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村人63

 村を出る際、聖女様が結界魔法を張ってくれた。


 闇夜に溶け込んだ薄い膜は村全体を覆い、そこそこの強度を持つ壁となって皆を守ってくれるだろう。


 異変があれば、直ぐに俺は引き返すつもりだ。そのつもりで見送ってくれるティナやカトレアさん、村長に背を向ける。


 もし、何かあれば逃げるようにも伝えてあるし、大丈夫なはず。


 一抹の不安を抱えながら、俺と聖女様は村を出た。民家の集まった集落から畑道へ移動を始め、薄暗い道を黙々と進んでいく。


「ようやく、この日がやってまいりましたね」


 賢者が待つ場所へと赴く最中、聖女様がふと呟いた。


 森の中に入ったばかりのところで、木々の隙間から照らされた月明かり。


 後ろ姿がうっすらと見えるが、その銀髪からはどのような表情をしているのか分からなかった。


 まあ、正面から見ても、目元を黒布で隠しているから表情は見えない。


 聖女様は今どんな気持ちなのだろうか。


 賢者に誘拐され、長い時間を拷問されていた。


 殺したくて、殺したくて、ウズウズしているのだろうか。


 分からない。


「……殺すことに躊躇いはありませんか」


「ありませんよ。あなたは?」


「俺もないです。ダンジョンで色々経験したせいなのか、人を殺すことに躊躇いが浮かばないんです」


「思い悩んでいるのですか?」


「どうなんでしょう。賢者の仲間を……初めて人を殺したときなんて胸がスッとしましたからね。おかしいですよね? 俺って異常ですか……?」


「いいえ。ふふ、安心してください。ただの敵を殺しただけでしょう。おかしくはありませんよ。人はいずれ死ぬ存在。今日死ぬか、明日死ぬか。それが、どういう因果で死に至るかの違いなのです」


「……賢者は敵、ですもんね。俺たちを殺そうとしてきてるんだから、殺しても当然ですよね」


「ええ、それに彼女はユニークスキルを開花させたにしても、エクリアトの使徒には相応しくありませんから」


「……また使徒ですか。それはなんなんですか?」


 使徒って単語を前にも聞いたが、どんな意味なんだろうか。俺は女神様から勝手に力を与えられただけの存在であり、配下になったつもりはない。


「使徒とは――世界を変える者、らしいですよ」


「……世界を変える?」


 聖女様が首を縦に振る。


「世界を憎み、可能性のある器へ女神の加護を与えたようです」


「意味がよく分からないですけど、俺はそんなに世界を憎むなんてしたことないんですよ」


「ええ、私も同じです。環境に憎んだことはあれど、世界全てに憎しみを抱いたことはありません。ですが、これから過酷な運命が待ち受けているのかも。その下地は出来ていますから」


「……?」


「元々、私たちは世界の落ちこぼれ。勇者アークスは凡人であり、賢者リゼレッタは魔力ゼロ。わたしはスラム出身の孤児で、あなたは能力もなくダンジョンへ突き落とされた」


「世界の落ちこぼれ……聖女様が孤児?」


 あの勇者や賢者もなのか。


「そうですよ。落ちこぼれといっても、可能性がある落ちこぼれなのでしょうけど。わたしも泥水をすすり、ネズミを捕まえて生きてきましたよ。意外でしたか?」


「それは、もう……」


「そういう者たちをエクリアト自身があえて選んだのでしょう。過程を楽しむためにも。力を与えた者は変わり、勇者は凡人を切り捨て、賢者は無能を排斥し、わたしは人を……ふふ」


 突然、控えめに笑いだした聖女様が口許を抑えた。


「どうしたんですか」


「……失礼。わたしも変わったのだなと。悪い意味で。ただ聖域を求めただけなのですけどね」


 遠い過去を思い返すような聖女様へ俺は言葉を返せず、静まり返った夜道で車椅子を押していく。






 森を抜け、広場にたどり着いた。


 木が開けた場所には賢者達が野営しており、一定間隔に松明が掲げられた天幕は至るところに張られている。


 夜営地となっている広場は明るく照らされ、近くに立てられた旗がいくつも視認できた。


 王国と魔導国の国旗がはためいている。


 車椅子の音と足音を鳴らすと出迎えてくれた者は魔法使いの格好をした女や、甲冑に身を包んだ兵士達だった。


「ダクト、では参りましょうか」


 こくりと頷いた俺は車椅子から手を離し、一歩前に出る。


「俺はユニークスキル所持者のダクト・ファームだ!」


 辺りに聞こえるぐらいの大声を放つ。


 賢者陣営の返答に言葉はなかった。


 ――代わりに、色鮮やかな魔法の雨が降り注ぐ。


 驚きはしない。この反応は予想通り。


 俺達は敵陣営に誘き出されただけで、話し合いの場は設けられないと――。


「やはり、話は無用ですか」


「そうらしいですね」


「彼等を殺せますか?」


「ええ」


 短く返答し、俺は足を踏み出す。


 迫り来る魔法を打ち払うまでもなく、地面を割って駆け出す。


 先頭に立った鎧を纏った大柄な男へ殺す気で殴り込む。大盾を構えた男は腰を低く落とし、俺と同じ目線になると淡い青色の光が男の体を包んだ。


「――プロテクション!」


 後方にいた魔法使い達が杖を掲げている。


 俺は構わず、拳を振るうと盾を貫通した。大きな打撃音となって辺りに響き渡る。


 衝撃で男の体は吹っ飛び、何度も地面に転がって止まるが、その脇に穴が空き、ひび割れた盾も落ちている。


 男は立ち上がることはなく、即死である。


 俺の右手は血だらけ。盾を粉砕しつつ、肉を潰した感覚が残っている。


「――総員、魔法を詠唱! 前列は中央を固めなさい!」


 ぞろぞろと湧く賢者陣営の者達が魔法で攻撃してくる。


 屠りながら進む。


 一人、また一人と確実に殺していく。


 途中、疑問が芽生え始める。


 何人も殺している。容赦なくぶん殴り、血肉を飛散させていっている。


 だが、王国の兵がこの場に居ないことに気付いた。


 魔導国の紋章が付いた鎧、見るからに魔法使いの格好をしているのは賢者陣営の者達。陣営の至るところに王国の旗があるのに、肝心の兵士が居ないことはおかしな話だった。


 そして――。


 一向に賢者リゼレッタが姿を現さない。


 迫り来る魔法を打ち払い、何人も殺し、夜営しているテントの前までやってくる。


 最後の一人を残し、全滅させた。


 ――賢者は現れていない。


「……なあ、賢者はどこだよ」


 魔導国の鎧を着た兵士に問いかける。


 全体の指揮をしていた者だ。一人、夜営の中に逃げようとしたので片方の足を折っている。


 そいつはズルズルと手近な木箱に駆け寄ると背中を預けて気味の悪い笑みを浮かべた。


「……あなたたちの敗けですよ」


 血だらけのまま、最後の一人になりながらも勝利の確信を持っているようだった。


 その態度に漠然とした不安が襲ってくる。


 俺は嫌な予感を払拭するためにも、そいつの右手を踏み潰した。


「――ッ!?」


「……もう一度聞くけどさ。賢者はどこに居るんだ」


「言うわけ、ないだろ。この平民風情が!」


 叫んだ男へ、これ以上の問答は無用だろうか。俺は顔面を蹴り飛ばして首の骨を折った。


 少し遠くから、カラカラとした車輪の音が聞こえてくる。


 聖女様である。


 聞きたいことがいくつも浮かんだ。


 賢者の居場所はどこなのか。そもそも、ここに呼び出されたので合ってるのか本当に。


 それを聞く前に聖女様が口を開いた。


「ダクト、結界が破られます」


「は?」


 遠くから聞こえた異音。耳を傾ける。


 破裂音が鳴った。爆発したような音だった。何度も執拗に音が鳴っている。


 直後、冷や汗が出てきた。


 上を見上げ、俺はここに来たことが間違いだったと悟る。


 ――空が赤く照らされた。


 上を見上げれば、とてつもないほど大きな魔方陣が浮かんだのだ。まるで、村全体を攻撃するような――。


「ダクト、行きなさい。村が――」


「――すみません。行ってきます!」


 俺は全力で駆けた。村を守るために。





「リシア様~。どうして、ここに賢者リゼレッタが居ないと知っていたのに来たんですか~?」


 聖女の後ろ、気配なく姿を表したのはクラリッタであった。闇に溶け込むように黒い服に身を覆い、彼女は変わらぬ笑顔を浮かべながら血に濡れた小剣を仕舞う。


「わたしはリゼレッタが別行動をしているとは知りませんでしたよ。てっきり、奥に居るものかと」


「またまた~。リシア様の魔力感知で見間違えるわけがないじゃないですか~」


「ふふ、口を慎みなさい。ただ、そうですね……。彼は素晴らしい力を手に入れた。それを利用するためにも聖女という偶像に依存して欲しい……というのも本音ですが、ただ見てみたいのですよ」


「……何をですか~?」


「あれだけの力を持ちながら、絶望に染まる顔を。ふふ、目を失ったことが本当に残念でなりませんが、想像するだけで濡れてしまいます」

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