友人との再会
キリちゃんはDEATHっ娘になりました。
「え? 身分証?」
「そうだ、何かないか? 冒険者や商人ならばギルドで発行されたギルドカードがあるだろう。それがないと町に入る事は許可出来んのだ」
「えっと、おじさん身分証がないんですか?」
道中聞いた話ではおじさんには私と同じ年齢くらいの子供がいると言っていたから、てっきり身分証くらい持っているのかと思ってたんですけど……
「うーん、今まで村から出る事なんてあんまりなかったしなぁ……昔も仲間に連れ添って町に入ってたりしたから、俺個人の身分証なんて持ってないんだ」
「そうか……申し訳ないがそうなると許可は出来ない」
「ちょ、ちょっと待ってください。ほら、私のギルドカードです。私がおじさんの身分を保証します!」
流石に恩人であるおじさんをここに放り出して自分だけ町の中に、というのは後味が悪すぎです。そうでなくともまだ何の恩も返せてないのだから、せめてこれくらいは、と私は門番さんに食い下がります。
「そうは言ってもなぁ」
門番さんは申し訳なさそうな顔をする。この人も真面目に仕事をしているだけで、別に嫌な人というわけではないんだと思います。けれどそれはそれ、これはこれ。
「ならおじさんはこれから冒険者になります!! すぐに冒険者ギルドに行ってギルドカードを発行するですから、それならいいんじゃないですか!?」
「いや、それだと結局身分証がない状態で町に入れる事になるだろう……」
「キリ、俺は別に構わないから……」
おじさんが私を宥めようとしますが、そうはいきませんです。
「だったら私が冒険者ギルドの人を連れてきます! それからここでギルドカードを発行して貰えれば」
「キリ、落ち着きなさい」
おじさんが苦笑しながら私の頭をぽんぽんと叩きます。むぅ、私はそんな子供ではないというのに。でもそのおかげで少し冷静になり、先の自分の発言が無茶であった事に気付きます。
「せっかくノイスまで戻って来たのに……」
確かに町に入るためには身分証が必要だったと思うが、ここまで厳しかっただろうか?
元々身分証のない人達が来る事もあるのだから、その時の対応もあるのでは? と考えるが、どうもそういった方法を提案してくれるようには見えない。おじさんが怪しまれているのか、あるいは他に何か事情があるのだろうか?
「ん? ノイス? ああ、思い出した。そうだノイスだ。久しぶりだなぁ」
と、どうやっておじさんが町に入れるようになるかを必死で考えているのに、当のおじさんはと言えば呑気にそんな事を口にしている。というかおじさん、ノイスに来た事があるんです?
「なんだアンタ、この町に来た事があったのか。だったら誰か知り合いはいないのか?」
「あー、知り合い、知り合いねえ……」
これはチャンスかもしれない。門番さんの口ぶりからすると、私のような冒険者の保証と違って、昔からこの町に住んでいる知り合いがいればおじさんも町に入れるかもしれないです。
「--トリス」
「え?」
「うん、思い出した。確かここであんたみたいに門番をやってたトリスってのが居たはずだ。つってももう十年以上も前の話だし、もしかしたらいないかもしれないが」
「トリス……なぁアンタ、念のために聞くが、その名前で間違いないな?」
「ああ、間違いないはずだ。あいつとはそこそこ仲も良かったしな。確か……そうだ、あの頃はあいつも二十にもなってなかったはずだが、頭が結構寂しい事になっていて--」
「分かった分かった。皆まで言うな。だったら心当たりがある。ちょっと待ってろ」
そう言って門番さんは別の門番さんに対応を代わり、町の中へと入っていった。それにしてもトリスという名前は私も聞いた事があるような気がするです。
「おじさん、トリスさんってどんな人なんですか?」
「ああ、確か俺がお前さんと同じくらいの歳の頃だったかな? お互い駆け出しって事で妙に気が合ってな。この町に居る間、何度か一緒に酒を飲んだりしてた事がある。まあ向こうが俺の事を覚えていればだが……」
どうやらそれなりの間柄だったようです。そのトリスさんって人がまだこの町にいれば、の話ですが。
「--団長、あの男です。団長の知り合いと言っていたのは」
え、団長? まさかトリスってあの『閃光のトリス』の二つ名の?
ちなみに閃光というのは、槍の突きがあまりにも早い事と、もう一つ--
「お前か? 俺の知り合いだというのは、あいにくだが俺はお前のような知り合いは…… 待てよ?」
「ああ、久しぶりだなトリさん。なんていうかその、すっかり干上がっちまって」
「まさかお前、テッちゃんか?」
テッちゃん、というのはおじさんの事だろう。そういえば私、おじさんの名前も聞いてなかったです。
「はははは!! 随分おっさんになっちまって!! 髭なんて生やしてるからわかんなかったじゃねえか!!」
「そりゃお互い様だろ。いつか禿げるとは思ってたけどそんなツルッツルになるとは思ってなかったぞ」
泣く子も黙るノイス兵団の団長、閃光のトリスに向かってなんとも豪胆です。ただここまでのやり取りでも分かりますが、よっぽどこの二人は仲が良かったに違いないです。
「これは禿げてんじゃねえ、剃ってんだよ!! つーか生きてたんだな……テッちゃん」
「子供達のおかげでなんとかな。まあお互い元気そうで良かったよ」
「子供か……って事は嫁さんが出来たのか? 相手はシュリアちゃん……じゃないよな。すまん」
「ああいいって、それより身分証がなくて町に入れないんだが、どうにかならないか?」
「うーん、そうだな。俺の権限で、と言ってやりたいところだが、なにぶんこれも仕事なんでなぁ」
どうやら団長さんでもすぐに許可を出すという事は出来ないようです。この頭でっかちめ! と言ってやりたいところですが、これも仕事ですし仕方のない事かもしれません。ですがだからといってここで諦めては女が廃ります!!
「お願いします! このおじさんはオーガに襲われそうになっていた私を助けてくれたんです。絶対悪い人じゃありません!!」
「ちょっと待てお嬢ちゃん、今オーガっつったか?」
「はいです。私はブロンズランクの冒険者なのですが、ゴブリン討伐の依頼を受けて、ここから少し南の方に向かったところで急に現れたです」
「なんてこった、既にこっちの方にも……それで、そのオーガは今どこに?」
「おじさんが潰したですよ?」
「なんだって?」
団長さんが驚いているようなので、自慢気に胸を張ってやります。いえ、私が倒したわけではないのですが。
「テッちゃん、この嬢ちゃんが言ってる事は本当か?」
「あ、ああ。危ないと思ったからつい」
「いや、つい、で倒せるなら苦労はねえが……まあ嘘を言ってる風でもないし、ちょっとお二人さんついてきて貰ってもいいか?」
「町に入れるんです!?」
「まあ正確には俺に同行して貰うって事になるな。なあに、話が終わったらそのまま冒険者登録でもしてギルドカードを発行しちまえばいいさ」
そう言って団長さんはニッと笑いました。とても怖いです!!
「すまないなトリさん。恩に着る」
「気にするなって、俺とお前の仲じゃねえか」
これが男同士の友情というやつですね! 私を見捨てたあの二人にも見せてやりたいです!!
それから団長さんについて私達は町の中に入りました。依頼を受けて町を出たのがつい数時間前の事なのに、もう数日経ったような気がします。きっとオーガに殺されそうになった事が原因かもしれません。生きて帰って来れた事にホッとしました。おじさんには感謝するしかありません。
「さあ着いたぜ。ここがこの町の冒険者ギルドだ」
「ああ、そういえば見た事あるな。入った事はなかったが」
「まあお前さんの場合は事情が事情だったからな。まあオーガをソロで倒せたってんなら冒険者としてもすぐにやっていけるさ」
「そうですよおじさん! 良かったら私とパーティを」
「待て待て、そういうのはもっと落ち着いてからにしよう」
別に勢いで言っているわけではないのですが。か弱い女の子を簡単に見捨てるような男達とは二度と組みたいとは思わないです。だったら私を助けてくれた実績付きのおじさんとパーティを組みたいと思うのは当然じゃないですか。
団長さんが冒険者ギルドの扉を開き、私達はギルドの中に入っていきます。目つきの悪い男達に目を向けられましたが、しばらく品定めするかのようにこちらを見た後、あの『閃光のトリス』だと誰かが気付いたのか、ギルドの中は一時騒然となりました。
団長さんはと言えば、こういう視線にも慣れているのか気にせず受付に向かいます。私も慌てて後ろについていきました。ちょっといい気分かも? です。
「すまない。私はノイス兵団長のトリスと言う。ギルドマスターか、サブマスターに取り次いで貰いたいのだが」
まさかあの『閃光のトリス』に話しかけられると思ってもみなかったのか、受付嬢さんがビクリと肩を震わせるのが分かりました。もしかしたら単純に団長さんが怖かっただけなのかもしれないですが。
「は、はい。すぐに呼んで--」
「ああ、トリスさんじゃないですか。道理でギルド内が騒がしいワケだ」
受付嬢さんが奥に向かって走り出そうとしたところで、その方向からおじいさんが歩いてきました。奥の方から来たという事はギルドの関係者の人だと思うです。
「ちょうど良かった。マスター、至急の要件だ。ちょっと話が出来る場所を借りたい」
「アンタほどの男が至急だと言うなら、話を聞いた方が良さそうだねえ。アーネ、そちらさん方を奥へ」
「か、畏まりました。どうぞこちらをお通りください」
受付嬢のすぐ脇にある従業員用の通路が開放される。私達は団長さんに続いてギルドの奥にある部屋へと向かいました。というか私なんかが入っても良いんですかね?
部屋に入るとそこは応接室のような造りになっていて、横長のテーブルに、椅子がいくつか置いてありました。ギルドマスターさんは奥の方に座り、私達は入り口側の椅子に腰かけます。
「それで? 一体何の用件なんだい?」
「ああ、それなんだが--」
それから団長さんは私がオーガに襲われ、おじさんに助けられた事を話しました。その時の詳しい状況を、との事だったので、私は身振り手振りを交えながら、オーガに襲われて死を覚悟した事。おじさんに助けられた事。おじさんが一撃でオーガをやっつけた事を話しました。
「なるほど、オーガが南にねえ……」
「ここ最近、兵団の方でも見回りの者からこの辺りに出るはずのない魔物の発見報告がいくつかあがっている。俺は恐らく北の方で何かが起きているんだろうと睨んでいるんだが……」
「そうさねえ、ギルドの方でも冒険者からそういう報告は何点か聞いているよ。まあそれもゴブリンがオークに襲われていたとか、果てはドラゴンが上空を徘徊しているところを見た、とか突拍子のない事も含めてだがね」
「ドラゴン……」
ドラゴンと言えば災害指定された魔物の代表格ともされていますが、勇者や英雄と呼ばれる存在がドラゴンを倒したという話は枚挙に暇がありません。ですが、他の魔物と違って個体数が非常に少ない事から、ドラゴンを見かけたという話は聞いたことはないですし、私も見た事はないです。
「ふむ……単なる見間違いという可能性もあるが、北にドラゴンが生息し、住処を追われた魔物が南へ逃げてきたというのなら辻褄も合う、か。しかしドラゴンとはな……マスター、このギルドにドラゴンと戦えそうな冒険者はどの程度居る?」
「王都でもあるまいし、ドラゴンと正面切って戦おうなんて冒険者なんて居やしないさ。まあ数を揃えれば多少はやれそうな奴もいないではないが、倒すとなると流石に厳しい。いや無理だろうねえ」
「そうか……」
「それはそうとアンタんとこはどうなんだい?」
「正直言って厳しいと言わざるを得ない。そもそも俺自身がドラゴンとなんてやりあった事がないからな。そりゃあオーガくらいなら俺だって倒せるが……」
ギルドマスターさんと団長さんが難しい表情をして黙り込みます。私みたいなブロンズランクの冒険者ではドラゴンと向かい合ったら鼻息一つで飛ばされてしまうのは間違いないです。それくらい出鱈目な存在がドラゴンなのです。
「まあ話は分かったさ。ドラゴンの噂話を聞いてか、王都から勇者が向かってるって話だしね。それらしき一団を見たって話もあるし、どうにかなるんじゃないかい?」
「勇者が? なら安心しても良いんだろうか」
勇者という言葉を聞いて、おじさんの表情が強張ったのが分かりました。ギルドマスターさんと団長さんはお互い話に集中しているせいか気付いた様子はありませんでしたが。でも勇者が来てくれるのなら安心だと思うですし、ひょっとして勇者を心配しているんでしょうか?
「でもねえ、ちょっと変なんだよ」
「変? 何がだ?」
そういえば、といった様子でギルドマスターさんが口を開きました。
「ドラゴンともなれば、複数の勇者で向かってもおかしくはないと思うんだがね。今回見かけたのが火の勇者一人だったそうなんだよ。もちろん他にも騎士や魔法使いといった面子は居たそうなんだが、ドラゴン相手にどこまでやれるのかねえ」
「バカな! 火の勇者と風の勇者はまだ成人したばかりって話じゃないか!! 王都の連中は何を考えてやがる!!」
団長さんが怒り心頭といった様子で、勢い良く立ち上がりました。思わずビクッとしてしまったのは仕方ないと思うです。
「そりゃ儂にも分からんよ。王都のバカどもの考えなんざね。ほれ、火の勇者と風の勇者は双子だと言うじゃないか。なんでもあのバカ王子が風の勇者を狙っているって話もあるくらいだしねえ。まったく、水のと聖女だけじゃ満足出来ないってのかねえ」
「っ、ギルドマスター。その話は--」
ガタンッ! と大きな音がして、私はまたビクッとしてしまいました。
音のした方を見てみれば、おじさんが立ち上がっています。どうやら椅子を倒した音のようでした。
「北だな?」
「お、おいテッちゃん落ち着けって。今のはあくまで噂--」
「勇者は、北に向かったんだな?」
「あくまで噂ではあるけどねえ。ああ、そういえばアンタの事をすっかり忘れてたね。オーガを倒したって話だから冒険者登録については問題ないよ。だけどいくら噂だって言っても北に向かうのは感心しな--」
ギルドマスターさんが言い終わる前におじさんは席を立ち、部屋から出て行ってしまいました。
「なんだいまったく。あまり褒められた態度じゃないねえ」
「……ギルドマスター、テッちゃんはな--」
私もすぐにおじさんを追いかけようと思いましたが、団長さんがおじさんの過去を話し始めたので、つい興味を惹かれて少し話を聞いてしまいました。
それはおじさんがまだ青年になろうかといった頃、団長さんにもまだ髪の毛があった頃の話でした。
なんと驚く事に、おじさんは聖女様と幼馴染で、この町には聖女様と、あの王都の騎士団長と共に王都に向かう途中だったそうです。ですがおじさんは二人と違って特別な天職を持っていたわけでもなく、冒険者で言えばブロンズランク程度の実力しかなかったそうです。
団長さんもその頃はまだ入団したばかりで、あの門番さんと同じように町の門番をしていたそうですが、お互い年齢も近かった事もあって意気投合し、いつの間にか仲良くなっていたんだとか。聖女様と言えば次の王様の側室候補だと言う話は私も聞いた事があります。
けれど幼馴染二人が王都で重要な人物となっているのに、何故おじさんは今一人なのでしょうか? 何故火の勇者様と風の勇者様の話にあんなに反応していたのでしょうか?
私はそれが気になって仕方がなく、挨拶もそこそこにおじさんを追いかける事にしました。確かおじさんは北に向かったはず、今から全力で向かえば追いつけるはずだと。
お読みいただいてありあとうごあいます