村人48
後半少し変えました。
真っ白の光に包まれた。俺は何が何だか分からなかったが、まだ感覚が残っていた右手をあらぬ限りの力を込めて押し出していく。
耳を劈く激しい音が鳴り響き、顔の穴から全てに異物が入った感覚が全身に行き渡る。
呼吸するのも苦しくなって、遂には自分が立っているかどうかも危うくなった。
直後、視界が暗転する。
閉ざされた瞼をゆっくりと開け、瞬きを数回した。
うっすらと目を開けた先には眩しい光が無くなり、俺の足元にあった地面が削り取られている。五メートル範囲が消し飛んでいた。
一旦、状況を整理しよう。
目の前に居たはずの賢者は吹っ飛んでいて地面に転がっている。足をこちらへ向けた状態で地面へ寝そべり、背中を向けていた。
従者達が駆け寄っているが、賢者は軽症だろう。見る限り、掠り傷と腕に火傷を負っているぐらいだ。
後ろを振り返って見てみると屋敷は無事。
俺の周り限定で、狭い範囲が台風に荒らされたような状態だった。
賢者が吹っ飛んだおかげで、横にあった火の壁はなくなっている。遮られていた騎士達はその場に留まっており、どうしてか俺を唖然と見ていた。
そんな俺自身は服がボロボロになっているぐらいで体に支障はない。
「……っ。いたい、いたいですわね……」
状況を確認していると、賢者リゼレッタがうめき声を上げて半身を起こす。か細い声を漏らしながら、従者に回復魔法をお願いしていた。
俺に背中を向けながらも治療をしている片腕を悠長に確認し、火傷を負っている腕を空いている手で押さえている。
金髪巻き髪はボサボサとなっており、肩を落として治療に専念しているが、回復魔法で完治というわけにはいかないようだ。
みみず腫は引いているが、肌が真っ赤なままだ。痛みもあるのだろう。後ろ姿から見るに、賢者の頬や首にも火傷の跡がある。
それらは、明らかに自分自身の魔法によっての自爆だった。
「っ……。やはり、第六層の使用は無理がありましたわ。しかし、話術スキルと多重詠唱を並行してよく完成させたと褒めたいぐらいですの。少々、操作を見誤りましたが、やりましたわねっ。ふふ、平民が負けるのは当然なことでしたが……散った者の仇も取れましたわ」
「リ、リゼレッタ様……」
周りの内、一人の執事が上擦った声を上げる。小さな声は聞き届いていないのか、控えめな笑い声を上げるリゼレッタにはスルーされている。
その執事は俺のほうをちらりと視線を向けていた。
それを分かっていない賢者は気合いを入れ、よろよろと立ち上がる。
そして、手を叩いて声を張り上げた。
「さあ、リシアと可愛い平民さんを連れて帰りましょうか。早く治療をしたいですからね。あなたたち、二人をこちらへ連れてきなさいな!」
威勢の良い命令に、取り巻きの従者と執事はオロオロと困惑した雰囲気を醸し出した。
「あ、あの、リゼレッタ様……!」
先ほど、俺をガン見していた執事が声を張り上げる。
「なんですの?」
「リ、リゼレッタ様、奴はまだ……!」
従者が震えている指先で俺の方を示す。背中を向けていた賢者リゼレッタがそれに振り返り、正面から俺と目が合った。
ポカンと口を半開きにして、数秒の間を有す。
口許が震えていき、動揺が伝わってきた。
だが、俺には勝ちを確信した理由が分からなかった。
「なんで、勝った気でいるんだ?」
首を傾げ、自爆して負傷した賢者に問う。
「なっ……。なぜ、生きて、いるんですの……? 確かに焼き殺したはず」
後ずさった賢者が幽霊でも見たような顔で後退していき、足をもつれさせて地面に躓く。
尻餅を着いている賢者へ俺は近付きながら返答する。
「確かに視界は暗くなったし、死んだんだと思うけど。俺って死なないんだよ」
女神様のおかげで、不死者になってしまったから。生を求めた代償に、永遠の命を授かった。そこまで望んだつもりはなかったけども。
「な、何を矛盾したことを……。こ、来ないでくださいましっ! 」
賢者が地面に手をつき、距離を取ろうと無様に這いつくばる。
ゆっくり追いかけようとするが、途中で騎士達がやってきた。アッシュさんが呼んだ増援である。
数は沢山いる。鎧に身を包んだ騎士達が俺と賢者の間に割り込んできた。
分断するように横一列に並ぶ。
騎士達も賢者を捕らえようとしているのだろうか。でも、騎士が捕まえたところで牢獄行きぐらいだ。
賢者は魔導国っていう所の偉い奴らしいし、ユニークスキル所持者でもある。多分、死刑にはならない。
殺すならこの場で、俺がやらないといけない。
「賢者様、お下がりください!」
「ダクト・ファーム! 勇者様のみならず、賢者様までを!」
数十人の騎士が俺の前を塞ぎ、剣を抜いた。
半数以上が俺を厳しい目で見ながら、今にも切り込んできそうな勢いだった。
まさかの展開に足を止める。
これはあれか。賢者を庇うようにして壁になったのか。
「……? なんで、騎士の人たちは俺のこと悪者みたいな目してるんですか?」
騎士達は俺のことを重犯罪者のような扱いで睨んでいた。理解が追い付かない。加害者のような扱いを受けているのだ。
納得がいかない。俺だろう。被害者は。
「勇者様を城門前で負傷させたことは多数報告されている! 選ばれた者だからといって、やって良いことと悪いことがあるのが分からないのか!?」
先頭の騎士が叫ぶ。
「いや、おかしいでしょ。勇者については俺の勘違いだったとしても和解してるし、賢者についてはあいつが俺の従者を拐って痛め付けたんですよ」
こいつら、騎士っていっても賢者を庇うのか。
なんでなんだ。悪いのは賢者だろ。
「そうだとしても、やり過ぎだ! この惨状はなんなんだ!」
「だから、賢者が襲ってきたんですって」
一応、反論はしたが、騎士と押し問答をしたいわけではない。
早く、賢者を殺さなければ。そんな焦燥感が胸を突き動かす。ここで取り逃がしたら、俺の周りが被害に合うかもしれないのだ。
どうしても、それを防ぎたい。
――騎士なんて無視して、賢者を殺すか。
そんな短絡的思考が過る。
すると、アッシュさんが寄ってきて、俺の両肩に手を置いた。
「ダクト君ッ、止まってくれ。お願いだ。これ以上はやめたほうがいい。国同士の争いになってしまう。魔導国とは友好関係を結ばないと駄目なんだ」
必死な声だった。
「……アッシュさん、賢者を見逃せってことですか?」
「そうだ。お願いだ。言うことを聞いてくれないか」
「ティナや聖女様があんな目に合ったのに?」
「……ああ」
「賢者から襲撃してきたのに?」
「……ああ」
「この国のためですか?」
「……ああ」
「どうしても殺さなきゃ、気が済まないって言ったら?」
「この命を懸けてでも止めるよ」
アッシュさんが肩へ置いた手に力が入る。
一度も逸らず、直視しているアッシュさんの意思は固かった。
俺の力で退かすのは簡単だった。だけど、アッシュさんを無下にしてまでやりたいわけじゃない。
ため息を吐き、肩の力を抜く。
「……悪いのはあいつじゃないですか」
「そうだとしても、リゼレッタ様を敵に回してはいけない。この国が孤立するかもしれないんだ。それほど魔導国は大国だ。誘拐の件や、聖女様の件は上に報告している。何かしらの処罰は必ずされる。それで手を打ってくれないか?」
処罰はされるだろう。だが、牢屋へ行ったとしても、直ぐに釈放されるのは分かりきっている。
「……俺は守りたいんですよ。ティナや聖女様を」
「分かっているよ。その気持ちは大事なものだ。だけど、ダクト君は先ほどの騎士が言ったようにやり過ぎなんだ。落ち着いて、まずは話し合いをしよう。ティナ君もダクト君が犯罪者になることは望んでいない」
そう言われてティナを見る。
後ろを振り返り、屋敷の玄関付近にはカトレアさんに肩を抱かれているティナがこちらを見ていた。
「ダクト……」
「……ティナ」
お互いの名を呼んだ。だけど、俺は次の言葉が出てこなかった。ティナも口を閉ざし、泣きそうな目で見ている。
「ダクト君。ここは怒りを静めて、賢者様の件については国王様を交えて話し合いを行おう。謁見の準備が進めてあるから、そこで和解をしてもしなくてもお互いのことを話すんだ」
そうしてほしいとアッシュさんに念を押されて肩を軽く叩かれる。項垂れた俺は僅かに首を縦へ振った。
意気消沈してしまった俺。
こうして止められると、どうしようもない。
賢者を殺す動機は俺の我が儘だ。玩具として傷付けた行為を許せなくて、また被害に合ってほしくないから。
でも、それが駄目だと言われても、納得は出来なかった。
賢者はユニークスキル所持者だからといって、好き勝手やったのだ。俺も同じユニークスキル所持者なのに、好き勝手やって何が悪い。
賢者は許されて、俺はどうして駄目なんだ。
――なんか、考えたら疲れてきた。
荒れ果てた地面に座る。
多くの騎士達の合間から見えるが、アッシュさんは賢者と話している。何て話しているのか聞こえないが。
ボーッとそちらを見ながら耳を澄ませてみると、俺に向けた暴言のようなものが聞こえてきた。
出所は大勢いる騎士達だ。小声で俺のことを色々言話している。
あまりに大勢だから雑多な音になって聴こえてくるが、聞き分けてみると勇者様や賢者様に歯向かって罰当たりだとか。そんなことを言っている。
俺の方を向きながら喋っているし、間違いないだろう。
小声で陰口のような暴言を浴びせられている。
「ダクト……」
後ろから声をかけられると、ティナが俺の所までやってきたようだった。そのままティナが俺の首に両腕を回し、覆い被さるように体重を預けてくる。
小さな重みを感じながらポツリと呟く。
「……俺が悪いのかな」
騎士達は俺を悪者だと認識している。アッシュさんにも迷惑をかけた。
「……ダクトはわたしを守ろうとしてくれたんだよ。悪くない。間違ってないよ」
「……でもさ、そのために、人を何人も殺した」
全て賢者が悪いにしても、従者と執事を殺したのは確かにやり過ぎだったのかもしれない。
でも、どうしろってんだよ。何か他に方法があったのか?
俺には考え付かない。ティナを賢者の屋敷から救い出したときは頭に血が上っていたけど、あいつらは誘拐したことを隠そうとしていたんだ。
俺を殺しにきたし、穏便に済ませるのなんて不可能だろ。
何が正解だったのか分からない。時は過ぎて今更どうこう頭を悩ませても遅いのだろうけど。
賢者を殺すにしても、時と場を間違った。急ぎすぎたのだろう。聖女様も魔法で止めようとしていた。
「……守ろうとしてくれたんでしょ。分かってる」
尻すぼみとなった俺の言葉に、ティナが腕にギュと力を入れて俺の肩に顎を置く。
「そうだよ。守りたかった。そのための力を手に入れたんだ。だから、俺は周りが危なくなったら害する奴を何人も殺す。多分、これからも……それでいいのかな」
「……ダクトが正しいと思ったほうをやればいいんだよ。わたしはそれが間違っていると言われても、それでもダクトの隣にいるよ。ずっとずっと、ダクトの隣に居るから」
「……ん」
ティナが俺の背中を押してくれる。
俺は少しだけ泣きそうになりながら頷いた。




