返ってこない手紙
なんか昔と比べて文章が変わった気がする。
「兄さん、父さんから返事は……?」
「いや、来てないみたいだ……」
やっぱり、と言った表情で俯くアカリ。そんな顔するなよ。俺だって悲しくなるじゃないか。
俺達は父さんに手紙を出してからすぐ、近くの町に魔物の群れが迫っているので至急向かって欲しい。という要請を受けた。
今度こそ父さんから返事が来るかもしれないからと、俺達は大急ぎで救援に向かい、先ほど王都に戻ってきたところというわけだ。
それにしても父さん……本当にどうしちゃったんだ。
俺とアカリがそれぞれ勇者という天職を授けられ、ワケの分からないまま王都に連れてこられてからはや一年。
毎月父さんに手紙を書いているが、ただの一度も返事がきたことがない。もう俺達の事が嫌いになってしまったんだろうか。
そこまで考えてから首を振ってマイナスを振り払う。
(まさか、父さんに限ってそんなはずない)
恐らくアカリも気付いているだろうが、俺達は父さんの本当の子じゃない。
父さんは何も言わないが、十五年も一緒に過ごしていれば嫌でも気付く。
アカリと双子というのはきっと間違いがない。性格はともかく、よく似た顔をしているし、ふとしたところで同じ事を考えている事が多いからだ。
父さんとは顔も似ていないし、髪の色も違う。
もしかしたら見た事もない母さんが、という可能性も考えた事はあるが、それにしたってどこかは似るものだろう。
だがそれでも父さんは俺達を大事に育ててくれた。
決して裕福ではなかったけれど、不自由だと思ったことはなかった。
師匠と父さんとアカリと俺、四人で過ごした、ただ当たり前の日々が幸せだったんだと、今はそれがとても大切なものだったんだと感じてしまう。
「アキラ兄さん?」
黙り込んだ俺を見てアカリが心配そうな声をかけてくる。いけない、こんなんじゃ。
「あ、ああなんでもないよ。父さんどうしたのかなって」
「だよね……もしかしたら何かあったのかも」
思わず今にも家に走って帰りそうな妹を見て冷静さを取り戻す。
「大丈夫だって、なんたって俺達の父さんだぜ? それに師匠だっているんだし」
「でも父さんは師匠みたいに強くないもの!!」
確かに父さんは特別強いわけじゃない。いや、師匠がバカみたいに強いだけで父さんが弱いだなんて思わないが。
それでも一般人と比べれば、だ。
王都に来てから見た騎士団の人達や、他の勇者と呼ばれる人達とは比べるまでもないだろう。
「どうしたんだ二人とも? そんなに大きな声を出して」
アカリの声に反応したのか、近くに居た人達がこちらに向かってくる。
最初に声をかけてきたのはツバサさんだった。
ツバサさんは俺達新人の勇者にとても良くしてくれている。最初は全身甲冑姿でどんな怖い人なのかと思ったが……
「すみません。アカリがちょっと……」
「アキラは父さんが心配じゃないの!?」
なおも興奮冷めやらぬ妹を見て軽く溜め息を吐く。
確かに俺も父さんが好きだが、それにしてもアカリのファザコンっぷりには頭が下がる。やはり息子と娘では父親に対する感情の大きさは違うのだろうか。
「君達のお父さんに何かあったのか?」
「いえ……毎月手紙を出してるんですが返事が来なくて……」
「それは……確かに心配になるな」
と、俺達の心境を察してくれたのか、ツバサさんの整った顔が歪んだ。この人は言葉遣いは男らしいけど優しい人なんだよな……
今のツバサさんは甲冑を外した軽装の状態だ。目線を顔から少し下げれば、そこには女性を象徴する豊かな膨らみが見て取れる。
が、そこで視線を止めてしまうのはいくらなんでも失礼なので、再度目線を上に戻す。特に気にされてはいないようだ。良かった。
「やっぱり一度家に……」
「まあ落ち着けってアカリ、別に出した手紙が戻ってきたわけじゃないんだろ? なら少なくとも親父さんは無事ってこった」
暴走しかけたアカリを諌めたのはネイリさんだった。この人はツバサさんと違った意味で男勝りな言葉遣いをしている。
もっとも、男勝りなのは言葉だけではないのだが。
「でも……」
「まあまあ待てって。今度休暇が取れるようにアタシも手伝ってやっから」
「休暇? 取れるんですか?」
「分からん」
分からないのかよ!! と思わず口に出してしまいそうになるがグッと堪える。
こっちの気を知ってか知らずか、無い胸を反らしながらサムズアップしているのが実に腹立たしい。
「取れますよ?」
と、こちらはシュリアさん。ネイリさんと違って実に女性的な女性である。
どこが女性的なのかと言えば全部が、と言わざるを得ないほどに。
「本当ですか!?」
と、アカリの驚いた声で我に返る。確かに休暇が取れるというのは聞き捨てならない。
「それには他の勇者の協力あっての事ですが……良いですよね?」
「もちろんだ。だが今すぐというわけにはいかないだろう。何せ最近の勇者使いの荒さと言ったらな……」
「全くどいつもこいつも勇者勇者ってなー。ちょっとは自分でどうにか出来ないもんかね」
「ネイリ、それは思っていても言うものじゃありませんよ。まあ近頃の忙しさには私も思うところがないではないですが……」
どうやら忙殺されているのは自分達だけではないらしい。
特にツバサさんは嘗て一人の魔王を倒した『水の勇者』としてこの国では知らない者がいないくらいに有名だ。よっぽど引っ張りだこなのだろう。
。
「私もドラゴンが相手であったり、魔物の群れが出たなどであれば助力を惜しむつもりはない。が、いざ呼び出されたと思えば見合いの話だったというのも珍しくはないしな……」
「それはなんとも……」
眉間に手をやりながらはぁ、と溜め息を吐くツバサさん。
「にしたってよー、ツバサもシュリアもなんでまだ独身なわけさ? 水の勇者一行って言ったら相手にゃ不自由しねーだろ?」
「私はそういう色事に興味はない」
と、バッサリ。
「ふふふ。ツバサ、嘘はいけませんよ?」
「え?」
「お、なになに? もしかして男居んの?」
「シュリア……お前……」
「たまにはいいでしょう? こういうのも」
「いや、しかしだな……」
ツバサさんが顔を赤くしている。こう見るとまるで少女のように見えるから不思議だ。実際は俺達というより、父さんと近い年齢らしいが。
「なあなあ、シュリアは知ってんだろ? ツバサの好きな奴」
「ええ、知ってますよ」
「そいつってどんな奴? やっぱつえーの? それとも超絶イケメンとか?」
ネイリさんが興味津々だ。だけど俺も気になる。
--あれ? 父さんの話じゃなかったっけ? 休暇の話は? などと思っていてもこの空気に水を差す勇気は俺にはない。
「見た目は普通ですね。確かに強かったと思いますが、それでも特別強かったわけじゃありません。良くて正騎士よりも少し強いくらいだっと思いますよ?」
「おぉ……意外だな」
「シュリアさんもよく知ってますね。もしかして共通の知り合いなんですか?」
おいアカリ。お前父さんの事はどうした。
「ふふふ、知ってるも何も。その人は私の幼馴染でしたから」
「「「え!?」」」
俺達三人の声が重なった。ツバサさんの好きな人がシュリアさんの幼馴染って!!
「シュリアの幼馴染? だったらトーヤの事か? ……ん? あいつは結婚してるじゃんか!!」
トーヤさんの事だったら俺も知っている。昔ツバサさんと共にパーティを組んでいて、今では騎士団長を務めている人だ。
でも騎士団長が正騎士よりも少し強いくらいっておかしくないか?
「いえ、トーヤじゃありませんよ。私とトーヤにはもう一人幼馴染が居たんです」
居た? 居る、じゃなく?
「おいおい、その言い方じゃまるで……」
どうやらネイリさんも気が付いたらしい。にしてもそこに突っ込むのか。
ツバサさんは先ほどまでの浮いた熱が引け、苦い顔をしている。
シュリアさんも見た事のないような歪んだ表情を見せ、そして口を開く。
「ええ、彼はもういません」
それは予想した通りの答えで--
「--私達が見捨てました」
--予想だにしていない答えだった。
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