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村人64


 遠目から見える村は燃え盛り、建物は崩壊していた。夜空に煌めく真っ赤な魔方陣に向け、黒煙が上っている。闇に染まるはずの空は明るくなっていた。


 俺は背中に冷や汗をかきながら、全力疾走で村の中心部へと駆ける。


 地面を蹴り砕き、畑が吹き飛ぼうと構うことなく飛び出して勢いのまま地面を滑って停止する。


 火の手が回った村長宅に――賢者リゼレッタが居た。


「あら、お早いお帰りで。その様子では、リシアは置いてきたようですわね」


 リゼレッタが振り向く。


 従者に用意させただろう椅子に着席し、テーブルには青い瓶が何本も転がっている。その横にはティナとカトレアさんが拘束されていた。


 従者や執事、魔導国の兵など。これほどの人数が集落に集まり、火の手の回った家の前で佇んでいた。


 敵勢力との対面。緊迫した空気が流れる中、俺は射殺す勢いで睨み付けるが、その視界にデードとイーホンが混ざっていることに気付いた。


 賢者の仲間の端に、ぽつりとデードとイーホンが肩身狭そうに縮こまっていたのだ。


「……騙したのかよ」


 デードへ向けて言った台詞。俺から視線を逸らし、二人は口を引き結んでいる。わざと聞こえない振りをしているのか。


 賢者側へ鞍替えし、ここへ招いた結果がこれだ。


 こうなって満足か。


 俺達の村が燃やされているんだぞ。


「そう怒らないでくださいまし。簡単に鵜呑みにしたあなたも悪いでしょう?」


「……どの口が言ってんだよ」


 村を焼いておいて悪びれもしない賢者リゼレッタ。俺は血管が切れそうになるが、まだ救いは村の人達の死体が無いことだ。


 逃げ延びてくれたのだろう。


 あとはティナとカトレアさんを回収し、この場に居るやつらを皆殺しにして終わりにするだけだ。


「ダクト、村長が……!」


 そう考えていたら、拘束されているティナが叫んだことでそちらを向く。


 組伏せられているティナが、涙目で訴えてきた視線の先には焼け落ちた村長宅があった。


 しかし、よく見てみると瓦礫の下から腕だけが出ていることに気付く。よぼよぼの細い腕には見覚えがある。


 俺は直ぐ様に駆け寄り、火の手が上がっている瓦礫の山を退かす。片手で放り投げ、障害物を無くす。


 そこには村長が横たわっていた。


 瓦礫に押し潰され、体の半身が潰れている。後頭部から血を流し、身動き一つしていない。


「村長! 起きてください!」


 肩に触れ、呼び掛けても返事がない。俯いている顔を確かめてみると、そもそも息をしていなかった。


 村長が死んでいた。


 どうしてこうなった。


 デードとイーホンは知っているのか。


 村長が潰されている。


 思考が回らない。分からなかった。なんでこんな。


「あら、その老人はあなたにとって大切な者だったのですか。なら、もう少しいたぶってあげれば良かったのかしら」


「……お前ッ」


「ふふ、その顔をいつまで出来るか見物ですわ。ちょうど、捕まえてくれたようですし、始めましょうか」


 賢者が椅子から立ち上がる。


 俺も釣られて見てみると、王国の騎士に引き摺られた村人達が何人もいた。


 わざわざ逃げ出した人達を連れてきたのか。そこにはティナの両親も居て、無事なことにホッとする。


「ほら、さっさと歩け!」


「早くしろ!」


 大声で村人を歩かせる騎士達。中にはアッシュさんの部下も混ざっており、俺と目が合うと顔を逸らした。


 関係のない村人達を捕まえてどうする気なんだ。というか、隊長のアッシュさんはどこに居る。賢者側に付くのを辞めさせないといけない。


「さあ早く、打ち首になさいな」


 命令した賢者の声音は楽しげなもので、思わず賢者リゼレッタへ視線を移す。


 笑っていた。口角を上げ、俺の視線に気付くと更に深い笑みを見せた。


 騎士達が腰に差している束に触れ、剣を抜く。金属音が響き渡り、あっという間に構えた騎士達。


 俺はあっさりと従う彼等へたまらず前へ走り出そうとする。


 だが、それを賢者リゼレッタは見逃してくれなかった。


「――動くのは許しませんわよ。一歩でも動いたらこの二人が死ぬと思いなさい」


 ティナとカトレアさんを拘束する従者がナイフを首に押し付け、一滴の血が流れる。


 それを見て、足が止まる。


 助けるには遠い。俺が動けばどちらかが殺されてしまう。


「くそッ!」


「さあ、早く。騎士の方々、やってしまいなさいな!」


 王国の騎士達が剣を天に向け、目を瞑る。


「……すまない」


「……罪無き者を殺めてしまうなんて」


 騎士がそのようなことを口々に溢す。


 敵意のない村人を殺す行為。賢者に命令されたからといって本意ではないのだろう。


 しかし、剣を手放そうとする者は居ない。


「なら、やめてください! 罪のない人たちを殺さないでくださいよ! あんたらは騎士だろ!?」


「……すまない。私にも家族が居るんだ」


 一人の騎士が俺へ悲痛な表情で呟き、無慈悲に剣を握った手に力を込める。


「なあ、やめろって……。関係ないだろ。ふざけんなよ」


 俺は右手を伸ばし、言葉を絞り出す。


「動かないでくださいまし」


 賢者が右手を組伏せられているティナの頭へ向け、火球を放出した。


 小さな火がティナの頬を掠め、地面に着弾する。


「――いっ!?」


「――ティナッ」 


「そうそう。大人しく傍観してなさい。そして、騎士の方々はわたくしの気が変わらぬ内にやりなさいな。従わぬというのなら、謀反と捉えますわよ」


 その言葉に騎士の一人が捕まえてきた村人を小突き、地面に伏せさせる。


 村人の一人、それはティナの父親だった。


 騎士は真っ赤な魔方陣へ忠誠を誓うかのように剣を高く掲げ、振り下ろそうと力を込める。


 やめろ、やめてくれ。


「――ダクト君! ティナを守ってくれ!」


 グレシスさんが身動き出来ないでいる俺へ叫ぶ。直後、容赦なく振り下ろされた。


 血飛沫が上がる。


 断末魔もなく、首を断たれて絶命した。


「い、やぁぁ……」


 ティナの母親が夫のグレシスの首へ手を伸ばそうとする。だが、別の騎士が剣を無情にも振り下ろす。


 分離された首が地面に落ち、俺の目の前まで転がってきた。


 虚ろの瞳が俺と交差する。


 切断面から夥しいほどの血が溢れ、地面に広がっていく。目を逸らすこともできず、放心状態となって血の気が引いた。


 俺にとって育ての親とも言える二人。ティナの両親が殺されたのだ。


 悪い夢を見ているようだった。


「――あ、ぁあああっ!」


 右奥にいるティナが言葉にならない叫びを上げ、賢者の従者から押さえつけられながらもジタバタと暴れている。


 その様子を直視して、これが現実だということを突きつけられる。


 そして、酷く動揺してしまう。


 俺は、誰も守れていないのだと――。 


「うふふ、その顔が見たかったのです。辺境の村まで来た甲斐がありましたわね。ああそれと、貴方にプレゼントをやらなくてはと思い、わざわざ持ち運んできた物も渡さなければいけません。あれをこちらへ」


「どうぞ」


「ほら、有り難く受け取りなさいな」


 真っ赤に染まった麻袋が俺の前に投げ捨てられ、転がって出てきたものは人形の頭みたいなもの。


 髪の毛は黒ずんだ血痕が飛び散っている。


「これ、は……」


「わたくしに歯向かってきたので殺しましたの」


 よく見ると、頭部だけのものとなったものは俺の見知った顔だった。誰かを守る職業が似合う人で、手厳しくも優しく真面目な騎士。


 アッシュさん――。


「う、あぁっ」


「うふ、お気に召しましたか。あなたの護衛隊長をしていた者ですの。また会えて嬉しいでしょう?」


「……なんで、こんな」


「その騎士は見せしめとなってくれたおかげで、王国の騎士たちも従順になってくれたのですよ。わたくしとしては感謝せねばなりません」


「……みんな、関係ない人たちじゃないか」


「あら、関係のない者だから何だと言うのですか。わたくしの大切な部下たちを殺しておきながら言う台詞ではありませんが、まあいいでしょう。さっさとリシアが戻る前に、あなたを殺しておきましょうか」


 どうしてだ。違うだろ。だって、俺は無抵抗な人を殺したことはない。賢者の部下だって、殺意を向けてきたから殺しただけだ。


 なのに、なんで皆が殺されなければいけない?


 分からない。


 俺は、守りたかっただけ。


 ――どうしてこうなったんだろう。


 俺が賢者に手を出さなければよかったのかもしれない。早い話が、穏便に済ませればよかったのだ。


 もしくは、屋敷の前で戦ったときは無理にでも賢者を殺しておけばそこで終わっていた。デードも信じなければこうならなかったはずだ。


 これは誰のせいだ。


 こうなった原因は賢者リゼレッタ。そして、デードがこの現状を作り出し、俺が甘えてしまった。


 真っ正面からやり合うなら絶対に負けないと、強さに胡座をかいていたのだ。


 賢者が搦め手でこない保証はどこにもないのに、聖女様が居るからと安心しきっていた。


 ティナの両親も、村長も、誰も戻ってこない。


「……どうしてなんだよ。あのときと同じじゃないか。ダンジョンで俺が弱いから何もできなかった。でも、今回は救えたはずだ。俺はあのとき願ったんだ。強くなりたいって、死にたくないから強くなった。これは誰も失わず、救うための絶対的な強さのはずなのに」


「あなたのユニークスキルなんて所詮は紛い物ですわ。平民が持つ力ではありませんもの」


「おかしいだろ。俺は力を手に入れたんだぞ。何度も何度も死んで繰り返したんだ。この力は守るため……敵をぶっ殺してでも守るための力だ。殺したい。もう救えない。頭の中がぐちゃぐちゃだよ。引き裂いて、ぶっ潰して、謝りたい。……って、違う。そうじゃない。――ティナを守ってくれって言われたんだ」


「……ぶつぶつと呟いて気持ち悪いですの」


「そうだよ、守らなきゃ。ぶっ潰して、殺してでも、守らないと。ひひ、俺が化け物って言われてもいいじゃないか。今更だし、見た目で散々言われてるしな……はは」


 笑えてくる。


 泣きたいのに。


「ついに頭がおかしくなりましたか? ですが、安心なさい。あなたも直ぐに殺してあげますから」


 片手で触れた両目からは涙が出てこない。沸々と怒りが湧いてきている。


 甘い考えでいた俺自身を殺したい。


 だが、死ぬことすら許されない。そうなってしまった。俺に出来るのは誰かを殺すことだけ。


 もう、ティナに化物と恐れられてもいい。


 こいつは敵だ。


「……舐めすぎなんだよ。俺も、お前も」


 目元を覆っていた右手の爪を立てる。食い込んで血が流れ、青い光が迸った。


 皮膚は直ぐに再生する。どれだけ傷をつけても瞬時に再生する固有スキル。


 爪で抉り、引き裂いても痛みはない。


 こんな体になった。なのに、俺は人で居ようとした。


「自傷するほど気が狂ったようで。だけど、この状況でそのような口を聞けるとは。人質が居ることを忘れてはいなくて?」


「……うるさい。何様なんだ。弱いくせに上から目線で。なんで分からない。俺に勝てるわけないのに」


 吐き捨てるように言う。すると、賢者リゼレッタがため息を吐き、従者に目配せした。


「……はあ。立場を分かっていないのですか。あなたのほうが舐めすぎですのよ? 二人を殺さないとでも思ってるのかしら。お楽しみが無くなるのは残念ですが、ケジメを着けさせるのが先――二人を殺しなさいな」


 ティナとカトレアさんを拘束していた従者が頷きを返す。ナイフを持つ手に力を込め、首筋に添えようとした。


 普段の俺なら三歩の距離。たった数秒、ステータスの恩恵を得ても距離は遠い。


 だが、この体の限界を俺はまだ知らない。全力で殴ったことはあるし、受け身で足が砕けたこともある。


 しかし、どれも加減をしていた。


 肉体が留まるように抑えていたんだ。


 力を出し切れば、どうなるか。自分ですら分からない。俺が人を辞めてしまったことを認めるようで、限界まで力を使うのを恐れていた。


 だって、自分を化け物だと肯定するようで嫌だったから。


 でも、認めるよ。


「俺は化物になったんだ」


 こんな状況なのに、嗤ってしまう。


 吐いて捨てた言葉が、こんなにも府に落ちてしまうのだから。


「何を言っ――」


 ――右足を地面に押し込み、力を集約して蹴り上げた。


 足の骨が砕け、血管が浮び、血を吹き出す。


 直後、俺の右足と地面が爆ぜた。


 俺は大地を抉り、真横に跳んでいく。異常な速度だった。


 誰も目に追えない早さ、音を置き去りにする加速で――。


 右足を壊してまで得た速さで、粒子再生の青い光を残しながら従者の一人に急接近する。


 ティナを殺そうとしている従者は十代後半ぐらいの若い女だった。俺の速さに反応しきれておらず、手のひらを被せる。


 直後、俺のことを認識したのか瞳孔が開いた。


「――ッ!?」


 再生していく片足を軸に左足を地面に突き刺し、従者の顔面を鷲掴みにする。そして、地面へ投げつけるように大きく振りかぶり――。


 ――そのまま力の限り叩きつけた。


 音が遅れてやってきて、破裂したような音と共に風圧が巻き起こる。地面は衝撃で砕け、亀裂が走って大きく揺れた。


 叩きつけた従者の体はビチャリと液体を周囲に散乱させ、頭から血の雨を被る。


 ティナやカトレアさんも髪の毛が真っ赤に染まり、衝撃と亀裂によって体勢を崩していた。


 もう一人の従者も腰が抜けたような格好で原形のない死体に釘付けとなっていて、ついでにそいつの顎を軽く蹴飛ばす。


 上に反れた顎に足を乗せ、踏み潰した。


 俺は赤く燻った瞳を敵へと向け、純粋たる殺意を振り撒く。


「――お前ら全員、殺してやるよ」


 聖女様が賢者を殺したいのは分かっている。


 でも、もう知るかよ。

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