村人51
店を出た俺達はその足で聖堂教会の支部へ向かう。
ティナと交代で車椅子を押していき、俺の番になったら話題作りのためにも聖女様に聞いてみた。
「そういば、そのナイフって何に使うんですか? 護身用とかですか?」
冒険者用の小振りなナイフは魔物の解体に使うものだ。聖女様には必要ないもので気になっていた。
「もちろん、リゼレッタへやり返すためですよ。痛みとはどういうことか、味わわせてやらなければなりません」
「ああ、なるほど……」
適当な話題を振ったら地雷を踏んでしまった。
聖女様は涼しい顔で言っているが、憎悪を表に出してないだけ。目を覚ましたときは酷かったが、数日経って安定しているように見えていたのに。
「痛みとは生の実感を与えるもの。中にはそういった教えもありますけどね」
苦々しく口にした聖女様は慎重にナイフを取り出し、切っ先を左腕に当てる。
細い腕から僅かに血が出た。
「……何してんすか」
グリグリとナイフの先端を捻り、自傷している聖女様が俺のほうへ顔を向ける。
めちゃくちゃ痛そうなんだが。
「傷は簡単に治りますが、心の傷は治らない。そうは思いませんか?」
「そうですけど……」
傷もそう簡単には治らない気もするが、俺は何とも言えない気持ちになって押し黙る。俺にどうしてほしいのか分からない。
そんな心情を察したのか、聖女様は頭を軽く下げて前を向いた。
「……すみません。ダクトは見ていないから、わたしが狂ったように見えるのかもしれませんね。ヒーリング」
呟いて、ナイフを元に戻す。左腕の傷口が綺麗に消えていた。
「ダクトー、リシア様ー」
少し先に歩いたティナがこちらへ振り向き、手を大きく振っている。
「急ぎましょうか」
「……ええ」
車椅子を押してティナの元まで急ぐ。
そうして、重苦しい雰囲気を払拭することはできず、聖堂教会の支部に辿り着いた。
俺が王都に初めて訪れたとき、ステータス鑑定をした場所だ。
ここで女神の加護を得て、俺の取り巻く環境はガラリと一変することになったが、教会内部は前と見たときと変わらなかった。
長椅子が均等に並んでおり、一番目立つ場所に女神様の彫像が飾られている。
周りには神官が参拝客の相手をしつつ、信仰の何たるかを説いていた。
俺達が中に入ると視線が集中する。
車椅子に乗っている聖女様だと思っていたら、全員が見ているのは俺だった。いつものあれかと、溜め息を吐く。
俺もユニークスキル所持者だから有名になって顔とかバレてる可能性もあるが、どうみても違うだろう。
いつそんな有名になったんだという話である。
「……ねえ、あれって」
「……魔族」
「おい、神官さん。あいつ、魔族じゃねえのか!?」
一瞬で教会が騒がしくなった。
入り口のところで立ち止まった俺と、あわあわしているティナ。
聖女様は困ったことになりましたねと言いながら、呑気に手を当てている。
「魔族に会ったこともない方が、目の色で判断するなんておかしな話です。ダクトの瞳を存じてませんが、赤目の魔族は極少数なようですよ」
「へえ、そうなんですか。って、そんな話をしている場合じゃなさそうなんですけど」
「ふふ、そのようです。ここは、わたしに任せて二人は昼食にでも行ってきてください。こちらも込み入った話を済ませなければなりませんので……あとで教会に寄ってわたしを拾ってください」
「そのほうが良さそうですね。じゃあ、少し経ったらまた来ます」
「はい。では、また後ほど」
聖女様が車椅子の車輪を両手で回し、奥に進んでいく、神官が気付き、慌てて駆け寄っていった。
二言ぐらい言葉を交わすと頭を下げた神官が周りの神官へ命令し、奥に案内していく。他の神官達は騒がしくなった信徒を宥めていた。
その背中を見送った俺とティナは外に出て、少し早いが昼食に行こうと思う。
ぷらぷらと二人で歩き、通ってきた道を引き返す。飯は普通に店に入っても良かったが、二人とも小腹が空いているぐらいなので屋台で済ませることにした。
香ばしい匂いを発している露店が並んでいる通りに来て、適当に買い込んでいく。ついでに紙袋を貰い、串焼きを放り込んだ。
近くに広場があるので移動しつつ、併設されたベンチに腰かける。
「ティナってさ、聖女様のことどう思う?」
串焼きを渡しつつ、ティナの心証がどうなのか知りたくて聞いてみる。
「これぞ聖女様って感じだけど、どうしたの?」
だよな。俺が見ている感じは聖女様はティナと普通に接している。特に問題もなく、他愛ない話で盛り上がっているのだ。
「……二人で話してるとき、おかしいなって思うことなかった?」
「え、別に。なにかあったの?」
「いや、そういうわけじゃないんだけどさ……」
言葉を濁す。ティナは不審な点も見つからないようで、歯切れ悪く返した俺を怪しんでいるようだった。
わざわざティナに心配を掛けたくはない。
分かっていたことだが、聖女様は俺に対してのみ狂った素振りを見せている。
いきなりナイフで自分の腕に刺すとか頭がおかしいだろう。聖女様はああは言っていたけど、トチ狂ってるようにしか映らなかった。
「なになに。なんかあるなら言ってよ?」
「いや、大丈夫。なんかあったら言うよ。はいこれ」
心配してくるティナに串焼きを渡し、話題を切ることにする。俺も食べ始めるとティナも串焼きをあむっとかぶり付く。
そうして、話題を無理やり切って昼食を済ませた俺達は他のところも色々と見て回り、時間を潰してから教会に戻った。
また騒がれると嫌なので、入り口からちらりと覗く。ティナはそんな俺を置いて教会へ入っていくが、出入り口の長椅子に聖女様が居た。
「あ、二人がお戻りになられましたので」
「はい、分かりました。情報のほうは後ほど」
「ええ、神父様。どうぞ、よろしくお願いしますね」
年老いた神父様がやたらと頭を下げていた。
聖女様は俺達が戻ったのをどうして分かったんだろうと疑問が浮かびつつ、ティナが車椅子の後ろへ行く。
「お待たせしましたー。リシア様」
「いえ、こちらこそ。お時間を割いて頂き、申し訳ありません」
「いえいえ、リシア様は昼食どうしますか? わたしたちは出店のものを食べましたけど、結構美味しかったですよ。よければ行きませんか?」
ティナがこっちに戻ってきながら聖女様を誘っている。
「いえ、お腹は減ってませんので……。それよりも、アッシュという護衛隊長が来てますよ。ダクトに話があるのでは?」
俺のほうへ聖女様が顔を向け、とある方角へ指を差す。その先にバツが悪そうなアッシュさんが駆け足でこちらに向かっていた。
「よく分かりましたね……」
いや、まじで何で分かったんだ。目は見えていないはずだぞ。
聖女様は黒い布で目元を隠している。魔法でも使っているのか。
「目を閉ざした代わりに聴覚などが研ぎ澄まされているようで。スキルも魔力感知を取得しているので、会ったことがある方なら完璧に把握できてますよ」
「リシア様すごいです」
感嘆としているティナを余所に、やって来たアッシュさんが軽く頭を下げる。
「すまない、ダクト君。急用が入って、申し訳ないけど屋敷に戻ってくれないか。謁見の使者がやってきたんだ」
困った顔でお願いするアッシュさんに頷きを返す。
どうやら、ついに謁見の段取りが出来たらしい。
アッシュさんに連れられ、俺達は屋敷に戻る。
屋敷前には馬車が停められ、護衛の人達が多く囲んでいる一人の貴族が居た。
応接間に通し、話を聞く。書状を渡され、謁見にはユニークスキル所持者のみが参加する旨を伝えられた。
謁見には従者や護衛とかも無しで、スキル所持者の会合が行われるとのこと。
他にも勇者をボコボコにした件と、賢者と殺し合いをした経緯も詳しく聞かれたが、起きたことをそのまま伝えたら難しい顔をされてしまった。




