村人42
俺は捻り潰そうと片手で頭を掴もうとするが、執事は逃れるように叫ぶ。
「あ、案内しよう! 地下室はこっちだ!」
その言葉に俺は手を引っ込めた。
地下に部屋があるといっても、俺には場所が分からない。一旦殺すのを止め、着いていくことにした。
執事が片腕を押さえて這いつくばる。よろめきながら立ち上がり、奥のほうへと先導していく。
ポタポタと執事の右手なら血が流れているが、後ろを案内されるまま追従していると、いつしか血が止まっていた。
回復魔法でもやったのかもしれない。
ただ、俺に歯向かうような素振りはなく、地下室まで案内してくれた。
「こちらですぞ」
普通の物置小屋のような場所に隠し通路があり、階段を下りると薄暗い部屋に到着した。
「鍵を出しますので待ってくだされ」
懐をまさぐっている執事を余所に、俺は鍵穴部分を殴り壊して扉を開く。
真っ先に気付いたことは檻が所狭しと置いてあり、アザだらけの少女達が全裸で横たわっていたことだった。
眉を寄せつつ、部屋へと踏み入れる。鼻をつくような匂いが充満しており、無意識に顔をしかめてしまう。
「……なんだよ、これ」
檻の外側には器具がたくさん置いてあった。全てが拷問用というのは一目見て察する。
「ここはストレス解消部屋でしてな。歪んだ性癖をお持ちのリゼレッタ様が、自分で楽しむために用意したものですぞ」
「……ティナは」
「あなたの従者は奥のほうへおりますゆえ」
檻の中に居る少女達は十人以上は居た。全員が痣だらけの体で、俺が来訪したことで目覚めた者は虚ろな目を向けながら涎を垂らしていた。
俺と同じような年齢の者もいれば、明らかに十代に満たない者も居る。
不快感しかなかったが、俺はティナを探すために奥へ進む。
ティナが居た。檻の中ではなく、壁に縫い付けられるように鎖に繋がられていた。
全裸のティナが両手足を伸ばされている。
急いで駆け寄り、俺は縛っている鎖を引きちぎり、両腕で抱えた。
ティナは意識がなく、ぐったりとしている。痣が酷く、目元も紫色に腫れている。唇は切れており、赤く炎症していた。
胸には裂傷があり、股の間からは血が流れ出たものが固まっていた。
「ティナっ! ごめん! 遅くなった!」
息はしている。心臓の鼓動も動いている。
だが、肩を揺らしても反応がない。
俺は慌ててポーチからポーションを引き抜く。勇者から貰ったやつだ。
口に流し入れてみるが、喉を通らずに口から溢れ出てくる。俺は咄嗟に自分の口にポーションを流し、口移しで飲ませた。
ごくりとティナの喉が動いた。
続いて、淡い光が浮かび、青色の輝きがティナを包み込む。
「……ぅ」
呻いたティナを抱き寄せる。
「もう大丈夫だ。俺だ。ダクトだよ」
「……ダ、クト……」
視点が合っていない目が僅かに開いた。
「……ああ、戻ってきたんだ。もう大丈夫だからな」
俺は抱き締めて、大丈夫と何回も口にする。
ティナは反応するように指をピクリと動かすと瞼が閉じ、支えていた首の力を失う。再び気を失ってしまったようだった。
「ふむ、私が言った通り、命に別状はないようですな。彼女はリゼレッタ様が気に入っておりましたので、外傷ぐらいで済んだのでしょう。さて、そちらの者は返しますので、どうかお引き取りを……」
執事が礼をしながら、出口を片手で示している。
その態度を見て、俺は唇を噛み千切っていた。スキルの粒子再生が発動する。
まさか、俺がさっき殺すのを止めたから、殺されないとでも思っているのだろうか。
ここまでのことをしておきながら、それで済むと?
俺はティナをゆっくりと地面に横たえ、拳を握る。爪が食い込んで、粒子再生を発動させながら執事のほうへと向かった。
しかし、立ち止まる。途中に居た女性に目が釘付けになってしまった。
ティナと同じように檻ではなく、鎖に繋がれた女性がもう一人居ることに気付いたのだ。
台座の上に乗っている女性は両手を鎖で拘束され、意識を失っている。両足は切断され、焼かれた痕が残っていた。
長い銀髪の毛先が桃色という珍しい髪色。
目元は黒い布で隠されていたが、俺はこの人を見た覚えがある。
「……聖女、さま?」
「おや、お気付きになられましたか。目利きがよろしいようで。その方は貴方と同じ、ユニークスキル所持者の聖女リシアでございます」
「なんで、ここに……?」
行方不明だったはずだ。
「リゼレッタ様が求めたからですよ。その方のせいで我が主人の性癖がどんどんと歪んでいったのです。いやはや、困ったものですよ」
聖女様も誘拐されていた……?
勇者や賢者と会合したとき、新しいユニークスキル所持者が生まれないから聖女は早く死ねばいいとか言っていたのに。
あの時、賢者は白々しく嘘を吐いていたのか。
俺は執事を無視し、聖女様の手を縛る鎖を引き千切った。
台座は不自然に揺れ動いていて、聖女様の腰が左右に揺らされている。銀髪から覗く豊満な肢体は裂傷の痕が酷かった。
魔眼に映る心臓の鼓動も弱々しく、死んでもおかしくはない状態だ。
俺はポーションを飲ませるために、聖女様を抱えて台座から下ろす。
揺れている原因は台座だった。
「それは拷問用具の一つでしてな。リゼレッタ様が開発した魔導具ですぞ」
物珍しく見ているように思ったのか、執事が説明してくるが、構わずポーションを飲ませる。
目隠しされている布も取り払おうとしたが、俺は中を覗いて黒い布をサッと元に戻す。
聖女様の眼は無かった。
「……なんて惨いことをするんだ」
「どんなに痛め付けても、神様はどうたらとリゼレッタ様を改心させようとしてましたからな。触れてはならない逆鱗を踏んでしまったのでしょう」
「……あんたは止めなかったのか?」
「リゼレッタ様が望むべき道、それを支えるのが優秀な執事や従者では?」
「……」
「まあ、その二人を持ち帰って構いませんので。聖女は特にリゼレッタ様のお気に入りの玩具でしたが、致し方ないでしょう。では、どうか、お引き取りを」
優雅に礼をしながら片手を出口へ向けている。
俺は執事の前まで歩き、見下ろした。
「おや、まだ何かご――」
俺は執事が言い切る前に、顔を上げようとした首に鋭く伸ばして手を振り、水平に跳ねた。
血飛沫が上がる。
今日だけで六人。俺がこの手で殺した人数だ。
だけど、相手は犯罪者だったからか、殺すことに抵抗はなかった。人を玩具として扱い、残忍な行いをする狂った奴等だ。
ティナにも手を出しているし、聖女様にも酷いことをやっている。殺す抵抗なんてあるはずもなかった。
だけど、以前の俺なら殺すという選択はしなかっただろう。
ダンジョンで何度も喰われたり、殺したりしていたせいか。生死の境が曖昧になっている。
他人の命なんて軽く思えてしまうのだ。
俺の頭のネジは外れてしまったのだろうか。
こいつらは自業自得だとはいえ、人を躊躇いもなく殺せた事実が少しだけ怖かった。血に汚れた手を見詰め、俺は振り払うように血を拭う。
屋敷内から布をかっさらってティナと聖女様を包み、丁重に担いで賢者の屋敷を後にする。
賢者の屋敷は静かで、他の従者や執事が顔を見せることもなかった。
他の監禁されている者達に一緒に出るかと聞いても無反応だったから、後の始末は騎士に任せようと考えている。
とにかく、戻ろう。俺の屋敷へ。
屋敷に戻った俺は、ティナと聖女様をベッドへ寝かせた。俺も椅子に腰掛けて、二人が目を覚ますのを待つ。
カトレアさんとアッシュさんには説明したが、誘拐犯が賢者だったことに衝撃を受けていた。
まさか本当に、そう呟いて驚きを露にしていたのだ。
賢者が誘拐しているという噂は耳にしていたのだろう。そうじゃなければ出ない反応だった。俺にそれを言えなかったのは、確信のない曖昧な噂だったからか。
それとも、ユニークスキル所持者である賢者を悪く言えなかったのだろうか。個人的にはさっさと言ってほしかったのだが。
聖女様についてはアッシュさんが顔色を変え、一大事だと告げて騎士団と王宮へ報告しに行くと出ていってしまった。
残ったカトレアさんも目を覚まさない二人を案じ、医者と神官を手配すると後を追うようにして出ていってしまう。
その際に、伝えなければいけないことを逃してしまった。
賢者側の付き人を殺している。まあいいか、機会があれば言おう。返り血を浴びているため、察してくれたかもしれないけど。
残った俺は椅子に腰掛け、後々のことは置いておいて二人が無事であるよう祈る。
ポーションは飲ませたおかげで外傷は癒えているし、魔眼で確認した心臓の鼓動も安定している。だが、二人とも目を覚まさない。
暫くすると神官と医者を同行させたカトレアさんが戻ってきた。回復魔法を施してもらい、診断してもらう。
別状はない。もう少しで目を覚ますとのこと。
それに俺は安堵をしながら、吐息を漏らす。
神官と医者へカトレアさんが対応しているのを眺めながら、ティナの前髪をかきあげて優しく撫でる。
「……無事で良かった」
小さなおでこに触れていると、ティナの唇が僅かに動く。
「んっ、……ダク、ト?」
ティナが目を覚ました。
「ああ、俺だよ……」
「――」
ティナがベッドから勢いつけてバサッと起きると俺のほうへ寄ろうとし、体勢を崩してベッドからそのまま落ちそうになる。
慌てて椅子から立ち上がり、抱き締めるように受け止めた。
「危ないぞ」
久しぶりの香りだ。ティナの匂い。
抱えた少女は至近距離で俺を見上げ、硬直していた。目が合った状態が数秒続くと、首を横に倒して疑問を口にする。
「……イメチェンした?」
「……ああ、そうだな。色々、変わったかも。あとで詳しく話すよ」
「そっか、そっかあ」
ティナが俺の胸元に顔を埋めて呟いた。
「痛いところとかないか? 大丈夫か?」
「うん。あのね、ダクト。わたしさ、なんかすごーく悪い夢を見てたんだ。でも、夢だった、のかな……」
その悪い夢とは、賢者に監禁されていたことだろう。
「……きっと夢だったんじゃないか」
辛い記憶なんて覚えていないほうがいい。忘れたほうが幸せなことだってある。
「うん、そうだったのかな。そういえば、ダクトに言ってなかったことがあった」
「なんだ?」
ティナが顔を埋めるのを止め、俺の額におでこをくっ付けた。
「おかえり、ダクト」
「……ただいま、ティナ」




