終.再起
轟号からは全部で七人の死者と、十一人の怪我人が出た。
死者のうち五人は栄輔は名前も知らない者達だったが、残る二人は顔見知りの人間だった。
一人は無論、栄輔に本名を告げて死んだ雀だった。
共にその最期を看取ったのは、あの二人しかいない第六貨物車要員の片割れ、貨物係と機銃手を兼任していた男だった。
雀の身体を膝に乗せ半ば呆けていた栄輔の許に、革製の手提げ鞄を持ってやって来ると、暫くの間脈を測ったり聴診筒で胸の音を聴いたりしていたが、やがて顔を上げて首を横に振った。
その時になって栄輔は漸く、雀がもう戻ってくることは無いのだという事を理解した。
また同時に、胸が張り裂けそうだったが涙は一滴も流れず、あまりに悲しいと涙は出てこない物なのだという事も知った。
もう一人は飯炊だった。
野衾駅に付いた後、誰が無事で誰がそうでないかを確認する為に車両毎に点呼を取る事になったのだが、第一貨物車はそれを纏める筈の貨物係の飯炊の姿が見つからなかった。
栄輔はすぐに腑分ヶ原の戦いの時、右後方の車輪の様子を見る為に貨物車に入って行ったのを思い出し、そう杵と臼に伝えると、臼も車輪の異変に気付いて中に入ろうとすると飯炊に止められたと言ってその証言を裏付けた。
ならば後部機械室だろうと杵が見当を付け、後部乗降口前の段差にある機械室への入口の蓋を調べると、明らかについ最近誰かが出入りした痕跡があった。
蓋は内側から鍵が掛けられていて、臼がまだ持っていたヤットコで叩き壊して抉じ開けると、気の毒な事に飯炊はその中で下半身だけになって死んでいた。それが飯炊だと分かったのは、死体が履いていたブーツに飯炊の本名が書かれていたからだった。
どうやら挟まっていた物を抜き取った瞬間、回りだした車輪に巻き込まれてしまったようだった。
その二人を含む七体の轟号乗員の死体と、轟号に残っていた十数体の略奪者の死体は、野衾駅の高床ホームに集められ、検分の為に一旦公務局に引き渡される事になった。
腹部に刺し貫かれた傷跡があるだけの雀の死体はまだ良い方で、それ以外の死体は皆何かしら欠損があったり、逆に体のほんの一部だけになっていたり、ぱりぱりに焦げて形で辛うじて人だと分かる状態だったり、酷い物ではまともに人の形を留めていない肉片を山積みしただけの死体もあった。
こうなる前は生きていた筈の肉塊が、局員の手で一体づつ死体袋に詰められ、まるで物のように運び出されていく姿に栄輔は胸がちくりと痛んだが、やはり涙は出なかった。
それから轟号は修理と荷物の積み下ろしの為に、七日間野衾市に留まる事が列車長から告げられた。
見張り櫓を失った前部機関車は一旦轟号から切り離されて整備工場に送られ、戻って来るまでの間列車長を始めとする前部貨物車要員は、第一貨物車で寝起きする事になった。
栄輔は死体が運び出されて行った直後から酷く塞ぎ込み、気が付くと何もせずぼんやりと雀の事を考えてばかりいるようになった。
栄輔が雀と行動を共にしていたのは本当にほんの少しの間だけだったが、その間に雀は栄輔の心にずけずけ上がり込んで思い出だけを置いて去って行った。
正直、栄輔は自分が雀に対してどのような感情を持っていたのか、よく分からなかった。ただ、それが恋愛感情なのかと問われればはっきり否と答える事は出来た。また、自分の心の大事な部分を雀が占めていた事は確かだった。
そしてそうだったからこそ、自分はこんな状態なのだという事も理解していた。
列車長は暇を出しても良いと言ってくれたが、栄輔は断った。今辞めてもすぐ新しい仕事にありつけるとは限らないからというのも勿論あったが、轟号で何か言い付けられた仕事をしていれば、少なくともその間は雀の事を考えずに済むと思ったからだった。
それでも栄輔の状態を気遣ってくれているのか、列車長は腓返の時のように列車とトラック等の間を行き来し、荷物の受け渡しをする仕事に回してくれた。
轟号が野衾市に到着して三日目の午後、公務局から乗員達の死体が戻って来た。略奪者の死体の方は既に埋葬された後の様だった。
その時はまだ積み下ろしの作業中だったので、それらは一旦高床ホームに纏めて置かれ、夕刻、その日最後のトラックが行ってしまった後、列車長は街外れの共同墓地で行う葬儀の参加者を募った。
無論、栄輔も参加の意思を表明した。
葬儀とは言っても共同墓地まで皆で行列を作ってただ死体を運ぶだけの本当に簡素な物で、行列の先頭をどういう訳かゴーグルが務め、死体を運ぶのはその人と最も関わりの深かった者の役目となった。
雀の死体袋を背負うのは勿論栄輔の役目だったが、下半身だけになった飯炊が入った死体袋を運ぶ役目は思いもよらない人物だった。
栄輔は同じ車両に乗っていた杵か臼だろうと勝手に思っていたが、飯炊を引き受けたのは意外にも九九だった。伝え聞いた話によると、どうしても運びたいと列車長に懇願した様だった。
葬儀の参加者達が高床ホームに集まると、最後に上端に輪が幾つも付いた杖を持ってゴーグルがやって来た。
「参加者はコイツらで全部だな。じゃあ行こうか」
二度、杖の石突で地面を鳴らすと、輪がぶつかり合ってしゃくしゃくと乾いた音を立てた。ゴーグルが歩き出すのに併せてまず死体袋を背負ったり担いだりした者が歩き出し、その他の参加者が後に続いた。
野衾駅から外に出ると、ゴーグルは腓返の銭湯で歌っていたあの唸り声のような歌を歌い出した。相変わらず意味は分からなかったが、どうやら死者を弔うときに歌う弔葬歌の様だった。
野衾駅の駅舎はとても大きな建物の様だったが、八裂駅や腓返駅、また旧駅舎と比べてどれくらいの大きさがあるのかは、今の栄輔には考える気力は無かった。
駅前の広場を出て市場街に入ると、ぎっしりと道を埋め尽くしていた人々が道を開け、中には手を合わせてくれる者もいた。
野衾市の市場街も八裂市のそれのように人々から機械に至るまで何もかもが極彩色だったが、栄輔の目にはひどく色褪せて見えた。
行列はやがて中心部の喧騒を離れ、寂れた一角にぽつんと開いている下りの階段から地下へと入った。
下からは生温い風と生臭い匂いが上って来て、栄輔はここが目的地なのだろうと頭のどこかで考えていた。
階段を下り切ると、そこには円形の柱が立ち並ぶ駅の改札口のような空間があった。
だが高床ホームの外と中を隔てるゲートには、駅員が立つ場所が見当たらなかった。
行列はゲート前の広間で一旦止まり、列車長が行列を離れて窓口に向かった。怪我をしたのか、その肌蹴られた右肩には湿布が貼られていた。
窓口の窓を二度軽く叩くと、すぐに下の四角い穴から手が出てきて何か紙を列車長に渡した。手から上は窓に施されたフロスト加工で人が座っているという事しか確認できなかった。
列車長が紙に何かを書き込んで渡すと、手がゲートを『入っていい』と言うように指差した。
窓口から戻って来た列車長を再び列に加えて行列が動き出し、ゲートを潜った。
高床ホームに出るとそこは線路が通った長いトンネルの出発点だった。
栄輔から見て左側は壁になっていて、その手前に車止めが置かれ、対して右側は墨で塗りつぶしたような暗闇に向かって線路がどこまでも続いていた。
こんな場所で異形変異生物の心配はないのだろうかと思った側から、肉食甲虫の甕頭が大きく膨らんだ頭を揺らしながら、高床ホームの反対側の壁から暗がりに這っていくのが見えた。
そこで待っていたのは、軽便鉄道からの払下げ品らしい小さな列車だった。
轟号より二回りほど小さい癖に生意気にも電気駆動のようで、機関車の運転席の上を覆うだけの屋根からは、電棍式の集電器が伸びて天井の電線と繋がっていた。
その列車の横で行列の先頭を行くゴーグルが歌うのを止めて立ち止り、機関車に深々とお辞儀をした。
すると、栄輔を除く死体を運んできた参加者が次々と貨車の荷台に死体袋を載せ始めた。栄輔もこういう墓地に来るのは初めてだったので少々もたついたが、どうにか雀の死体を載せる事は出来た。
「ここでお別れだから、一緒に埋葬してやりたい物があったら今のうちだぜ」
臼が栄輔に耳打ちをした。
栄輔は雀の愛用していた剣鉈を、一緒に埋葬すべきか自分の物にしてしまうべきか決めかねた末、ここまで持って来てしまっていた。
死体袋のジッパーを開けると、そこには眠っているような、いまにも起き出してきそうな雀の顔があった。
だが雀が目を開ける事はもう無いのだと思い直すと、栄輔は逃げるようにジッパーを閉じた。散々迷ったが、結局剣鉈は入れなかった。もし入れたら、雀との繋がりもそこまでになってしまうような気がしたからだった。
やがて副葬品の差し込みや別れの挨拶が一通り済むと、ゴーグルは運転席に居る人影に何か合図を送った。
その時栄輔のいる場所から、小型列車の運転手の姿が少しだけ見えた。恐ろしく猫背で不健康に弛み切った青白い肌をし、特に溶けかかっているような顔は、垂れ下がった皮膚で目や鼻や口らしい部分が隠れてしまっている、といった具合の、一体何年こんな事をしていればこうなるのだろうという姿をした男だった。
ゴーグルが杖を鳴らし、再び弔葬歌を歌い出した。
それに伴奏をするかのように機関車が車体を震わせ、前照灯がトンネルの先を照らした。だが奥までは照らし切れず、トンネルは相当奥まで続いている事を示していた。
轟号の葬式行列が見守る中、列車はゆっくりと動き出し、高床ホームを離れて線路を進み始めた。
「一体どこへ行くのかな」
「死者が永遠の眠りにつく場所さ」
栄輔が独り言のように呟くと、杵も独り言のように答えた。
参加者は列車長も含めて皆悲しんでいたが、特に何かと飯炊に食って掛かっていた九九は、時折その本名を呼びながら大声を上げて泣いていた。また腑分けヶ原の戦いの時、結果的に飯炊が死ぬ原因を作ってしまった臼も「あの時俺が行っていれば……」とひどく悔やんでいる様子だった。
これで雀と永遠の別れになるという事は分かっていたが、やはり栄輔の目からは、涙は出なかった。
葬式の日の晩遅くから野衾市には胞子雨が降った。
それは夜が明けても降り続き、積み下ろし作業の開始時間になっても止む事は無かった。
葬式が終わってからというもの、栄輔はいよいよ本格的に塞ぎ込んでしまっていた。
栄輔は轟号の外へ防禦服を着ずに出ようとしたのを、杵と臼に必死に止められた所で漸く、自分がひどく投げ遣りな気分になっている事に気付いた。
何事にも無感動になり、作業中はただひたすら与えられた仕事を機械のように淡々とこなす人間に成り果てていた。
昼休み、死んだ飯炊に代わって臨時の賄い役になった臼が、飯炊が残したというノートに載っていた料理法を基に昼食を作ってくれた。
栄輔も力仕事をした後特有の空腹感だけでそれを口に入れたが、どんな食べ物かも分からず、聞く気にもなれず、美味いのか不味いのかさえもさっぱり分からなかった。
昼食を食べた後、開け放たれたままの貨物用乗降口からぼんやりと外を眺めていると、杵がやって来た。
元気づけようとしたのか、遠くに見える先端が菌糸雲の胞子の中に煙って見えない程の巨大な塔を指差して、あれは国に逆らった犯罪者が収監される"野衾政治犯罪人収容所"、通称"野衾監獄塔"といい、今まであそこからの脱走に成功したのはたった二人、その二人と言うのが自分と臼なのだ。という事を、まるで自分達が経験したように細かく、中の様子や脱走方法と共に得意気に語ってくれたが、栄輔の心には全く響かなかった。
その日の夕方、日が沈み切る少し前に胞子雨は止んだ。
夜、売春窟に行こうという杵と臼の誘いも、良い賭場を紹介するという九九とニ四の誘いも「今日はそういう気分じゃない」と断り、栄輔は第一貨物車の隅に蹲っていた。
栄輔の様子を見かねたのか、鉄脚とゴーグルが空のドラム缶と焜炉を利用してドラム缶風呂を作ってくれた。
鉄脚は「水の補給が来んのはどうせ出発の前の日だから、今のうちに残りを使っておかねえと勿体ねえんだよう」と口では言っていたが、内心では彼も栄輔の心配をしているようだった。
栄輔は促されるまま服を脱いでドラム缶風呂に浸かった。温かさは感じたが、それによって栄輔の心が動くという事は無かった。
ゴーグルが破れかけの湯手を使って身体をごしごし流してくれた時も栄輔はされるがままだった。
夜遅く、轟号に帰って来た臼が持っていたロマネスコ柄の桃色の紙袋から何か取り出して栄輔に渡した。
筒状に巻かれ、両端を折られた菅屑半紙の中に何か食べ物が入っているようだった。
何なのか聞くと臼は、本場物に近いチキンブリトーだよ、と言った。
腓返で食べたそれが少しだけ懐かしくなり、包みを解いて先端から口にしてみた。
一瞬何かの味がしたような気がしたが、脳裏に雀との「一緒にチキンブリトーを食べに行こう」という約束が蘇ると、すぐに濡れた紙を食べているような食感と味に変わった。
こうして轟号の仲間達は入れ代わり立ち代わり、何とか栄輔を励まそうとしてくれたが、何一つ功を成さないまま五日目が来た。
その日、栄輔達が第八貨物車で積み下ろし作業をしていると、後部機関車でそちら側の無線手の手伝いをしていた錆目が車両を下りてきて、作業の監督をしていた列車長に何かを伝えた。
錆目の言葉を聞いた列車長は驚き、ひどく呆れた様子だったが、すぐに第一貨物車と前部機関車の要員に言った。
「前部機関車がもう戻って来るそうだ。二、三人私と一緒に来て欲しい」
すぐに杵とゴーグルが反応し、列車長に付いて行った。少し遅れて栄輔も機械のようにぎくしゃくと続いた。
第一貨物車に行くと、もう同じ路線の向こうから、後部にあの特徴的な見張り櫓を元通りに装備した機関車が、後進してくるのが見えた。
それを見た列車長は付いて来た三人にてきぱきと仕事を割り振った。ゴーグルが機関車の誘導、杵が連結器の操作、栄輔がケーブル類の再接続だった。
間も無く機関車は栄輔達が居る場所からでも細部が確認できる程近くなり、速度を緩めた。
まずゴーグルが運転席から顔を出している、黄色いヘルメットを被った作業員に手と声で指示を飛ばし、それに併せて機関車も更に速度を落とした。
最後には人が歩くよりも遥かに遅い速度でじりじりと轟号に近づき、互いの緩衝器や連結器がぶつかってがごんと小さな音を立てて止まった。
次に杵が連結器に取り付き、前部機関車と第一貨物車の二つの連結器がしっかり噛み合うのを確認して連結器を閉じ、幾つかの留め具を掛けて補強した。
最後に栄輔の出番となった。栄輔はこういう作業をするのは初めてだったが、杵がやり方を教えるとするする飲み込んで、何本もあるケーブルを正確に接続し、轟号と前部機関車の繋がりを回復させた。
ひどく無感動な状態になっているのが、この時ばかりは良い方向に働いた。
三人が連結の作業をしている間に、列車長は作業員と話をする為なのか、前部機関車に上がっていった。
連結を完了させ、連結器本体と留め具がしっかり固定されているか、同じ目的のケーブル同士がきちんと接続されているかを三人で確認していると、列車長が下りてきた。その手には何か菅屑半紙製の封筒が握られていた。
「栄輔、これはお前にだ。雀に、もし自分が死んだら、お前のような者に渡すよう言われていた。本当は野衾に着いてすぐ渡そうと思っていたのだが、色々立て込んで今になってしまった」
そう言って列車長は、栄輔に封筒を手渡した。栄輔は差し出されるまま受け取った。
列車長に許可を取り第一貨物車の前部乗降口に座り込んで、封筒の上を破いた。
ふっと息を吹き込むと中に四つに折られた正統紙が入っていた。口を広げて指を入れ、中の紙を取り出した。
紙を開くと目に飛び込んできたのは整った文字列だった。
書き出しはこうだった。
『おれの相棒へ』
雀にしては随分と綺麗な字だった。もしかしたら誰かに代筆してもらったのかもしれないとも思ったが、それでもこの手紙に雀の、栄輔への気持ちが込められている事は確かだとも思えた。
『お前がこの手紙を読んでいるということは、おそらくおれはもう死んでこの世にはいないということだろう。
おれはどんな風に死んだ?
やっぱりドジを踏んで間抜けに逝ったか?
いや、案外お前を庇ってだったりして。
どっちにしろ命のやり取りをする稼業をやってるのだから、碌でもない死に方をする覚悟はできていた。』
「ごめんよ。そして、ありがとう」
栄輔は自分の油断が雀を死に至らしめ、同時に雀の犠牲で自分が今こうして生きている事を再確認した。
『だが、おれはどんな死に方でも後悔をするつもりはない。
おれが怖いのは死ぬことそのものよりも、自分が生きた証を残さずに死ぬことだ。
どうせ死んだら何も言えなくなってしまうのだから、全部ここに書いてしまおう。
もう気付いているかもしれないが、おれが生まれ育ったのはひどく閉鎖的な里だった。
外との関わりを最低限に保つことで生き長らえてきたと言ってもいい。
魔除けだと言って女に男の格好をさせ、
七歳になると望む望まざるに拘らず通り名を与えられ、その名で一生呼ばれ続ける、
といった具合の。
そんな場所でもとりあえず与えられた仕事をこなしていれば皆、食っていくことだけはできた。
だが、ある日おれは気付いた。このままでいいのだろうか、
ここに住む他の人と同じでいいのだろうか、と。
確かにここはひどくつまらない、息苦しくさえある場所だが、理不尽に死にはしない。
しかし、こんな場所で暮らすのは果たして生きているといえるのだろうか?
そんな疑問はやがて、他人と違うことをしたい、ここから出ていきたいという気持ちに変わっていった。
そしてまたある日、おれは里の長に出ていきたいと直談判した。
話し合いは紛糾し、結局おれはおれを庇ってくれたある男と共に、
二度と里に足を踏み入れないという追放同然の条件で許された。
その後、なんとか金を遣り繰りしながら、おれはこの国を旅していたが、
旅の中で里を出てから他人と違うことをしたいと言う気持ちは、
自分が生きた証を残したいという気持ちだということに気付き、
それをどうにかしたいと考えながら、轟号に居ついたという訳だ。
前置きが長くなってしまったが、
おれはおれなりにお前に良くしたつもりだ。
お前の中におれは快い記憶として残っているだろうか?
もしそうなら、例えお前に形のある何かを残してやれなかったとしても、
それがおれの生きた証だ。
この世界はどこにどんな風に死が転がっているか分からない。
けれども、お前にはおれの生きた証と共に、
できるだけ長く生きてほしい。
それが、おれの願いだ』
手紙を息も吐かずに最後まで読み終え、栄輔は顔を上げた。
雀の使っていたロッカーの前に、彼女が愛用していた剣鉈が、ホルスターに入ったまま立て掛けられていた。
そこにふらふらと歩み寄ると、そっと拾い上げ、手紙がくしゃくしゃに潰れるのも構わずきつくきつく抱き締め、呟いた。
「ハナ……僕は……先に進むよ」
視界が滲んだかと思うと、今まで堰き止められていた熱い物が溢れ出し、滝のように頬を流れ落ちた。
気が付くと、連絡口の前に列車長が立っていた。
「栄輔……その……いや、敢えて聞かないでおこう」
「ビームです。ビームと呼んでください。雀が……ハナが僕にくれた渾名です」
雀は手紙では誰かの記憶に残れば十分だと言っていたが、栄輔には記憶以外にも沢山の物を残してくれた。
こんなにも人の想いを強く受け継ぐことができる自分は幸せ者だと素直に思えた。
轟号が野衾市に到着してから六日目、この日ビームこと栄輔は列車長から「もし今日中に新しい働き手が見つからなければ、第一機銃座は助手無しで野衾市を出る」と告げられた。
第一機銃座は粒子力線銃である以上、弾薬を装填する作業の必要はないのだが、それでも助手が居ないと敵に接近された時はほぼ一人で応戦しなければならなくなる為、ひどく心細く感じた。
翌日夜が明けたらすぐ出発する予定だったので、午前中で積み下ろし作業は終わり、午後は燃料や弾薬、水や食料といった物資の補給に充てられた。
補給とは言っても、第一貨物車要員は第二機銃座用の束帯弾倉と日持ちのする食材を積み込むだけで、後は個人用の物資の買い出しに行く杵に、金を渡して膨張食料と連装ばら撒き銃用の弾薬を買って来るよう頼んで送り出すと、まだ明るいというのにひどく暇になってしまった。
それでも補給の作業で弾薬や食材の入った重い箱を運んで疲れていたので、ビームは寝台で暫く横になる事にした。
連装ばら撒き銃と剣鉈を壁に立て掛け、両手を枕代わりにして天井を見つめていると、不意に開けっ放しの前部乗降口を誰かが勢いよく上ってくる音がした。
杵が帰って来たにしては音が軽い気がして、屏風カーテンを少し音を立てないように開けて様子を窺ってみると、反対側のハナが使っていた寝台の前で、列車長と見慣れない男が話をしているのが見えた。
間も無く列車長が視界から去り、残された男が荷物を預ける気なのか寝台横のロッカーを開けると、中に入っていた襤褸切れやガラクタがいきなり崩れ落ちてきた。
その中から軸回しを拾い上げて困惑したように立ち尽くす男の姿に、ビームは懐かしい誰かを思い出し、ある人を真似してこう言った。
「それはもう死んだ人の物だから、君が使ってくれて良いよ」
屏風カーテンを全開にすると、振り向いた男と目が合った。
歳は見た目ビームより五つか六つ年上くらい、背が高い割に肉はあまり付いておらず、手と足を掴んで上下に引き伸ばされたように痩せっぽちだった。
「話は聞いているよ。新入りっていうのは君かい?」
新入りが来るという話は列車長から全く聞いていなかったが、ビームは知った風な口振りで聞いてみた。きっとハナも自分と初めて会った時、こうだったのかもしれないと心の中で思いながら。
「そうです。春瀬持国と言います」
「やっぱりそうか。となると、君が僕の助手になるという事か」
そう言って寝台から下りると、ビームは春瀬持国と名乗った男と握手を交わした。
ここに来る前は一体どんな仕事をしていたのか、見た目に似合わずごつごつした手だった。
「僕はこの第一貨物車で機銃手をやっている久慈栄輔。ビームと呼んでくれよ」
ビームと持国は、夕日に照らされて色づき始めた世界の中で、長い間固く手を握り合っていた。
(おわり)
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