村人41
早朝から賢者の住む屋敷までやってきた。
俺の屋敷と同じような外観だ。庭があって二階建ての建物で、窓がいくつも並んでいる。
この屋敷も国から与えられたものらしいが、賢者の要望で貴族街の端っこに建てられたそうだ。
俺の屋敷から随分と遠かった。
日の出の時間帯では見張りの者も居らず、俺は出向かうことを賢者に連絡しているわけでもないので、門を自力で開いて庭部分を通っていく。
石畳に舗装されている道は俺の屋敷と同じぐらいに綺麗な花壇などが添えられていた。
玄関部分となる扉に到着すると立ち止まり、呼び鈴を鳴らす。
俺は真っ向から行くつもりだ。いきなり襲撃してティナを救い出すのもいいが、それが俺だと分かるようにしなくてはならない。
二度と俺の周りに手を出させないように力を示す必要がある。今の俺ならば、怖いものなんてない。
開くのを待つ。一分を心の中で唱えて待った。もう一度、呼び鈴を鳴らす。
開く気配がない。居留守だろうか。
人の気配なんて読めないが、中には誰かしら居るはず。
「俺はユニークスキル所持者、ダクト・ファームだ! 賢者リゼレッタに話がある! 開けなければ無理やり開けるぞ!」
大声で叫んでも反応がない。
俺は宣言通りに強行突破することにした。
拳を握って扉に叩きつける。鉄製の扉が吹き飛び、鈍い音が辺りに響いた。
開いた扉の先には従者の格好をした少女が居て、驚いた表情で腰を抜かしている。
「……いるじゃんか。なんで、開けないんだよ」
「わ、わたしは、リゼレッタ様とジョセフ様から誰も招くなと、言われていて……」
「あっそう。その賢者はどこに居るんだ?」
「え、遠征中で屋敷には居ません。予定では明日の午後には帰られると……」
「……本当か? 嘘だったら殺すぞ」
「ひ、ひぇ。ほ、本当です!」
涙目で後退りする従者。
「……まあいいや。あんたが知ってるかどうか分からないけど、王都で少女を誘拐しているやつがいる。犯人が賢者らしくて、俺の従者も誘拐されたんだ。この屋敷に監禁されてるらしいけど、何か知ってるか?」
「し、知りません!」
「本当か……?」
「もちろん、知りません!」
「じゃあ、いいや。勝手に探すよ」
可哀想なほど涙ぐむ従者は放っておくことにした。誘拐関連と無関係というなら俺も怒りはしない。
背を向け、手当たり次第に探していこう。
誘拐された女児は多いらしいし、大勢を監禁できる部屋はどこだろうか。
そんなことを考えながら屋敷内を探索しようとすると、背中に衝撃が走った。
「アイシクル・ランスっ! ファイア・ランスっ!」
「――っ」
また、背中に衝撃を受ける。バラバラとなった氷の欠片が足元に砕け、火の粉が舞ってひらひらと床に落ちている。
痛みはないのだが、予想していない背後からの攻撃で前方に倒れそうになる。危ない、コケるとこだった。
振り返ると、両手を突き出した先程の従者がいる。
「ふふ、演技に騙されましたか? 屋敷に無断で侵入する者は殺せと命じられています。それに、誘拐のこともご存じの様子。むざむざと捜索されては困りますからね。あなたに恨みなどありませんが、死んでいただきましょう」
「……さっきのは嘘泣きか」
「ええ、見事なものでしょう?」
「誘拐のこともちゃんと知ってるらしいな。話が早く済みそうで良かったよ」
この従者の反応で確信した。誘拐の件は本当に賢者がやったらしい。
シェイラのことを疑っていたわけではないが、賢者がそんなことをするのかという小さな疑問はあった。
賢者が嗜虐趣味というものも本当のことなのだろう。
容赦をする必要が無くなった。
「ふふふ、強がりですか? 三回も魔法を受けて、立ち上がっていることは称賛しましょう。しかし、相当なダメージが入ったはず。この騒ぎに他の者も駆けつけてくるでしょうし、屋敷にはリゼレッタ様の右手であるジョセフ様も居るのですよ。あなたが屍となるのは確定事項です」
「……誘拐された中にティナっていう十四歳の女の子が居る。どこに居るか教えてくれないか? 話してくれるってんなら、攻撃したことは許すぞ」
「バカですか? わたしが先程おっしゃったことを聞いていないのですか? あなたは死ぬのですよ?」
「……」
不遜な態度に呆れながら、俺は跳躍して一息に間合いを詰めた。
床を抉り、窓に取り付けられていた硝子が吹き飛ぶ。風圧によって置いてあった肖像画や家具も転がり、今の一瞬で屋敷の玄関付近が大惨事になった。
近距離に入った俺は、従者の細い首に手を伸ばす。
「……ぐ、っ。身体強化、ですか。これほどの、手練れ……」
殺さない程度に加減をして片手で握り、上に持ち上げた。
「吐け。誘拐した者はどこにいる」
「……わたしは、リゼレッタ様の忠実なる僕。ジョセフ様が居ます。あなたは死ぬの、です」
口を割りそうにない。俺は更に片手で持ち上げると完全に足が浮いた状態の従者に問う。
「もう一度聞く。答えない場合は殺すから。誘拐した者たちはどこに居るんだ?」
喉に指が食い込んでいる。これ以上、力を込めたら従者が死にそうだ。
「……っ、」
これでも喋らないらしい。首を絞めすぎて話せないのかもしれないが、何かしらの反応が欲しかった。
そんなに時間は掛けていないが、周りには他の従者や執事服を着た者達が集まってきている。数は四人だけで少ないが。
俺と同じ歳ぐらいの年若い男二人と女二人。全員が使用人の格好をしている。
「おい、何をしている!」
「侵入者です! ルランを助けないと!」
色々と面倒臭くなってきた。
俺は掴んでいた従者の首を離す。
「――ごほっ、ごほっ!」
落ちた従者は喉元を押さえ、咳を吐いて苦しんでいる。
「侵入者よ! 直ちに降伏しなさい! さもなければ、リゼレッタ様が筆頭である魔法師団がお相手します!」
誘拐犯の一味の癖に物言いが上から目線だ。それが、無性に腹が立った。
「……もうさ、誰でもいいんだよ」
俺は宣言して、床に座り込んで咳をしていた従者の頭を本気で蹴り上げた。
「ぁ」
言葉にもなっていないものを残し、従者の頭は爆散する。血が壁にも付着し、床に赤い液体が流れた。
首から先が無くなった体は床に倒れ込み、びちゃりという音と共に俺の足に血がかかる。
初めて人を殺した。だけど、胸が冴え渡る気分だった。血肉は見慣れていたから吐き気もない。
「なあ、お前ら誘拐犯なのに偉そうに話すな。拐った人たちがどこに居るのか、さっさと吐け」
「――くっ、侵入者を直ちに排除せよ!」
従者と執事が一斉に俺を敵と認識し、排除しようと前列と後列に別れた。執事が前衛で拳を構え、後ろの方で女従者が魔法を詠唱している。
俺は加減をするつもりもなく、前衛の執事を殺すことにした。燕尾服を着た男の脇腹へ片手を横に振るう。
胴体が軋み、骨が砕けたのか有り得ない角度で曲がる。力をそのまま加え振り抜けば、執事の男の胴体が真っ二つになった。
衝撃で壁に激突し、穴が空いて外が見えた。
芝生は赤色に彩られ、血肉となった代物が無造作に広がっている。
呆気に取られ、棒立ちのままとなっている執事と従者達。
俺は容赦なく、もう一人の執事も蹴り上げる。太ももから胸元まで蹴ると片足が千切れ落ち、上に吹き飛んだ。
天井に突き刺さった男は身動きせず、頭上から血が雨のように降ってくる。
「ば、ばかな! なんだ、その力は!? ドーピングでもしてるのか!?」
狼狽える従者達まで跳び、頭を掴んで膝蹴りをかます。頭が木っ端微塵になり、首から下が痙攣した。
ここら一帯が血だらけだ。
俺の体も返り血を浴びて赤く染まっているが、拭うこともなく最後の従者へと詰め寄る。
「……なあ、まだ話す気はないのか?」
最後の一人。血に汚れた手で首を掴み取り、徐々に絞めていく。
股の間から流れていくものがあった。
「あっ……あ、ジョセフ、様……」
従者が呟いたものは、俺が求めていない返事だ。
「さっさと吐けばいいのに……」
そのまま、首をへし折ると白目を剥きながら従者は死んだ。
この場にいた従者や執事は息をしていない。常時発動している魔眼には心臓の動きが見えるのだが、全て赤く明滅していたものが途切れている。
屋敷内には他にも従者達が居るのだろうが、この騒ぎに駆けつけていないことを考えると非戦闘員とかだろう。それとも、この騒動を賢者に伝えるために隠れているのかもしれない。
殺した従者は誘拐した者の居場所を吐かなかったし、他の者も簡単には教えてくれないだろう。関わるだけ、時間の無駄だ。
自力で探すとしよう。
ぴちゃぴちゃと赤い水溜まりを歩き、適当に散策しようとした。
しかし、俺に向かって歩いてきた者に気付く。
「おやおや、やってくれますなぁ。魔族のような外見ですが、どこかで見覚えが……ああ、貴方はユニークスキル所持者の一人では? これは謝ったところで済まない大事になりましょうぞ」
初老の男性執事だ。俺のことを覚えているらしい。
俺自身も何回か見た記憶があって印象に残っている人物だ。賢者の側付きで、甲斐甲斐しく世話をしていた。
ダンジョン前の買い物でも賢者に付き添っていた執事である。
「王都の誘拐犯ってお前らなんだろ。俺の従者を拐っといて、文句でもあるのか」
「くくく、確かに。バレないように動いていたつもりなんですがなぁ」
「隠す気もないのか」
「これから死にゆく者に隠しても、意味がないでしょうに」
「あっそう」
「因みに、お聞きしますが、どうやって突き止めたのですか?」
「詳しくは知らない。けど、誘拐犯として断定したのは勇者の妹だよ。何回か狙われて、手練れの魔法使いだったことから特定したらしい」
「ああ、なるほど。やはり、勇者陣営に手を出すのは失敗でしたな。天才少女シェイラ殿が欲しいと前々から望んでおりましたが、リスクが高いとリゼレッタ様には何度も忠告をしていたのですが……」
「……あんたを殺す前に聞きたい。誘拐した人たちとティナはどこに居るんだ」
「ほう、私に勝てると?」
「あんたらの従者と執事が五人掛かりでも勝てなかったんだぞ」
「それはそうでしょう。彼らのレベルは30ほどですから。私はこれでも元Sランク冒険者、全盛期には疾風迅雷のジョセフと呼ばれていましてな」
誰だよ、知らねえよ。
冒険者の情報にあまり明るくはない。それに、どれだけ強くても勇者を超えていることはないだろう。
俺や勇者には女神の加護がある。
「……ユニークスキル所持者に本気で勝てると思ってるのか」
「――なら、試して見せましょうぞっ!」
執事が俊敏な動きで飛び掛かってきた。紫電が手にまとわりつき、足を踏み出したところからも雷が放出している。
それなりの速さで繰り出してきた紫電の抜き手は俺の首を狙っていた。それに合わせ、乱雑に腕を振るう。
――破裂音が鼓膜を揺らす。
紫電に血が混ざって四方に散り、光が明滅した。
「……あんたが、ティナの場所を話さないっていうなら殺すだけだけどさ」
「ぐっ、ぅ!? 何を、した!? いきなり手が破裂した!?」
執事が血が流れている右手を押さえ、後退する。慌てたせいか、三歩ほど距離をとったところで躓いて転んでいた。
無様すぎる。
「……俺が何をやったのかも見えてないとか、そんなに弱いなら堂々とするなよな」
つかつかと歩いて、執事の前に立った俺は踏み抜こうと片足を上げる。
殺して、早く探そう。
「ま、待て待て待てっ! 待ってくれッ! 拐った者は地下にいるッ!」
無事な左手を前に出し、後退りする執事が口を割る。俺は殺そうとしたが、踏み抜こうとした足を執事の股の間へ下ろした。
床が割れ、亀裂が全方位に走る。
「本当か?」
「ひぃ。も、もちろんだ!」
「無事なんだよな?」
「い、命に別状はないはず……」
「命に別状はないだと? なら、酷いことでもしたのかよ。なあ? どうなんだ?」
殺意が溢れ出てきて、睨んでしまった。
「か、回復魔法かポーションを掛ければ、直ぐに治るほどのものだ! 嘘はつかんっ! だから、見逃してくれんか!?」
何を言っているんだろう。この爺さんは。今の数秒で頭がイったのか。散った雷が頭に直撃でもしたんだろうか。
今さら見逃せって、都合が良すぎじゃないか。




