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村人49

 屋敷の敷地内で起きた賢者との殺し合いはアッシュさんと数十人の騎士達の手によって終わりを告げることとなった。


 屋敷前は凄惨な現場となっている。


 死体の転がった庭には血が付着し、異臭を放っている。所々黒く焦げた芝生に、亀裂が走って砕けた石畳。


 綺麗だった庭は今や見る影もなく、改めて俺がやってしまったことを実感した。


 大勢の騎士達が詰め掛けており、近隣の貴族達も何だ何だと遠くから覗き見ているぐらいだ。あれだけ大きな音を立てれば野次馬も集まってしまうだろう。


「ダクト君。あとはこちらに任せて、屋敷で休むのがいい。ティナ君も一緒に」


「ダクト、戻ろ?」


「……そうだな」


 ティナに手を引かれ、屋敷の中に戻る。


 ただ、俺は気になって後ろを振り返ってみれば、騎士達とアッシュさんが話し込んでいるところだった。


 足を止めた俺に付き添っていたティナも後ろを見向く。


「大変そうだね……」


 額に落ちる汗をハンカチで拭い、ひたすら頭を下げながら話をしているアッシュさん。


 とても迷惑をかけてしまった。


「……アッシュさんには悪いことしたな」


 漠然と反省しているとティナは握っていた手を離し、俺の頭をポンポンと叩いた。背伸びして小さな手を置いている。


 ティナを見ると、笑顔を無理やり作っているようだった。


「ダクトは悪くないよ。ほら、早く戻ろ?」


 俺を攻めることもしないティナに催促され、屋敷に戻る。だが、視線を流したところで奴と目が合った。


 賢者リゼレッタ。今回の襲撃してきた張本人。


 金髪を靡かせたあいつは配下に支えられて撤収するところだった。だが、俺と目が合った瞬間、怨嗟の籠ったものを滲ませて口元を開いた。


 ――絶対に許しませんわ。


 声は聞こえなくても、動かした唇で何を言ったのか解ってしまう。


「……俺もだよ」


 リゼレッタから視線を外し、吐き捨てるように呟いた。


 俺は害してくる者を許せない。あの様子では賢者は再び襲撃してくるだろう。そうなったら、殺すしかない。


 それが俺の手ではなく、聖女様の手かもしれないが。


「ん? ダクト、どうしたの?」


「んー。何でもないよ」


 ティナへ適当に誤魔化しつつ、俺は顔に出さないようにして後を追った。






 屋敷に戻った俺は顔色の悪いカトレアさんに出迎えられる。手には服とズボン、新品の靴が用意されていた。


「ダクト様、お召し物です」


「すみません。ありがとうございます」


 手渡されたものを受け取り、お礼を言う。賢者の魔法を受けてボロボロになった服はカトレアさんに預けた。


「……それで、この後はいかがなさいますか。昼食は準備済みですが」


 カトレアさんが俺に委ねてくる。カトレアさんやティナも顔色が悪く、昼飯っていう感じではなさそうだが。


 二人には休んでもらおうか。


 あれだけ凄惨なものを見て食う気にはなれないだろう。


 そうなってしまうのも致し方ないが、俺は慣れた。というよりも、そこら辺の感情が薄くなっている。動いたこともあって普通に腹は減っていた。


「では、二人分の昼飯を準備してもらってもいいですか? 一つは聖女様の分です。さっき起きたばかりなので、出来れば消化の良いやつとかを。そのあとはカトレアさんとティナも休んでください」


「聖女様が目を覚ましたのですね。かしこまりました。作ってまいります」


「お願いします」


 カトレアさんが背を向けたのを見ていると、ティナが寄ってきた。


「聖女様、起きたんだね」


 ティナは嬉しそうに言ってくる。


 俺もそうだが、ずっと目を覚まさなかった聖女様を心配していたのだ。


 だけど、聖女様は目を覚ますのと同時に変わってしまった。


「……起きたとき混乱してたけどな」


「目は覚ましたとき、知らない場所だったからじゃないの?」


 違う。そういう意味ではない。発狂したのだ。


 子供が喚き散らすような甲高い声を上げ、憎しみを吐露していた。


 あれは衝撃的だった。


「そういうのじゃなくて……」


 聖女様が発狂したことをティナに教えたほうがいいのか迷う。


 心配性のティナが聞けば、聖女様に付きっきりになってしまうだろう。そうなると、俺が聖女様と話をしずらくなる。


 聖女様とは賢者を殺すための同盟を組んだこともあって、話す機会も多くなるはずだ。これからどうするのかも聞きたいしな。


 そんなことを考えていたら、少しだけ背の低いティナが俺の顔を覗き込んできた。


「ねえ、ダクト。ほんとに大丈夫……?」


 頭を悩ませるのが苦手な俺は顔に出ていたのだろうか。そんなに酷い顔をしてなければいいのだが。


「俺は大丈夫だよ。ほら、ティナもカトレアさんを手伝いに行かないと。俺は聖女様を見てくるから」


 不安げな表情で見つめるティナの頭を撫でる。さっきのお返しだ。


「……わかった。ダクト、あんまり抱え込まないでね。わたしに手伝えることあったら言ってよ?」


「そのときは言うよ。ありがと」


 ティナに軽く手を振って別れ、俺は踵を返す。目指すのは聖女様が休む部屋。


 俺は聖女様にどうしても聞きたいことがあった。


 あの時、なぜ止めたのか――。


「聖女様。ダクトです」


 廊下を歩き、部屋の扉の前に到着したらノックする。


「ふふ、どうぞ」


 すぐに鈴が鳴るような声が扉の奥から聞こえてきた。俺はゆっくりと扉を開き、室内に踏み入る。


「失礼します」


 聖女様はこちらに顔を向けて笑っていた。


「ふふ、ふふふ。ダクト、あなたは素晴らしいものをお持ちのようで」


「はい……?」


 二人分は横になれるベッドに寝たまま、くつくつと笑い声を上げている聖女様はご機嫌だ。


「わたしの結界魔法を一撃で、何の抵抗もなく破壊したその力。とても素晴らしいと感嘆としてしまいました」


 結界魔法とは賢者を殺そうとしたときに現れた半透明の壁だろう。


「……やっぱり賢者が言っていた通りなのですね」


「リゼレッタが何と言っていたのか分かりませんが、それよりもあなたの強さの秘訣はなんなのですか? あれは固有スキル? もしくは固有技なのでしょうか? レベルはいくつなのです?」


 矢継ぎ早に質問された俺は部屋の入り口で固まる。


 分かるのは聖女様の機嫌が良い、それだけだ。少し不気味である。


「えっと……その」


「ああ、申し訳ありません。急すぎでしたね。こほん。改めまして、賢者リゼレッタの撃退おめでとうございます」


 わざとらしい咳払いをした聖女様。


 あなたが邪魔をしなければ殺せたんだけどな。


「ええ、ありがとうございます……」


 一応、礼を返す。


「それで、ダクト。あなたのことを教えて頂けませんか?」


「いいですけど、飯を用意しているのでそれが来るまでなら。でも先に、俺から質問してもいいですか?」


 勉強していた机の椅子を聖女様が寝ているベッドの横まで持ってきて座る。


「なんでしょう?」


「あのとき……賢者を守った理由を教えてください」


「……そうですね。守った、というには語弊がありますが、あの場では殺してはいけなかったのですよ」


「どうしてですか」


 あれが無ければ殺せたのは確実だ。


「いくつか理由があります。まず一つ目、あの場で殺したら後ろに付いている者が不確かなままで終わります。二つ目、あそこで他の貴族や騎士に見られているから、ダクトだけが悪人になってしまう。そして最後の三つ目……これは、わたしの我が儘でしょうか」


「我が儘ですか?」


「ええ、ただ殺すのが惜しいと思っているのです」


「惜しい、ですか?」


 今さら何を惜しいというのか。


 単純に殺して、今後の憂いを無くすのが先決なのではないだろうか。


「はい。あなたが居れば殺すのは簡単です。しかし、その身に刻ませて殺したほうがいいと思いませんか?」


「何を言ってるのか……もっと分かりやすく言ってくれませんか」


「魂に刻ませるのですよ。賢者リゼレッタが今までの行いを懺悔してしまうほど醜いやり方で殺すのです。殺すのはいつでも出来ます。なので、そうしてからでも遅くはないでしょう?」


 薄い笑みを浮かべた聖女様に、俺は固唾を飲む。


 静謐とした雰囲気は昔のままだが、聖女様を包んだものには影が差しているようだった。やっぱり聖女様はおかしくなっている。


 賢者をよほど恨んでいるのだろう。両足と眼をやられたのだから、当然と言えば当然なのだが。


「……そうですね。そこら辺はお任せしますよ。でも、早く殺したほうがいいと思います。俺の周りが被害に合ったら遅いので」


「ええ、わかっています。再び、賢者リゼレッタは懲りずに襲撃してくるでしょう。そのときが、彼女の最後です」


 そう言い切った聖女様は笑みを浮かべていた。孕んでいるのは狂気だった。

前ページで場面変えて謁見or日常編のつもりでしたが、とりあえず事後を挟みました。

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