4話 偉大なるエロ魔王様は頑張る
「魔王!! 今日こそは覚悟して下さい!! 貴方を討伐しに来ました!!」
そこにいたのは、巨大なハンマーを引きずったコレットであった。
「……おいおい」
なんで、また、シッカリと俺の元まで来てんの!?
しかも、今度は私室だぞ、おい!!
俺の私室に案内したの!? しちゃったの!? だから、幹部は誰も起こしに来なかったの!?
えっ? ウチの幹部どもは馬鹿なの!? 馬鹿なのか!? 馬鹿なのね!? そうなのね!?
ああああ……ハンマーを引き摺るんじゃねーよ!! 床が傷付くだろうがぁぁぁぁ!!
「懲りずにまた来たのか。何度やっても無駄だ。貴様ごときに我が倒せると思うてか?」
「それは、やってみなくちゃ分からないですよ!!」
勇ましく啖呵を切ったコレットは、巨大なハンマーをズリズリと引き摺りながら部屋の中央までやって来る。
だーかーらー!!
床が傷付くってー!!
「前回は貴方に剣を折られてしまったのが敗因でした。ですが、今回は違います!! この巨大ハンマーならば、魔王と言えどイチコロです!!」
ちなみに、剣は『折られた』のではなく、『勝手に転んで折れちゃった』が正解である。
「いきますよー!! ……えいっ!!」
コレットは、巨大なハンマーを持ち上げようと力を入れるが、その存在は地面から離れようとしない。
「……あれ? ……ううーん、そりゃっ!!」
再度、力を込めるコレット。
だが、ハンマーと地面は愛し合う恋人同士のごとく、その距離を広げる事はない。
「これ……で、このハンマーならば……魔王と言えど……せーの、えい!! ……ほりゃ!! ……やぁ!! どっこいせ!! んんんんんー!! やーん!!」
可愛らしい掛け声と共に何度も持ち上げようとするが、どうやらハンマーがコレットの期待に応える事は無いようだ。
必死に頑張るコレットを嘲笑うかのように、ドッシリと地面に鎮座している。
「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……」
「だ、大丈夫か?」
「……くっ!! さすが魔王ですね。またしても私の負けです」
うおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおぉぉおおおおおおぉぉぉおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉい!!!!????
「ああ、今度こそ、私は、りょ、凌辱されてしまうのですね。悔しいですが、し、仕方ありません」
え? 待って、待って、待って、待って、待って!?
もう、なんなの、この子!? この子、なんなの!?
ホントに俺の事を討伐しようと思ってんの!?
じ、実は、凌辱されるために来てるんじゃないだろうか……?
そ、そうなの? そうなのかな?
頭の中がピンク色に染まりつつある偉大なる魔王様は、チラリとコレットを見る。
頬を紅潮させて、上目遣いでモジモジしながら、恥ずかしそうにしている。
顔、可愛い。仕草、可愛い。身体、エロい。
ごっつあんでぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇす!!!!
頭の中がピンク色に染まりつつあった偉大なる魔王様は、頭の中がピンク色に染まりました。
はい。完璧に染まりました。
ピンクです。
そして、偉大なるエロ魔王様は考える。
……ちゅ、ちゅちゅちゅ、ちゅ、……ちゅーをしても、いいだろうかっ!!??
前回は、いきなり、お、おっぱいを触ってしまったから、恥ずかしがったコレットは逃げてしまった。
同じ過ちを繰り返す訳にはいかんっっ!!
そう!! 悲しみの連鎖は、ここで断ち切らなければならない!!
そして、俺は知っている!! ちゅーをする事によって、女を大人しくさせる事ができるのだ!!
ふふふ、気まずくなった男女の関係の解消方法など、俺様にかかれば知識の範囲内だ!!
さぁ、いくぞ!!
ちゅーをするぞ!!
生意気な女勇者に魔王様の偉大さを教えてやるのだ!!
他人の馴れ初めを覗き見した事で得た知識を得意気に思いながら、我らが偉大なる煩悩魔王様は立ち上がる。
コレットは、一瞬、緊張した素振りを見せたが、今回は逃げまいと決意しているのか、覚悟を決めた表情でウォルグの接近を待つ。
一歩、また一歩と、ウォルグはコレットに近付いていく。
ドキドキと心臓の鼓動がうるさい。
うるさい。
ドキドキ。
うるさい。
はたして、それはどちらの心臓の音なのか。
そして、ついに、2人の距離は身体が接する手前まで接近する。
お……
おおおおおおお……
ちっ……近い!! 顔が近い!!
あっ……当たり前か……ちゅ、ちゅーをするんだからな!!
ふ、ふおおおおおお!!
間近で見ると、ますます可愛いぃぃぃ!!
……い、いいのかな? いいよな? いいよね?
至近距離でドキマギと逡巡するエロ魔王様。
すると、意図を察したコレットが静かに瞳を閉じた。
……ぬおっっっ!!??
まっ……まさか、俺の狙いに気付いたと言うのかっ!?
ちゅーをする事で女を大人しくさせるという、この俺の高等テクニックを見破ったのかっ!?
こっ……この女!! やるではないか!!
しかも、見破った上で、あえて、ちゅーを受け止めてみせると言うのかっ!?
くっ……!!
まさか、この女、俺よりも上級者なのかっ!?
頬を真っ赤に染めたコレットは、さらに、顎を少しだけ上に向け、唇を「んっ」と軽く突き出した。
いわゆる『キス顔』というヤツである。
にぎゃああああああああああああああ!!
エロい!!
可愛い!!
エロ可愛い!!
なっ……なんなのだ、この余裕の態度はっ!?
ちくしょう!! ナメやがって!!
「ちゅーぐらい、なんてことないわ」とか思ってやがんのかぁぁぁ!?
くそが!! 可愛い顔しやがって!!
ドキドキしちまうだろうが、ボケがぁ!!
……はっ!! 待てよ!!
落ち着け、俺!!
そ、そうだ、俺には、さらなるちゅーの知識があるのだ!!
どうせ、この女、「ちゅーなんて、唇と唇をくっつけるだけでしょ?」とか思ってるんだろうなぁ。
くっくっくっ、馬鹿め!!
ちゅーには、さらなる奥義があるのだ!!
くっつけるだけじゃなくて、ペロペロとかする、すごいヤツがあるのだ!!
くっくっくっ、くはぁーっはっはっはっ!!
この女の驚く顔が目に浮かぶようだ!!
ちゅーのすべてを知ってしまったこの俺の前に立ってしまった事を後悔するがいいっ!!
さぁ、いくぞ!!
ペロペロとかする、ちゅーのすごいヤツをしてやる!!
他人の情事を盗み見して得た知識を、またしても得意気に思う偉大なる残念魔王様。
顔を真っ赤に染めて、うっすらと汗を浮かばせ、小刻みに震えているコレットの姿をちゃんと見れば、彼女の方にも余裕が無い事は分かりそうなものなのだが、いかんせん、残念な魔王様は、それを上回る程に余裕が無いのである。
そんな余裕の無い残念な煩悩魔王様は、初めてゲレンデに出たスキー初心者のような腰の引けた体勢で、恐る恐るコレットの両肩を腕で捕まえる。
「……ぴゃっ!?」
瞳を閉じていたコレットは、突然訪れた肩に触れられた感触にビクッとして変な声を出したものの、頑張って『キス顔』を維持し、その瞬間の到来に備える。
残念魔王様は、その顔を耳まで真っ赤に染め上げ、小刻みに震えつつ、鼻息を荒くしながら、徐々に、徐々に、その唇をコレットの唇へと近付けていく。
そして、ついに……
『ちゅっ』と、軽い音がして、煩悩魔王様の唇が触れた。
……ほっぺたに。
「……え?」
唇にキスが来ると思っていたコレットは、思わず声を洩らす。
ウォルグは、コレットのほっぺたに軽い軽いフレンチキスをして、一瞬にして唇を離していた。
そう。
ビビったのである。
チキったのである。
コレットの唇に接触する直前でウォルグの唇は急カーブを描き、コレットの唇を回避して、ほっぺたに着弾したのである。
ペロペロどころではない。
唇にキスする事さえ出来なかったのである。
我らが偉大なる煩悩エロ残念魔王様は、ヘタレたのだ。
煩悩エロ残念ヘタレ魔王ウォルグ様なのだ。
思いっきり腰が引けた体勢でコレットの両肩を掴んでいるウォルグと掴まえられているコレットは、互いに見つめ合っている。
真っ赤な顔で、ダラダラと汗を流しながら見つめ合っている。
2人の間を沈黙が流れた。
きっっっっ……
気まずいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!
ど、どどどどど、どうすればいいのだ!?
この後のフォローは、どうすればいいのだ!?
こっ、この女に「まぁ、この魔王ったら、唇にちゅーをする勇気も無いヘタレなのね。おほほ」と、思われてしまうっっ!!!!
そんな誤解だけは避けなくてはならない!!
断固、回避だっっ!!!!
たとえ、そう思われたとしても、誤解でもなんでもなく、正解なのだが。
かっ……考えろ!!
考えるんだ、俺っ!!
俺様の威厳を保ったまま、なにか画期的な言い訳をするんだ!!
俺様は偉大なる魔王様だぞ!!
断じて、こんな小娘に馬鹿にされる訳にはいかぁぁぁぁぁぁん!!
……そっ、そうか!! それだ!!
俺様は偉大なる魔王様なのだ!! こんな小娘に本気を出せる訳が無い!! そういう方向で押し通すのだ!! それだ!! ナイスアイデアだ!! 俺は天才だ!! 自分の才能が恐ろしいぞ!!
「きょ……今日のところは、この辺で勘弁してやる」
考えに考えたウォルグの結論は「本当は唇にキスしようと思えば出来たんだけど、本当は本気を出せば唇にだって出来たんだけど、可哀想だから止めてやるよ。今日はほっぺたで許してやるよ」という方向あった。
「そ、そうですね。今日のところは、この辺で勘弁されてあげます」
それに対してコレットも文法のおかしな返答を返す。
そして、自分の頬、ウォルグの唇が触れた場所に軽く指を当てると、赤かった顔をさらに真っ赤に染めて、逃げるように部屋から出て行ってしまった。
コレットが部屋から出て行って、数秒間、ウォルグは呆然と立ち尽くしていた。
そして……
「んぎゅおおおおぉぉぉぉぇぇぇえええええああああああああああうあうあうあうー!!」
意味不明の言葉を発しながら身体を捩らせた。
それは、もう、絞られた雑巾のように捩らせた。
両腕を頭上に伸ばし、手のひらを合わせて、一本の棒のような体勢で、右に捩れ、左に捩れて、また右に捩れる。
しばらく阿呆のように捩れ捲ったウォルグは、やがて動きを止める。
そして、ワナワナと震えると……
「ちゅーをしてしまった……」
まるで恐ろしい事をしでかしてしまったかのように呟いた。
かと、思いきや……
「ちゅーをしてしまったぞぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!! ほっぺただったけどぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
絶叫して仰け反った。
仰け反り過ぎてブリッヂしてしまっている。
仰け反り過ぎて床に頭が刺さっているのだ。
そんな床に刺さった顔の眼前に、コレットが持ってきた巨大ハンマーが落ちている。
「……いや、持って帰れよ」
ウォルグは起き上がるとハンマーを手に取る。
「この程度も持ち上げられないとは情けないヤツだな」と思いつつ、ひょいと持ち上げて、コレットが出て行った扉の方へ視線を向ける。
すると、扉が少しだけ開いている。
その隙間に6つの顔がある。
ああ、これはデジャヴュだ。既視感だ。
「……お前ら」
シュンッ……と、6つの顔が一瞬にして消える。
そして、すぐにノックの音がして、
「失礼いたします。魔王様」
キリッとした顔のダミアンが入ってくる。
「……おい」
「もう朝ですぞ? 魔王様」
キリッとした顔のダミアンが答える。
「……また見てたのか?」
「はて? 何をでございましょうか?」
キリッとした顔のダミアンがとぼける。
「わたくしは……ぶふっ……何も見ては……ぶふふふぅーーーっ……おりませぬが?」
キリッとした顔のダミアンは、時折、盛大に吹き出しながら返答する。
「てめぇら、ホントに、ぶっ殺すぞ!!!!」
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