繋がる過去
昨日夜勤明けで爆睡してました。
「それは魔王城まであと少し、というところでした」
それからシュリアさんは過去にあった事を話してくれた。
思い出すのは辛いだろうと思い遠慮したのだけど、もしかしたら俺やアカリが同じような場面に遭遇するかもしれないと思っての事らしい。
そうと言われては聞かないわけにもいかず、正直興味もあったので聞かせて貰う事にした。
「確かツバサが女性だった事を知ったのもその時が初めてでしたね」
「私は別に女性である事を隠していたわけじゃないのだが……」
「そんな言葉遣いをしているからですよ。ただでさえ全身甲冑で分からないのに」
「俺もツバサさんが女性だと知ったのはつい最近です」
「私も……」
先入観かもしれないが、勇者=男だと思っている人は多いと思う。
俺の場合はアカリが居たからそうではなかったけど、行く先々でアカリが勇者だという事に驚いた人は多い。
当のツバサさんはというと、シュリアさんに続けて俺とアカリが同意した事がショックだったのか、膝を抱えて座り込んでしまった。
「最後の戦いを前にツバサとは仲良くなれたのですから、それはそれで良かったと思いますけどね」
「その日は大変だったんだぞ。私の事を着せ替え人形だと言わんばかりに自分の服を着せようとして……」
「あら、可愛いものはもっと可愛くしたいと思うのは女の子なら当然でしょう?」
俺にはよく分からない感覚だけど、可愛い事は良い事だと思います。
「ゴホン、話が逸れてしまったな」
「あらごめんなさい。それから私達は魔王城へと乗り込んで行ったのですけど……思えばあの時から彼の様子も少しおかしかった気がします」
「彼ってその、シュリアさんの幼馴染の?」
「ええ、その当時私と彼は付き合っていたんですよ?」
「「「え?」」」
ツバサさんが好きだった人ってシュリアさんの恋人だったのか!! それを知ってシュリアさんは思うところはなかったんだろうか。
「それを知ったのはそれから随分先の事ですから……まあ、その時に知ったとしたら今の関係はなかったかもしれませんね」
「シュリアと彼が恋人同士だったことは知っていたからな。だから彼には翌日シュリアを借りた事は詫びたんだが……」
「あら? そうだったのですか?」
どうやらシュリアさんはその当時にやり取りがあった事を知らなかったらしい。
というかもしかして、その幼馴染の人の様子がおかしくなったのってその時のやり取りが原因なんじゃ……?
「ああ、彼も魔王城に乗り込もうという日に恋人が傍にいなかった事を気にしているかと思ってな。夜は私と一緒に居た事を説明しておいたんだが……」
なんだろう。なんかすごい違和感がある。シュリアさんも『なんだそんな事か』と思ってはいるんだろうが、俺と同じような違和感を感じているのか、首を傾げている。
「えーっと、ツバサ、ちょっといいか?」
そんな中、ネイリさんがツバサさんに声を投げかける。
「お前さ、そん時なんて説明した?」
「もちろんちゃんと説明したぞ? ええと確か……『すまない。昨日の夜シュリアを借りた。どうしても伝えておきたい事があってな。おかげで彼女とも仲良くなれたし、私もスッキリしたよ。ああ、そう言えば彼女はアレでもまだ着痩せするタイプだったんだな。驚いたよ。まあ君には言わなくても知っているだろうが』だったかな」
「「「それだー!!」」」
「え?」
あ、シュリアさんが頭を抱えてる。そうだよなぁ、普通そんな細かい話なんて聞かないよなぁ……
「ツバサさん。あの、ちょっと聞いていいですか?」
「な、なんだ?」
「えっと、シュリアさんもその日にツバサさんが女性だと知ったんですよね?」
「あ、ああ。私はとっくに知られていると思ったが、シュリア自身が言っていたからそうなんだろう」
「あー、これダメなやつだ。アタシはしーらないっと」
「じゃあその、シュリアさんの幼馴染さんはツバサさんの事を男性だと思ってたんじゃ……?」
「かもしれない……が、そ、それが?」
そして本人に自覚なし、と。うん、悪気はないんだろうけどね……
「ツーバーサー?」
「ひゃ、ひゃい!?」
先ほどまで頭を抱えていたシュリアさんが幽鬼のようにゆらゆらと立ち上がる。怖い、怖いよシュリアさん。
その圧倒的な圧力に押されてか、ツバサさんも顔を真っ青にしながらシュリアさんの方を見ている。
「貴女……彼にそんな事を言ったのですか?」
「う、うん。だって彼に悪いと思って……」
あ、言葉遣いも崩壊してきてる。うん、怖いよね。
「馬鹿ですか貴女は!! そんな事を言えば誰だって誤解するでしょう!!」
「ひぃっ!!」
ですよね。俺がその幼馴染の人だったら間違いなく違う意味に捉えると思う。
「あのさーツバサ。今のセリフ自分に置き換えてみ?」
「そ、それはどういう……?」
「だからー、例えばお前とそのシュリアの幼馴染くんが恋人同士だったとしてだな?」
「私が彼と……」
想像してみたのか、ツバサさんは少し真面目な顔をして考え始めたと思ったら、顔を赤くしてニヤニヤし始めた。
なんだこの人、少女か?
「で、これから最後の戦いになるかもしれないって夜に他の女の部屋に行っててだな」
「なっ!? それではまるで浮気ではないか!!」
「はいアウトー」
アウトもアウトだ。しかもそれだけじゃすまない事を彼女はしてしまっている。
「で、その次の日にその幼馴染くんと一夜を過ごした女からお前が言ったセリフを言われるわけだ。ほら、どんな気持ちか言ってみ?」
「……」
思わず俺も自分の立場で考えてしまった。うん、とりあえず相手の男はボコボコにするどころじゃすまないだろう。
でも自分が勇者ではなく、それこそ普通の騎士団員と同じくらいの強さで、相手が勇者だったら? もしかしたら向かっていったかもしれないし、勝てないと諦めて去って行ったかもしれない。
だけど魔王城を前にしてともなれば状況が違ってくる。そのパーティにはもう一人の幼馴染であるトーヤさんも居たそうだし、せめてこの戦いくらいは、と我慢してしまうんじゃないだろうか。
そしてきっとその彼も同じような心境だったんじゃないだろうか。
「わ、私は何という事を……」
ただ今更事実を知ったからと言って、過去が変えられるわけでもない。せめてその幼馴染の人が生きてさえいれば誤解を解く機会もあるんだろうが……
ツバサさんを見ればまるで捨てられた子犬のように震えてシュリアさんを見ている。
そしてそのシュリアさんはと言えばしばらく俯いたままでいた後、ツバサさんの元に向かっていった。
「シュリア……ごめ、ごめんなさい」
「ツバサ」
「ひゃいっ!!」
ガタガタ震えるツバサさんに向かってシュリアさんが右手を振り上げ--
「ひっ!!」
--ツバサさんの頭を撫でた。
「まったく、余計な事を言ってくれたものですね」
「え、えっ?」
シュリアさんにぶたれると思っていたのだろう。ツバサさんが予想外の反応に狼狽えている。
「確かに貴女が言った事で彼が急によそよそしくなった理由は分かりました。ですがそれがなかったとしても結果は変わらなかったと思っています」
「で、でも私が余計な事を言わなければ……」
「いえ、彼はそういう人でしたから」
そういえばその時点で彼が居なくなったという話は聞いていない。で、あればその後にあったことが理由になるんだろうか。
「また話が逸れてしまいましたね」
と、苦笑してシュリアさんが話を続けた。
「その後、私達は魔王城へと乗り込み、多くの魔物や強力な魔族を退けながら、魔王のいる部屋へと辿り着きました。ですが……そこに居たのは魔王と呼ばれていた魔族ではなく、自らを邪神と名乗る存在がそこに居たのです」
「邪神……」
確か水の勇者であるツバサさんは十五年程前、魔王を名乗る魔族--ヴァリスを倒したとされていたはずだったと記憶している。
「そしてその邪神は言いました。自分と戦いたければ一人を生贄に捧げろと、そしてその生贄が異空間で生存している限り自分はこの世に顕現していられるのだと」
「ん? それっておかしくねーか? なんでその邪神? は自分が不利になるような事教えてくれたんだ?」
確かに腑に落ちない点ではある。別にそんな事を伝えなくても一方的に攻撃してツバサさん達を殺してしまえば良い。少なくとも自分ならそうすると思った。
「どうやら邪神は精神体のようなもので、どうしてもこの世に受肉したかったそうです。確かに受肉する事で私達に倒されるリスクはあったのでしょうが、元々負けるつもりもなかったのでしょう」
「神様ってーのはよくわかんねーな」
「当然私達もそんな事は受け入れられないと、そのまま邪神と戦うつもりでした。ですが邪神には攻撃が当たらず、邪神も私達を直接攻撃する事は出来ませんでしたが、魔物を生み出す力があったのです」
つまりジリ貧ってやつだ。お互い直接的な攻撃は出来ないが、相手はこちらを攻撃する手段があり、こちらにはない、と。
「そして何度か魔物を倒した後、彼は自分が生贄になると言い出したのです。当然私もツバサも、そしてトーヤも反対しましたが……」
当時を思い出しているのか、シュリアさんはしばらく顔を伏せて黙り込む。
「--一人だけ、賛成した者がいたのです」
「ツバサ、シュリア。こんなところにいたのか」
と、話の腰を折るように声がかかる。誰だよと思ってそちらを振り向いてみれば、華美な衣装に身を包んだ男性がこちらへ向かっていた。
「シュヴァルハイト……殿下ですか。何か御用でしょうか?」
声の主はシュヴァルハイト殿下。この国の第一王子だった。金色に輝く髪、整った容姿。人の好さそうな柔和な顔をしているが、その反面、女性関係の暗い話題は俺達の耳にも入るくらいだ。
実際俺には滅多に声をかけないくせに、アカリには見かける度に声をかけてくる。正直好きになれそうにない。
「いつも言ってるじゃないか。僕の事はシュヴァと呼んでくれと。まあ用という程のものでもないよ。君達を見かけたから声をかけたまでさ。将来の妻達に声をかけるのは至極当然の事だろう?」
「その話はツバサ共々お断りしているはずですが? シュヴァルハイト殿下」
先ほどまでとは打って変わり、無表情で相対するシュリアさん。これはこれで物凄く怖いです。
「そうか……しかし民衆は期待しているよ。次代の王と、そしてそれを支える勇者と聖女がいればこの国も安泰だと」
「何度も言っていますが、私もツバサも政治の道具になるつもりはありません」
「まったくつれないな。一緒に邪神と戦った仲間じゃないか」
それまで顔を伏せていたツバサさんがピクリ、と反応した。
そしてゆっくりと顔を上げ、殿下を睨み付ける。
「貴方が……それを言うのか」
「ん? ああ、まだ彼の事を気にしているのかい? テッシ? テッツ? まあ名前は忘れちゃったけど、彼だって本望だろうさ。平民に加えて大した天職も授からなかった分際で、私達の役に立てたのだから」
「貴様……ッ!!」
ツバサさんは今にも殿下に襲い掛からんばかりに表情を険しくする。が、ツバサさんを隠すようにシュリアさんがスッ、と前に出た。
「殿下、私達は新しい勇者と交友を深めているところなのです。それに殿下もお忙しい御身分ですし、その話はまたいずれ」
「ふん、そうかい。まあ僕としてはそこにいる新しい側室候補と仲良くしてくれるのなら願ってもないさ」
そう言って殿下はちらりとアカリの方を見た。側室候補? ふざけんな。
アカリはと言えば、いつの間にか俺の後ろに回り込んでいた。安心しろ。俺が守ってやるから。
「それじゃあ失礼するよ。っとそうだ。火の勇者クン、だっけ? もうすぐ北の方で大討伐が計画されているらしいから準備しておくようにね。なんでも相手は古龍らしいよ」
「兄さんが行くなら私も--」
「それはダメだ。僕としては君を危険な目に合わせるわけにはいかないからね。今回出す勇者は火の勇者クンだけ。これは国からの命令だよ。精々頑張ってね」
そう言い捨てて殿下は去って行った。古龍? 上等だよ。とっとと片付けて帰ってきてやるさ!
それにさっきのやり取りで気になった事がいくつかある。
「……シュリアさん。もしかしてその、生贄に賛成した者って」
「ええ、シュヴァルハイト殿下です」
だろうな。さっき殿下自身が仲間だったと言っていた。それに件の幼馴染の事も知っている様子だったし……
「それでシュリアさんの幼馴染は一人異空間へと飛ばされてしまったんですね」
「殿下が賛成した後も私達は止めたのですが……自分から飛び込んで行ってしまったのです」
その時彼はどんな想いを抱いていたんだろう。そして残された仲間達はどんな想いを抱いていたんだろうか。もちろんあのクソ王子は除いて、だが。
それからシュリアさん達は辛くも邪神と引き分け、ツバサさんの聖剣を犠牲にして邪神を封印する事に成功したという。
「けれど彼は戻ってきませんでした。願わくばどこかで生きていて欲しい。けれど邪神の操る魔物達は私やツバサを以てしても容易に倒せる魔物ではありませんでした。ですから戻って来なかったという事は、そういう事なのだと理解しています」
そう言ってシュリアさんは被りを振った。そして何かを思い出したかのようにクスリと微笑んだ。
「あ、ごめんなさい。そういえばつい思い出してしまった事があって」
「ああ、アレか。ちょうど私も思い出したところだ」
先ほどまでの狼狽え具合が嘘のように、ツバサさんがシュリアさんに同意を返す。
「あの人はいつも困った事があった時『ま、男に生まれちまったんだし、しょうがねえ』って軽く言うんですよ」
「そうだったな。だがその軽さに助けられた事も何度もあった」
--どうしたアキラ? 痛いのか? ま、男に生まれちまったんだ。痛いのはしょうがねえ。我慢しろ。アカリを守れるのはお前だけなんだからな。
小さい頃から何度も聞かされてきたその言葉がここに来て繋がった。
さっきのクソ殿下も言っていたじゃないか。この言葉は同じ男である俺にしか言わなかったから、アカリにはピンと来ないだろうが。
「ツバサさん、シュリアさん。一つ聞いていいですか?」
「何ですか?」
もしかしたらそうではないか。いや、そうであって欲しいと想いを乗せ、俺は一呼吸置いて問う。
「その、幼馴染の名前は?」
「彼の名前はテッツォ、私とトーヤと、同じ村で生まれて兄弟のように育った人」
「リルラ、という名前に聞き覚えは?」
「っ!? その名前をどこで!?」
「知ってるんですね?」
「ええ!! 私の、私達の親代わりで師匠です!!」
「兄さん! もしかして!!」
「ああ、間違いない。ツバサさん、シュリアさん。聞いてください」
今の反応で確証に変わった。もしかしたら俺達が勇者となった事も、この時のための運命なのかもしれない。だとしたら俺達はその運命に感謝したい。例え何者かの気まぐれだったとしても。
「俺達の父さんの名はテッツォ、一年前まで師匠--リルラさんと父さんと俺達の四人で暮らしていました」
この後アキラくんは怒涛の質問攻めにあいました。