村人50
数日が経過した。
聖女様から質問攻めにされたり、屋敷前の現場を工事したりと色々あったけど、日常が戻りつつある。
ティナも聖女様と挨拶し、緊張しながらも言葉を交わしていた。最初がちがちに強張っていたティナだったが、聖女様がフレンドリーな接し方をしたおかげもあって二人は簡単に打ち解けていた。
楽しくお喋りしているのを影で見守っていた俺。
ティナの前でいつ発狂するのかひやひやしていたが、そんなことが訪れることもなく杞憂に終わった。
聖女様の体調は万全だ。狂った面影は薄れ、情緒も安定して優しい笑みを浮かべている。
医者にも何回か来てもらって診察されていたが、何も問題ないらしい。聖女様が部屋に籠る生活は退屈だと、ぼやくほどである。
一応、俺の屋敷に保護している名目なので、叶えられることは叶えるつもりだ。
なので、足を失った聖女様を外に連れ出す方法を探す。といっても、他人任せの俺はアッシュさんに相談してみた。
そしたら、直ぐに車椅子を手配してくれて数時間後には屋敷に届いた。
馬車に付いている車輪を小型にして、椅子をくっ付けたものである。王都はこんなのも作っているんだなと感心しながら、聖女様へ渡したらとても喜んでくれた。
早速、車椅子に座った聖女様が外に出たいとお願いしてきたが、俺は悩んでしまう。
賢者が再び襲撃してくる可能性もある。真っ向から来ても敵わないと解ったはずだが、去っていくときに俺をやたらと睨んでいた。
俺が不在のときを狙って屋敷が壊滅とか起こり得そう怖い。
そんな旨を伝えたら、聖女様は大丈夫だと太鼓判を押してきた。賢者が次来るのは準備を揃えてから、俺を確実に殺すために用意周到に揃えてくるとのこと。
聞いた俺はしかめ面で微妙な気分になったが、聖女様は明るい声で心配ならティナも一緒にと誘ってきた。
それなら、まあいいか。
三人でのお出掛けである。
因みに、アッシュさんとカトレアさんには午前中は屋敷から出るようにお願いした。念には念を入れる。
俺が買ったわけでもない屋敷なんて全損してもいいが、そこに居た人が危害を加えられる話は別なのだ。可能性を排除したい。
護衛も無しだ。俺一人で足りている。
それを話すと、カトレアさんは渋々了承してくれたが、アッシュさんは遠くから護衛すると譲らなかった。
護衛のことは気にせず楽しんできてほしいと金貨数枚を握らせてきたが、頑なに仕事を優先するアッシュさんに俺が折れた形になる。
ティナの捜索に金を惜しまず使ったので、金欠の俺には有難い。
そんなわけで、少し時間を取られつつも久しぶりのお出掛け。
「では、お願いしますね」
「任せてください!」
車椅子に乗った聖女様は膝掛けをしながら座っている。押すのはティナだ。
二人ともご機嫌で屋敷から出た。
俺も遅れないよう後ろから着いていく。
「どこか行きたいところとかあります?」
「そうですね。武器屋……冒険者が行くような店に行ってみたいと思ってました。あとは時間があれば、聖堂教会の支部へ』
車椅子を押しながら進むティナが話しかけ、少し悩んだ聖女が答えている。
なら、冒険者区画に行ってから教会だな。
屋敷前は既に工事が終わっており、崩れた石畳も元通りになっていた。そのため、ガタガタと揺れることもなく貴族街の舗装された道に入っていく。
貴族街は高級店が並んでいる大通り以外は屋敷が点々と建てられている。全体的に道は広く、馬車が行き交えるように作られていた。
歩いている人は疎らで、馬車は何度かすれ違うぐらい閑散としている。
少しして緩やかな坂に差し掛かった。
「押すの代わろうか?」
「ありがと」
ティナが先を歩く形となり、俺が聖女様のつむじを見ながら押して進む。
「ティナさんはとても良い子ですね」
聖女様がティナを褒めている。
「ええ。少しお節介な部分もありますけどね……」
「ふふ、苦労をされてるのですね。声しか聴こえないのに、ティナさんはわたしから見ても可愛い方だと思います。大事になさってください」
「もちろんです。ティナの見た目も可愛いんですよ。茶髪なんですけど、ポニーテールで笑うと八重歯が見えるんです。今は従者の格好をしているんですが、めっちゃ似合ってます」
「声を聴いた想像通りです。普通の女の子なのに、可愛くて羨ましいですね。だからでしょうか。リゼレッタにも情けをかけてもらい、五体満足で戻ってこられた。わたしとは違って……」
風が吹いた。長い銀髪が揺れ、薄桃色の毛先が跳ねて聖女様が片手で髪を押さえる。
「それは……」
返すべき言葉が見当たらず、口ごもっていると聖女様は控えめに笑った。
「とても気持ち良いですね。外に出ているというだけなのに。泣き叫ぶ声も無ければ、廃人に堕ちた呻き声も聞こえない」
「……そう、ですね」
聖女様はわざとなのだろうか。俺との会話に選ぶのは返しにくい話題である。ティナとの会話は和気藹々としているのに、温度差が激しい。
もっと楽しい話題があるだろ。美味しい店とか流行りのお菓子とか。知らんけど。
俺は独り言とも取れる聖女様の呟きに相槌を打ち、会話を広げることもなく坂を上りきる。
「ダクト、代わるよー」
そうしたら、ティナが空気を読んでくれたのか謎だが、車椅子を押すのを代わってくれた。
大通りをから貴族区画を出て、冒険者区画に入る。ここは俺達が住んでいる区画とは正反対の場所で、ガヤガヤと雑多に歩く人達で溢れていた。
無数の足音に、雑音となった話し声。
「人がとても多いのですね……」
聖女様が困惑気味に呟く。
「ほとんどが冒険者の方々ですねー。すごい見られてるような気もするけど、やっぱり車椅子って珍しいのかな?」
ティナが無遠慮に視線を投げてくる冒険者達へ首を傾げている。
「なあ、あれ……」
「だよな……」
と、ひそひそと会話している冒険者が多いのだ。
彼等の視線は車椅子へ向けられている。
しかし、車椅子が珍しいではなく、乗っている女性に視線が集中しているようだった。
「多分、聖女様って分かったんじゃないか?」
冒険者が見ているのは明らかに聖女様である。
髪色が目立っているのだろう。ここら辺では見ない銀髪に薄桃色の毛先。王都でもこんな髪色は見たことがない。
一応、今の俺も白髪だけど。聖女様ほど鮮やかでもないし、毛先が別の色でもない。
俺が冒険者へ目を合わせると、彼等は口を結んで後退る。強張った表情から魔族と勘違いしているのだろうが、通行人に一々訂正するのは面倒なので放置だ。
「あ、そっか。そうだよね。すっかり身近になっちゃったけど、リシア様って有名人だもんね」
ティナが言うように、ユニークスキル所持者は俺を除いて知名度が高い。世界を救うために選ばれた者で、派手な活躍もしている。
勇者アークスは聖剣を使い、ドラゴンを討伐。
賢者リゼレッタは単独により、ベヒーモス討伐。
聖女リシアは奇跡を操り、魔族を退けた。
それらの偉業を達成している。顔を知らない者でも名前ぐらいは知っていたりするのだ。
俺も同じ立場なのだが、ダンジョン攻略をしたのが発表されればダンジョン制覇のダクトって名前が周知されるのかもしれない。
まあ、名前が知られようと知られまいと、どうでもいいんだけど。
「何か言われる前に移動しようか」
提案に異論はなく、そそくさと冒険者の視線を無視して進む。
目的地は冒険者が出入りする店。冒険者に向けた商品を置いてある店はたくさんあるのだが、前に買ったところと同じ場所に行こうと思う。
露店などが出ている通りを抜け、時間も掛からず店にたどり着く。
ここを選んだ理由は品揃えが良いからだ。防具や武器も冒険者用の品物なら何でも売っており、安心の大型店。
武器と防具もそれなりにあり、回復薬においては品揃えが王都で一番らしい。早速店に入り、陳列している棚に出迎えられる。
ポーション類が沢山あって見るに飽きないのだが、聖女様が見たいのは武器屋らしいので奥に進む。
目の見えない聖女様が楽しめるのかどうか不明だが、何か欲しいのでもあるんだろうか。
とにかく、防具と武器が置いてあるフロアにお邪魔する。客として来ている冒険者も多いが、人気なのは回復薬が置かれた棚でここら辺は人数が少ない。
俺は外見で勘違いされて騒がれるのも嫌なので、目を伏せてコソコソと移動する。
「聖女様、何か欲しいのありますか? 買いたいものあれば差し上げますよ。ティナも何か欲しいのあったら言って」
アッシュさんに貰った金貨があれば、よほど買い込まなければ足りる。
「わかったー。ちょっと見てくるね」
ティナが離れていき、防具を見てくるようだった。
「……では、わたしもお言葉に甘えて。ナイフが欲しいと考えています。出来れば小さいものを」
「ナイフですか? 危ないような気がするんですけど」
聖女様が欲したものは小振りのナイフ。
目が見えないし、取り扱うのは難しいんじゃないだろうか。
「この目が無くても大丈夫ですよ。物の質感を覚えれば問題ありません」
「なら、まあ……。小さいのだとこんなやつですけど」
置いてある刃引きされた見本を渡し、手で確認してもらう。
真っ白な両手で慎重に触り、確かめた聖女様が頷いた。
「ええ、これぐらいのサイズを。ダクト、ツケにしておいてください。聖堂教会の支部に行けば金銭の宛があります」
「いえ、いらないですよ。そもそも、俺の金ではないので」
貰い物なのにツケも変だろう。アッシュさんも楽しんできてと言ってくれたし、盛大に使っていくつもりだ。
そんなことを思っていると聖女様が疑問を口にする。
「誰のお金なのですか……?」
「アッシュさんです。出掛けるのに護衛はいらないって言ったら、金貨を握らされたんで……」
「ふふ、まるで賄賂ですのね。そういうことなら、有り難く頂戴します」
「ダクトー、これ似合うかな?」
ティナがあれこれと物色していたのか、女性用の防具をフル装備で着けて戻ってきた。魔法使いのローブに鉄の小手や革製のレギンスを着けている。
統一感がなく、実用性が皆無だ。
くるりと回って服装を見せてくるティナ曰く、王都で流行っているお洒落とのこと。とりあえず良く分からなかったので、全部可愛いと返しておいた。
同じ感想を毎回言っていたが、それでもティナは満足したのか機嫌が良くなり、色々と店内を回った俺達は少し買い込んだ。
因みに、ティナが持ってきた物は何一つ買わなかった。




