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村人65

「最初から、こうすればよかったんだ」


 笑えてくる。加減したところで意味なんてないのに。


 ティナの前で人を殺したくなかった。


 そんな甘さのせいで、こうなってしまった。


 もう、大切な人たちを死なせたくない。


 ――だから、蹂躙を始めよう。


 無意識に口角が上がってしまう。誰も抵抗することもできず、簡単に死んでいくのだ。


 血で作られた水溜まりが広がり、一帯を埋め尽くすのは粉々となった肉片。


 敵対する賢者の従者や兵士を片手間に潰していく。


「なんだあれは……」


「リゼレッタ様をお守りしろ!」


「早く、逃げ――」


「ぅ、ぁぁああ!?」


 大地を蹴り上げ、瞬時に接敵する。地面を抉り、敵の懐に潜った俺は乱雑に殺し回る。


 鎧だろうと拳で打ち抜き、人体に触れれば肉ごと引き千切ってしまう。


「リゼレッタ様! 早く撤退を――」


 叫んだ男の首をへし折り、逃げ惑う男の背中を蹴り飛ばす。


「撤退なんてさせるわけないだろ。一人残らず死んでくれよ、ここで」


「あ、あぁぁぁ……」


「なあ、俺に勝てると本気で思ってたのか?」


 腰砕けのまま見上げる女は震える唇を動かすだけで返事はしなかった。後退りもすることなく、右手に持った杖を向けるでもなく、その場で言葉にならない叫びを上げるだけ。


 そもそも、まともな返事は期待していない。だから、俺は足で雑に地面ごと蹴りあげた。


 衝撃で石つぶてが飛び、何人かに被弾する。


 正面に居た女の体はそこにはなく、バラバラに吹っ飛んでいた。


「アイシクル・ランス!」


 氷の槍となった魔法が飛んできたが、俺の体に衝突すると粉砕するだけで氷の欠片が地面に落ちる。完全に無傷なまま、俺を攻撃したやつへ振り返った。


「いや、やめ……こ、来ないで」


 敵意を失った女の顔を鷲掴み、力を徐々に込めていく。


「恨むのなら自分たちを恨めよ。お前らが先にやったんだからさ」


 そのまま握り潰すと胴体と頭が離れて血が流れた。


 水溜りのように血だらけとなった場所で辺りを見渡す。戦意喪失といったところだろうか。既に剣や杖を下ろしている者も居た。


 だが、一番奥に居るあいつは不気味な笑みを崩していなかった。


「――穿て、滅せよ。起動なさい。エインシェント・フレア・リュミエールッ!」


 賢者の陣営と王国の騎士達が恐怖に飲まれる中、唯一行動を起こしたのは賢者リゼレッタ。


 賢者が空へ叫んだことで、遥か上空に位置する魔方陣が動き出す。


 白い文字と図形に埋め尽くされた魔方陣が輝き出し、昼間だと錯覚してしまうほどの明るさになっていく。


 それは賢者にとって奥の手とでも言える魔法なのだろうか。


 リゼレッタは俺の異常さを間近で見ながらも、勝利を確信している素振りだった。


 ――今すぐに、ぶっ潰してやる。


「……ダクト、ダクト」


 決着をつけようとする俺を引き留めるように後ろから服を引かれ、その声で我に返った。


 背中にこつんとぶつかった感触。振り返り、下を向く。


 赤髪の少女が居た。


 赤い液体が所々付いている茶髪の女の子――ティナだった。


 いつの間に、こんなに傍へ来ていたらしい。


 遠くには蒼白な顔になって震えているカトレアさんも居て、数々の死体を見て口元を押さえていた。


「――お父さんもお母さんも、死んじゃった」


 抱きついてきたティナが顔をくしゃくしゃにして鼻水と涙を流し、嗚咽を鳴らす。


 上空の魔法が放たれるまで残り数秒。


 だけど、俺は振り払うことも出来ずに狼狽えた。


「……ごめん」


 胸が締め付けられたような痛みがあった。痛覚無効のはずなのに、ティナが泣いているのを見ると心臓を鷲掴みにされたように痛い。


 無意識に謝罪の言葉が自然と出た。


「……どうして、こんなことになっちゃったの」


 ぼそりと呟いた言葉が俺の胸に刺さる。


「……俺が甘かったんだ」


 守るって言ったのに誰も守れなかった。


 自惚れ。


 この力を手に入れたのに、俺は何もしてこなかった。全て対処できると確信し、村で悠長に過ごしていた。


 ティナが首を左右に振る。


「……違う、違うの。こんなこと、言いたいわけじゃないの。お願い、前のダクトに戻ってよ」


 ティナの言葉に詰まる。


「前の俺……?」


 何が言いたいのか分からなかった。


「辛いのに、笑わないで。人を殺してるのに、楽しそうにしないでよ……」


 俺は相槌も返せず、言葉を返すことも出来ず、視線をさ迷わせて地面へ向けた。


 楽しそうに……?


 いや、確かに人を殺しておきながら俺は笑っていたのだろう。心の底から、圧倒的な力で賢者達を殺すことに快感を覚えていた。


 なんでだ。


 楽しむ要素なんて何一つないのに。皆が死んだんだぞ。


 どうして……?


 一時の間、悠長な時間とも言える間を俺は思考に費やした。


 そして、その直後に肌にひりつく感覚が撫でたことによって視線を上へ戻し、戦闘中の真っ最中だと意識を戻す。


 死を悟るほどの大魔法が放たれていた。


 何の準備も、戦う体勢も整えられずに――巨大な光が降り注ぐ。


 上空の魔方陣から光の柱が俺たち目掛けて発射され、直感で分かった。


 あれに触れただけで、ティナとカトレアさんは死ぬと。


 俺はティナの腰を片手で抱きつつ、カトレアさんの所へ駆けた。


 このままだと当たる――。


 俺はティナを投げて、カトレアさんを殺さないように優しく手のひらで突き飛ばした。


「――受け身、取ってッ!」


 一拍の後、頭上から鉛を喰らったような衝撃を受ける。


 俺だけが光の柱に取り残された形となり、両腕が溶け始めた。皮膚が焼け爛れ、体の表面が赤く変色していく。


 俺は堪えられずに膝を折る。


 絶え間なく訪れる光の熱量は尋常ではなく、地面すら溶けている。膝を屈するほどの重みがのし掛かり、痛みはないが、青い粒子が吹き出ていた。


 損傷と再生を繰り返しているようだ。


 青い光と白い炎が混ざり合い、辺りを照らしている。


「……全く、あまりにもアホらしい身体強化ですわね。ですが、どうですか。このリュミエールの魔法は」


「――」


 ここで魔法を受け続けることに甘んじているつもりはない。


 歯を食い縛る。


 呼吸を止め、立ち上がり、前のめりになりながらも足に力を入れた。


 地面が陥没する。俺の下半身も血が吹き出て蒸発し、青い光が埋め尽くしている。


 だが、白光により俺の体が溶けていく速度よりも粒子再生のほうが僅かに早いか。


 そんなことを冷静に分析できるほどの心の余裕はあった。


 何故なら、ティナとカトレアさんが無事だったからである。


 遠くに投げたティナを聖女様たちが受け取ってくれたのだ。


「ふふふふ、自分自身ですら惚れ惚れとしてしまう魔法の真髄……! ああ、素晴らしいですわっ! 理路整然とした魔法式、精霊すら取り込んだ円環の理。まさに、これこそが世界の真理であり、神が創造されし最上級魔法の一つ……!」


 俺は俺がやるべきことに集中するため、賢者へ振り向く。両手を天に広げ、だらしない顔で笑っていた。


 胸の奥底から湧き上がるのは酷く濁った感情。俺はあいつが今生きていることを許せなかった。


 ――賢者リゼレッタは死ぬべきだ。


 殺意という名の意思に従い、俺は青い光を全身から迸らせていく。


 溶けて再生を繰り返し、腕を光へと翳し――白炎に覆われた空間を抉じ開ける。


「……お前の魔法なんて、痛くもないんだよ」


 視界が広がり、周囲に浮かぶのは白炎ではなく青い粒子――荒れ狂ったように瞬く青光は空へと上っていく。


「まさか、これでも――ッ!?」


 時間を巻き戻すように再生していく俺を目にした賢者リゼレッタが戸惑いを隠せないようだった。他の配下の者達すら動揺を隠せていない様子で、沈黙が訪れる。


 そんな俺は周りの反応をそっちのけで放り投げたティナとカトレアさんの安否を確認する。


 そうするしかなかったとはいえ、それなりの勢いで投げたせいか心配だった。


 探し、見つけ、安堵する。


 遠目に聖女様が手を振っていた。回復魔法をかけてくれたのか二人とも意識がはっきりしているようだった。


「これは予想通りというか、何というか……。凄惨な現場となったようですね」


 カラカラと車椅子の車輪の音を鳴らしながら、駆けつけた聖女様が呟いている。


 黒煙の臭いに混じり、鼻を突く血の匂い。


 膨大な血の量が流れているのは目が見えなくても想像できるほど、辺りに充満していた。


「……聖女様、みんな死んでしまいました」


「そのようですね」


「二人を連れて遠くに離れてくれませんか。巻き込むかもしれません」


「構いませんが、全てお一人でやるおつもりで?」


「ええ。もう自分を抑えられそうにありませんから」


「……リゼレッタを殺さずに捕まえることを提案しては駄目でしょうか?」


「は? ここまでされたのに、殺しちゃダメ? なんで? どうして俺が我慢しなくちゃいけないんですか?」


 真後ろまでやって来た聖女様が控えめな提案を提示してきたが、そのお願いとも言えるものに俺は苛々を隠せず、体ごと振り向いた。


 この期に及んで捕縛など言ってられるものか。


 そのせいで、皆が死んだ。


 屋敷前で殺しておけば、誰も死なずに済んだのに。


「……怒りはごもっともですが、亡くなった者たちの無念を晴らしましょう。あなたがリゼレッタを殺すのは簡単です。しかし、ダクトの気が晴れるだけ。それで後悔しませんか?」


 賢者リゼレッタを一瞬で殺す。そのつもりだった。


 苦痛もなく、恐怖もなく、死を予感することなく、意識を閉ざす。


 でも、それでは楽に死なせてしまうのか。


「……」


 聖女様からの後悔しないかどうかの問いかけ。口を引き結び、あのときの思いを馳せる。


 ――デードを信じなければこうはならなかった。


「……リゼレッタを裁くのは任せてくれませんか。ふふ、死んでいった者も少しは浮かばれるはずですよ」


「……ほんとですか? ちゃんと苦しんで死なせてくれるんですか?」


「もちろんですとも。あなたの胸の内も晴れると思います」


 聖女様が口角を上げ、ふっくらとした唇から白い歯を覗かせた。


 それは純白とは言い難いもので、嗤っている聖女様に俺は却って安心してしまう。


「……分かりました。両手足を折ってでも捕まえてきます。でも、逃げられそうになったら俺の固有技を使って殺します。それでいいですか?」


「ええ、それで構いません。わたしたちは邪魔にならないようにしておきましょう。ダクトなら問題ないと思いますが、どうかお気をつけて」


 車椅子が遠ざかる音を耳にしながら、陥没して溶岩となった地面を歩き、顔面蒼白の賢者リゼレッタへ立ち向かう。

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