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6話 魔王様は八つ当たる

魔王ウォルグは大空を滑空していた。


サエウム荒原にある古代遺跡から『嘆きの山』まで普通に旅をすれば数週間の道のりだが、魔王ウォルグの持つ竜の翼ならば数時間で到達可能なのである。

普段はその身の中に収納している、白く輝く竜の翼を広げ、羽ばたき、この世界の常識を逸脱した速度で空を駆けている。


ちなみに大狼ディルスの子供を拐った冒険者を探し出させるためにドニードットをエルレヘムに落としてきた。

元・盗賊ギルドの長であるドニードットは裏の人脈がけっこうある。上手く探し出せるだろう。

「1人しか運べないぞ」と言うウォルグに同行しようとした女幹部たちの熾烈な争いが繰り広げられていたが、適材適所という事で指名されたドニードットは女幹部たちから羨望と嫉妬の眼差しを向けられて苦笑いを浮かべていた。


なお、魔王ウォルグの高速飛行を味わったドニードットは、飛行酔い(?)をしたらしく「勘弁してくだせぇ」と、弱音を吐いていた。


ドニードットを降ろして、さらに飛行を続けると『嘆きの山』が見えてくる。


「おいおい、この世を滅ぼす気かよ」


まだ遠目に見える程度の距離だと言うのに、山から禍々しい程の魔力が溢れ出ている。

「けっこうギリギリだったな」と思いながら、山へとさらに加速する。


岩肌がハッキリと目視できる距離まで接近すると、凄まじい土煙を発生させ、常人ならその声だけで命を刈り取られるのではないかと思う程の咆哮を上げて疾走する大狼ディルスの姿が確認できた。


「おい、ディルス。少し落ち着かぬか」


「魔王カ……!? 邪魔ヲスルナ!!」


大狼ディルスはウォルグを視界に納めるが、意に介さないとばかりに疾走する速度を落とさない。


「馬鹿狼、落ち着けと言っておるのが分からぬか?」


「邪魔ヲスルナラバ貴様モ殺ス!!」


眼前に立ち塞がるウォルグに対し、大狼ディルスはその体躯を踊らせ、撥ね飛ばし殺害しようと速度を上げる。


あー、もう。

話を聞けよなー。

……ったく、どーしよーかなー?

子供を拐われて怒りに支配されるのも分からなくはないんだけど。

この偉大なる魔王様が直々に来てやったというのに、この態度はどーなのよ?

俺様を殺す?

まったくふざけてやがる。我を忘れすぎだっつーの。痴呆症かよ?

えーと、んーと、どうしたら落ち着くかな?

ドニードットに子供狼の回収に行かせてる事を話せば納得するかな?

もちろん、冒険者どもにはきつく言っておくつもりだと言う事も合わせて説明してやるべきか?

……ってゆーか、なんで、俺がそこまで気を遣ってやらなきゃいけないんだろう?

ホントは今日は城にいたかったんだよ、俺は!!

あの女が来るかもしれないからな!!

もし、入れ違いになっちゃったら、どうしてくれんだよ!?

あ、なんかだんだん腹が立ってきた。

せっかく、あの女が来ても、俺がいなかったら帰っちまうじゃねーか!!

そしたら、えっちな事ができねぇじゃねーかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!


「退ケ、魔王!! 退カネバ、コノママ撥ネ飛バシ、殺ス!!」


猛スピードで迫る大狼は、勢いそのままにウォルグを薙ぎ倒さんと巨木のような前足を振り下ろす。



ドゴォォォォォォォォォォォォォォンッッ!!



身体の芯の奥底に響くような重厚な破壊音が鳴り響く。

それは、大狼ディルスの前足が、巨大な爪が、ウォルグを破壊した音ではなく……ウォルグの拳が大狼の顎を打ち抜いた音であった。


ウォルグは大狼ディルスの前足を軽く避けると間合いに入り込み、その顎にアッパーカットを叩き込んだのだ。

魔王ウォルグの信じがたい驚異的な膂力で顎を打ち抜かれた大狼は、漫画みたいにクルクルと空中で回転して地面に崩れ落ちた。


「……ガハッ!?」


多大なるダメージを負った大狼であったが、そこはさすがに『嘆きの山』の主である。すかさず体勢を立て直し、ウォルグへと鋭い眼光を向ける。

……そして、ハッとなった。


そこには、身体を揺らしながら、ゆっくりと歩いてくる魔王ウォルグの姿があった。

その周りの風景はウォルグの桁外れの魔力により、ゆらゆらと陽炎のように歪んでいる。

なんと言うか、どす黒いオーラを放っているようにしか見えない。

そんなウォルグが、ため息をつきながら、一歩、また一歩と近付いてくる。

握り締めた拳からは、なんかメキメキと音が聞こえてくる。


「マ、魔王ヨ、我輩ハ落チ着イタ……落チ着イタゾ? ……キ、貴様モ落チ着クノダ。ナッ? ナッ?」


「はっはっはっ、何を言っておるのだ? ディルスよ。我は落ち着いておるぞ? ああ、落ち着いているともさ」


「デ、デハ、ソノ握リ締メタ拳ハ、ナンナノダ!?」


「……ああ、落ち着いて、お前を殴るための拳だが?」


「ヨ、ヨセ!! 我輩ガ悪カッタ!! 悪カッタカラ!!」


「俺は落ち着いているぞぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!! あああああああああああああああああ!! 女勇者を名乗る小娘がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!! なんで来ないんだよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!? ちゅーしたからか!? ちゅーしたからかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」


「……ナ……ナンダ、ソレハッッッ!? ……ナンノ話……」


その直後、『嘆きの山』中に大狼ディルスの嘆きの絶叫が響き渡りましたとさ。











『嘆きの山』、その中腹で、涙目になりながら『伏せ』の格好をしている大狼ディルスと、その隣で膝を抱えてお山座りをしているウォルグ。


「ディルスよ、お前の子供は我の配下が探し出して連れてくる。子供を拐った愚かな冒険者には我から脅しをかけておく。それで手を引け」


「分カッタ。……トコロデ……」


大狼ディルスは地面に顎を乗っけた体勢のまま、目だけを動かしてウォルグを見る。


「女勇者トハ、ナンダ? ……チューガドウシタト?」


「……うぐ。何でもない、忘れろ」


ついついストレス発散とばかりに大声で暴露してしまった悩み事に突っ込まれてたじろぐ魔王ウォルグ。

しかし、ここで、ふと考える。

大狼ディルスに悩みを相談するのは良いのでないだろうか?

コレットが来ないのは、ちゅーをしてしまったからではないのか?

こんな悩み事、身内にはとてもではないが相談できない。恥ずかし過ぎる。

だが、接点の少ない相手なら恥を晒す事に対する抵抗も少ない。

得てして相談事というのは、家族や友人といった近しい相手よりも、第三者が相手の方が上手くいくものである。


「実はな……」


魔王ウォルグは、最初にコレットが来た時の事から順を追って説明した。

少しばかり見栄を張って話そうかとも考えたが、真実を的確に伝えなければ、間違った対応策を提示される恐れもある。

多少……いや、大いに恥ずかしい限りだが、なるべく正確にコレットとの経緯を説明した。

途中、何度か大狼ディルスが盛大に吹き出していたが、ギロリと睨むと咳払いして誤魔化していた。


「……という訳だが、どう考える?」


「ウプッ……ウクックックッ……」


「……おい!!」


「ク、クフゥー……イヤ、スマヌ。……シカシ、恐ルベキ魔王モ、トンダ弱点ガアッタモノダナ」


「ちっ、やっぱり話すんじゃなかったぜ……」


思わず素の口調で後悔を口にするウォルグだったが、時間は元には戻らないのである。

もはや大狼ディルスにとって、ウォルグは恐るべき力を持つものの、とんだヘタレ野郎だという烙印を押された事だろう。

……とは言え、そんな恥を晒してまで話してくれたのだ。

ウォルグ本人にとっては真面目に、切実に、真剣な悩みなのだろうと大狼ディルスは推察する。

故に彼は真摯に受け止め、考察する。


「魔王ノ話ヲ聞ク限リデハ、ソノ娘、魔王ヲ討伐スル気ナドアルマイ」


「……ぬ、やはりそう思うか?」


「ソレドコロカ、魔王ニ好意ヲ寄セテイルト感ジラレル。ドコカデ会ッテイルノデハナイカ?」


うーん。

やっぱり、そう思うかー。

『討伐しに来た』なんてのは名目で『凌辱されに来た』としか思えないんだよなー。

でも、コレットなんて名前の女、まったく覚えが無いんだよなー。


「会った覚えは無いな。少なくとも我の記憶には残っておらぬ」


「ソウカ。ナラバ、次ニ来タ時ニハ聞イテミルトイイ」


「次……か。来るであろうか?」


「ハハハハハ!! 聞イタ話カラ察スルニ、必ズ来ルデアロウ。オソラク、ソノこれっとトイウ娘ハ魔王ヲ好イテオル。今ハ接吻サレタ事デ気恥ズカシク思ッテオルノダロウガ、気持チガ落チ着イタラ、スグニ来ルデアロウヨ」


「そ、そうか。すぐに来るか……」


「クハハハ、顔ガ、ニヤケテオルゾ?」


「黙れ。また殴られたいのか?」


「オオ、怖イ怖イ」


大狼ディルスは前足で頭を隠すようにして、大袈裟に怖がってみせる。

そんな彼の様子を見て、ため息を洩らすウォルグ。


完璧にナメられてんな……

くっそぅ、妻子持ちだからって調子に乗りやがって!!

俺だって、おっぱいをつついた事あるんだぞ!!

ちゅーだってしたんだぞ!! ほっぺただったけどな!!


「あ、いたいた。ウォルグの旦那ー、ディルスの旦那ー。連れてきやしたぜー」


ちょうど話が一段落付いたところで、タイミング良くドニードットが山を登ってくる。

ドニードットの腕には2匹の子狼が抱かれており、頭の上には顎を乗せてリラックスした子狼が1匹。

さらに、足元にはドニードットに追従するように3匹の子狼が歩いている。


「危うく闇オークションにかけられるトコだったけど、直前でなんとか確保できやしたぜ」


どうやらドニードットは、元職業柄、ヤバいモノを捌くルートはある程度把握できているようで大狼ディルスの子供たちを無事に確保できたようだ。


子狼を大狼ディルスに返したウォルグ達はエルレヘムの冒険者と売買を斡旋した闇商人に少しばかり教育(脅し)を施し、サエウム荒原へと足早に帰還した。


もしかしたら、あの女が来るかもしれないからな!!

早く帰らないと!!

いや、別に、会いたい訳じゃないんだけど!!

ちょっとだけ会いたいだけだし!!

ちょっとだけだもん!!






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