1話 魔王を名乗る男とならず者の楽園
※この作品はシェアワールド『テラドラコニス』の世界観に基づいて書かれています。
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森の中。
複数の人間が血塗れで倒れている。
それを取り囲む魔物たち。
震える1人の少女は、泥にまみれ、血に染まっている。その血は少女自身のモノではない。周りに倒れている人間の血である。
その少女の前に悠然と浮かび上がる人影。
大きな翼と尻尾を有したシルエット。
その瞳が紅く光る。
「貴方は……誰? ……悪魔? ……魔王?」
「魔王? くはは、くはははははははっ!! そうか、そうだな……よし、それでいこう。俺は、いや、我は魔王!! 魔王、ウォルグ・ガンツ・シュナウザーである!!」
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ドラコニス大陸と呼ばれるこの大陸の北西に位置する王国、ドラーテム王国。
その南西のはずれにサエウム荒原という荒れ果てた大地がある。
そして、そのサエウム荒原に存在する、知る人ぞ知る、とある古代遺跡。
そこには多種多様の種族が乱れ住んでいた。
この遺跡に住むための条件は2つ。
1つ目は、平等思考。
人族だろうが、魔族だろうが、亜人、獣人、魔物、どんな種族であっても差別意識を持たないこと。
そして、2つ目は、忠誠。
魔王ヴォルグと、その幹部に対して絶対的な忠誠を誓うこと。
多種多様の種族が乱れ住む、そこは、無秩序で破壊と殺戮にまみれ、混沌とした地獄のような古代の遺跡……ではなかった。
秩序があり、無闇で無意味な破壊や殺戮は無く、社会から逸脱した無法者にとっては天国と言えた。
ここは、様々な理由で世界から拒絶された者たちの最後の砦だったのである。
ならず者の楽園、デスペラドパラディース。
木々と砂に覆われた古代の遺跡は、長い歴史の中、腐敗し、劣化し、所々に破壊の痕跡がありありと残ってはいるが、その街並みは健在である。
その中心部には王城がある。
玉座に座るのは、真っ白に輝く竜の翼と尾をその身に宿した、魔王ヴォルグ・ガンツ・シュナウザーである。
そこに6人の幹部が報告のため集まっている。
ダミアン。男。ホブゴブリン。52歳。
かつての百年戦争においては前線で指揮を取っていたゴブリンの猛者。
「魔王様、ルベルンダの様子ですが、表立って動きを見せている者はおりませぬな。しかし、やはりエンズ11世への不満を持つ者は多いようで……」
ドニードット。男。人族。29歳。
秘密裏に存在する非公式組織、盗賊ギルド。
数多の盗賊たちを統括する盗賊ギルドの元ギルド長。
「ドラーテム王国の方も大きな動きはありやせんぜ。ただ、裏情報によると一部の貴族が水面下で活動してるみたいでっせ」
ピクシズ。女。アークデーモン。???歳。
かつて、とある貴族が己の野望のため闇市で仕入れた強力な魔物を贄として召還したデーモン。
「キャハハハ。怪しいヤツは皆殺しにしちまえばイイんじゃねーの?」
シャルシャロール。女。獅子人族。14歳。
『嘆きの山』の中腹に暮らし、圧倒的な武力を誇る『獅子王』と呼ばれた男、カイゼル。
その獅子王カイゼルの娘。
「ちょっと!! すぐに、そうやって野蛮な事を言わないでよね!! ウォルグだって色々と考えてるんだから!! べ、別にウォルグがどうなろうと、私には、か、関係ないけどね!!」
リグ。女。ダークエルフ。103歳。
ただでさえ居場所の少ないダークエルフの中にあって異端児とされ、世界を放浪した曰く付きの女。
「私は……ここが平和なら……いい」
アデライド。女。アラクネ。25歳。
サエウム荒原に以前から住んでいた下半身が蜘蛛であるアラクネの女。
「でもでもー、ルベルンダやドラーテム王国が戦を始めたら、ここも戦火に巻き込まれちゃうかもしれないよー? いやーん」
それぞれの幹部からの報告を静かに聞く魔王ウォルグ。
普段は竜の翼と尾を顕現させていない魔王ウォルグは普通の人間のように見える。
だが、白く輝くサラサラの透き通るような髪を靡かせ、燃えるような緋色の瞳で幹部たちを見つめるその姿は神々しくもある。
魔王ウォルグは、意見をまとめ、しばし会議を続ける。
とりあえず早急に動きがあるわけではないという結論に達し、引き続き情報収集は怠らないようにするという事で会議は終了した。
魔王ウォルグは、全員に退出を命じると「しばらくは誰も部屋に入るな」と厳命する。
幹部が立ち去った後、魔王ウォルグは窓を開ける。
すると、カラスほどの大きさの黒い鳥が数羽飛んで来る。魔王ウォルグの使い魔である。
使い魔の鳥は、それぞれが水晶を持っており、それを魔王ウォルグに渡すと外へと飛び立っていく。
それは映像記憶水晶という魔道具であり、要するにビデオカメラのようなモノである。
魔王ウォルグは、魔力を流し、それを一つ一つ再生して録画された映像を見る。
これは、たとえ幹部と言えども見せるわけにはいかない極秘情報なのである。
「エンズ11世は国力回復の姿勢を崩してないようだな。問題は過激派の部族か。要注意なのは、この部族とこの部族だな。シゲイルも今のところ大きな動きは無さそうだが、こっちはルベルンダより油断がならんな。貴族どもの動きも気になる」
使い魔により盗撮された各国の王や貴族の様子を水晶で次々と確認していく。
「問題は山積みだな……」
そして、最後の水晶を手に取る。
「さて……」
この最後に手にした水晶こそが大本命である。
これを見るために人払いをしたと言っても過言ではない。
この水晶に記録された映像こそが幹部といえども見せるわけにはいかない極秘情報なのだ。
魔王ウォルグは水晶に魔力を流す。
そこには優しいピンク色の儚くも美しい花々が映し出される。
アーモンドの木が立ち並ぶ風光明媚な田舎の村、マンデブルテンである。
そして水晶は、お世辞にも立派とは言えない家、その中にいる一組の男女を映し出す。
2人は恋人同士であった。
だが、2人の間にはピリピリとした空気が漂っており、なにやら険悪なムードであった。
「前回の喧嘩から、まだ仲直りしていないようだな。さて、ここからどうなるのか? 男が動くか? それとも女の方か?」
お分かりだろうか?
なんと、魔王ウォルグは、恋愛ドラマを見るような感覚で一組の男女を観察していたのである。
覗きである。
恋人の馴れ初めを覗き見である。
控え目に言って最悪である。
無言だった男と女だが、どうやら女の方が痺れを切らしたらしく、男へと罵詈雑言を投げ掛け始めた。
そもそも喧嘩の原因は、男が別の女を見て鼻の下を伸ばしていた……というものであった。
男は「そんなことない」「君が1番だ」などと反論をしていたが、女の方は納得せずに怒り続けていた。
まぁ、要するに嫉妬から始まった下らない痴話喧嘩なのである。
とは言え、男が対応を間違えれば破局へと導きかねないのだから、当事者にとってすれば「下らない」と一蹴するわけにはいかない。
「さて、男はどうするのかな?」
興味津々に水晶を見つめるウォルグ。
すると、男が行動に出た。もはや言葉では解決しないと踏んだらしい。
ギャーギャーと叫ぶ女を、半ば強引に抱き締めたのだ。
そして、おもむろに唇を重ねる。
「おおおおおおおおおおお!!」
水晶を、ぐわしっと掴み、顔を近付けるウォルグ。
「ちゅ……ちゅちゅちゅ……ちゅーをしおったぞ!! い、いいのか!? 余計に怒らせてしまうんじゃないのか!?」
さらに男は、女の唇を舌で押し開いて口腔内へと侵入する。男の舌が別の生き物のように蠢いて女のそれを蹂躙する。
「ええっっ!? ちょっ……なにしてんの!?」
最初は身体を固くしていた女であったが、徐々に力が抜けていく。
男を突き放そうとして胸板に当てていた手は、するすると男の背中へと回されていく。
先程まで憤怒の表情で目尻を吊り上げていたその瞳はとろんと垂れ下がり、頬が上気している。
女の舌が伸びて、男のそれを迎え撃つ。
互いに抱き締め合い、身体を寄せて、舌を絡ませ、その行為に没頭していく。
「……な……なにこれ? ……え? ちゅーって、口と口をくっつけるだけじゃねーの? こ、こんなベロベロするもんなの!? ……う、うわぁ、へぇ~」
水晶に映し出される光景を食い入るように見つめるウォルグ。
もはや、偉大なる魔王の威光などゴミ箱の中だ。
いや、恋人の馴れ初めを盗み見し始めた時点で、威光など、どこにも無いと言えるのだが。
互いの唇を、舌を、歯を、歯茎を、口腔内の肉壁を、蹂躙し、蹂躙され、やがてどちらともなく離れる。
男を見つめる女の顔には怒りなど微塵も残っておらず、ただ愛しい者へと向ける慈愛があった。
女はその愛する者へと、きゅっと抱きつき「寂しかったんだぞ」と呟く。
「……おお。逆に怒りが増すんじゃないかと思ったけど、そうか、こうなるのか」
2人の感情の顛末を見届けて、感心したように言葉を発したウォルグは深々と椅子にその身体を沈めた。
……が、すぐに身を乗り出す羽目になる。
抱き締め合った2人は、そのまま部屋の隅へと移行すると、ベッドになだれ込んだのだ。
「……え!? ……ちょっ……おい……まさか……ッッッ!!」
男は女の上に覆い被さると、口づけを交わしながら女の服を脱がそうとしている。
「こ、こここ、これ、これ以上見たらマズイんじゃないのか……!?」
これ以上もクソも、そもそも他人の家の中を覗き見してはいけないのである。
「ま、ままま、魔力を操作して、映像を、と、とと、止めなければ……い、いや、しかし、もうちょっと……もうちょっとだけ……いや、やっぱりマズイだろう……あぁううう……」
水晶を両手で掴んで悶絶するウォルグ。
言葉とは裏腹に、映像を止める気は無さそうだ。
男は手慣れた動きで女の衣服を脱がしていく。
もう、あと、少し、それいけ、さぁいけ。
「……ゴクリ」
ウォルグの喉が大きな音を立ててツバを嚥下する。
そして、女の形のいい大きな乳房が露に……
ガチャリッッッ!!
突然、王城の玉座の間の扉が開く音が鳴り響く。
「誰も入るな」と言っておいたこの部屋に、ノックもせずに扉を開けて入ってこようとする者がいる。
「どっせぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇいっっっ!!!!!!!」
瞬間、ウォルグは全力で水晶玉を地面に叩き付けた。
水晶は粉々になって砕け散る。
「おおーと、我としたことが、うっかり水晶玉を落としてしまった」
あまりにも嘘くさい言い訳付きである。
……てゆーか、誰だ!?
誰も入るなって言っておいたのに!!
ノックもせずに扉を開けるような無礼者は誰だ!! 事と次第によっては地獄を見せてやるぞ!?
ああああ、水晶玉、割っちゃったじゃねーか。
ちょっと本気で泣きそうだぞ!!
誰だ? ダミアンか!? なんか緊急事態なのか!?
一瞬の間でウォルグの脳内は大忙しである。
しかし、扉を開けて入ってきた人物は、ウォルグにとって、あまりにも予想外な人物であった。
「貴方が魔王ですね!! 私は勇者です!! 貴方を討伐しに来ました!! 覚悟して下さい!!」
そこには、ウォルグに向けて剣を突きつける可愛らしい女の子が立っていた。
「………………はい?」
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