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スピカの隣で

作者: 村崎羯諦

 俺の親友の安西のことが好きなんだって、クラスメイトの須藤から打ち明けられた時、変わってるなと思うと同時に、ちゃんと人を見る目があるんだなってちょっとだけ感心した。安西は正直顔がいいとは言えないし、家が貧乏だってこともあって若干みずぼらしい。運動神経も悪くて太っちょだし、女子に対しても奥手だし、異性から好かれる要素がこれっぽちもない男なんてそうそういないよなって思えるようなやつだったから。


 なんで安西を好きになったんだよ。俺が少しだけ茶化すように尋ねると、須藤は照れくさそうに髪を耳にかけながら、いつも一緒にいる出口くんならわかるんじゃないとだけ返した。そのはにかんだ表情を見た瞬間、いつもは真面目な須藤もこんな風に笑うんだって少しだけドキッとして、ああ、これが恋をしている人間の表情なんだなって実感して、もちろん俺が安西のことが好きだってこともあったけど、なんだか無性に須藤のことを応援したくなって、俺ができることならなんだって協力するよって柄にもない言葉を無意識のうちに口にしていた。


 二人で遊ぼうって言って安西を呼び出して、須藤と無理やり引き合わせた時、安西は須藤がいることにすごく驚いていた。それでも安西は優しいやつだから変に気を使って自分だけ帰ろうとすることはなくて、偶然なら仕方ないなって馬鹿みたいに笑って、俺のでまかせの理由を信じて、結局そのまま三人でぶらぶらと街を歩いて遊ぶことになった。文化祭のときも思ってたけど、須藤ってすごくいい奴だな。別に俺が言わせたわけでもないのに、安西らしい、別に下心から言っているわけでもないそんな言葉。俺がちらりと目を横に向けると、須藤は何でもないような表情をしながらも、口元が緩んでいるのを隠しきれていなかった。俺は安西をからかいながらも、恥ずかしがらずに人の良いところを良いってきちんと伝えられる安西が改めてすごいなって感心したし、須藤が安西のことを好きになる理由もわかった気がしたし、なんだか二人が付き合うことになったら良いなって、そんな風に思えた。


 一年の時に安西と同じクラスになった時、俺がこいつとこんな関係になるなんて想像さえもしていなかった。安西は図体がでかくて、見るからにダサくて芋っぽい、パッとしないクラスメイトで、俺はというと中学からずっとクラスの中心にいるキャラで、俺と安西はたまたま同じ教室にいるだけで、全然違う別世界に生きている人間同士だって勝手に決めつけていたから。他の友達が安西が面白いやつだって気がついて絡み始め、それでようやく俺も安西と話すようになったときも、始めはクラスにいる変わり者の面白いやつだって認識しかなくて、今思えばひどい話だけど、おもちゃで遊ぶみたいな感覚でしか安西と一緒につるんでいなかった。


 それでも話しているうちにだんだんと安西と仲良くなっていって、だけどそれと同じくらいに、俺は安西のことが嫌いになっていった。イケメンでもないくせに、波風が立たないよう空気を読んでいるわけでもないくせに、それでもクラスの友達が面白いと言って自分から安西と絡んでいくのを見るたびに、ノリが悪いと言われても毅然として嫌なことは断って、それでもクラスの連中が笑ってそれを許すたびに、自分のしょうもなさを突きつけられているような感じがして、気がつけば安西の嫌なところを探すようになっていて、そのことにふと気がついて余計に自己嫌悪に襲われて、それでもやっぱり自分の方が優れてるってこじれた対抗意識がかきむしられた。


 ある日、二人で帰り道を歩いている時に、自分がたまたま機嫌が悪かったってこともあって、そんな積もりに積もったみっともない感情を爆発させてしまったことがあった。安西も俺の嫉妬と劣等感でまみれた理不尽な暴言に大声で言い返してきて、それで俺も引き返せなくなって、自分でも目を逸らしていた色んな感情をぶつけまくって、それでもなんだか急に我に返り、自分のやっていることが恐ろしくなって、逃げるようにして俺だけその場から立ち去ってしまった。自分が築きあげてきたキャラとか、そういうものがグルングルンと俺の頭の中で巡り巡って、自分の学校生活はもう終わったなって一人部屋にこもって呆然としていた時に、安西は知り合いから何とか俺の住所を聞き出して、俺を部屋から引っ張り出して、自分は何にも悪くないのに言い過ぎたって謝って、それでもこれからも友達だって漫画みたいなことを平然と言ってのけた瞬間に、対抗意識とかみみっちい劣等感が自分の身体からすっと抜けていって、こいつには絶対に敵わないなって心の底から思い知らされた。


 それがきっかけで、俺は生まれて初めて本当の意味での友達を知ることができた気がする。深く付き合えば付き合うほど、安西の人としての器を知ることができたし、それを目の当たりにするたびに自分の劣等感がチクリと針でつつかれるような気もしたけれど、そういう理屈を超えてでてもこいつと友達でいたかった。自分の本心を言っても、ひどいことを言っても、それでも友だちでいようって言える人間なんて少ないだろうし、ましてやそれを心に隠さずに、堂々と相手に伝えられる人間なんてきっとこいつくらいなんだと思う。


 そういう意味で須藤もある意味安西と似ているような気がした。須藤と話すたびに、また須藤が安西のこととか家族のこととかいろんな話をしているうちに、二人を応援したいって気持ちがどんどん膨れ上がって、できる限りの時間を使って、結局互いに奥手な二人の間を取り持ってやった。だけど、あんまりにも俺が張り切りすぎて、いつも安西とか須藤とかとつるむようになってから、クラスメイトで彼女の里奈の機嫌がどんどん悪くなっていって、ある日の放課後に須藤もろとも里奈に捕まってしまった。最近一緒に遊んでいない理由はきちんと説明しているけれど、里奈は俺が自分をほったらかしにして三人でいつもつるんでいることに対して明らかに機嫌を悪くしていて、その怒りの矛先は俺だけにではなく、関係ない須藤に対して向けられた。


「須藤さんってあの安西のことが好きなんでしょ」


 変わってるね。悪意を込めて里奈が毒づいた。


「ねえ、知ってる? 安西って中学の時、いじめられてたんだよ。ダサくない?」


 教室が一瞬だけ静まり返る。里奈が安西のことをよく思っていないのは前からだったし、中学の頃の話は安西から聞いていたけれど、それを須藤の目の前でいう神経が信じられなかった。それでも俺が里奈に怒りをぶつけるよりも早く、須藤は落ち着き払った声で、


「人吉さんって、人を好きになる時、一々人からどう思われるかってことを気にしてるの? もし、そうだとしたら、可哀想だね」


 里奈が須藤の言葉にハッと顔を赤らめた。俺は瞬時に冷静さを取り戻して、二人の間に割って入って仲裁する。さっきのは里奈が言い過ぎだと俺が諭すと、里奈は何も言わずに近くにあった机を蹴りつけ、そのまま荒々しい足音を立てながら教室を出ていった。あいつも別に悪いやつじゃないんだよ。ただ、最近、俺が須藤と一緒にいることが多くて、ちょっと不機嫌になってただけでさ。俺がフォローを入れると、須藤もわかってるよと力なく微笑む。それから俺が「須藤って強いな」というと、須藤がぽつりと「私なんて駄目だよ」って小さくつぶやく。


「安西くんのことを好きになったのは本当だし、別に誰かから変わってるねって言われても気にならないって思ってたんだ。でもさ、人吉さんから、昔安西くんがいじめられてたって聞いた時、一瞬だけ言葉がでてこなくて、黙っちゃった」


 須藤が肩まで伸びた髪先を人差し指でいじくる。教室からは夕焼けが差し込んで、教室の中を暗い茜色に染めていた。


「強がりから出た言葉だったかもしれないけど、それでもさっきの言葉みたいに安西くんのことを好きになれたらいいな」


 でも、あの言葉を里奈の彼氏の前で言うのはどうかと思うけどな。俺がそう茶化すと、須藤はしまったという表情をして、それがあんまりにも間の抜けた表情だったからおかしくなって、俺は腹を抱えて笑ってしまった。その言葉で、須藤が過去も外見も関係なく、人を人としてみることができて、人を好きになるということと誠実に向き合うことができる人間なんだって気がついて、そして、それから、そして、それがきっかけとなって、気がつけば、俺も須藤のことが好きだなって思い始めたのかもしれない。


 俺は人を見る時、そいつの立ち位置とか関係なく考えることなんて到底できないし、里奈を好きになって、付き合い始めたのだって、ひょっとすると里奈がクラスの女子グループの中心人物で、回りの人間がすごい可愛いっていつも言っているからなのかもしれない。そのことを考えるたびに自分がクズ野郎だなって心底思うけど、友達から何気なく里奈が彼女で羨ましいって言われるたびに、すごく優越感に浸ってしまう自分がいた。二人よりもずっとクラスの中心に近い立場にいるのに、結局は自分のことしか考えられない、くすんで濁った黄色の光しか出せない自分にとって、澄んだ目で人を見ることができる安西と須藤はあんまりにも眩しくて、二人の隣にいると、正直自分が惨めに思えて仕方がなかった。それでも二人の隣にいたいと思ったのはきっと、意地でもあったし、二人のことが好きだったからだったし、それ以上に、少しでも二人みたいに澄んだ色の光で輝くことができたら、少しは自分を好きになれるかもしれないって、そんな期待をしていたからなのかもしれない。


 春が去って、梅雨が過ぎて、三人で遊びに出かけるたびに二人がちょっとずつ仲良くなっていって、須藤はずっと優しく笑うようになっていって、安西も俺や他の男子と接するように須藤と会話をするようになっていった。俺がふと隣を見て、須藤や安西がちょっとだけ視線を互いに送り合っているのを見るたび、妙に不器用な二人がなんだかおかしくて、小学生かよと馬鹿にしたくもなって、それでいて、須藤が自分ではなく安西を見ているという事実を突きつけられて胸が締め付けられた。一学期が終わるころになってようやく、安西から須藤が好きだと二人で会った時に告白されて、チリつく胸の痛みを抱えながら、三人で市内の花火大会に出かけようって、そしてそこで告れって、安西に提案した。


 花火大会当日になって、合流した瞬間から安西はどこかそわそわしていて、そんないつもと違う安西の気配を察して須藤もなんだかどことなく緊張していて、世話がかかるなと内心呆れながら、二人の間を取り持ってやって、花火が打ち上がる直前の時間に、安西の尻をひっぱたいてやってからそっと二人を置いて俺だけその場から離れた。人ゴミを抜けて、誰も居ない神社の境内の階段にぽつんと一人腰掛けて、林の影からわずかに見える打ち上げ花火をぼっと観察していると、なんだか無性に須藤の顔と、あの日教室で凛とした態度で里奈に言い返した彼女の姿が思い浮かんで、誰も居ない回りの雰囲気と相まって、自分がこの世界でひとりぼっちなんじゃないかと思うくらいに不安な気持ちに襲われた。これでよかったのだろうかとか、もし二人が別れたら、須藤は俺のことを好きになってくれるかもなんて卑しい考えが浮かんできて、須藤が安西じゃなくて、俺の方を向いて、あの少しだけ頬を赤らめた笑顔を向けている姿なんかを妄想したりして、底なしの沼の中にゆっくりと引き釣りこまれるみたいに、気分だけがただただ沈み込んでいくのがわかった。


 先に帰ろう。そう思って立ち上がろうとしたその瞬間、階段の下から聞き慣れた声が聞こえてきて、ぱっと下を見ると、二人が俺の名前を呼んでいるのに気がついた。俺が下に向かって降りていって、二人が上に向かって昇っていって、ちょうど階段の踊り場で俺たちは合流した。安西の声がいつになくうわづっていて、須藤が右手をそわそわと胸の辺りで動かしていて、花火の光で辺りが照らされた瞬間、二人の頬が赤く染まっていることに気がついて、すべてを察した俺は全身の力が抜けたみたいにその場にしゃがみこんでしまった。


 わけのわかんない感情がぐちゃぐちゃになって頭と心をかき乱して、何も考えられなくなって、何も考えたくなくなって、大丈夫かと声を駆けてきた二人に向かって、なんか返事しなくちゃって気持ちだけが先走って、俺は無意識のうちに


「おめでとう」


 と嗚咽混じりにつぶやいていた。須藤のことが好きだったのに、初めての失恋だったのに、人の幸せなんかよりも自分が大好きなはずだったのに、俺の口から出た最初の言葉がありがとうという言葉だったことに少し間が空いてから気がついて、俺はわけがわかんなくなって声に出して泣き始めた。そのタイミングでこの日一番でっかい花火が打ち上がって、二人を祝福するみたいに辺りが明るくなって、俺の意味不明な涙に最初は須藤がつられて泣き始めて、二人につられて安西も泣き始めて、三人でみっともなく、わんわんと泣き続けた。


 報われなかった恋だったし、自分の惨めさとか器の小ささを嫌というほど見せつけられた恋だったけど、それでもその恋の終わりにポロリとこぼれた一言が、二人を茶化すような言葉じゃなくて、自分を飾り付けるような言葉じゃなくて、二人をお祝いする、そんな言葉だったことがどうしようもなく俺は嬉しかった。わけもわからず三人で泣いた後、何事もなかったかのように他愛もない話をしながら暗くなった道を横並びで歩いて、別れ道で昨日よりも少しだけ距離が近くなった二人の背中を見送って、またさっきと同じ一人ぼっちになったけど、それでも不思議と気持ちが落ち込むことはなかった。上を見上げれば、街明かりに邪魔されながらも明るい光を放つ星が見えて、じっと目を凝らすと、そんな星以外にも懸命に輝く星を見つけることができて、それに気がついた瞬間に、きっと俺は二人のようになることはできないかもしれないけれど、これからも彼らの隣りにいて、自分なりの答えを見つけられたら良いなって、なんというか、そんな風に思うことができた。

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