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村人46

 半透明の難解な文字列が地面に浮かび上がり、賢者リゼレッタを中心に展開されていく。


 その上に立つ当の本人は両目を瞑り、手のひらを地面に突き出して魔法の詠唱を開始した。


「賢者リゼレッタが命ずる。魔導の真髄たる白炎よ、全てを滅する焔となりて顕現せよ――」


 リゼレッタが呟き、魔方陣の一部が煌々と朱色に変わる。どうやら、一節を紡ぐことで赤色の文字に見た目が変化するらしい。


 多分、魔方陣の全てが赤色に染まれば魔法を放つことができる、とかそんな感じだろう。


 しかし、見たところ残り五節も詠唱が必要で、魔法が完成するまでに時間が掛かりそうだった。


 その間、あまりにも無防備すぎる。


 俺は何かしらの罠だと疑ってしまい、思考を巡らした。こんなに堂々と真っ正面で詠唱するのだろうかと。


 何か策があるに違いない。辺りを見渡してみる。


 屋敷の玄関から通じる石畳部分には詠唱している賢者がいて、その後ろには従者と執事が沢山並んでいる。


 芝生になっている所の少し離れた場所には、俺の屋敷の警護を任されている騎士達が火の壁に囲まれているぐらいだ。朧気ながら透けて見えるが、水の魔法を撃ったりして四苦八苦している。


 罠があるような不審な点はない。


 こうしている間にも賢者の詠唱は紡がれており、あと三節ぐらいで魔法が完成しそうだった。


 考えを巡らそうにも頭が足りない俺にはよく分からなかったし、すぐに諦める。罠があっても、その時はそのときだろう。


 距離を詰めないとやれることもないため、俺は悠長に詠唱している賢者に近付こうと前に進む。


 だが、距離を詰めようと一歩踏み出したと同時に、後ろに控えていた従者の集団が殺到した。賢者を守るようにして立ち塞がった総勢三十人。


 賢者の口振りで一対一のつもりになっていたが、そんなことは言っていなかったと思い直す。


 俺にとって、どれだけ肉壁が増えようと脅威にはならないから文句を言うつもりはない。睥睨して、賢者陣営に特攻した。


 ステータス差のせいか、前面に移動してきた従者や執事達の動きは遅く見える。強引に突破することも可能だったが、俺は纏めて相手をすることにした。


 賢者陣営は全員許すつもりはない。今後のことを考えると生かすつもりはないのだ。


 ここに居る奴等は皆殺しである。


 地面を踏み砕き、一瞬で執事の目の前に移動した。


 後方で爆発音のような音が鳴り、舗装された石畳が弾け飛ぶ。


 一秒にも満たず、肉薄された執事は驚愕した表情をしていたが、その顔面に右手を振るった。


 執事は頬の肉を震わせ、鼻の部分に拳が触れる。抵抗もなく凹み、そのまま貫通した。


 まとわりついた液体を払うように右手を横に振る。

 

 周りにいた数人の従者に液体が降り、黒い服装に赤色が彩り飾った。


 血を被った従者が俺を呆然と見上げる。


 静寂が訪れた。


 賢者ですらも詠唱を中断し、こちらを見ていた。


「なに、を、した……?」


 集団の内、一人の執事が絞り出した声が響く。


「殴っただけだけど?」


 俺は当たり前なことを返し、ついでに従者の首を掴んで捻り切った。


 頭部だけとなった物を空中で掴み取り、賢者へ向けて投擲する。


 俺の動作から予測した執事は賢者の前に盾となり、飛来したものを執事が身に受けて鈍い音が鳴った。


「――ぐっ!?」


 投擲をまともに受けた執事が地面を転がり、屋敷の塀の部分に当たって止まる。


「――バカな、有り得ないっッ! 身体強化の度を越しているぞ!?」


 大声を出した執事に同調し、何人かの従者が有り得ないと叫ぶ。


「――ドーピングでしょう。これほどの力は聖堂教会の勇者因子ぐらいしか心当たりはありませんが、何かしら取り込んだと考えるべき」


「あれは副作用で化け物になると聞いていましたが……」


「この平民が裏と繋がりがあるということですか!?」


「さて、どうでしょう。しかし、今考えても栓無きこと。魔法は完成しましたわ。捲き込まれたくなければ退きなさい」


「はっ、リゼレッタ様!」


 執事と従者が大きく横に退き、急いで詠唱を完成させたのだろう賢者リゼレッタが片手を上げていた。


 赤色の魔方陣は消えている。


 ただ、賢者は歪な笑みを浮かべていた。


「――全てを灰と化せ。エインシェント・フレア」 


 賢者の突きだした手に赤色の塊が顕現する。


 集約した塊は高密度の火炎であり、空間が歪んでちりちりと火の粉が舞う。


 幻想的な光景だった。


 そう見とれていると――直後、猛炎が唸る。


 賢者の手のひらに支えられた球体が爆り、渦となって荒れ狂う。色が変わっていき、赤色から黄色へ、白色に発光した。


 業火の白炎が膨れ上がり、人を飲み込めるほどの大きさになっていく。


 魔法の余波が届き、離れている芝生に火の粉が付着して芝が焦げている。


 草が燃える音に、焦げた臭いが鼻を突く。


 俺も熱いという感覚を全身が訴えている。痛みはないから平然としていられるが、スキルの痛覚無効が無ければ立つことすら危うかったかもしれない。


「ふふ、一粒の欠片さえも残さず、塵となるがいいですわ」


 賢者が俺に照準を合わせ、魔法を放つ。


 俺の身長が三つ分ぐらいの大きさとなった火炎が迫ってきた。


 球体が迫るにつれて熱気が凄まじくなり、花壇に咲いていた花が燃え尽きる。ステータス差で俺の髪の毛は守られているが、俺の衣類に火が着いた。


 避けることは余裕だった。だが、後ろには屋敷がある。


 被害を最小限に抑えるには俺が受け止めるより、上へ逸らすほうがいいのかもしれない。


 ティナやカトレアさんも居るから少しでも危ないことは避けたい。


 瞬時に判断し、俺は火炎を蹴りあげることにした。


 そこに怖いという感情はない。そんなものダンジョンに置いてきてしまっている。


 躊躇うこともなく、助走をつけて白炎に飛び込む。片足を地面へ突き刺し、大振りに振った足で真上へ蹴り上げる。


 火炎に触れると靴が燃え消え、素足が露呈した。


 直に触れた俺の足から、粒子再生の青い光が浮かぶ。


 ――余波が響き、俺が蹴り上げた地点から全方位に亀裂が走った。賢者の魔法は上に吹っ飛び、遥か彼方へ飛んでいく。


「あっぶねえ……」


 意外と賢者の魔法は威力が凄まじかった。


 火傷の跡のように足の肉が変色し、粒子再生が絶え間なく発動している。痛みはないけど、見た目がグロい。青い粒子が宙に浮かんでは消え、ポツポツと光を灯している。


 でも、屋敷が無事で良かった。次は二度と魔法を発動させないようにしよう。


 俺は足が無事なのを確かめるため、ぴょんぴょんと軽く飛んでみたが、大丈夫そうだ。次第に粒子再生の光も収まり、元通りに完治した。


「は……? 無傷……? 第一階層とはいえ、最上級フレアですのよ……?」

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