幸せがこぼれ落ちた日
ほのぼの系だと思った? 残念だったな!!
--クシャリ、と。
思わず拳を握りしめてしまう。その手の中に大切な物が収まっていたとしても。それでも握りしめざるを得ない。
本来なら。
便りが来た事を喜ぶべきだろう。
本来なら。
わが子達の活躍を喜び、褒めるべきだろう。
--本来なら。
握り潰してしまった紙には色々な事が書いてあった。それは認識している。
けれどその内容は頭の中に入ってこなかった。
今俺の頭の中を占めるのはあの日の後悔と、それから自分への怒り……なんだろう。
思わずあの日々を思い出す。
自分が父親になった日と。
四人でふざけながら過ごした他愛もない、幸せな日々と。
そしてその幸せが失われたあの日。
子供達と過ごす事で前に進めたと思っていた。
やっと幸せを掴んだと思っていた。
それが永遠に続くと思っていた。
そんな自分に嫌気が刺して、手に持った酒瓶を呷る。
が、僅か数滴が舌を濡らす程度しか残っておらず、舌打ちをしながらおざなりに腕を振るう。
無音だった室内に瓶の割れる音が鳴り響く。その音を聞いてまた苛立ちが募っていく。
「勇者、か」
勇者とは。
読んで字の如く『勇ある者』の事を意味する。
それはあくまでも勇気がある、という事であり、力を持つ物、というわけではない。
だがこの世界では勇者という言葉は英雄と同義とされている。それはつまりその認識をこの世界に持ち込んだ者が居る、あるいは居たという事に他ならない。
いや、別に勇者という言葉の意味を思い出したいのではないし、その成り立ちが気になるわけでもない。そんな事はとうの昔に知っていることなのだから。
この世界において勇者は一人のみを指すものではない。
例えば昔異世界から召喚されたという勇者は『水の勇者』と呼ばれていた。
勇者は各国に一人ないし数人が存在し、ある時は魔王と呼ばれる存在に立ち向かったり、あるいは人間同士の戦争に駆り出されたりしている。
いずれにしても勇者は常に何かと戦っている。己の命を賭して。だから--
「なんで二人が……クソッ」
何故我が子二人の天職が勇者でなければならなかったのだろうか。
天職を調べるために教会へ向かったあの日、忘れもしないあの瞬間。
アキラとアカリはとてもはしゃいでいた。やっと自分の天職が分かるのだと。
俺も期待と不安を綯い交ぜにしながら、はしゃぐ子供達を見て幸福を感じていた。
もしも農家や木こりならば慰めてあげよう。
もしも騎士や魔法使いならば一緒に喜んであげよう。
そんな自分の浅はかさを今は呪うしかない。
最初はアキラだった。
司祭が天職を授けるための祝詞を詠い、アキラに光が舞い降りていった。
そこまでは誰しも同じ。俺の時もそうだった。
そしてアキラの身体に光が吸い込まれると同時に、司祭の目が驚愕に見開かれたのを覚えている。
「ひ……火の勇者」
そう、言った。
周りがざわついている様子は見て取れたが、俺の耳にはその司祭の言葉が何度も繰り返し響いていた。
周囲の興奮が冷めやらぬなか、続けてはアカリの番だった。
アキラと同じように、アカリに光が舞い降り、そして光はアカリの身体に吸い込まれていく。
「かっ--」
その時の司祭は窒息するのではないかと思うほど息を詰まらせていたのを妙にハッキリと覚えている。
「--風の、勇者」
その後の事はあまり覚えていない。
記憶に残っているのは馬車に乗って連れられていく我が子達と、悲しそうな眼で俺を見る師匠の姿だけ。
子供達は毎月手紙を送ってくる。
内容はどんな魔物を倒したとか、どんな人と会ったとかそんな事だ。
だけど俺はまだ一通も返せていない。返す気力がない。
手の中でクシャクシャになってしまった手紙を大事に畳み直し、今までの手紙を保管している棚へとしまう。
ふと数えてみたら手紙は十二通にもなっていた。もうあれから一年経ったという事だろう。
考えてみればあれから師匠とも顔を合わせていない。
ゴロンと床に身を投げ出し、天井を見つめながら考える。
自分はこんなに弱かっただろうか、と。
酔っていた事もあってか、自然と瞼が落ちていく。
そしていつしか微睡み、俺はそのまま眠ってしまった。
最初の方は場面が変わる事が多いので短めになります。
あとストックがある時は0時更新が基本方針。なければ書きあがり次第。
あ、ちなみに今はストックないです(///テレテレ)