村人62
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俺達はデードの帰りを待っていた。刻々と時間が過ぎ、既に日が落ちそうな時間帯となっている。
あまりに遅いデードの帰りを不安に思う村の人達も出てきており、それが膨れ上がる前に聖女様が皆の注目を集めるように声を上げた。
「皆さん、ご心配なさらず。デードさんは使者なのですから、必ず帰ってきます。そろそろ、日が落ちて参りましたし、家に帰宅して報を待つことにしましょうか」
「しかし、聖女様……待つだけでよろしいのですか?」
「何人かで出向き、確認するべきでは?」
何人かの声が上がるが、聖女様は首を振った。
「いいえ。家で待機をお願いします。もしもの可能性がありますから、出歩くのも禁止で。何かあればこちら側から伝えますので、どうかご理解を」
そう言って、強めの命令口調で指示するが、従う村人達は渋々といった様子で帰途に着いていく。
俺やティナ、カトレアさんと聖女様は一緒に村長宅へお邪魔することになった。ランゼフとクラリッタの二人は村の神父様と教会へ。
そうして村長の家に入った俺達は何かしらの報を待つことに。
デードが戻ってくるか、そのまま賢者達が襲撃してくるか。
どちらに転ぼうと俺にとってやることは変わらない。そのため気楽でもあった。
しかし、のほほんとした俺とは違い、村長宅の一角でテーブルを囲んだ者達は深刻な表情をしている。
皆が口を閉ざし、一言も喋らない無言の空間。
俺も空気を読んでお茶を啜ることしかできない。
ズズズとすすった音がやけに響く。
隣にはそわそわしているティナや、対面には死にそうな顔をしている村長。聖女様は結界魔法に専念しているようだ。
聖女様曰く、完全な結界ではなく――デードの帰りを察知するか、賢者の襲撃にいち早く気付くためのものらしい。
そのため、聖女様は目を瞑っており、一番空気を和らげてくれる存在は居なくなった。
後ろにはカトレアさんも控えているが、お茶を全員に出し終えると壁際で直立不動である。
皆の口数が無い。
退屈を紛らすためにお茶を再度口に含む。やはりマズい。
ティナも重い空気に堪えれずにお茶をちびちびと舐めているが、渋面を作っていた。
さすがに暇すぎた俺は椅子の背もたれに体重を預けたりして気を紛らせる。
そうして退屈な時間をやり過ごそうとしていたら、ティナがこちらを覗いてきた。
「ダクトは怖くないの……?」
やけに普通な俺を不思議そうに上目遣いで見詰めてくるが、声が震えている。
俺が呑気な顔をしているのが、そんなにおかしいのだろう。それとも、自分自身の不安を紛らわせるためか。
「怖いって賢者のこと?」
「うん……」
「怖くないよ」
「……本当に?」
頷く。
どこに怖がる要素があるのか。
そもそも、俺はユニークスキルを手に入れてから恐怖心が薄れているっていうのもあるのだろう。
ダンジョンで何度も死んだ経験からか、そこら辺が曖昧な感覚になりつつあるのは自覚している。
だけど、賢者といっても低レベルだ。
今の俺なら捻り潰せるという確信しかない。
不安気な顔で窺ってくるティナへ軽く笑う。安心させたかった。
「本当だよ。俺が戦って勝つから大丈夫」
「……無理はしないでね」
まだ心配そうに念を押すティナへ、俺は安心してもらうためにも殊更明るく返すことにする。
「問題ないって。そんなに心配しなくても大丈夫だからさ」
本音を言えば、俺が単独で出向いて賢者陣営を壊滅させればいいのだが、ティナが良しとしないことは明白だ。
そんなことを脳裏で考えていたら、聖女様が魔法の行使を止めた。
皆の視線が集中する。
聖女様が大きく息を吐き出し、唇を噛む。
「……後悔しています。今更ですが、使者として送る者はランゼフでも良かったのかと」
悔やむ言葉を吐き捨て、冷めきったお茶を飲んでから吐息をついた。
その口振りは使者として向かったデードが殺されてしまったことを揶揄しているのだろうか。
「……デードのやつはやられてしまいましたかな」
村長も同じことを思ったのか、聖女様に恐る恐る聞いている。
俺は話し合いが上手くいくとは最初から思っていなかったから、そうなることも予想はしていた。
「いいえ、村に戻ったところです。走ってこちらへ向かって来ていますよ」
首を傾げる。次に頭を捻った。
どういうことだ。
聖女様はデードが生還していることを告げたが、後悔する要素はどこにあるんだ。
「ダクトはリゼレッタが何もせず、使者を生かして帰らせるとでも思っているのですか?」
数秒ほど時間を有した。
「……それも、そうですけど」
そう言われるとそうだなってなるが、実際に帰ってきているのだ。
役目を果たしたかどうかは置いておき、デードはリゼレッタと会って戻ってきた。聖女様は何を懸念しているのか。
「……あの方の言い分は信じないほうが得策かと。選ぶのはダクトですけどね」
「……? とにかく、聞いてみましょうよ」
含みのある聖女様に返答して間もなく、デードが村長宅にズカズカと乗り込んできた。
慌ただしく扉を開けたデードは額から汗を浮かばせ、俺と聖女様に視線を流すや村長の元へ息を切らしたまま歩いていく。
「……本当に賢者様が来てたぜ」
「どうじゃったか?」
「ダクトと聖女様を渡せば、村に被害は加えねえってよ」
ちらりと俺と聖女様に視線を寄越したデードだったが、すぐに前を向く。
「あのリゼレッタが本当にそう言ったのですか?」
「……ええ。拍子抜けっすよ」
後ろから問い掛けた聖女様に見向きもせず、返答したデード。
顔すら向けていない。背中越しだった。
その態度にムッとなるのは俺だけか。
ここに聖女様の付き人であるランゼフやクラリッタが居れば共感してくれるだろうか。あまりにも失礼な態度だ。
この中で一番偉いんだぞ。ポッと出のユニークスキル所持者ではない聖女様はどこぞの貴族よりも遥かに目上の人物である。
「……そうですか。では、どうしますか? 後悔しないようにダクトが決めてください」
心中でぶつくさとデードの悪口を言っていると、いきなり振られた話に戸惑った俺。
「俺、ですか?」
「もちろんですよ。決定権はダクトが持っていますから。リゼレッタと戦うのはあなたでしょう」
それはそうだけど、聖女様が決めるものだと思っていた。
でも、そうか。俺か。
意識を切り替え、どうするべきか悩む。
咄嗟に出てこないが、少し悩んで口にする。
「賢者と戦うのは決定だとして、俺と聖女様二人で向かうべきですよね」
「村を放棄して、わたしたちが打って出ると?」
「いやいや、村を放棄って……言い方が悪くないですか」
守るために行くのだ。
「ですが、ダクトとわたしの二人が向かうと、直ぐに対処はできなくなりますよ? 村が無防備になりますが、本当にその選択でいいのですか?」
「……そう言われると困るんですけど。賢者がそういうなら、行くしかないじゃないですか」
俺が煮え繰らない態度でいると、デードが口を挟んでくる。
「……なあ、賢者様はお前らが来ないと滅ぼすって明言してたんだ。村のために行ってくれよ。そして帰ってくんな」
デードが言い放った最後の言葉は辛うじて拾えるぐらいだった。だが、それにカチンときた。
何なんだ、こいつは。
立ち上がろうとして、ティナが俺の服の裾を掴んでくる。
無言で二回引っ張られる。
微妙な体勢で制止した俺だったが、もう一回引っ張られて椅子に座り直すことに。
「だめだよ」
……わかったよ。
「では、ダクトと私が出向くということでいいのですね。その選択に後悔はありませんか?」
聖女様が俺のほうを見て、確認を取ってくる。
別に後悔はしないと思う。
さっさとケリをつけて終わらせるだけ。
「ええ、それでいきましょう」
俺はデードを完全に無視しながら、聖女様へ首を縦に振る。
こうして、俺と聖女様は賢者リゼレッタへ討って出ることになった。




