結時に欲望渦巻く権力争いにおいて敗北した。

長きに渡るルベルンダとの戦いが終わりを告げた事により、崩れかけていた国政を修復するべく新体制へと再編を組む事は必然の流れであった。

その場において、アルベールは、出世争いをしていたライバルに嵌められ、冤罪を背負わさせられたのだ。

結果、逆賊の犯罪者として国を追われる羽目になる。


ドラコニス王国を脱出したアルベールは、妻であるオレリアと共に、息子ウォルグと、さらに一部の追従してくれた使用人や近衛の騎士たちを連れてドラーテム王国へと馬車を走らせた。

追っ手を撒くために街道を外れ、道なき道を行き、サエウム荒原を抜けてドラーテム王国を目指した。


結果だけを述べるならば、彼らはドラーテム王国の領地に辿り着く事ができた。

だが、それが成功か失敗かと問われれば、間違いなく失敗である。

なぜなら、苦難の末に辿り着いた先はアーベンロットだったのだから。


ドラーテム王国の、かつての首都。

ルベルンダに早々に滅ぼされた魔都。

そこに蔓延る魔物は、たまに街道にひょっこり現れる魔物とは何もかもが違っていた。


強さが違った。

獰猛さが違った。

餓え乾きが違った。

殺意の度合いが違った。

そして、残虐性が違った。


最初の一撃で馬車は派手に吹き飛ばされた。

倒された馬車から這い出し、その陰からウォルグが見た光景は、稚拙な言葉で言い表すなら、そう、『そこは地獄だった』であろう。


一部の追従してくれた使用人も、近衛の騎士も、追っ手の王国騎士も、雇われ傭兵も、血反吐を撒き散らし、臓物をぶちまけ、紙細工のように宙を舞う。

ある者は、腕をもぎ取られては喰われ、足をもぎ取られては喰われる。

また、ある者は、頭部を潰され、脳髄を吸われる。

さらに別の者は、獣に犯され、生きたまま犯されながら喰われる。


それは闇の祭典。

殺戮と狂乱の宴だった。


倒れた馬車の陰に隠れるアルベールとオレリア、そしてウォルグ。

他に生存している人間は、もうどこにもいなかった。

魔物達の陰惨な瞳がウォルグ達を捉える。

『死』……その絶対的な逃れ得ない運命をウォルグは本能で感じ取った。


ああ……ここで死ぬんだ……


幼いながらに己の結末を悟った、その時、オレリアは飛び出していた。

……魔物達の群れに向かって。


「あなた!! ウォルグを守って、逃げて下さい!!」


「母上っっ……!?」


オレリアは魔法を放ち、騎士の屍から拾い上げた剣を振るい、雄叫びを上げながら魔物に決死の突撃を敢行。

思わぬ反撃に魔物達は後退する。

……が、それも一瞬のこと。

厳格に訓練された騎士や、泥臭く生き抜く事に特化した傭兵でさえ、為す術もなく地に伏したのだ。

オレリアは、一般の民に比べれば多少は戦えるだろうが、所詮はその程度。

瞬く間に、その身を自身の赤黒い体液で彩る事となった。


「母上ぇぇぇぇぇぇ!!!!」


オレリアが飛び出してから、その命が尽きるまでの時間はあまりにも僅かなものであった。

逃げ出す一歩すら踏み出す事は叶わなかった。

元よりウォルグには母親を見捨てて逃げ出すなどという選択肢は持ち合わせていなかったのだが……


絶叫するウォルグをアルベールがきつく抱き締めた。

抱き締めて、そして、ウォルグを持ち上げた。

アルベールはウォルグを連れて逃亡を試みるつもりなのだろう。

父の立場を考えれば、その行動は理解できる。

しかし、いかに死んでしまったとは言え、母親を……自分達を守ろうとしてくれた母の亡骸を置いて逃げ出したくはない。


そう思い、父を見たウォルグは、直後、信じられない現実に直面する。


アルベールは、その顔に歪んだ笑みを張り付けて、ウォルグを魔物達の群れへと投げ入れたのだ。

ウォルグには母親を見捨てて逃げ出すという選択肢は無かったが、どうやら父親は違ったらしい。


「父上……?」


「お前は魔物の生け贄となって俺が逃げる時間を稼げ!! さっきの役立たずみたいにアッサリ死ぬんじゃねぇぞ!! たっぷり時間を稼いで死ね!! 俺さえいれば一族の復興はいくらでもできる!! 俺さえ……俺さえ生きていればいいんだ!!」


ウォルグには父親が何を言っているのか分からなかった。

いや、言葉の内容を頭では理解できたのだが、それを心が処理をしてくれない。

厳しく、優しく、愛を持って自分を育ててくれたと信じている父親が、敬愛する父親の口から出た言葉が、ウォルグの心では認知できない。


だが、魔物に取り囲まれている自身の状況が、その状況を作り出したのが父親であるという真実が、あの歪んだ笑顔が、醜悪な魔物達の殺意が、この場のすべての現実が、父親の言葉を肯定する。


その身を投げ出して自分達を守ろうとした母親を役立たずと罵り、己の命のみを優先しウォルグを魔物の群れへと投げ入れた父親の蛮行。

それが紛れもない父親の本質なのだとウォルグの意識に浸透していく。


「父上ぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!」


咆哮するウォルグを魔物の爪が、牙が、触手が襲う。

魔物の攻撃を受けてウォルグの衣服はボロボロの布切れへとその身を変貌させていく。

だが、不思議な事にウォルグの身体にはかすり傷ひとつ付いていない。

アルベールは、魔物たちがウォルグを甚振るために手加減をしているのだと理解した。

これなら充分な時間が稼げるだろう。

踵を返し、逃走を図ろうとした、その時……


「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!!」


ウォルグから、なにか途方もない気配を感じてアルベールは振り返った。


衣服が裂け、露出しているウォルグの背中……その背に竜の翼のような紋様が浮かび上がる。


「……これは……まさか、竜紋か……!?」


ウォルグの背中に浮かび上がった紋様は、それだけに留まらなかった。

目映いばかりの白き輝きを放つと、なんと具現化していくのだ。

白き輝きは、その光度をさらに増すと、辺りを埋め尽くす。

すべてが白に染まった世界。

目を開けているのか、それとも目を閉じていても、なお、瞼を貫いて視界のすべてを白く塗り潰しているのか、それさえも判断できない。


やがて、爆発的な煌めきが収まり、徐々に視界が戻ってくると、そこに立っていたウォルグは、かつてのウォルグではなかった。

背中には白き竜の翼を携え、腰の辺りから白き竜の尾が伸びている。

黒く短かった髪は、白く染まり流れるような美しい長髪へと変化している。

そして、茶色だった瞳は、魅惑的でいながらどこか背徳的な妖しい紅の瞳であった。


ウォルグを取り囲んでいた魔物達は、例外なく、その場に跪いた。


「……は……はは……ふひひ…………なんだ、これは? これは、なんだ? ……竜紋なのか? 具現化する竜紋など聞いたこともないが……」


アルベールは、フラフラとした足取りでウォルグの方へと歩を進める。


「父上……」


アルベールは、周りを見渡す。

あの凶悪な魔物達が一斉にウォルグに頭を垂れて傅いているのだ。


「……僕は……一体……?」


「ふひっ……ふひひ……素晴らしい、素晴らしいぞウォルグ!!」


ウォルグには自分自身に何が起こっているのか、まるで分からない。

だが、とりあえず、魔物達が襲ってこなくなったという事だけは把握できた。

ウォルグは、ゆっくりと、艶麗な肢体を赤黒く染め上げて倒れている母親……オレリアの傍まで移動する。

その頬に手を添えて、その美しい顔がもう二度と笑顔を作ることは無いのだという事を理解した。


「父上……母上が、母上が……」


母の死を嘆くウォルグの声は、父親であるはずの、夫であるはずのアルベールには届かない。


「その力があれば、ドラコニス王国で復権する事など容易いではないか……くひひひひ……素晴らしいぞウォルグ。お前を作っておいて良かったと、今、初めて本気で思うぞ」


「父上……何を言っているのですか? 何の話をしているのですか? ……母上が……母上が亡くなったのですよ? 母上だけではありません。僕達に付いて来てくれた使用人たちや、騎士たちも……」


「なぁ~に、使用人なんぞ、また雇えば良い。俺が復権したら、いくらでも、また新しく雇ってやる。お前のその力さえあれば、ドラコニス王国……いや、ドラコニスだけじゃない。この大陸全土を支配する事すら夢ではない!! そうなれば、前よりも良質の使用人を雇用してやる!! 優秀で見目麗しい者共を選りすぐってな!! はははっ!! お前の専属も付けてやろう。どんな女が好みだ?」


「……父……上……」


「んん~? ……ああ、オレリアは勿体無い事をしたな。なにせイイ女だったからな。だが心配をするな、もっとイイ女を見付けてやる。オレリアよりも美人で優秀な女を新しい母親にしてやろう。ウォルグ、お前のその力さえあれば権力などすぐに手に入る!! 俺は再び表舞台へと返り咲くのだ!! 俺を嵌めた連中には地獄を見せてやるぞ!! ふひっ……ふひひひひひひ!! ひゃーっはっはっはっ!!!!」


ウォルグには、父の言葉が信じられなかった。

先程、魔物の群れの中に投げ入れられたとは言え、それはきっと一時の気の迷いだった。

追い詰められて、生命の危機に立たされて、正常な判断が出来なかっただけだ。

一族の血を絶やさないために父も辛い決断をしたに過ぎないのだ。


そう思いたかった……

そう思おうとした……

そうであって欲しかった……



だけど……違った……



生命の危機が去っても、父の醜い思考は変わらなかった。

否、加速した。

今、見ている父の姿など偽物であって欲しかった。

だが、今まで見ていた厳格で、荘厳で、誇り高く、義に厚く、愛情深く、尊敬できる、理想の父の姿の方が……偽物だったのだ。


「……なんだ、その目は? 父親に向かって、なんだ、その目はぁぁぁ!? ウォルグぅぅぅぅぅ!!」


ウォルグはいつの間にか父であるアルベールに向けて侮蔑の表情を向けていた。

しかし、心の底から敬愛していた父親が、どうしようもないクズだと知ってしまったのだ。

蔑んだ目を向けてしまったとしても、それは、致し方ない事だと言えよう。

だが、アルベールは許容できなかったようだ。

憤怒の表情でドスドスとウォルグの前まで行くと醜く怒鳴り散らした。


「お前、今まで、誰のおかげで生きてこれたと思っているのだ!? その目をやめろ!! 俺を尊敬しろ!! お前は俺の言う事だけを聞いていればそれでいいんだ!!」


罵詈雑言とは、まさに、この事だろう。

しかし、それでも、ウォルグにはアルベールを……父親を害する事など出来なかった。

この男の本質は尊敬できるものでは無かっただろう。だが、誰のおかげで生きてこられたかと言われれば、たしかに父親のおかげで生きてこられたのだ。欲望渦巻く王家の中で、父があくせくと働いてくれたおかげで生活していたのだ。

その事実は曲がらない。


「父上、僕はこの力を無闇に行使するつもりにはなれません。母上や、皆を埋葬してあげましょう。そして、当初の予定通りドラーテム王国の片田舎で静かに暮らしましょう。僕も働きますから」


そう言ってウォルグは、遺体となったオレリアの髪を優しく撫でた。


ここで、父、アルベールがウォルグの言葉に従っていたならば、歴史は大きく変わっていただろう。

だが、アルベールという男の権力欲は、野心は、名誉欲は……暗く、深く、重く、大きかった。


「ふざけた事を抜かすな、ウォルグ!! 力を使う気が無いだと!? 俺の言う事を聞け!! 俺の言う事だけを聞け!! 俺に意見をするな!! お前は道具だ!! 俺が世界を支配するための道具だ!! 道具が逆らうんじゃねぇ!!」


アルベールはウォルグに詰め寄る。


「いいか!! 魔物共を引き連れて、すぐにドラコニス王国へ舞い戻るぞ!! まずは国家を転覆させてやる!! 逆らう奴は皆殺しだ!! こんな奴の埋葬なんぞ、している暇は無いっっ!!!!」


そう言ったアルベールは……

ウォルグの父親であった彼は……

オレリアの愛すべき夫であったはずの男は……



オレリアの遺体を蹴り飛ばしたのだ……



それは、その行動は、その行為は、ウォルグの中に最後まで残っていた父親への情を、無惨に、無情に、無慈悲に、バラバラになる程に破壊するには充分過ぎる威力を有していた。


「いいか、ウォルグ!! まずは……かはっ!?」


ウォルグに指示をしようとしたアルベールは最後まで言葉を発する事が出来なかった。

途中でウォルグに胸倉を掴まれ、そのまま片手で持ち上げられたのだ。


「……ウォ……ウォルグ……ごふっ……な、何をしている……!?」


アルベールを持ち上げるウォルグの身体から、まるでウォルグの怒りを体現するかのようなオーラがユラユラと立ち昇り、景色がグニャリと歪む。


「『何をしている』? それはこっちのセリフだ」


ウォルグの紅い瞳が、より一層その妖しさを増して鈍く輝く。

そして……




その後の数分間の記憶はウォルグの脳内からポッカリと抜け落ちている。

ただ、気が付けば、肉塊と化したかつて父親だったモノが、辺りに散らばっていた。

ウォルグの両腕は、ベットリと濡れていた。

赤く、黒く、薄汚い体液で、ベットリと濡れていた。


ウォルグは哭いた。


変わらず頭を垂れ続ける魔物の群れの真ん中で。

親しくしてくれた使用人、いつも警護をしてくれた騎士、愛する母親、愛していた父親、その屍に囲まれて。


ウォルグは慟哭した。





「……あの、大丈夫ですか?」


記憶の回廊をさ迷っていたウォルグを少女の声が現実世界に引きずり上げる。

心配そうにウォルグを見つめる少女。

コバルトブルーの瞳が揺れている。

そう、コレットという名の少女。

あの時、屍の山の中で魔物に囲まれている少女に、かつての自分を重ね合わせたのだ。

だから、気紛れに助けた。

ただ、それだけだ。


「貴様を助けたのは、ただの気紛れだ。我にすがりついたところで、何もしてやれぬ。何もしてやらぬ。我に庇護を求めたところで無駄だ」


「……違います!!」


コレットの意外な大きな声に、強い意志の込められた瞳に、魔王を自称するウォルグが一瞬とは言え気圧された。


「違う? 何が違うと言うのだ?」


……なんだ?

この少女は、孤児という苦境に耐えかねて俺の所へ逃げてきたのではないのか?

この強い眼差しは、なんだ?

俺すら圧倒しそうな、この強靭な意志は、なんだ?


続くコレットの言葉は、ウォルグにとって想像する事すら出来なかった意外なものであった。

その意味を、まるで理解できなかった。


「私は、貴方を助けに来たんです」


……意味が分からない。

この少女は、何を言っているのだろう?

助ける? 誰が? 誰を?


この何の力も無い小娘が、ただの少女が、俺を助けると言うのか?

そもそも、何から助けると言うのだ?

俺の何を、どこを、どうやって助けるのだ?

まず、俺は『誰かに助けてもらわなければならない事』など無い。

無い……はずだ。


「我を助けるだと? 貴様がか?」


「はい。貴方のこと、絶対に助けてあげたいって、そう思ったんです」


気付けばウォルグはコレットに抱き締められていた。

柔らかくて温かな感触に包まれる。


……反応できなかった!!

間合いに入られたと言うのに!!

いや、攻撃を仕掛けられた訳では無いのだから、問題ないと言えば問題ないのだが……

いやいや、そういう話じゃないだろう!!

こんな小娘に、容易く間合いに入られたのだ。

しかも、抱き締められるとか……


「……なぜだ?」


椅子に座っていたウォルグは、コレットの胸に顔を埋める形になっている。

だが、不思議と卑猥な感じはしなくて……


「貴方が私を助けてくれた時、貴方の事が恐ろしかった。私を襲ってきた魔物よりも、もっと、ずっと、貴方の方が恐ろしかった。禍々しいオーラを纏って、狂気を宿したような紅い瞳が恐ろしかった」


実際に、魔王たるウォルグは、そこらの魔物などとは比べ物にならない程の力を有している。

何の力も持たないただの少女からしてみたら、それは巨大なる畏怖の対象となるであろう。


「でも、それよりも……」


ウォルグを抱き締めるコレットの腕に力が籠る。

ウォルグを包み込むように、強く、優しく、抱擁する。


「その紅い瞳は寂しそうで……悲しくて、切なくて……まるで、今にも泣き出しそうな子供みたいで……」


「……ッッッ!?」


「いつか、絶対に、この寂しそうな瞳をした貴方を、助けてあげたいと……思ったんです」



温かい……

抱き締められたこの温もりは、なんだ?

なぜ、俺の心は、こんなにも締め付けられているんだ!?



「きっと、とても悲しい事があったんですよね?」



俺は……



「でも、泣く事も出来ずにいたんですよね?」



俺は……ただ……



「泣いても、いいんですよ?」



誰かに包まれて、ありったけの感情の叫びを上げる事を許して欲しかった。

母が死んだ悲しみを……

父に裏切られた悔しさを……

ただ、声を上げて泣く事を、誰かに受け止めて欲しかった。



「……いいのか?」



俺は……泣いても……



「いいんです。貴方の立場、強さ、取り巻く環境、誇り、気高き心、貴方のすべてが、世界のすべてが許さなくとも……私が許しちゃいます」



そうか……


お前は……


お前だけは……


俺を……



そうしてウォルグは、コレットの腕の中に抱かれて、有らん限りの声を上げて……ただただ泣いた。



俺を許してくれるのだな……






ブックマーク、評価、していただけますと励みになります。

(最新話のページの下部に評価を入力する場所があります)

よろしくお願いいたしますm(._.)m

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ