床で寝たら身体が痛い
>テッツォさん
グダグダしてると長くなるのでとっとと出て行ってください。
「う……朝か」
どうやらあの後眠ってしまったらしい。硬い床の上で寝たせいか節々が痛む。もしかしたら年のせいかもしれないが。
起きたはいいが、気分は晴れない。身体が痛むせいかもしれないし、もっと別の理由かもしれない。
「全く、いい年した大人が情けないのう」
起き抜けの耳に少女の声が響く。この声は師匠か。
「何しに来たんだ。俺の事は放っておいてくれって言っただろう」
まだ愛想を尽かされていなかった事に内心ホッとしつつ、それでも口からは心にもない言葉が出てしまう。
--いい加減そんな自分に嫌気が刺す。
「じゃからこの一年間放っておいてやったじゃろう」
なるほど、最後に顔を合わせてから一年が経ったのか。確かに言われてみれば放っておいてくれたのかもしれない。
だったら何故今になって?
「貴様の事はどうでも良いわい。が、貴様が自死でもしたらあの子らが悲しむじゃろう」
「もうあの子達も子供じゃない。俺なんていなくても生きていけるさ」
「たわけが。あの年頃の子が大人か子供かなんぞ貴様なら分かっとるじゃろう」
「……」
「まあ良い。今日はそのような事を話しに来たのではないからの」
そう言って師匠は足元に転がる酒瓶を蹴散らし、床に座った。
「で、早速じゃがバカ息子」
「なんだよクソババア」
俺の言葉に師匠の眉がピクリと動く。
「旅に出るのじゃ」
「は?」
「ああ、あとコレは返して貰うからの。正直使い道はないが、これはこれで貴重な魔道具じゃし」
「ちょ、どういう事だよ」
師匠が俺に向かって手をかざすと、俺の右手から指輪が抜き取られた。くっ、それがないと……
それにしてもてっきり説教でもしに来たのかと思えば、いきなり旅に出ろとはどういう事か。第一その指輪がないとまともに生活なんぞ出来やしないのは師匠が一番知ってるだろうに。
「そのままの意味じゃよ。どうせ生きてるか死んでるか分からんような生活しとるんじゃろ。だったら旅にでも出て生きる目標でも探すか、あるいはどこかで野垂れ死ね」
弟子兼息子にかける言葉にしては随分と辛辣である。
「……断ったら?」
「野垂れ死にとは言わず、儂が今ここで命を絶ってやろう」
どうやら出ていくか死ぬかの二択らしい。が--
「……出来るとでも?」
「どのみち儂を殺せばここにはおれんじゃろう? だったら結果は同じじゃよ」
「……妖怪め」
「褒め言葉として受け取っておこう。ほれほれ、どうするんじゃ」
ったく……分かってる癖に聞くんじゃねえよ。
「分かったよ……出てきゃいいんだろ、出てきゃ」
納得はいかないが、別にここに居なければいけない理由もない。子供達は出て行ってしまったのだし。だったらそれもいいのかもしれない。
恐らく一度出て行ってしまえば二度と戻ってくる事はないだろう。ならばそれなりに準備をしなくては。
が、元々大したものは持ってないし、準備と言ってもそれほど時間が必要なものではない。
とりあえず物置を開け……るつもりだったが、久しぶりで加減が出来ず、扉を破壊してしまう。
自分のせいなのは分かっているが、やはり、と思いギロリと師匠を睨み付け、目的のそれらを手に取る。
「ふん、なんだかんだ言って手入れは欠かしてなかったようじゃな」
「ただの習慣さ。二度と手に取る事なんてないと思ってたしな」
--ああ、きっとこれは嘘だ。
分かってしまう。分かってしまった。
「嘘が下手なやつじゃのう。その割には貴様……楽しそうじゃぞ?」
やはり顔に出ていたらしい。ああそうだ、自分でも分かっている。
これを手に取った瞬間、身体に熱を感じた事を。
「ふむ……やはりその目は良い。久しく見ておらんかったが……やはりせっかくじゃから一戦交えんか?」
「お断りだ」
師匠の提案に少し気を惹かれてしまうが、流石にそのつもりはない。
「今の俺は加減が出来そうにない」
「じゃからこそ、なんじゃがな……まあ良い」
高揚を隠すつもりがないのか、少し顔を上気させながら渋々師匠が引き下がる。
そんな師匠は気に留めず、取り出したそれらを身に着け、解体用のナイフと火を起こすための道具を袋に入れ肩に担ぐ。持っていく物はこれくらいで十分だろう。
「じゃあ行ってくる。もう会う事もないかもしれないが」
「ふん、辛気臭い顔が見えんようになってせいせいするわい。ああ、これは餞別じゃ、持っていくがよい」
言うが早いか何かが飛んで来たので手で掴む。これは……袋?
「収納袋、魔道具じゃ。旅ともなれば何かと入用じゃろう。言っておくが中はカラじゃからな」
「助かる」
だったらもっと早く寄こせと思いながら、肩に担いだ袋ごと収納袋に入れ直し、改めて収納袋を肩に担ぐ。
「じゃあな師匠、長生きもほどほどにな」
「やかましいわ。とっとと去ねバカ息子が」
家の扉をそっと押して開き、振り返る事無く外に出る。
思ったよりも早い時間だったのか、太陽はまだ低い位置にあった。
「さて、どこから行きますかね」
昨日までの鬱屈とした気持ちは消えたわけじゃない。
けれどもまた少しずつ進んでいこうと思う。でなければそれこそ母に合わせる顔がない。もちろん子供達にも。
「あー……一通くらい返事しておけばよかったか」
家に置いて来た手紙の事を今更ながらに思い出して苦笑する。先ほどまでの自分はそんな事も気付かないほどだったのかと。
だからといって今から家に戻るのは流石に間抜け過ぎる。いつか、そういつか子供達に再会する事もあるかもしれない。
その時には返事をしなくてごめんと謝ろう。
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それから子供達はどうしているだろうか、どこへ向かおうかと考えながらぶらぶら歩いていると、太陽が真上に来ている事に気が付いた。
--もう昼か。
そういえば食べ物も現地調達するつもりだったから何も持って来ていない。
今はまだ良いが、せっかく収納袋があるのだから多少食糧は多めに持ち歩いたほうがいいだろう。
そう思っていったん考え事は止め、辺りの気配を伺う。
どうやら近くには獣の気配はないようだが……っと、上になら居たか。
空を飛ぶ獣や魔物は基本的に獲物を狙う時以外は辺りを警戒していない。自分が襲われるとは考えないからだと言われている。
特に強い個体であればあるほどその傾向は強い。自分が空の支配者だと思い込んでいるのだろう。
まあだからこそ狩りやすいのだが。
今俺が目にしているのは上空高くを飛んでいる鳥。というには少しサイズが大きいだろうか、恐らくロック種の魔物だろう。
ロック種は鳥にしては胴体が大きく、その分食いでがある。
とはいえ、その分なかなかに強く、駆け出しの冒険者が空から急に襲われて命を落とす事も珍しくない。
が、それはいきなり上から襲い掛かられる事が危険なのであり、最初から警戒している、もしくはこちらから襲う分には少し強いくらいの魔物でしかない。
なので俺は腰に装備していた短槍を手に持ち上空を舞う魔物に狙いを付け、腕を振り被る。
「よっ、と」
軽い調子で腕を振り、魔物に向かって短槍を投げる。
短槍は一直線に魔物に向かい、そして突き刺さる。
--どころか魔物の胴体を貫通し、落ちてくる魔物とは正反対に更に上空を目指していく。
「本当に加減が下手になってるな……」
ともあれ大事な武器を失うわけにはいかないので、落ちてくるのを待つしかない。
軽くはぁ、と溜め息を吐き、落ちてきた魔物を解体しながらそれを待つ事にした。
「どこか町に着く頃にはもう少し加減出来るようにしないとだな」
少し前に別れた少女を呪い、とりあえずの目標を定めたのだった。
読んでくれてありがとネー