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村人40

「お、お願いします……! もう、やめてくださいです……!」


 死にそうな勇者を庇うように覆い被さったシェイラが泣いている。


 俺よりも年下の少女に泣かれると後味の悪い気分になってくるが、勇者はクソ野郎だ。


 シェイラは聞かされていないのか。兄と呼んでいるこいつが何をやったのかを。


 俺を囮にした事実は変わらないし、そのおかげで俺は何度も死んだ。殺されても文句は言えないだろう。


 しかし、勇者が死のうが生きようと、どうでもいい。


 それよりも大事なことはティナの安否だ。


「……本当に、ティナを拐ったのは勇者じゃないのか?」


「わたしたちはやっていません! 信じてほしいのです!」


「なら、どこに居るんだよ……」


 歯噛みする。募るのは焦燥感。


 勇者じゃないのなら、誰がやったっていうんだよ。


 これから犯人を探すにしても、手掛かりなんて無いに等しい。どこの馬の骨がやったにしろ、見つけ出すのにも時間が掛かる。


「一日、一日だけ、時間をくださいです! わたしが必ず、ティナちゃんを探しだします!」


「……出来るのかよ。手掛かりなんて無いんだぞ」


「ま、任せてほしいのです。なので、兄さまを許してほしいのです!」


 シェイラの言葉に一瞬だけ悩んだ。


 勇者を許すなんて簡単に出来そうにないが、ティナが見つかるというのなら全てを水に流しても良い。


 俺の感情よりもティナのほうが大事だ。


「……分かった。頼む、ティナを探してくれ」


 シェイラが涙の跡が残った顔で頷く。


「必ず約束は守るのです。明日、ダクトさんの屋敷に伺います」


 それを聞いて、俺は陰鬱とした気分で城壁前から踵を返す。


 距離を置いて見ていた民衆達の中から騎士や衛兵が今頃になってやって来ていたが、事情聴取とか何とか言ってくるのを煩わしく視線を向けると怖じ気づいたのか口をつぐんだ。


「はあ……」


 俺は大衆の視線を浴びながら背中を向け、広場から去る。


 後ろではシェイラが大声を出して、奴隷の仲間に回復魔法を頼んで勇者の手当てをしていたり、民衆達が勇者の傍に寄ったりしている。


 騎士や衛兵も俺を追いかけることはせず、勇者の手当てを優先するようだった。


 城壁前での騒動は終わり、俺は屋敷に戻ることにした。


 既に、そちらの興味は失せている。 


 俺は何としても、ティナを探さないといけない。


 シェイラも一日で見つけると言っていたが、それが可能とは思えないし、俺も情報を集めるとする。


 一旦、屋敷に戻った俺はアッシュさんとカトレアさんに犯人は勇者でなかったことを告げ、別口の情報はないかと尋ねてみた。


 二人は申し訳なさそうに首を横に振り、何も掴んでいないことを謝ってくる。まあ、そうだろうなと予感はしていた。


 俺はがっかりとしつつも、屋敷の金庫へ向かう。


 世の中は金だ。金で全て解決する。村に来ていた商人が、口酸っぱく話していた。


 俺はその言葉を信じ、金で解決できるのならしたいと思う。


 専門家に任せるのだ。


 情報屋に宛はないが、王都には沢山の冒険者が居る。金を払えば何でもしてくれるらしく、俺は貯めていた全財産を使って、冒険者へ依頼という形でティナを捜索してもらうことにした。


 詳しいことは良く分からないのだが、アッシュさんがギルドという建物に向かって受付を済ませてくれるらしい。


 金貨五十枚と銀貨が少々だ。平民なら何十年も暮らせる額である。依頼料としては十分だろう。


 有力な情報をかき集めるのだ。


 もしも、相手が貴族だろうと容赦はしない。俺のティナに手を出した。それなりの報いを受けてもらうつもりでいる。


 アッシュさんに頼んだ俺は少しだけ、仮眠をすることにした。疲れが溜まっている。瞼が落ちるほどではないが、明滅しているのだ。


 ついでに飯も食うべきなんだろうが、ダンジョンであれだけ腹へっていたのに食欲は無くなっていた。


 俺が動いても得策ではないことを理解し、寝て朗報を待つ。





 目を開いた。屋敷の二階にある俺の寝室だ。


 久しぶりに過ごした屋敷はやけに静かで、熟睡したつもりはなかったが、深い眠りについていたのだろう。


 窓から眺めた空は陽が出ている。翌朝になっていた。


 一階に降りると、カトレアさんが朝食を作ってくれたそうで、有りがたく頂戴する。まともな飯は四ヶ月ぶりだが、あまり喉を通らない。


 ゆっくりと咀嚼していると、呼び鈴が鳴った。


 カトレアさんが対応するため部屋から出ていくのを横目に、こんな朝早くから誰だよと飯を摘まむ。


 国のお偉いさんだろうか。俺が帰ってきたことを知って、会いに来たとか。騎士達に囲まれた騒動や勇者のこともあって知れ渡っているだろう。


 いずれ、国王にも挨拶とかしなくちゃいけないのかな。今すぐに謁見しろっていう話だったら、俺は断るけど。


 ティナのほうが先決だ。


 それとも、シェイラだろうか。一日だけ猶予をくれと言っていた。だが、ティナの居場所を掴むにしては早すぎる気がする。


 扉が開いた音に耳を澄ませ、声を聴く。


「おはようございますなのです。あの、ダクトさんはいらっしゃいますです?」


 シェイラだった。


 まさか、ティナの居場所が分かったのか。俺は慌てて、口に入れたものを飲み込んで玄関に出向く。


 カトレアさんが対応した玄関には金髪の少女シェイラと、同じく金髪イケメンの勇者がいた。


 勇者は顔に包帯を巻き、顔半分が隠れている。ざまあみろと内心で笑いつつ、勇者を無視してシェイラに声をかけた。


「……もう、ティナの場所が分かったのか?」


「はい、情報を集めてきましたのです」


「話が聞きたい。上がってくれ」


 そう言うとカトレアさんが二人を先導し、部屋に案内してくれる。


「……ふん。上がるぞ」


「兄さま」


 小声で勇者の不遜な態度を窘めている。勇者の横暴な態度は最初に会ったときからだが、やっぱりむかつくし、そもそも勇者はどうして来たんだろうか。


 昨日のことでやり返しにでも来たのか。やるというのなら一向に構わないが。


 とにかく話を聞くために部屋へ招き入れ、椅子に着席させる。


 朝食を取っていた部屋だったが、俺がカトレアさんに頼んで下げてもらい、代わりに三人分の飲み物を頼んだ。


「ありがとうございますです。さっそく、話をしていきたいのですが……その、人払いをしていただいてもいいです? ダクトさんだけにお話したいのです」


 シェイラがちらちらとカトレアさんを見ながら、言いにくそうに切り出した。


「わかった。カトレアさん、すみません」


「いえ、何かありましたら、お呼びください」


 一礼して部屋から出ていったのを見届け、シェイラが咳払いをして頭を下げた。


「まずは謝罪を。兄さまがやったこと、到底許せることではありません。そして、わたしはティナちゃんに顔向けできずに会おうともせず、誘拐されたことも知りませんでした」


「……謝罪はいい。結論だけをくれ。ティナの居場所はどこだ」


「……はい。ティナちゃんは間違いなく、賢者リゼレッタ様が住まう屋敷に居ます」


「……賢者?」


 どうしてここで賢者が関わってくるんだ。


 冗談を言っている雰囲気ではなく、シェイラが神妙な顔で口を開いていく。


「王都では少女ばかり誘拐されている事件が発生してるのです。わたしも何回か狙われたので、確信を持って言っているのです。誘拐犯は手練れの魔法使い、賢者様の従者で間違いありません」


「賢者が誘拐してる張本人……? それは本当なのか?」


「昨夜、情報をまとめて精査したので間違いないのです。命じているのが賢者様なのかは断言できませんけど……」


「なんでそこまで分かってて、妹が狙われたっていうのに勇者のお前は黙ってるんだ」


「わたしが止めたのです。相手は魔導国の重鎮。未遂で終わっていること、この国の上層部も沈黙を貫いていること。それらを考慮し、わたしたちは動かない方針にしたのです」


「国の上層部も知ってる……?」


「はい、なのです。数名ほど、賢者様と癒着している者が居るのです」


 癒着って金のやり取りとかで見逃されてるってことだよな。


「……そうか。なんで、賢者は誘拐なんてしてるんだ?」


「情報によれば趣味らしいです。その、いたぶることが」


 シェイラが言いにくそうに告げた。


「……いたぶるのが目的でティナが狙われたってのかよ」


 俺は頭を抱えた。テーブルに肘をついて片手で顔を覆う。


 沈痛な面持ちでシェイラが口を引き結ぶのが、視界の端に映った。


 沈黙を貫いている勇者も合わせた三人が無言になり、葬式みたいな空気になってしまう。


 無言が数秒流れ、俺は話を戻すことにした。


「……それで、誘拐された者たちは賢者の屋敷にいるのか?」


「……はい、普通の従者として働いているというわけではないのは確かで、嗜虐趣味の賢者様に監禁されて拷問でも受けている、かもです」


「……くそ」


 居ても立ってもいられず、俺は椅子から腰を浮かして今すぐ駆けつけようとした。


「……賢者とやり合うってのか?」


 しかし、そこで初めて勇者が口を開いた。


「当たり前だろ」


「リゼレッタは王族の一人だ。たかが、村人が関わる相手じゃねえ。魔導国と戦争になるかもしれねえぞ」


 そんなの関係ない。


「お前は大事な人が取られたとき、相手が王族だからって見ないふりするのか」


「……オレ様だったら、全面戦争するけどよ」


「なら、止めるなよ」


「はっ、止めてねえよ。お前がくたばったところで痛くも痒くもねえしな。まあ、持ってけよ。お前には必要ねえだろうけど、中級と上級の回復薬だ」


 テーブルに滑らせてきたのはポーチだった。中身は勇者が言ったように、ポーションが六本ほど入っている。


「……毒、じゃないよな」


「っ、たりめーだろ」


「ちゃんとしたポーションなのです……」


 疑ってしまったが、勇者から何かを貰えるとは思いもしなかったのだ。


「……感謝はしないからな」


「オレ様のことをボコボコにした奴から、そんな言葉は期待してねえ。ただ、代わりにお前のステータスを見せてくれねえか」


 勇者が懐から出した鑑定石を置いた。


「ステータスを……?」


「オレ様を一方的にやった強さを知りたい。女神の加護、開花したんだろ?」


「ああ。まあ、いいけど。ステータスオープン」


 減るものではないし、一応は貸し借りを無しにしときたい。ティナを助けに行くにしても直ぐに終わることだし、ポーションを貰った詫びとして俺は鑑定石に触れる。


 画面が浮かび、俺の異常な数値が並んだ。


「……加護名が、生を求めた者か」


 勇者は苦虫を潰したように、歯切れ悪く呟いた。


 隣に座るシェイラは身を乗り出して鑑定石を凝視している。


「レ、レベルがおかしいのです。四桁ですよ、これ。鑑定石が壊れているのです?」


「いや、故障はしてねえ。あの強さはこれぐらいの数値がなければ説明できねえし、それにクラスが不死者。目が赤く変化してるのも魔眼の効果ってところか……」


「そうだよ。俺は、お前のせいで不死身になった。毒を食ってオークに喰われて、死んでレベルを上げたんだ。何度も死んだ。そのときの俺の気持ちが分かるか?」


 どれほどの苦行をしたのか。レベルの上がり方を見れば想像が容易いだろう。


「……すまなかった」


「謝れても、もう遅いっての。ティナを無事に取り戻せたら今までのことは水に流してやってもいい。けど、俺はお前のことが一生嫌いだし、あの時のことは忘れない。だから、これ以上俺と関わらないでくれ」


「……」


 勇者は包帯が巻かれた部分を片手で押さえ、目を瞑って口を閉ざした。無言となった勇者に俺は何も言わず席を立つ。


「じゃあ、行ってくる。カトレアさん、呼んでくるから」


「はいなのです。ダクトさん、お気をつけて。わたしも行きたいのですが、足手まといになりそうなのです。どうか、ティナちゃんを無事に連れ出してきてください」


 俺はシェイラに頷きを返し、カトレアさんを呼びにいった。ついでに賢者の屋敷の場所を聞き、ティナを救うために出発する。

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