村人66
「手応えはあったはず。なのになぜ、直撃して無事? この魔法は、かの封印されしベヒーモスすら討ち取った魔法……あなた本当に人間ですの?」
返事をすることもなく、地面を踏み込む。
「リゼレッタ様! お下がりください!」
賢者の従者と執事が立ちはだかるが、俺は構わず殴り殺す。
鮮血が舞った。
「これ以上、近付かせてはなりませんわよ! 拘束魔法と結界魔法で足を止めさせなさい! 窒息でも圧殺でも何でもいいですわ! 出来ることをおやりなさいな! 王国の騎士も協力なさい!」
周りに居る従者達が魔法の趣向を変え、王国の騎士達も参戦してきた。酷く邪魔くさかった。
土属性の魔法で地面から大きな手が創られ、俺を掴まえようとしたり、一面氷となって足を縫い付けようとしてくる。水の泡で閉じ込められそうにもなって、いくつもの光の鎖が両足を狙ってきた。
四方八方から迫る魔法。回避するのは面倒だった。
だから、俺はやけくそに突進を選び、全ての魔法に体当たりをかましていく。
――そして、パキンッという音が何十にも重なって響いた。
音の出所は魔法そのもの。俺の体に触れる直前、魔法が形を失っていく。白い光となって、霧散していったのだ。
粒子再生と似たような光。魔物が魔石を取り出して消えていく光と同じようなものだった。
首元が熱い。
「……これのおかげか?」
首輪が熱を持っていた。ダンジョンから持ち帰って今まで着けていた飾りもの。今の今まで頭から忘れていた。
・無効化の首輪。
身に付けている場合、あらゆる状態異常を防ぐことができる。
状態異常が無効――普通の魔法には反応しなかったのに、俺を捕まえようとする魔法は無効化している。
拘束魔法には発動するのか。
「――なんなんですの、あなたは!? 魔法の無効化なんて!? 平民のくせにッ! 開花させたにしても盛りすぎですわよ!?」
「リゼレッタ様! 一度、撤退をッ!」
執事と従者が主の判断を求めていた。
「……ちぃ、仕方ありませんわね。総員ッ、全力で後退なさい!」
当のリゼレッタはすぐに決断し、この場から離脱することを選んだが、俺はそれを許さない。
「逃がすわけ、ないだろ!」
執事の頭を捻り上げ、従者の腹を殴り貫通させる。
大多数の賢者の部下を惨殺していくと立ちはだかってきたのは王国の騎士達だった。そこに見慣れた顔もあり、アッシュさんの部下も混ざっていた。
「ダクト君、止まってくれ!」
震えている剣の切っ先を向けて、俺へ止まれとお願いをしてくる。
でも、この人達は敵だ。
今更、もう元には戻れない。
「俺の大事な人たちを殺しておいて……そんなこと、よく言えますね」
「こうするしかなかったんだ。私たちの家族が人質にされている」
だから、なんだよ。
なんで、みんなを殺した。
「……家族が人質にされてるからって、何でもやっていいんですか? どうして、みんなを殺したんですか!?」
「それは」
たじろぐ騎士達にお願いする。
「……返せよ。返してくださいよ。お願いだから、殺した人たちを生き返らせてください」
平和に暮らしていた村を返してほしいだけなんだ。
騎士達が押し黙る。歯切れ悪い顔をしているが、分かっている。俺も分かってるさ。
人を生き返らせることは不可能なんだって。
「……こうするしかなかったんだ。分かってほしい」
一人の騎士が涙を浮かべ、俺に同情を誘う。
それを見て、聞いて、どんなに悲痛な顔でお願いされようと、分かりたくもなかった。
「……退いてください。邪魔だから」
このままじゃ、殺してしまいそう。
頼むから、退いてくれ。
「許して欲しい。お願いだ。私たちの家族を救ってくれ……!」
想いとは裏腹に懇願してくる騎士の一人が俺の足元にすがりつく。
頭の中がどうにかなりそうだった。
殺しておきながら、そんなことを言うのかと。
彼等の家族が人質にされようと、救う気はない。もう、無理だ。
「邪魔だから、退けって言ってんだッ!俺があんたらを殺さないとでも思ってんのか!?」
王国の騎士の頭を乱暴に叩く。頭部だけがドシャリと潰れて地面に跳ね落ちた。
「……ッ!」
それに、血相を変えた騎士達だったが、俺はもう、彼等を敵とみなしている。何も考えずに力を振るうだけだ。
見知った顔だろうと殺し、築いた死体の山。
後味の悪さに引かれるが、滴る血を引きずって進む。
そこで、奥に執事に背負われながら逃げているリゼレッタを視認した。そこそこの距離まで離れており、森の中へ逃げ込もうとしている。
俺の脚力ならば追いつく距離だが、森の中へ入られると探すのに苦労するだろう。
直ぐ様、地面を踏み抜いて俺は跳ぶ。
逃げ惑う賢者陣営の先頭まで瞬時に入り込み、進行方向に居た奴を殺しながら賢者を追う。悲鳴や肉が弾け飛ぶ音で執事に背負われたリゼレッタがこちらを向いた。
目が合う。
「……逃がすと思ってんのか」
「――ひ」
露骨なほど強張った顔をする賢者リゼレッタを無視し、先に執事を先に殺す。
頭を鷲掴みにして下に払う。それだけで体勢を崩した執事が無様に転がり、リゼレッタは放り出された。
執事の顔を蹴り飛ばし、地面に落ちたリゼレッタを見下ろす。
「っ〜〜! ……ね、ねえ、痛み分けにしませんこと? お互い、甚大な被害を出しましたわ。殺し合いはまた今度、そうしましょう? ね?」
「は? 痛み分け?」
後退りしながらの提案。馬鹿馬鹿しさすら感じられた。アホなことをほざいているリゼレッタへ、冷めた目をしながら俺は詰め寄る。
まずは足を潰そう。
「ええ! また今度! 日時を指定し、正々堂々とですわよ!?」
甲高い声を発しているリゼレッタに俺は足を振り上げる。
こいつが逃げないように足を砕く。
――そのつもりであった。
しかし、俺は苛々を通り越しており、力の加減をあえて間違えた。地面を踏み抜き、全方位に亀裂が走って地響きが鳴る。
「――――」
俺が踏み抜いた先には賢者リゼレッタの左足もあった。
半ばから千切れ、足から大量に血が吹き出ている。その量に比例するかのように甲高い絶叫が辺りに響き渡った。
うるさかった。聖女様の言いつけを無視して、頭を吹き飛ばしたい気持ちに駆られてしまう。
「リゼレッタ様!」
主の叫び声を聞いた従者や執事、鎧をまとった兵が戻ってきた。散り散りとなっていたのに、まとまって来てくれている。
好都合だ。さっさと片を付けよう。
残り僅かの人数。それでも十人ぐらいは居るけど、溜まった苛立ちをぶつけるように殺していく。
「だ、誰か! こいつを殺しなさい! 早く!」
「こんな弱い奴らに、俺を殺せるわけないだろ」
一振りだ。
平手打ちですら、簡単に胴体が弾け飛ぶ。
あっさりと排除していくが、手応えなんてものはない。
ただ、一方的な殺戮。
「いや、いやですわよ。なぜ、わたくしがこんな……。そ、そうだ。貴方、わたくしの腹心になりません!? 魔導国での地位をプレゼントしますわよ!?」
嫌になる。
俺を後戻りできない状況にさせておいて、無かった事にしようとするリゼレッタへ吐き気がする。
「……なんで、こんなのに。村の人たちが殺されなきゃいけなかったんだよ。なあ!?」
あっさりと賢者の部下を殺し、最後の一人の頭をリゼレッタの前へ叩きつける。
地面に跳ねた頭部は半分だけ割れ、飛散させた液体がリゼレッタの髪にかかった。
「ひ」
血だらけのまま小さい悲鳴を上げ、リゼレッタが失禁している。貴族らしくもない格好だ。
だけど、その姿を笑えるほどの余裕はなかった。今すぐにでも殺したくて、強く握りすぎた右手から粒子再生の光が浮かんでいる。
俺は後ろからやってくる車椅子の音に耳を傾け、吐息を出す。
「聖女様、あとはお願いしてもいいですか? このままじゃ、こいつを殺してしまいそうです」
「ええ、おまかせを」
カラカラと音を立てながらやってきた聖女様へ丸投げする。見届けるつもりだった。
後悔なんて二度としたくないから。
苦しませて殺してほしい。
「……! リシア! 早く、わたくしに回復魔法を! あなたの言う通りにしますから! 助けてくださいな!?」
「そうですね。このままでは、治療をしなければ死んでしまいそうです」
聖女様がリゼレッタの足に手を当てると淡い光が包む。膝から下が無いが、潰れた部分が塞いでいく。
俺は眉を寄せた。
どうして、回復なんてさせる。なんのつもりだ。
聖女様は黒い布で目元を隠していて、白い頬や口元から考えが読めない。というより、いつものような雰囲気はなく、無表情に近かった。
「……ありがとうですわ。ねえ、リシア。わたくしたち、仲直りをしませんこと? 今までのことは謝りますわ。また友達に戻りましょう?」
リゼレッタが手を差し出す。
車椅子に乗る聖女様へ握手を求めているようだ。
「仲直り、ですか」
少し考える素振りを見せ、その手を握り返した聖女様は力を込めた。
「そう、そうよ。わたくしたち選ばれた者同士、仲良くやりましょう? そんなに強い村人が居れば魔王だってすぐに倒せますわよ!」
「リゼレッタ。あなたはこの期に及んで、わたしたちが許すとでも思っているのですか?」
聖女様が離すことなく握力を込める。
「……? 何を言って……い、痛いですわよ」
「わたしのステータスは万能型。特化型のあなたを羨ましく思っていた時期があります」
「ねえ、ほんとに痛いですわよ!?」
「でも、今となっては万能型で良かった、そう考えています」
「この、離しなさいなっ!」
必死に剥がそうとするリゼレッタを見て、聖女様が微笑む。
「だって、あなたの歪む顔を間近で見られるのですから。遥かに格下のレベルなのに振りほどくこともできないなんて。魔力が無ければ赤子と同じ」
お互いに握手をしているように見えていたが、いつしか真っ赤になった手を引き剥がそうと藻掻くリゼレッタの顔が歪んでいる。
蒼白な顔で四苦八苦する様は滑稽だ。
ゆっくりと力を込めていく聖女様だったが、ついにリゼレッタの右手から歪な音が僅かに届く。指があらぬほうへ曲がっていた。
「い、っ――ッ゙!?」
「ダクトのようには上手くいきませんね」
聖女様が右手を開いたり閉じたりを繰り返している。
片やリゼレッタは折れた手を抱えるように後ろに下がり、悶絶しながら悲鳴を上げた。
「――な、なにを!? あなた、やっぱり、わたくしを!」
聖女様が車椅子を動かし、近づくと左手でリゼレッタの胸ぐらを引き寄せ――そして、右手を大きく広げた。
「黙りなさい」
直後、パシんと乾いた音が響き、少量の血と数本の歯が飛んでいくのを俺は視認する。
聖女様が右手を振り切ったものだった。




