村人32
色付いていた全ての景色が赤色に変わっていく。
目の前に居るオークは黒いモヤモヤだけが映り、心臓の位置に赤く輝くものがあった。黒い物体から透き通って見える赤色の輝きは、宝石のように艶があって僅かに動いている。
ドクンドクンと音が耳朶を打ち、誘惑するように鼓動していた。
光輝く赤色の物体。位置からして、心臓だろう。
どうしてか、それが俺にはとてつもなく美味しそうな物に見えていた。
それに、強烈な餓死感がある。腹が減った。
固有技を唱えた代償なのか。腹の減り具合が異常だ。
胃が痛い。何か食わないと。
オークを食べようか。いやいや、そんなバカな。今、何を考えた俺は――。
思考を重ねていると何者かによって作り替えられていくのを実感した。俺自身の自我が薄れていく。
「――オナカ、ヘッた?」
誰の声だ。まさか、俺の声か。
何を口走っているんだよ、俺は。
そもそも、オークの心臓が美味しそうだと?
やめろ、やめろって。動くなよ。どうしてだ、俺の体が勝手に動く。
無意識に動くと鷲掴みされた腕を退かしていき、捕まれた手から抜け出してオークの腕を引きちぎった。
オークの抵抗は、さほど感じない。
地面に着地した俺は、オークの片手を口に含むとクチャクチャと音を立てて食べていく。
餓えは止まらない。
激昂したオークが残った片腕で殴り付けてくるが、俺はゆらりと避けると顔面を掴んだ。
力任せにオークの顔を押しやり、後ろに押し倒す。
地面がひび割れ、巨大な胴体の上に立った俺は心臓部分に抜き手を放ち、赤い物体を掴み取る。
生暖かい感触。
両手を使って引き抜くと脈動した赤い宝石があった。
オークはまだ息があり、身動きしたものの片足を踏み抜いて黙らせ、両手で持った赤い宝石は綺麗で魅力的なほどの匂いを放っていて我慢が出来なかった。
唾液を滴らせ、かぶり付く。
「――ハハハッ!」
頬に真っ赤な血液が飛び散るのも構わず、俺は貪るように宝石を咀嚼して喉を鳴らした。
「――ァ?」
全部を食べきると力が抜けていく。ふらふらと足元を覚束ないで歩くと地面に倒れて気絶してしまった。
目が覚めた。
酷いほど充足した感覚があった。お腹が膨れ、活力が漲っている。
手が真っ赤で、口元も血だらけだ。
だけど、悪い夢を見ていたんだ。そうに違いない。
後ろを確認するように、恐る恐る見ればオークが居て。
やはり、夢では無いらしい。
「――お、えええええッ……!」
胃の中身を全部ぶちまけた。
気持ち悪い。口の周りが血だらけだ。
拭い、唾を吐き捨てる。
両手も口も赤いものがこべりついている。
「うっ……」
嘔吐が止まらない。
「なんだよ、これ……」
あれが俺の固有技?
自我を失うやつが?
俺は真っ青になりながら泉のある場所に戻り、口の中身をすすいで顔を洗う。
水面に映った俺の顔は酷くやつれていた。
ちらほらと髪の毛に白髪があるほど精神的ストレスを感じているらしい。
というか、眼が赤い。
魔物の心臓を食べたせいなのか。痛みなどはなく、異常は無いのだが。
「まあいいや……」
考えるのを放棄して、俺は木の幹に背中を預けてうずくまる。
この技は駄目だ。
魔物の心臓が美味しく見えるなんて狂っている。そこまで落ちぶれていない。
あんなの二度とごめんだ。固有技は封印する。
ぼーっと泉を眺め、時間を無為に過ごす俺はそういえばと思い付く。
鑑定石を取り出して確認してみよう。
「……ステータスオープン」
ダクト・ファーム。男。
Lv521 クラス、不死者。クラス特性により、死の概念が無くなる。
攻撃力521
防御力521
素早さ521
技術17
魔力65
スキル。
固有スキル。
粒子再生、痛覚耐性、不老、魔眼(生命)。
固有技。
ブラド・トゥール。
ユニークスキル
女神の加護‐生を求めた者。
レベルはしっかりと上がっている。
これだけ上がれば黒ゴブリンに勝てるだろうか。
魔眼という固有スキルも手に入れている。どういう力なのか分からないが、眼が赤いことに関係あるのか。
俺はステータスを眺め終わると両手膝を抱え、木々のさざめきを聞きながら頭を突っ伏した。
……早く帰りたい。
ティナも心配しているだろう。
勇者なんかは俺を死んだことにしてそうだ。現に何度も死んでいるが、スキルのおかげで生きている。
あいつの最後の顔は今でも思い出せた。脳裏にあの時のことが過る。
俺を突き飛ばしやがった。蔓に阻まれ、俺が弱いからって囮にした。
やり場のない怒りが身を包む。
ダンジョンから抜け出したら、顔面を破壊するぐらいぶん殴ってやる。
あと、そのとき勇者は確か何かを言っていたはずだ。
思い出せ、俺。
「……あ」
すぐに分かった。
――俺の墓を作って、ティナを奴隷にしてやるって。
正しくはメイドとして引き取ってやるだったか。いや、どちらも同じだろう。
俺に向けて、最後に言い放った言葉。
ティナは酷いことされてないだろうか。可愛いからエロいことを強要されていそうだ。
不安がどんどんと押し寄せてくる。
もしも、ティナに酷いことしていたら勇者を殺す。それだけは決定している。
ユニーク所持者がどうとか関係ない。
ティナは俺のものだ。将来は嫁さんになってもらうつもりだし。
俺は立ち上がる。
そうだよ、こんなところでクヨクヨしても意味がない。早く、ダンジョンを攻略してティナに会いに行くのだ。
俺はカギを求め、ゴブリンを倒しに行く。




