村人56
アッシュさんの部下達に挨拶するために外に出るや、シェイラが俺に気付いて勢い良く立ち上がった。ティナも遅れて立ち上がっている。
「あ、お邪魔してますです!」
勇者の妹なのに礼儀正しい。少しでもそれを兄に分けてやれないのだろうか。
そんなことを思いながら、片手を軽く上げた。
「久しぶり。ティナから聞いてると思うけど、俺たちはこの国から出ることにした。勇者たちは迷宮都市に行くんだろ?」
「はいなのです。リーベルに移って活動するそうです。ティナちゃんとはお別れなのです……」
「大丈夫だよ。直ぐに会えるよ!」
残念そうに顔を俯けたシェイラだったが、ティナが励ましている。
「まあ、またどこかで会えると思うぞ。勇者とは目的が同じだし」
やりたくはないが、魔王を倒さなければいけないのだ。
「そうだといいのですが、悪い予感があるのです」
「悪い予感?」
「まだ確証もなく、勘に過ぎないものなので……説明ができないのです」
なら、不吉なこと言うなよ。そう返そうとしたが、シェイラは下唇を噛んでいた。
「杞憂じゃないのか?」
「そうだといいのです。でも、わたしの勘は当たります……。あの、賢者リゼレッタ様には気を付けてくださいです。あの方が絡んでいるものなのか分かりませんが、胸騒ぎがするのです」
「大丈夫だよ。こっちには聖女様も居るし、対面だと俺は負けないから。聖女様もよく考えてくれてるしね。まあ、まだ出立には少し時間が掛かるから、ゆっくりティナと話してなよ。俺は騎士の人たちに挨拶してこないと」
「あっ! 待ってくださいです。これ……兄から頼まれたものなのです。受け取ってください」
「これは……?」
渡してきた鞄を受け取り、中身を開いてみると金貨が大量に入ったバッグだった。
「ダンジョンの報酬二割、だそうなのです」
記憶になくて首を傾げる。
「……ダクトさんが生還したダンジョンのものです」
「ああ……」
思い出した。俺がダンジョンの下層へ落ちる前にそんなやり取りがあった。囮にされる以前に見つけた宝箱のやつだ。
すっかり忘れていた。
「兄はいつ渡そうか悩んでましたが、ダクトさんがここを離れるということでお願いされましたです」
「意外と律儀なんだな……。有り難く受け取るよ。あの勇者にはもっと早く寄越せ馬鹿野郎って伝えといてくれ」
「ふふ、分かりましたです」
先程まで思い詰めたような顔をしていたシェイラが笑ってくれた。ティナも横で安堵している。
「……シェイラにはティナを見つけてくれた借りがあるし、何か困ったことがあったら言ってくれな。駆けつけるよ」
「ありがとうなのです。そのときはお願いしますです」
そうして、俺は玄関から外で見回りしている騎士達の所へ挨拶に行った。
距離を置いたところで奴隷の首輪をしている女性二人が見守っていたが、あっちに話はしなくてもいいだろう。関わりがほとんどないからな。
シェイラのほうには色々世話になった。ティナの友達でもある。取って付けたようなですます口調も暫く聞けなくなるのは寂しくなるかもしれない。
挨拶を済ませ、屋敷を出る。
アッシュさんやシェイラ、護衛をしてくれていた騎士達が俺達の出立を見送ってくれた。
謁見をしてから数時間後の出発だ。
騎士達には通達されていないだろうが、俺はこの国の敵として認識されているはず。みすみす見送ったと彼等が責められなければいいが、どうなんだろうか。
もう俺には関係ないが、それなりに交流があった彼等が罰を受けるとなると胸が痛む。
そうならないことを祈るしかない。
「冒険者ギルドの近くに乗合場がありますので、馬車で行きましょうか」
ティナが押している車椅子に乗った聖女様が提案し、冒険者区画のほうへ荷物を持って移動する。
俺とカトレアさんは大荷物を抱えていた。
一先ず、目指す先は馬車が何台も停めてある乗合場らしい。
お金を払って目的地まで送ってくれる所だ。冒険者が多く利用するらしく、魔物の生息地を通る場合は護衛も兼ねて割引になったりもする。
手始めに御者と交渉しなければいけないのだが、国境沿いの村まで行ってくれる馬車を探さなければいけない。
何台も停めてある馬車の通路に俺が向かおうとすると、一人の女性が柔和な笑顔を浮かべて近付いてきた。
「――どちらまで行かれますか?」
茶色のローブに身をくるんでおり、商人がしてそうな帽子を被っている。後ろには護衛をしている者なのだろう体格の良い男が睨みを利かせていた。
「国境沿いにある村まで送ってもらいたいんですけど……」
「いいですよ。是非是非、御乗車くださいっ。快適に送っていきますので。荷物は後ろに積むので預かりますね~!」
まだ交渉とかしていないのに快諾されてしまった。国境沿いの村と話したが、どっちの方角かすらも告げていない。新手の詐欺なのだろうか。
金銭を詐欺られるのはまだしも、道中で盗賊に囲まれる事態は避けたい。
カトレアさんも同じ考えなのか、荷物を奪おうとしてくる女から手放していない。
グイグイと荷物を引っ張る女はわざとらしく小首を傾げているが、当のカトレアさんは俺へ確認の視線を送ってきた。
やっぱり怪しいよな。この二人組。
そんなことを疑いつつ、断ろうとすると聖女様が片手で頭を抱えているのに気付いた。
「……申し訳ございません。二人は知り合いです。馬車で送ってくれるというなら任せましょうか」
「そうでしたか。なら、安心でございますね。荷物をお願い致します。私も手伝いますね」
「あ、わたしも手伝います!」
カトレアさんとティナが荷物を一緒に積むため、馬車の荷台へ駆け寄っていく。
「あれほど表に出るなと厳命していましたのに……」
聖女様はため息を吐いている。
その様子から二人が聖女様の護衛なのだと察した。確か、名前はクラリッタとランゼフだったか。聖堂教会の者達だ。
見た目としては女性のほうは村娘のような雰囲気で神官とは思えない。男のほうも体格が良く、冒険者や武闘派と言われたほうが頷ける。
聖女様の護衛だが、村まで送ってくれるというなら好意に甘えようじゃないか。
謁見で国に敵対の意思を見せたせいで、御者が国の者という保証はない。襲撃される可能性もある。
聖女様の護衛ならば身の保証もされているし、安心できる。
そうして荷物を運び終わり、俺達は馬車に乗った。
馬二頭に引かれた馬車は六人が入れるもので、御者台の後ろに屋根が付きで椅子が両端に置かれている。
座席の間は広く、車椅子も乗れる。後ろには荷物置き場もあり、広めな空間だった。
「……高級なものですね」
カトレアさんが座席に腰を下ろすと感嘆と呟き、椅子の表面を手で触れている。俺も試しに触ってみたが、弾力があって尻が痛くならないだろうなってぐらいで、質の良さをまるで実感できなかった。
まあ、聖女様の護衛が用意したのだからそれなりの物なのだろう。外側も含めて見た目は普通の馬車だけど。
「では、出発していきますね~」
馬車が動き出し、揺れる。俺は御者台に座る二人の元へ行き、慌てて自己紹介も兼ねて村の場所を告げようとした。
「あの、村の場所は――」
「存じてますので大丈夫ですよ。休憩も挟みますが、そのときまで座っていてくださいね」
「え、あ、はい」
そんなに詳しい場所なんて話してないのに、何で知っているのか。
「ユニークスキル所持者の情報は全て教会が調べ尽くしていますよ。悪用はしませんので、ご安心ください」
不思議に思って座席に座り直すと聖女様が微笑んでいた。
どうやら、俺の情報は筒抜けらしい。
馬車に揺られて半日。
王都近辺の平原を真っ直ぐ進み、森の中を突っ切っていく。馬車の旅は順調で、魔物や盗賊の襲撃にも合わなかった。
「おや、門がありますね~。到着ですかね?」
不慮の事故もなく、村の手前ぐらいまでたどり着く。馬車一台がやっと通れるような林に囲まれた場所を道なりに進み、簡素な門が見えてきた。
「若者が二人居ますが……。彼らは知り合いですか?」
馬の手綱を握るランゼフが訪ねてきて俺はガタガタと揺られながらも、御者台の背もたれ部分を掴んで門番をしていた二人組の顔を確認する。
幸先が悪い。帰って真っ先に会ったのはあの二人か。
「……ええ、村の者です」
「デードさんとイーホンさんだ……」
ティナも俺の背中の服をぎゅっと握り、同じような体勢で昔馴染みの名前を呼んだ。
馬車が簡素な作りとなっている門前で停まり、顔を出す。
「よう、ダクトじゃねえか。見た目が変わったけど、お前のナヨナヨした顔は変わらねえな」
「ダ、ダクト君、久しぶりだね」
気持ち悪い笑みを張り付けながら近寄ってきたのはデードだった。冒険者用の服装をしていて身長が低く、体格は横に大きい。腰には剣を差している。
その後ろに付き従うのがイーホンだ。身長がとにかく大きく目立ち、痩せた体格をしている。愛想笑いのような笑顔をしながら頭を何度も下げていた。背中には弓を担いでいる。
俺はこの二人が嫌いだった。
「……どうもです。村に帰るつもりなんですけど、通してもらえますよね?」
門番をしている二人に確認すると、デードが馬車の入り口に片腕を置いた。
「いいけどよ。お前、聞いたぜ。ユニークスキル手に入れて王都に住んでたって? その髪とかもそれの影響なんだろ」
「ええ、まあ……」
「ユニークスキルって国のお膝元だろ。なあ、あっちで貴族のお嬢様と知り合いなれたか? おれに紹介してくれよ」
「貴族とは知り合いになってないですよ」
「ちっ、使えねえな。お、ティナじゃん。それにメイドと……めっちゃ美人な人も居るじゃねえか。おい、ダクト。この人は?」
ティナが簡単に会釈し、俺の背中に隠れるように移動する。デードはそんなことを気にせず、馬車内の車椅子に座る聖女様に目をつけた。
「……この方は聖女様ですよ」
「聖女様ってあの……?」
「初めまして。聖堂教会所属、ユニークスキルを承った聖女リシアでございます。以後、お見知りおきを」
「へへ、こりゃどうも。おい、ダクト。どういうことだよ? なんで、聖女様がいるんだ?」
「……それを説明するために村長へ話さなくちゃいけないので、通してもらっていいですか?」
「つれねえな。おれが聞いてんだぞ。またボコされてえのか?」
顔を近付けて耳打ちしてくるデードにため息を吐いた。
「……村長に話さないといけないことあるので、通りますね。ランゼフさん。馬車を進めてください」
馬車の扉は無理やり閉める。
「ええ、了解しました」
「ダクト、てめえ無視してんなよ。あとで覚えとけよ?」
「ダ、ダクト君。ま、またね」
デードとイーホンの声を聞きながら、深い息を吐き出しながら座席に腰を下ろす。
「どうやら、あまり仲はよろしくないようで」
聖女様のご明察の通りだったので頷いておく。
「ちょっかいを掛けられてるだけですよ……」
「……昔からだよね。デードさんってダクトのことばっかり苛めてくる」
幼少の頃はティナと遊んでいると割り込んできたりとお遊びの延長だったが、あの二人がステータス鑑定をやってから横暴な態度が目立つようになっていた。
デードは剣術スキルを手に入れ、イーホンは弓術スキルを手にしてからである。
当初は二人とも戦士職のステータスだったため、冒険者になると村を出ていったのだ。王都で玉の輿目当てで貴族の娘と結婚してやると意気込んでいたが、半年もしないで戻ってきた。
詳しくは聞いていないが、冒険者は見る目がないと所構わず当たり散らかすようになり、俺にも風当たりが強くなっていったのだ。
あくまで想像だが、冒険者として上手くいかなかったのだろう。
「あの二人、消しましょうか?」
淡々と提案してくる聖女様にティナとカトレアさんが冗談のように受け取っているが、ここで首を縦に振ったら本当にやるはずだ。
御者を任せている二人に命令し、今すぐにでも抹消する人である。
「……そこまでは大丈夫ですよ」
「ダクトがそういうのでしたら、いいのですが……」
ダンジョンの宝箱忘れてました。多分、自信ないけど書いてないはず……あとで見直します。




