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村人44

「……え?」


 賢者リゼレッタを殺す。


 聖女様が口に出した提案に俺は固まってしまった。


 その言葉が出てくるとは露ほど思っていなかったのだが、さっきの発狂具合もあって乱心しているのではないかと勘繰ってしまう。


 彼女はこんなことを口走る人ではないし、様子も何だかおかしい。


 聖女リシアと呼ばれる人物は俺も良く知っているからこそ、雰囲気の差異に違和感を覚えてしまう。


 平民から圧倒的に支持されている聖女様は親しみを込めてリシア様と呼ばれることが多い。


 確か年齢は俺の四つ上。


 人目を引く銀髪に、毛先が桃色の珍しい髪。とても愛くるしい見た目をしていて、瞳は透き通るほど青い。


 俺の村にも一度だけ来てくれたことがある。そのとき、村の連中へ親身になって回復魔法を施し、畑仕事も手伝おうとしてくれていた。


 勿論、お付きの神官に止められていたが、目を細めて控えめに笑う姿が印象的だった。


 彼女はそんな人物であり、慈愛の象徴のような方なのだ。ユニークスキルが無くても聖女に相応しいとさえ俺は思う。


 そんな人が、一音はっきりと賢者を殺そうと提案してきている。


 俺は部屋から出ていこうとしていたのを止めて、扉を閉める。聖女様の正面へ体を向けると、閉じたドアから軋んだ音が鳴った。


「どうですか。一緒に協力しませんか」


 さっきまでの発狂が嘘のように、冷淡な声色で問いかけてくる。


 賢者リゼレッタの殺害。


 賛成だ。異論はない。


 既に俺は賢者の配下を殺している。報復の可能性もあり、争いの種になるのなら先に芽を潰したい。早めに対処したいと考えていたところだ。


 だけど、それに聖女様を巻き込むつもりはなかった。


「……聖女様、起きたばかりで混乱していませんか?」


 俺は努めて冷静を装い、ゆっくりと喋る。


「いいえ」


「なら、どうして」


「……賢者は悪行を積み重ね、更正しようともしなかった。これ以上の罪を重ねるのなら、この手で神の元へと導くべきでしょう?」


「神の元へ……?」


「ええ、そのままの意味です。殺せば魂が神の御許へ還るのです」


「……」


「何より、彼女は場を乱している。わたしたちは女神様の祝福を与えられ、使命があるというのに。……賢者は不要ですから、新しいユニークスキルを承った者を召喚しなければなりません」


「……使命?」


「魔王を倒し、世界に平穏を取り戻すのですよ」


「そういえば、魔王を倒すんでしたっけ」


 頭からすっぽりと忘れていたが、俺達はユニークスキル所持者となったからには魔王を討たなければいけないのだ。


 神様に選ばれた宿命で、魔王を倒さないと俺達は死ぬって勇者が言っていたような気がする。


 でも、俺のユニークスキルって不死者なんだけど、死ぬんだろうか。いや、神様に与えられたものだし、死ぬのかも。それはマズい。


 魔王は俺一人でどうにかならないもんか。ステータスは他ユニークスキル所持者よりも遥かに高いのだが。


 それとも、当初の予定通りに四人で戦わないと勝てない理由でもあるのか。


 その場合、賢者リゼレッタとは関係を修復するつもりはない。聖女様の言う通りにさっさと殺し、新しいユニークスキル所持者に期待したほうが良い。


 魔族とやらが襲撃してくるのに猶予がどれぐらいあるのか不確かだし、早めに実行しなければいけないか。


「……賢者を殺すのは俺がやります」


「ふふ、そう言うと思いましたよ。だけど、わたしの手であの世へ送ってあげたいのです。……あなたは灰色で、やりきれない。甘えが出て、ダクトはリゼレッタを殺せない。だから、わたしに協力してほしいのです」


 聖女様は俺が賢者を殺せないと確信しているようだった。どうしてだ、殺すつもりはあるんだけど。


 ティナにやったことは到底許されないし、謝ったところで許すつもりもない。


「そんなこと、無いと思いますけど。もう賢者の従者を手にかけてますし……」


 執事と従者を殺した。何人殺そうと同じだろう。


 王都でも殺人は罪になるのだろうが、詳しいことは調べるつもりはないし、最初に手を出してきたのは賢者のほうだ。


 それでも俺が罪人になるのなら、ユニークスキルを盾に使うしかない。


「そう、あなたは既に引き返せないところまで来ている。だけど、賢者の話術によって見逃し、取り返しのつかないことになりましょう。あなたは優しく、残忍だから」


「……優しく、残忍ですか」


「ええ、この目を失いましたが、視えると言いますか感じるのですよ。あなたは恐ろしいほどに、躊躇いもなく人を殺すでしょう。だけど、情けに甘い」


 そうなのだろうか。


 確かに、初めて人を殺したとき俺は躊躇いなんてものは無かった。人を殺す罪悪感よりも、簡単に殺せた自分自身の変化のほうが怖かった。


「このままでは、貴方は大切なものすら失います。それが嫌なら、わたしに協力なさい。賢者リゼレッタを殺し、徹底的に関係者を根絶やしにするのです」


 聖女様がここまでやる気っていうなら、俺は協力するべきか。聖女様に悪評が付くのは避けるべきところだが、本人がやるってんなら仕方ないだろう。


 賢者は殺す。聖女様の手で。


 そして、新たなユニークスキル所持者と仲良くするのだ。よし、これでいこう。


 やるからには全部だ。リゼレッタも、従者も、執事も、癒着してる国の上層部も。


 俺のために、俺の周りが害されないように。


 全員をぶっ殺す。


 事情を知らない他人から人殺しと罵られようと、この行いはきっと正しいはずなんだ。というか、俺の周りが無事なら何でもいい。


 言い訳だろうと何だろうと理由があって、賢者を殺す。


 この選択は間違っていない。


 だって、あの聖女様が言っているのだから。


「……わかりました」


「ええ、ええ。その意気ですよ。賢者を殺し、新たな祝福されし者と共に、魔を滅ぼしましょう」






 優雅に微笑む聖女様と協力関係を結んだ俺は、これからどうするべきなのか方針を簡単に纏めて部屋から退出した。


 廊下を出て、背中を預ける。


 聖女様曰く、賢者リゼレッタを殺すのは時を待ってからとのこと。まどろっこしいが、どうしてか直ぐには殺さないらしい。


 俺はサクッと殺すつもりでいたので拍子抜けした。


 理由を窺ってみたが、俺自身が甘いからと微笑みを浮かべられた。意味が分からない。


 再度問うが、はぐらかされてしまって結局何も教えてくれなかった。


 ――直ぐにでも、殺せば解決するんじゃないか。


 そう意見を通してみたが、逆に念を押されるほど聖女様が良しとするまで手を出すなと厳命されてしまった。


 納得いかない。


 でも、まあいいよ。従うさ。聖女様がおっしゃっているんだ。


 そもそも、俺のものに手を出されたら聖女様の判断なんて仰ぐつもりはない。聖女様が何を考えているのか知らないが、上手くいくことを祈ろう。


 とりあえず、聖女様が目を覚ましたことを報告しなければいけないか。発狂していたことも伝えるべきか悩みつつ、廊下を歩いていく。


「あの、ダクト様っ」


 長い廊下をゆっくり進んでいると、カトレアさんが走って戻ってきていた。


 カトレアさんが家の中で走るのは初めて見た。珍しいというより、どうしたんだろうと疑問が浮かぶ。


 カトレアさんは一礼し、息を整えながら口を開く。


 だが、言い淀んで外をちらりと眺めた。尋常ではない焦りようで、額に汗が滲んでいる。


「どうしました?」


「客人が訪ねてきましたが……」


 客か。誰だろう。訪ねてくるとしたら、シェイラか国のお偉いさんぐらいなのだが。


「誰が来たんですか?」


「賢者リゼレッ――」


 俺はそれを聞くなり、返答もせず玄関へ走った。


 カトレアさんが走ってきた廊下を駆け、階段を下りる。


 途中でティナが慌ただしく走っている俺を見つけ、手を振ってきた。


「ダクトー、ご飯だよ」


「――悪い、あとで」


 ティナには悪いが、最小限の返事をして玄関部分へ急いで辿り着く。


 扉を開け放つと、庭の部分に来客が居た。


「あらあら、大慌てですわね。ごきげんよう、平民さん。突然の訪問を謝罪しますわ」


 視界に映ったのは金髪縦ロール。


 あまり見ない奇抜な髪型に優雅な笑みを張り付け、豪華なドレスを着ている女性が日傘を差していた。


 今まで見てきた中でも貴族らしい貴族の外見。過疎区の村人が思い描く貴族像にもっとも近く、俺はその姿を見て胃が絞られるような痛みを感じた。


 ユニークスキル所持者一人、賢者リゼレッタが庭に居たのだ。


 思考が駆け巡る。


 こんなに堂々とやってくるとは考えもしなかった。


 俺は賢者陣営の人間を殺している。報復の可能性があったが、こうして正面からやってくる理由は何なんだ。


 賢者の後ろには従者や執事も待機しており、人数がやけに多い。三十人ぐらいの付き人が屋敷の門付近に並んで陣取っていた。


「……何しに来たんだ」


「何しに来たって、ご挨拶ですわね。貴方は分かりきっているのではなくて?」


 思い当たることは一つしかない。


「……報復か」


「ええ、その通り。襲撃に来ましたの」


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